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化膿性汗腺炎〔HS:Hidradenitis suppurativa〕

1 疾患概要■ 定義化膿性汗腺炎(Hidradenitis suppurativa:HS)は臀部、腋窩、外陰部、乳房下部などに有痛性の皮下結節、穿掘性の皮下瘻孔、瘢痕を形成する慢性の炎症を繰り返す慢性炎症性再発性の毛包の消耗性皮膚疾患で難治性疾患である。アポクリン腺が豊富に存在する部位に好発する。Acne inversa (反転型ざ瘡)とも呼ばれている。集簇性ざ瘡、膿瘍性穿掘性頭部毛包周囲炎とともに毛包閉塞性疾患の1型と考えられている。従来からの臀部慢性膿皮症は化膿性汗腺炎に含まれる。■ 疫学発症頻度は報告者によってさまざまであるが、欧米では0.1~4%で平均約1%程度と考えられている。わが国では大規模調査が行われていないので、明らかではないが、日本皮膚科学会研修施設を対象とした調査で100例1)、300例2)の報告がある。性差については欧米からの報告では男女比が1:3で女性に多く3)、わが国では男女比が3:1で男性に多い1,2)。好発年齢は20~30歳代に発症し、平均年齢は海外で36.8歳、わが国では40.1歳である1)。発症から正しい診断に至るまでの罹病期間は約7年である1,2)。好発部位は臀部、外陰部、腋窩に多い。男性では肛囲、臀部に多く、女性では腋窩、外陰部に多い1,2)。■ 病因明らかな病因は不明であるが、遺伝、毛包の閉塞、嚢腫形成などの病変に炎症が加わって起こる再発性の慢性の自己免疫性炎症性疾患である。遺伝的因子について、海外では家族性の場合が多く、約30~40%に家族歴があるが3,4)、わが国では2~3%と海外に比べて、非常に低い1,2,4)。家族性HSの場合、γ-セクレターゼの欠損が関連していると考えられている3,4)。TNFα、IL-1β、IFN-γ、IL-12、IL-23、IL-36などのTh1細胞とIL-17を産生するTh17細胞が化膿性汗腺炎の病変部で発現し、これらのサイトカインが重要な役割を演じていることが明らかになってきている3,4)。二次的に細菌感染を合併することもある。悪化因子として喫煙、肥満、耐糖能異常、内分泌因子、感染、機械的刺激などが関連している1,2,3,4)。合併する疾患として、毛包閉塞性疾患である集簇性ざ瘡、膿瘍性穿掘性頭部毛包周囲炎、毛巣洞がある1,4)。併存疾患として糖尿病、壊疽性膿皮症、自己炎症症候群、クローン病、外痔瘻、有棘細胞がんがある4)。■ 症状多くは単発性の疼痛を伴う深在性の皮下結節で始まる。皮下結節は増大、多発して、血性の排膿がみられる。皮疹は黒色面皰がかなり高率にみられる。排膿後は皮下瘻孔を形成し、慢性に再発、寛解を繰り返す。隣接する瘻孔は皮下で交通し、穿掘性の皮下瘻孔を形成し,瘻孔の開口部より滲出液、血性膿、粥状物質などを排出し、悪臭を伴う(図1)。排膿後は皮下瘻孔を形成し、慢性に再発、寛解を繰り返す。瘻孔が破裂し、真皮に角層などの異物が流出すると肉芽形成が起こり、肥厚性瘢痕、ケロイドを形成する(図1)。重症では蜂巣炎から敗血症を合併することもある。生活のQOLが著しく低下し、疼痛、うつ、性生活、Dermatology Life Quality Index(DLQI)も低下する。図1 化膿性汗腺炎の臨床所見画像を拡大する腋窩に皮下瘻孔、肥厚性瘢痕がみとめられる■ 分類重症度分類として、Hurleyのステージ分類が重症度の病期分類として最も用いられて3期に分類される。第I期 単発、あるいは多発する皮下膿瘍形成。皮下瘻孔、瘢痕はなし。第II期再発性の皮下膿瘍、皮下瘻孔、瘢痕。 単発あるいは多発性の孤立した複数の病巣。第III期広範なびまん性の交通した皮下瘻孔と皮下膿瘍。とされている。その他、修正Sartorius分類が用いられている。Sartoriusらは(1)罹患している解剖学的部位、(2)病巣の数とスコア、(3)2つの顕著な病巣間の最長距離、(4)すべての病巣は正常の皮膚から明確に離れているか否かという4項目について点数化する方法をHSの重症度として提唱している4)。治療の重症度スコアの評価指標として国際的HS重症度スコアリングシステム(IHS4)とHiSCR(Hidradenitis Suppurativa Clinical Response)がある。IHS4(International Hidradenitis Suppurativa Severity Score System)3)は炎症性結節、膿瘍、瘻孔・瘻管の数で評価される。中等度から重症の症例の鑑別、早期発見を可能にする。また、HiSCRと組み合わせて使いやすい。HiSCRは化膿性汗腺炎の薬物治療に対する“反応性”を数値化して指標で治療前後での12部位の炎症性結節、膿瘍、排膿性瘻孔の総数を比較する。HiSCRが達成されていれば、症状の進行が抑えられていると判定する。治療前の炎症性結節、膿瘍の合計が50%以上減少し、さらに膿瘍、排膿性瘻孔がそれぞれ増加していなければ、HiSCR達成となる。PGA(Physician Global Assessment)(医師総合評価)は薬物療法の臨床試験での効果判定に最も広く用いられている。■ 予後化膿性汗腺炎は慢性に経過し、治療に抵抗する疾患である。まれに有棘細胞がんを合併することもある。頻度は0.5~4.6%で男性に多く、臀部、会陰部の発症が多いとされている4)。化膿性汗腺炎の発症から平均25年を要するとされている4)。2 診断 (検査・鑑別診断を含む)■ 確定診断化膿性汗腺炎の確定診断には以下の3項目を満たす必要がある。1)皮膚深層に生じる有痛性結節、膿瘍、瘻孔、および瘢痕などの典型的皮疹がみとめられる。2)複数の解剖学的部位に1個以上の皮疹がみとめられる。好発部位は腋窩、鼠径、会陰、臀部、乳房下部と乳房間の間擦部である。3)慢性に経過し、再発を繰り返す。再発は半年に2回以上が目安である。病理組織所見病初期は毛包漏斗部の角化異常より角栓形成がみられる。その後、好中球を主体として毛包周囲の炎症性細胞浸潤が起きる。毛包漏斗部の皮下瘻孔は次第に深部に進展し、皮膚面と平行に走り、隣接する皮下瘻孔と交通し、穿掘性の皮下瘻孔を形成する(図2)。炎症細胞浸潤が広範囲に及び、瘻孔壁が破裂すると、角質、細菌などの内容物が真皮に漏出して、異物肉芽腫が形成される。ときに遷延性の皮下瘻孔より有棘細胞がんが生じることがあるので、注意を要する。図2 化膿性汗腺炎の病理組織学的所見画像を拡大する一部、上皮をともなう皮下瘻孔がみとめられる(文献5より引用)。■ 鑑別診断表皮嚢腫:通常、単発で皮下瘻孔を形成しない。せつ:毛包性の膿疱がみられ、周囲の発赤、腫脹をともなう。よう:毛包性の多発性の膿疱がみられ、巨大な発赤をともなう結節を呈する。蜂巣炎、皮下膿瘍:発赤、腫脹、熱感、圧痛、皮下硬結をともなう。毛巣洞: 臀裂部正中に好発し、皮下瘻孔がみられる。皮下血腫:斑状出血をみとめ、穿刺にて凝固塊の排出をみとめる。クローン病による皮膚症状:肛門周囲に皮膚潰瘍をみとめ、皮下瘻孔を形成し、肛門との交通があることがある。■ 問診で聞くべきこと家族歴、喫煙、肥満、糖尿病の有無。■ 必要な検査とその所見採血(赤血球数、白血球数、白血球の分画、CRP、血沈、ASOなど)、尿検査を行う。蜂巣炎の合併の有無に必要である。 皮膚生検  有棘細胞がんの有無の確認に重要である。細菌検査  好気、嫌気培養も行う。蜂巣炎を合併している場合、細菌の感受性を検査して、抗菌剤の投与を行う。超音波エコー病巣の罹患範囲を把握し、手術範囲の確定に有用である。3 治療病初期には外用、内服の薬物療法が試みられる。局所的に再発を繰り返す場合は外科的治療の適応となる。病変部が広範囲に及ぶ場合には薬物療法の単独、あるいは外科的療法との併用が適している。薬物療法としては抗菌剤、レチノイド、生物学的製剤があるが、わが国において生物学的製剤で化膿性汗腺炎に保険適用があるのはアダリムマブだけである4)。■ 具体的な治療法抗菌剤の内服、外用、あるいは外科的治療と併用される。抗菌剤の外用は軽症の場合に有効であることがある。クリンダマイシン、フシジンレオ酸が用いられている4)。抗菌剤の内服は細菌培養で好気性菌と嫌気性菌が検出される場合が多いのでセフェム系、ペネム系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系抗薗剤が用いられる。ステロイド局所注射:一時的な急性期の炎症を抑えるのに有効である。デ・ルーフィング(天蓋除去):皮下瘻孔の屋根を取り除くことも有効である。局所の切開、排膿、生理食塩水による洗浄、タンポンガーゼによるドレナージも一時的に有効な処置である。 生物学的製剤としてアダリムマブが有効である。適応として既存の治療が無効なHurley stageII、IIIが対象となる。外科的治療:外科的治療は特に重症例に強く推奨される治療法である。病巣の範囲を正確に把握し,切除範囲を決めることが 重要である。CO2レーザーによる治癒も軽症~中等症に対して有効である。広範囲切除はHurleyの第III期が適応となる。切除範囲は病変部だけの限局した切除は十分でなく、周囲の皮膚を含めた広範囲な切除が必要である。有棘細胞がんが合併した場合は外科的切除が最優先される。■ その他の補助療法1)対症療法疼痛に対して、消炎鎮痛剤などの投与を行う。重複感染の管理を行う。生活指導:喫煙者は悪化因子である喫煙をやめる。肥満については減量、糖尿病があれば、原疾患の治療を行う。深在性の皮下瘻孔があり、入浴で悪化する場合、入浴を避け、シャワーにする。2)その他、治療の詳細については文献(4)を参照されたい。4 今後の展望今後、治験中の薬剤としてインフリキシマブ、IL-17阻害薬, IL-23阻害薬などがある。5 主たる診療科皮膚科、形成外科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)皮膚の遺伝関連性希少 難治性疾患群の網羅的研究班1)Kurokawa I, et al. J Dermatol. 2015;42:747-749. 2)Hayama K, et al. J Dermatol. 2020;47:743-748.3)Zouboulis CC, et al. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2015;29:619-644.4)葉山惟大、ほか. 日皮会誌.2021;131;1-28.5)Plewig G, et al. Plewig and Kligman’s Acne and TRosacea. Springer.2019;pp.473.公開履歴初回2021年2月26日

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肺血栓塞栓症はCOPD増悪の原因と考えてよいか?(解説:山口佳寿博氏)-1355

 まず言葉の定義から考えていく。COPDの分野にあって、“急性増悪”という言葉が使用されなくなって久しい。現在では、単に“増悪(Exacerbation)”という言葉を使用する。さらに、増悪は“気道病変(炎症)の悪化を原因とする呼吸器症状の急性変化”と定義される(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease (GOLD) 2006以降)。GOLD 2003では、増悪は狭義のもの(一次性原因)と広義のもの(二次性原因)の2種類に分類されたが、GOLD 2006以降では、気道病変(炎症)の悪化を原因とする“狭義の増悪”を“増悪”と定義し、それ以外の原因に起因する“広義の増悪”は増悪ではなく“増悪の鑑別診断/修飾因子”として考慮することになった(肺炎、肺血栓塞栓症、気胸、胸部外傷、胸水、心不全/不整脈、麻薬/鎮静剤、β blocker。GOLD 2011以降では、麻薬/鎮静剤、β blockerが鑑別から除外)。増悪の定義が厳密化されたのは、増悪様症状を示した症例のうち80%以上が感染性(気道感染)、非感染性(環境汚染など)による気道炎症の悪化に起因し、それに対してSteroid、抗菌薬を中心とした基本的治療法が確立されたためである。その意味で、肺血栓塞栓症(PTE:Pulmonary thromboembolism)は増悪を惹起する原因ではなく、増悪の鑑別診断となる病態であることをまず理解していただきたい。 COPDとPTEの合併に関しては古くから多くの検討がなされ、COPD患者におけるPTEの合併率は、19%(Lesser BA, et al. Chest. 1992;102:17-22.)から23%(Shetty R, et al. J Thromb Thrombolysis. 2008;26:35-40.)と報告されている。これらのPTE合併頻度は本邦の一般人口におけるPTEの発症頻度(剖検例での検討:無症候性の軽症を含め18~24%)とほぼ同等であり、COPD自体がPTE発症を助長しているわけではない。しかしながら、原因不明のCOPD増悪(一次性原因と二次性原因を含む)症例を解析した論文では、その3.3%(Rutschmann OT, et al. Thorax. 2007;62:121-125.)から25%(Tillie-Leblond I, et al. Ann Intern Med. 2006;144:390-396.)にPTEの合併を認めたと報告された。本論評で取り上げたCouturaudらの論文では、COPD増悪様症状を呈した症例の5.9%にPTEの合併を認めたと報告されている(Couturaud, et al. JAMA. 2021;325:59-68.)。これら3論文を合わせて考えると、増悪様症状を呈したCOPD患者のうち少なくとも10%前後に、二次性原因としてのPTEが合併しているものと考えなければならない。以上の解析結果は、安定期COPDはPTEの発生要因にはならないが、COPDの増悪様症状を呈した患者にあってはPTEに起因するものが少なからず含まれ、COPDの真の増悪(一次性増悪)の鑑別診断としてPTEは重要であることを示唆する。PTEの合併はCOPD患者のその後の生命予後を悪化させ、1年後の死亡率はPTE合併がなかったCOPD患者の1.94倍に達する(Carson JL, et al. Chest. 1996;110:1212-1219.)。 Couturaudらのものを含め現在までに報告された論文からは、COPDの真の増悪とPTEとの関連を明確には把握できない。COPDの増悪がPTEの危険因子となる、あるいは、逆にPTEの合併がCOPDの真の増悪をさらに悪化させるかどうかを判定するためには、増悪様症状を呈したCOPD患者を真の増悪(一次性原因)とそうでないもの(二次性原因)に分類し、各群でPTEの発症頻度を評価する必要がある。COPDの真の増悪は、一秒量(FEV1)関連の閉塞性換気指標の悪化、喀痰での好中球、好酸球の増加、喀痰中の微生物の変化などから簡単に判定できる。これらの変化は、PTEなどの二次性原因では認められないはずである。以上のような解析がなされれば、COPDの真の増悪とPTE発症の関係が正確に把握でき、COPDの真の増悪がPTE発症の危険因子として作用するか否かの問題に決着をつけることができる。今後、このような解析が世界的になされることを念願するものである。本邦のPTEガイドライン(cf. 10学会合同の『肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症[静脈血栓塞栓症]予防ガイドライン』[2004])では、COPDの増悪がPTEの危険因子の1つとして記載されているが、この場合の増悪がいかなる意味で使用されているのか、再度議論される必要がある。

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低・中所得国は、がん手術後の転帰が不良/Lancet

 がん患者の80%が手術を必要とするが、術後の早期の転帰に関する低~中所得国(LMIC)の比較データはほとんどないという。英国・エディンバラ大学のEwen M. Harrison氏らGlobalSurg Collaborative and NIHR Global Health Research Unit on Global Surgeryの研究グループは、とくに疾患の病期や合併症が術後の死亡に及ぼす影響に着目して、世界の病院のデータを用いて乳がん、大腸がん、胃がんの術後転帰を比較した。その結果、(1)LMICでは術後の死亡率が高いが、これは病期が進行した患者が多いことだけでは十分に説明できない、(2)術後合併症からの患者救済能力(capacity to rescue)は、有意義な介入のための明確な機会をもたらす、(3)術後の早期死亡は、一般的な合併症の検出と介入を目指した、周術期の治療体制の強化に重点を置いた施策によって抑制される可能性があることなどが示された。Lancet誌2021年1月21日号掲載の報告。82ヵ国428病院の前向きコホート研究 研究グループは、全身麻酔または脊髄幹麻酔(neuraxial anaesthesia)下に施行される皮膚の切開を要する手術を受けた原発性の乳がん、大腸がん、胃がんの成人患者を対象に、国際的な多施設共同前向きコホート研究を実施した(英国国立健康研究所[NIHR]グローバル健康研究ユニットの助成による)。 主要転帰は、術後30日以内の死亡または重度合併症とした。マルチレベルロジスティック回帰により、病院および国別の患者における3段階のネストモデル内の関連性を解析した。病院レベルのインフラストラクチャー効果は、3要因媒介分析で評価した。 2018年4月~2019年1月の期間に、82ヵ国の428病院から1万5,958例(乳がん8,406例[52.7%]、大腸がん6,215例[38.9%]、胃がん1,337例[8.4%])が登録された。高所得国(31ヵ国)が9,106例、高中所得国(23ヵ国)が2,721例、低・低中所得国(28ヵ国)が4,131例であった。低・低中所得国で、胃がん、大腸がん、合併症による死亡率が高い LMICは高所得国に比べ、より進行した病変を持つ患者が多かった。30日死亡率は、胃がんが低・低中所得国(補正後オッズ比[aOR]:3.72、95%信頼区間[CI]:1.70~8.16)で高く、大腸がんは高中所得国(2.06、1.11~3.83)および低・低中所得国(4.59、2.39~8.80)で高かった。乳がんでは死亡率の差は認められなかった。 重度合併症の発現後に死亡した患者の割合は、低・低中所得国(aOR:6.15、95%CI:3.26~11.59)および高中所得国(3.89、2.08~7.29)で高かった。 合併症発現後の術後死亡は、60%が患者要因で、40%は病院または国の要因で説明が可能であった。LMICでは、一貫して利用可能な術後ケア施設がないことが、重度合併症100件当たり7~10件以上という高い死亡率と関連していた。また、がんの病期だけでは、国別の死亡率や術後合併症発現の早期のばらつきは、ほとんど説明がつかなかった。 著者は、「LMICでは、周術期死亡率が過度に高く、これががん生存の劣悪さに寄与している。術後の一般的な合併症の発現後に、回避可能な死亡を防ぐには、LMICの医師の主導により、実践的な周術期介入を緊急に評価する必要がある」としている。

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2型糖尿病の寛解に低炭水化物食は有効か?/BMJ

 低炭水化物食を6ヵ月間継続した2型糖尿病患者は、有害事象なく糖尿病が改善する可能性があることを、米国・テキサスA&M大学のJoshua Z. Goldenberg氏らが、システマティックレビューおよびメタ解析により明らかにした。これまでのシステマティックレビューでは、低炭水化物食の定義が広く(総カロリーの45%未満)、糖尿病の寛解について評価されていなかった。ただし、今回の結果に関するエビデンスの質は低~中であり、著者は「何を糖尿病の寛解とするか、また、長期にわたる低炭水化物食の有効性、安全性および食生活の満足度について、さらなる議論が必要である」との見解を示している。BMJ誌2021年1月13日号掲載の報告。12週間以上の超低~低炭水化物食を評価した無作為化試験についてメタ解析 研究グループは、CENTRAL、MEDLINE、Embase、CINAHL、CAB、臨床試験レジストリ(ClinicalTrials.govなど)および灰色文献ソース(BIOSIS Citation Index、ProQuest Dissertations & Theses Globalなど)から、2020年8月25日までに発表された研究を検索し、システマティックレビューおよびメタ解析を行った。 適格研究は、成人2型糖尿病患者を対象に、12週間以上の低炭水化物食(炭水化物摂取量が1日130g未満、または2,000kcal食の26%未満)もしくは超低炭水化物食(総カロリーの10%未満)を評価した無作為化試験とした。2人の著者が独立して適格性のスクリーニングおよびデータ抽出を行った。 主要評価項目は、糖尿病の寛解(糖尿病治療薬の使用の有無にかかわらずHbA1c<6.5%または空腹時血糖値<7.0mmol/L)、体重減少、HbA1c、空腹時血糖値および有害事象、副次評価項目は健康関連QOLおよび生化学的検査データで、6ヵ月(±3ヵ月)および12ヵ月(±3ヵ月)時の報告とした。 Cochrane RoB 2.0を用いてバイアスリスクを評価し、Revman(ver.5.3)およびRのメタパッケージ(ver.3.6.1)を用いてメタ解析を行い、リスク推定値および95%信頼区間(CI)を算出し、事前に設定した最小重要差にしたがって臨床的意義を評価した。また、GRADEアプローチにより、各評価項目のエビデンスの質を評価した。6ヵ月時の寛解達成率が高く体重減少も大きいが、12ヵ月時はQOLやLDL-C悪化も 23の研究(1,357例)が適格基準を満たし解析に組み込まれた。これらは、バイアスリスクの評価において、全体で40.6%が低いと判定された。 6ヵ月時における糖尿病寛解率は、治療薬使用の有無は問わずHbA1c<6.5%と定義した場合は、低炭水化物食群(57%、76/133例)が対照食群(31%、41/131例)より高率であった(リスク差:0.32[95%信頼区間[CI]:0.17~0.47]、8研究、264例、I2=58%、p=0.02、GRADE:中)。一方、治療薬なしでHbA1c<6.5%達成を糖尿病寛解と定義した場合、低炭水化物食の相対的効果は低下した(リスク差:0.05[95%CI:-0.05~0.14]、5研究、199例、GRADE:低)。 信頼性基準を満たしたサブグループ解析の結果、インスリン使用患者を含む研究では、低炭水化物食による寛解率は著しく低下したことが示された。 なお、12ヵ月時の糖尿病寛解率を報告した研究は3つと少なく、効果が小さいとするものから、糖尿病のリスクをわずかに増大するというものまで、結果はさまざまであった。 体重減少、トリグリセライドおよびインスリン感受性に関しては、6ヵ月時は低炭水化物食による臨床的に重要で大きな改善が認められたが、12ヵ月時には効果がみられなかった。 信頼性基準を満たしたサブグループ解析で、6ヵ月時の体重減少効果は、超低炭水化物食群のほうが、より制限の少ない低炭水化物食群よりも小さかった。ただし、この効果については食事療法の順守が影響していることが示され、超低炭水化物食のアドヒアランスが高い患者は低い患者と比較し、臨床的に重要な体重減少が認められた。 低炭水化物食は、6ヵ月時におけるQOLに有意な影響は及ぼさなかったが、12ヵ月時のQOLおよびLDLコレステロール値については、臨床的に重要な悪化が認められた。そのほか有害事象または血中脂質に関して、6ヵ月時および12ヵ月時のいずれにおいても、グループ間で有意または臨床的に重要な差はみられなかった。

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第44回 南アの変異株は免疫をかわし、ワクチンは絶えず手入れが必要かもしれない~実際のワクチン効果

ひとしきり新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染(COVID-19)を済ませるかワクチンを接種すればあとは大丈夫というわけではなさそうなことが示されつつあります。南アフリカで見つかった変異株は備わった免疫をかわしうるSARS-CoV-2変異株のうち南アフリカで去年遅くに見つかった501Y.V2は最も懸念されています1)。501Y.V2は免疫系の主な狙い所であるスパイクタンパクに多くの変異を有し、厄介なことにそれらの変異のいくつかは抗体を効き難くします。南アフリカの生物情報学者Tulio de Oliveira氏やウイルス学者Alex Sigal氏等は、同国で501Y.V2が急に広まったことへのその免疫回避の寄与を調べるべく、感染者から単離した501Y.V2を他のSARS-CoV-2感染を経た6人の血清と相見えさせました2,3)。感染を経た人の血清にはウイルスを中和、すなわち阻止する抗体が主に備わっています。検討の結果、感染者血清の501Y.V2の中和活性はより初期の感染流行で出回ったSARS-CoV-2の中和活性に比べてだいぶ劣りました。SARS-CoV-2そのものではなくその代理ウイルス(pseudovirus)を使った別の研究でも501Y.V2変異が中和活性を妨げうることが示されています4)。代理ウイルスはSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を使って細胞に侵入するように加工したHIVです1)。南アフリカのヨハネスブルクのウイルス学者Penny Moore氏のチームは501Y.V2の変異一揃いを持つ代理ウイルスと感染者検体(血清/血漿)をde Oliveira氏等の試験と同様に相見えさせました4)。その結果、44の感染者検体のうち約半数(48%;21/44人)は501Y.V2変異代理ウイルスを中和できませんでした。南アフリカでは501Y.V2の再感染がすでに確認されています1)。COVID-19が席巻した地域でその変異株が広まるのは先立つ感染で人々に備わった免疫を切り抜けうることを後ろ盾としていることはかなり確かになりつつあるようです1)。mRNAワクチンは定期的な手入れが必要かもしれないSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を作るmRNAを成分とするPfizer/BioNTechやModernaのワクチン(mRNA-1273やBNT162b2)が計画通り2回接種された20人の血液を調べたところスパイクタンパク質受容体結合領域(RBD)へのIgMやIgG抗体は先立つ報告と同様に豊富で、COVID-19を経た人と同等のSARS-CoV-2細胞侵入阻止(中和)活性やRBD特異的メモリーB細胞量を備えていました5,6)。しかし、英国や南アメリカで見つかって広まるスパイクタンパク質変異・E484K、N501Y、K417N:E484K:N501Yを擁するSARS-CoV-2変異株へのワクチン接種者血漿の中和活性は劣りました。それに、ワクチン接種者に備わった最も強力なモノクローナル抗体一揃いの大部分(17のうち14)の中和活性はE484K、N501Y、K417N:E484K:N501Yで減じるか消失しました。英国ケンブリッジ大学のウイルス学者Ravindra Gupta氏が率いた別の研究でも、BNT162b2ワクチンが1回接種された後の血清は英国で見つかった変異株B.1.1.7のスパイクタンパク質変異に効き難いことが示されています7)。この研究に血清を提供した人はほとんどが高齢者で年齢の中央値は82歳でした。一方、BNT162b2を生み出したドイツのバイオテクノロジー企業BioNTechのチームの検討では変異の有意な影響はみられず、BNT162b2が2回接種された16人から採取した血清はB.1.1.7の変異スパイクタンパク質を纏った代理ウイルスを対照ウイルスとほぼ変わらず中和しました8)。血清を提供した16人のうち8人は比較的若く18~55歳、あとの8人はより高齢で56~85歳です。いずれにせよそれらはいずれも試験管研究であり、実際(real life)はどうかを調べる必要があるとGupta氏は言っています7)。変異はいまのところワクチンの予防効果に差し支えないかもしれないが、備わった抗体が減ってきたら影響があるかもしれません。また、SARS-CoV-2感染予防mRNAワクチンはインフルエンザワクチンがそうであるように効果を保つために定期的な手入れが必要かもしれません5)。[追記] その予想どおり、南アフリカで見つかった変異株(南ア変異株)を標的とする新たなCOVID-19ワクチンの開発にModerna社が早くも着手しています(プレスリリース)。すでに世界で接種され始めたmRNA-1273が南ア変異株に弱いらしいことが接種者血清と代理ウイルスを使った実験(bioRxiv. January 25, 2021)で示されたからです。実験の結果、mRNA-1273が臨床試験で2回投与された8人(18~55歳)の血清は南ア変異株の変異スパイクタンパク質を纏った代理ウイルスを中和し、その抗体活性は感染防御に必要な水準を恐らく満たしていたものの低めでした(対照ウイルス中和活性の6分の1)。その結果を受けてModerna社は南ア変異株を専門とするワクチン候補mRNA-1273.351の開発に着手しており、前臨床試験が始まります。また、Modernaの現在のワクチン接種は2回ですが、さらに多く接種したときの中和活性増強を調べる第I相試験も始まります。イスラエルでPfizerのCOVID-19ワクチン1回目接種が感染の3割を防いだCOVID-19ワクチンのこれからは別にして、世界に出回り始めた現在のワクチン普及の効果の一端がイスラエルから発表されました。イスラエルはアラブ首長国連邦と並んでワクチン接種率が世界で最も高く、両国とも人口のおよそ4分の1を占める200万人超が接種を済ませています9)。イスラエルの今回の解析ではPfizer/BioNTechのワクチンBNT162b2が接種された60歳超高齢者20万人と非接種20万人が比較されました。その結果、2回接種が必要なそのワクチンの1回目を済ませてから2週間後の検査陽性(感染)率は非接種者より33%低いことが示されました。もう何週間かすると2回目の接種を済ませた人が揃ってさらに確かな結果が判明します9)。今回のひとまずの結果を受け、BNT162b2の1回目接種後の感染阻止効果は思ったより低いようだとイスラエル最大の医療団体Clalit Health Servicesの疫学者Ran Balicer氏は言っています10)。参考1)Fast-spreading COVID variant can elude immune responses / Nature 2)Escape of SARS-CoV-2 501Y.V2 variants from neutralization by convalescent plasm.medRxiv. January 21, 20213)New Covid-19 501Y.V2 variant escapes antibodies / Africa Health Research Institute 4)SARS-CoV-2 501Y.V2 escapes neutralization by South African COVID-19 donor plasma. bioRxiv. January 19, 20215)mRNA vaccine-elicited antibodies to SARS-CoV-2 and circulating variants. bioRxiv. January 19, 2021. 6)COVID vaccines might lose potency against new viral variants / Nature 7)Impact of SARS-CoV-2 B.1.1.7 Spike variant on neutralisation potency of sera from individuals vaccinated with Pfizer vaccine BNT162b2. medRxiv. January 20, 20218)Neutralization of SARS-CoV-2 lineage B.1.1.7 pseudovirus by BNT162b2 vaccine-elicited human sera. bioRxiv. January 19, 20219)Are COVID vaccination programmes working? Scientists seek first clues / Nature10)Single Covid vaccine dose in Israel 'less effective than we thought' / Guardian

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第21回 高齢者糖尿病の感染症対策、どのタイミングで何をする?【高齢者糖尿病診療のコツ】

第21回 高齢者糖尿病の感染症対策、どのタイミングで何をする?Q1 COVID-19流行による受診機会減少、運動不足解消への具体的な対応策は?COVID-19流行に不安を感じ、受診を控える患者さんは少なくありません。適切な通院間隔は個々の症例によって異なるため、一概には言えませんが、通院間隔が短いほうが血糖コントロールが良好となる傾向があります。糖尿病診療において血糖測定(およびHbA1c測定)は重要な要素であるため、自己血糖測定を行っていない場合にオンラインや電話診療のみで加療をするのは困難です。したがって、血糖コントロールが良好な状態が維持できていれば通院間隔を延長する(最大3ヵ月)、もともと不良であったり、悪化傾向がみられる場合には通院間隔を短縮するといった柔軟な対応が必要です。患者さんの背景にもよりますが、HbA1c 6%台であれば3ヵ月ごと(インスリン使用者は除く)、7%台であれば2ヵ月ごと、8%台であれば1ヵ月ごとなどの目安を患者さんに提示し、受診の必要性を理解していただくことも効果的です。COVID-19流行に伴い外出機会や活動量が低下した高齢糖尿病患者さんも多く経験します。高齢者は活動量が低下すると容易に筋力が低下しますので、活動量の維持は重要です。1人あるいは同居者とのウォーキングで感染リスクが高まることはまずないと考えますので、可能な方には、人込みを避けたウォーキングを推奨しています。また、室内でできる運動としてラジオ体操や当センター研究所 社会参加と地域保健チームで開発された「本日の8ミッション」などを提示しています。「本日の8ミッション」は、つま先あげや、ももあげ、スクワットなどからなり、チェックシートがホームページよりダウンロードできます。また、座位行動時間に注目した指導も有効です。ADA(米国糖尿病学会)によるStandards of medical care in diabetes 2020では座位行動時間の短縮が推奨されています。30分以上座り続けないことで血糖値が改善するといわれており1)、自宅にいても30分に1回は立ち上がるよう患者さんに指導しています。Q2 誤嚥性肺炎の効果的な予防法について教えてください高齢者肺炎の多くを占めると考えられているのが誤嚥性肺炎です。糖尿病患者は脳梗塞による嚥下障害や高血糖による免疫能低下を介し、誤嚥性肺炎のリスクが高いと考えられます。誤嚥性肺炎は、睡眠中などに口腔内の細菌が唾液とともに下気道に流入する不顕性誤嚥により生じると考えられており、口腔内を清潔に保つことが重要です。コロナ禍の現在でも歯磨き習慣の確認や口腔内のセルフチェックを促すことは重要です。嚥下機能が低下している場合には、嚥下機能の回復を目指したリハビリ(通院が困難な場合は在宅でも可能)や嚥下状態に合わせた適切な食形態への変更が必要です。鎮静薬や睡眠薬、抗コリン薬などの口腔内乾燥をきたす薬剤は嚥下障害をきたしやすいため、適切な使用がなされているか評価する必要があります。また、肺炎一般の予防として肺炎球菌やインフルエンザワクチンの接種も有効です。肺炎球菌ワクチン、インフルエンザワクチンとも肺炎による入院減少が示されており、両者の併用により、さらに入院頻度が減少することが示されています2)。なお、経鼻胃管や胃瘻造設による誤嚥性肺炎の予防効果は示されていません。Q3 尿路感染症の効果的な予防法・無症候性細菌尿への対応は?糖尿病は尿路感染症のリスクであることが知られており、そのリスクは血糖コントロール不良(HbA1c 8.5%以上)により高くなります3)。また、糖尿病患者では男女とも無症候性細菌尿の頻度が高いことも知られていますが4)、一部の例外(妊婦、好中球減少、泌尿器処置前)を除き、無症候性細菌尿に対するスクリーニングや治療は推奨されません5)。ただし、SGLT-2阻害薬の使用は尿路感染症のリスクとなる可能性があるため、現時点で明確なエビデンスがあるわけではありませんが、使用開始前に評価し、無症候性細菌尿が認められれば、使用を慎重に検討する必要があると考えます。閉経後女性140名を対象とした無作為比較試験では、1.5L以上の飲水により単純性膀胱炎の発症を50%低下することが示されています6)。膀胱炎を繰り返す場合には神経因性膀胱を念頭とした残尿測定やエコーによる尿路閉塞の有無を確認する必要があります。再発性尿路感染症予防におけるクランベリージュースの有効性を検討した研究では、50歳以上の女性においてその有効性が示されていますが7)、否定的な意見もあり8)注意を要します。Q4 歯周病に対する評価や歯科との連携について高齢糖尿病患者では歯周病の罹患率が高く、血糖コントロールが不良であると歯周病が悪化しやすいことが知られています。歯周病が重症化すると血糖コントロールが悪化します。逆に治療により歯周病による炎症が改善すると血糖コントロールも改善することが報告されています9)。歯周病による歯牙の喪失は嚥下障害のリスクとなるほか、オーラルフレイルを介し、身体的フレイルおよびサルコペニアのリスクとなる可能性があるため、歯周病の評価・治療は重要です。高齢糖尿病患者で歯牙の喪失または歯周病があると健康関連のQOL低下は1.25倍おこりやすく、過去12ヵ月間歯科治療を受けていないと1.34倍QOL低下をきたしやすいという米国の70,363人の調査結果も出ています10)。歯科との連携に際し、日本糖尿病協会が発行している「糖尿病連携手帳」を利用することが多いです。「糖尿病連携手帳」にはHbA1cなどの検査結果を記載するページとともに眼科・歯科の検査結果を記載するページもあり、受診時に患者さんに持参していただくことで情報の共有が可能です。もともとの状態や血糖コントロール状況にもよりますが、一般に3~6ヵ月間隔での評価が推奨されています。1)American Diabetes Association. Diabetes Care. 2020 Jan;43:S48-S65.2)Kuo CS, et al.Medicine (Baltimore). 2016 Jun;95:e4064.3)McGovern AP, et al.Lancet Diabetes Endocrinol. 2016 Apr;4:303-4.4)Renko M, et al.Diabetes Care. 2011 Jan;34:230-55)JAID/JSC 感染症治療ガイドライン2015-尿路感染症・男性性器感染症-,日本化学療法学会雑誌 Vol. 64, p1-3,2016年1月.6)Hooton TM, et al.JAMA Intern Med. 2018 Nov 1;178:1509-1515.7)Takahashi S, et al.J Infect Chemother 2013 Feb;19:112-7.8)Nicolle LE. JAMA. 2016 Nov 8;316:1873-1874.9)Munenaga Y, et al.Diabetes Res Clin Pract. 2013 Apr;100:53-60.10)Huang DL, et al.J Am Geriatr Soc. 2013 Oct;61:1782-8.

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第43回 ブラジルで広まるコロナ変異株P.1の再感染しやすさの検討が必要/去年の新発見を疑問視

ブラジルで広まるコロナ変異株P.1の再感染しやすさの検討が必要ブラジルでは急速に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染(COVID-19)が広まり、アマゾン地域の流行はとりわけ強烈でした。同地域の最大都市で200万人超が暮らすマナウスでは実に4人に3人(76%)が10月までにCOVID-19を経たと献血検体の抗体を調べた試験で推定されています1)。4人に3人が感染したとなれば感染増加を防ぐ集団免疫の想定水準を十分に満たします。しかしそれにもかかわらず最近になってマナウスでCOVID-19が再び増え始めたことは試験に携わった英国インペリアル大学(Imperial College London)のウイルス学者Nuno Faria氏を驚かせました2)。ウイルスが行き渡ったことと病院がCOVID-19患者で再び混雑することは同氏によれば両立し難いことだからです。マナウスの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノム情報は乏しく、去年の春に採取されたものの記録しか存在しません3)。そこでFaria氏等は今どうなっているかを探るべく、COVID-19が再び急増し始めた時期と重なる去年12月中旬にマナウスで集めた検体のSARS-CoV-2ゲノムを読み取りました。その結果、31の検体の半数近い42%(13/31) から新たなSARS-CoV-2変異株が見つかり、P.1(descendent of B.1.1.28)と名付けられました3)。P.1は去年2020年の3月から11月にマナウスで採取された検体には存在せず、同市で先立って蔓延したSARS-CoV-2のおかげで備わった免疫を交わして感染しうる恐れがあり、すでに感染を経た人への再感染しやすさを調べる必要があるとFaria氏等は言っています2)。その問いを解くのにおそらく参考になる研究はすでに始まっています。サンパウロ大学の分子生物学者Ester Sabino氏はマナウスでの再感染の同定を開始しており、この1月からはマナウスでの検体のウイルス配列をより多く読んでP.1の広まりも追跡しています。英国で広まっていることが最初に判明してその後世界中に広まったSARS-CoV-2変異株B.1.1.7と同様にP.1もすでに国境をまたいでおり、ブラジルから日本への渡航者から見つかった変異株が後にP.1と判明しています2)。英国はSARS-CoV-2に発生する変異の影響を調べる取り組みG2P-UKを先週末15日に発表しました4)。世界保健機関(WHO)は変異株の監視や研究の協調を後押ししており、先週初めの12日の会議5)ではワクチンを接種した人や感染を経た人の血漿やウイルス検体を保管するバイオバンク体制を設けて試験に役立てる計画が話し合われています2)。本連載で紹介した新たな唾液腺発見の報告が疑問視されている新たな唾液腺(tubarial glands)を発見したという去年の報告を年初に本連載(第41回)で紹介しましたが、その報告を疑問視する意見がその出版雑誌Radiotherapy & Oncologyに複数寄せられているとわかりました。たとえば1つは新規性を疑うもので、tubarial glandsの特徴に見合う構造の存在は100年以上前から把握されていたとスタンフォード大学のAlbert Mudry氏等は指摘しています6,7)。また、唾液腺と分類することの妥当性も疑問視されています8)。その存在位置をみるに口腔に腺液は届きそうになく、唾液の生成には寄与していなさそうです。また、唾液の主成分アミラーゼもなく、唾液腺とみなすのは無理と指摘されています6)。臓器であれ技術であれ完全なる新発見を主張する報告をMudry氏はどれも疑ってかかります6)。というのも新規性の立証のために過去の報告を洗いざらい調べることを著者はたいてい怠るからです。Mudry氏によると1800年代に解剖学者2人や耳科医が既にtubarial glandsの領域の腺の存在を記録しています。新たな腺をひねり出そうとするのではなく別の観点を考察すればよかったのにとブラジルの口腔病理医Daniel Cohen Goldemberg氏は言っています。研究自体は優れているのだから撤回せずに訂正して残すべきと同氏は考えています6)。Cohen Goldemberg氏もRadiotherapy & Oncologyへの意見9)の投稿者の1人です。参考1)Buss LF, et al. Science. 2021 Jan 15;371:288-292.2)New coronavirus variants could cause more reinfections, require updated vaccines / Science3)Genomic characterisation of an emergent SARS-CoV-2 lineage in Manaus: preliminary findings / virological.org4)National consortium to study threats of new SARS-CoV-2 variants / UK Research and Innovation5)Global scientists double down on SARS-CoV-2 variants research at WHO-hosted forum / WHO6)Scientists Question Discovery of New Human Salivary Gland / TheScientist7)Mudry A, et al. Radiother Oncol. 2020 Dec 10:S0167-8140:31222-6. 8)Bikker FJ, et al. Radiother Oncol. 2020 Dec 10:S0167-8140:31224-X.9)Cohen Goldemberg D, et al. Radiother Oncol. 2020 Dec 11:S0167-8140:31223-8.

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30歳以下の早期乳がんの予後、高齢患者と比較

 30歳以下で乳がんと診断された患者のデータを後ろ向きに収集し、高齢患者を対照として症例対照研究を実施したところ、若年患者は高齢患者よりも無病生存率(DFS)が短い傾向にあったことを、台湾・National Cheng Kung UniversityのWei-Pang Chung氏らが報告した。全生存期間(OS)には差がみられなかった。Medicine(Baltimore)誌2021年1月8日号に掲載。 本研究は、手術方法・病期・サブタイプをマッチさせた、症例(若年患者)と対照(高齢患者)が1:3の症例対照研究。主要評価項目はDFS、副次評価項目はOSで、単変量および多変量解析で予後因子を検討した。分析対象は若年群(年齢中央値:28.5歳)18例と高齢者群(同:71歳)54例。 主な結果は以下のとおり。・5年DFS率は若年群で68.8%、高齢者群で84.6%だった(p=0.080)。・5年OS率は若年群87.1%、高齢者群91.2%だった(p=0.483)。・多変量解析から「腫瘍径が大」「トリプルネガティブ乳がん」が、若年患者のDFS不良となる主な予後因子であることが示された。 著者らは「乳がん初期段階にある若年患者への積極的な治療が予後を改善するだろう」と述べている。

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第42回 南アの新型コロナウイルス変異株へのワクチン効果が心配されている/変異株はどう発生するのか

南アの新型コロナウイルス変異株へのワクチン効果が心配されている南アフリカ(南ア)で広まる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)変異株は英国で広まる変異株にはない変異があり、英国の専門家はそれらがワクチンの効果を妨げる恐れがあると心配しています1-3)。南アの変異株B.1.351(別称501Y.V2)のスパイクタンパク質の受容体結合領域(RBD)には英国の変異株B.1.1.7と共通するN501Y変異に加えてさらに2つの変異が存在します。南アの変異株に特有のそれら2つの変異の1つE484Kは抗体を寄せ付け難くすることが知られており1)、厄介なことに先立つ感染やワクチン接種で備わった免疫防御をウイルスが回避するのを助けます。E484Kだけで南アの変異株に目下のワクチンが全く歯が立たなくなるとは考え難いが、変異株の発見にはワクチンの効果の心配がつきものであり、南アの変異株へのワクチンの効き具合はまだ想像がつかないとロンドン大学のFrancois Balloux教授は言っています1)。英国の変異株は去年9月にみつかり4)、12月中旬に同国で急速に広まりました。南アの変異株は11月中旬から他のSARS-CoV-2に取って代わって同国で広まっていることが12月18日に発表されました5)。オックスフォード大学の免疫学者で英国のワクチン開発の取り組みへの助言者の1人・John Bell氏は英国の変異株にワクチンは効きそうだが南アの変異株への効果は大変心配(big question mark)で、調査を急いでいると言っています3,6)。南アの変異株のゲノムを調べている同国の大学University of KwaZulu-Natalの感染症専門家Richard Lessells氏はその調査こそ同氏等の最優先課題であるとし、抗体がすでに備わっている人やワクチン接種を経た人の血液の中和抗体活性の検討を始めています7)。中和抗体だけでなく細胞を介した免疫を調べることも有益だろうと米国のウイルス学者Kartik Chandran氏は科学ニュースThe Scientistに述べています3)。T細胞が担うそれらの免疫は中和抗体に比べて変異への対応がより鈍いかもしれません。※幸いなことに、南アと英国の SARS-CoV-2 変異株に共通のN501Y変異はPfizer/BioNTechのワクチンの効果を妨げはしないようです。先週7日にbioRxivに掲載された実験によると、同ワクチンの第III相試験の被験者20人の血清はN501Y変異導入SARS-CoV-2を非変異SARS-CoV-2と同様に中和しました。SARS-CoV-2変異株はどう発生するのか新型コロナウイルス感染(COVID-19)から1ヵ月が過ぎてもその原因ウイルスSARS-CoV-2を排出し続けるがん(リンパ腫)患者がいることを知ったケンブリッジ大学のウイルス研究者Ravindra Gupta氏は治療を助けるために出向いてその男性患者にとりつくSARS-CoV-2の面々の変遷を調べました8,9)。その結果、抗体を効かなくするスパイクタンパク質変異対を備えるSARS-CoV-2一派が回復者血漿投与に伴って優勢になっており、その変異対の片割れΔH69/ΔV70は英国で広まる変異株B.1.1.7にも存在するものでした。男性患者は抗体を作る免疫細胞・B細胞を減らす抗がん剤リツキシマブ治療を受けていて免疫が衰えている免疫弱者であり、抗ウイルス薬Remdesivir(レムデシビル)や回復者血漿投与の甲斐なくCOVID-19診断から101日で亡くなりました。男性にとりついたSARS-CoV-2の面々は2度の一連のレムデシビル治療にも関わらず65日間はほとんど進化的変化(evolutionary change)なしで居着いていました。しかし回復者血漿が投与されるやその組成は一変し、抗体を効かなくする変異対・D796HとΔH69/ΔV70を有するSARS-CoV-2一派があたまをもたげて優勢になり、その変異対はSARS-CoV-2への主な抗体を突き放すウイルスの常套手段の一つであることが判明しました。スパイクタンパク質に8つの変異を携えて英国で広まる変異株B.1.1.7もGupta氏等が見つけた変異対保有一派と同様に免疫弱者が出どころかもしれないと研究者は考えています8)。ΔH69/ΔV70変異を備えて抗体を突っぱねることがSARS-CoV-2の常套手段であることはその変異がB.1.1.7に備わることも物語っています。Scienceのニュースによると8)、レンチウイルスを試しに使ったGupta氏の実験でΔH69/ΔV70変異は感染を捗らせました。B.1.1.7のスパイクタンパク質に備わる別の変異N501Yは南アで広まる変異株B1.351にも存在し、Science誌掲載の研究では細胞受容体ACE2との密着を促すことが示唆されました10)。N501Yのように独立して生き残る変異はウイルスにとって有益である公算が大きいとFred Hutchinson Cancer Research Centerの進化生物学者Jesse Bloom氏は言っています8)。英国の変異株B.1.1.7のスパイクタンパク質に備わるP681H変異もN501Yと同様に注意が必要とみられています。P681Hは細胞侵入に際してのスパイクタンパク質切断部位を変えます。その切断部位は20年近く前の2003年に流行したコロナウイルスSARS-CoV-1とSARS-CoV-2のスパイクタンパク質の不一致領域に位置し、その領域の変化は感染をより広めやすくする恐れがあります10)。参考1)expert reaction to the South African variant / Science Media Centre2)UK scientists worried vaccines may not work on S.African coronavirus variant / Reuters3)South African SARS-CoV-2 Variant Alarms Scientists / TheScientist4)COVID-19 (SARS-CoV-2): information about the new virus variant / GOV.UK 5)SARS-CoV-2 Variants / WHO6)Covid: 'No question' restrictions will be tightened, says Boris Johnson / BBC7)South Africa testing whether vaccines work against variant / AP8)U.K. variant puts spotlight on immunocompromised patients’ role in the COVID-19 pandemic / Science9)Neutralising antibodies drive Spike mediated SARS-CoV-2 evasion. medRxiv. December 19, 202010)Gu H, et al. Science. 2020 Sep 25;369:1603-1607.

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発作性AFの第1選択、クライオバルーンアブレーションvs.抗不整脈薬/NEJM

 第1選択としてのクライオ(冷凍)バルーンによるアブレーションは、発作性心房細動患者の心房性不整脈再発予防において抗不整脈薬より優れており、重篤な手技関連有害事象は少ないことが示された。米国・クリーブランドクリニックのOussama M. Wazni氏らが、米国の24施設で実施した多施設共同無作為化試験「STOP AF First試験(Cryoballoon Catheter Ablation in Antiarrhythmic Drug Naive Paroxysmal Atrial Fibrillation)」の結果を報告した。薬物療法の効果が得られない症候性の発作性心房細動患者では、洞調律維持のため抗不整脈薬よりカテーテルアブレーションが有効である。しかし、第1選択としてのクライオバルーンアブレーションの安全性と有効性は確立されていなかった。NEJM誌オンライン版2020年11月16日号掲載の報告。クライオバルーンアブレーション群を抗不整脈薬群と比較検証 STOP AF First試験の対象は、症候性の発作性心房細動が再発した18~80歳の患者で、抗不整脈薬(クラスIまたはIII)による7日以上の治療歴などがある患者は除外した。 対象患者を、抗不整脈薬(クラスIまたはIII)群またはクライオバルーンアブレーション群に1対1の割合で無作為に割り付け、後者では無作為割付後30日以内にクライオバルーンを用いた肺静脈隔離術を施行した。ベースライン時、1、3、6ヵ月および12ヵ月時点で12誘導心電図を含む不整脈モニタリングを、また、毎週および3~12ヵ月は症状がある場合に電話モニタリングを、さらに6ヵ月および12ヵ月時点で24時間ホルターモニタリングを実施した。 有効性の主要評価項目は、12ヵ月時点の治療成功(手技不成功、心房細動手術または左房に対するアブレーション、90日以降の心房性不整脈再発・除細動・クラスI/III抗不整脈薬使用の各イベントの回避と定義)であった。安全性の主要評価項目は、クライオバルーンアブレーション群における手技関連およびクライオバルーンシステム関連の重篤な有害事象の複合エンドポイントとした。クライオバルーンアブレーション群の治療成功率74.6%、抗不整脈薬群45.0% 2017年6月~2019年5月までに225例が登録され、このうち治療を受けた203例(クライオバルーンアブレーション群104例、抗不整脈薬群99例)が解析対象となった。クライオバルーンアブレーション群における手術の成功率は97%であった。 12ヵ月時点の治療成功率(Kaplan-Meier推定値)は、クライオバルーンアブレーション群74.6%(95%信頼区間[CI]:65.0~82.0)、抗不整脈薬群45.0%(34.6~54.7)であった(log-rank検定のp<0.001)。 クライオバルーンアブレーション群で安全性の主要評価項目である複合エンドポイントのイベントが2件発生した(12ヵ月以内のイベント発生率のKaplan-Meier推定値は1.9%、95%CI:0.5~7.5)。

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認知症診断後1年以内の自殺リスク

 重度の認知症であれば、自殺を実行するための機能が損なわれることで自殺を防ぐことができるが、初期および軽度の認知症の場合、認知機能が比較的保たれているため、疾患の進行による将来への不安を醸成し、自殺の実行を助長する可能性がある。韓国・延世大学校のJae Woo Choi氏らは、認知症診断を受けてから1年以内の高齢者の自殺リスクについて調査を行った。Journal of Psychiatry & Neuroscience誌オンライン版2020年10月29日号の報告。アルツハイマー型認知症は自殺リスクが高かった 国民健康保険サービスのシニアコホートデータを用いて、2004~12年に認知症と診断された高齢者3万6,541例を抽出した。認知症の定義は、ミニメンタルステート検査(MMSE)スコア26以下および臨床的認知症評価尺度(CDR)スコア1以上またはGlobal Deterioration Scale(GDS)スコア3以上とし、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、その他/特定不能の認知症を含めた。性別、年齢、併存疾患、インデックス年で1:1の傾向マッチングを行い認知症でない高齢者を対照群として抽出し、2013年までフォローアップを行った。認知症診断後1年以内の自殺による死亡の調整済みハザード比(aHR)を推定するため、時間依存的Cox比例ハザードモデルを用いた。 認知症診断を受けてから1年以内の高齢者の自殺リスクの調査の主な結果は以下のとおり。・認知症診断後、最初の1年間で46例の自殺が確認された。・認知症高齢者は、対照群と比較し、自殺リスクが高かった(aHR:2.57、95%信頼区間[CI]:1.49~4.44)。・アルツハイマー型認知症(aHR:2.50、95%CI:1.41~4.44)またはその他/特定不能の認知症(aHR:4.32、95%CI:2.04~9.15)の高齢者は、対照群と比較し、自殺リスクが高かった。・他の精神疾患を合併していない認知症患者(aHR:1.96、95%CI:1.02~3.77)および合併している認知症患者(aHR:3.22、95%CI:1.78~5.83)は、対照群と比較し、自殺リスクが高かった。・統合失調症(aHR:8.73、95%CI:2.57~29.71)、気分障害(aHR:2.84、95%CI:1.23~6.53)、不安症または身体表現性障害(aHR:3.53、95%CI:1.73~7.21)と認知症を合併している患者は、認知症を合併していない各疾患の患者と比較し、自殺リスクが高かった。 著者らは「本研究は、自殺率の高い韓国の高齢者を対象とした試験であり、異なる背景を有する集団に本結果をそのまま当てはめるには、注意が必要である」としながらも「認知症診断後1年以内での自殺リスクの上昇が認められた」としている。

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臨床試験の利益相反、研究者の理解に大きなばらつき/BMJ

 臨床試験に関連する利益相反とは何か、どのような場合にそれを報告すべきかについての研究者の理解には、かなりのばらつきがあり、非営利的な金銭的利益相反(政治的な意図を持つ政府系医療機関による試験への資金提供など)の重大さを認識しつつも、その報告と管理は困難と考える研究者もいることが、デンマーク・オーデンセ大学病院のLasse Ostengaard氏らの検討で示された。研究の成果は、BMJ誌2020年10月27日号で報告された。営利組織からの資金提供と、著者の金銭的な利益相反は、統計学的に有意な結果や好意的な結論の報告の頻度が高いことと関連する。また、利益相反は、試験のデザインや運営、解析、報告の仕方に影響を及ぼす可能性があるとの懸念が広まっている。利益相反が、試験の特定のデザインの特徴やバイアス、問題を最小化するための管理戦略に及ぼす適切でない影響に関連するメカニズムは、十分には理解されていないという。20人の研究者へのインタビューによる定性的研究 研究グループは、臨床試験の研究者は自分が携わった試験に適切でない影響を及ぼす利益相反をどのように認識しているか、その潜在的な影響を最小限に抑えるためにどのような管理戦略を行っているかを評価する目的で、インタビューによる定性的研究を行った(研究助成は受けていない)。 対象は、臨床試験の方法論や統計学の専門知識を持ち、10件以上の臨床試験に参加したことのある研究者であった。インタビューの対象となる研究者は、Web of Scienceの検索と機縁法(snowball sampling)で特定された。52人の臨床試験研究者に電子メールでインタビューを申し込み、20人(38%)が応じた。インタビュー時間中央値は24分(範囲:15~58)だった。 インタビューは、2017年12月~2018年7月の期間に電話で行われ、録音して逐語的に文字に起こされた。文字起こしは分析ソフト(NVivo 12)で読み込まれ、体系的にテキストを凝縮して解析された。半構造化インタビューは、金銭的および非金銭的な利益相反に重点が置かれた。利益相反の定義や閾値を使い分け、報告時期の基準も異なる インタビューの対象となった研究者が参加した臨床試験の件数中央値は37.5件(IQR:20~100)であった。20人の内訳は、医師が12人、他の医療従事者が2人、生物統計学者が4人、他の専門家が2人で、男性が18人、女性は2人だった。10人(50%)は企業が資金を提供した試験、19人(95%)は企業が資金を提供したが独立に運営された学術的試験、18人(90%)は非営利的な資金提供による試験を経験していた。主に薬剤の試験に参加した研究者が11人(55%)、主に薬剤以外の試験に参加した研究者が6人(30%)、薬剤と非薬剤の試験がほぼ同じ割合の研究者が3人(15%)だった。 事前に規定された2つのテーマ(利益相反の影響、管理戦略)と、2つの追加テーマ(利益相反の定義と報告)について検討した。利益相反の影響として認識された例には、質的に劣る比較対象の選択、無作為化の手順の操作、試験の早過ぎる中止、データの捏造、データへのアクセスの妨害、情報操作(spin、たとえば、結果の過度に好意的な解釈)などが挙げられた。 利益相反を管理する戦略の例としては、情報開示手続き、試験のデザインと解析からの資金提供者の除外、独立委員会の設置、データへの完全なアクセスを保証する規約、解析と報告に関して資金提供者による制限がないことなどが挙げられた。 また、臨床試験研究者は、利益相反と考えられることの定義や閾値を使い分けており、利益相反の報告の時期に関して異なる基準を示した。さらに、非営利的な金銭的利益相反(たとえば、政治的な意図を持つ政府系医療機関による試験への資金提供)の重大さは、営利的な金銭的利益相反(たとえば、製薬企業や医療機器企業による資金提供)と同等またはそれ以上であるが、その報告と管理はより困難と考える研究者もいた。 著者は、「これらの結果は、臨床試験における利益相反を評価するツール(TACIT)の開発のためのエビデンスの基盤として不可欠な要素である。TACIT(tool for addressing conflicts of interest in trials)は、臨床試験報告の読者に、利益相反の情報へのアクセスの仕方、その情報の処理の仕方の指針を示すことを目的とし、とくに系統的レビューを実施する際に、利益相反のある臨床試験の結果をどう解釈するかについての思考様式を提供するものである」としている。

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COVID-19流行下の仕事再開期におけるメンタルヘルス問題の調査

 中国・大連医科大学のYuan Zhang氏らは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下の仕事再開期における不安症、うつ病、不眠症に影響を及ぼす因子について調査を行った。Journal of Psychosomatic Research誌2020年11月号の報告。 中国・山東省で2020年3月2日~8日に、割当抽出法(quota sampling)と機縁法(snowball sampling)を組み合わせた多施設横断調査を実施した。不安症、うつ病、不眠症の評価には、それぞれ全般性不安障害尺度(GAD-7)、こころとからだの質問票(PHQ-9)、不眠症重症度指数(ISI)を用いた。影響を及ぼす因子を調査するため、多変量ロジスティック回帰分析を用いた。 主な結果は以下のとおり。・3施設より4,000通のアンケートを送付し、有効な回答3,237件を収集した。・各評価尺度に基づく不安症、うつ病、不眠症の有病率は19.5~21.7%であった。そのうち、2.9~5.6%は重症であった。・複数の症状を合併していた患者は、不安症とうつ病の合併2.4%、不安症と不眠症の合併4.8%、うつ病と不眠症の合併4.5%であった。・不安症と不眠症のスコアおよびうつ病と不眠症のスコアには、正の相関が認められた。・不安症、うつ病、不眠症のリスク因子は、50~64歳、30日以上に1回のみの屋外活動であった。・COVID-19流行期に、心理的介入を受けていた人は17.4%、個別の介入を受けていた人は5.2%であった。 著者らは「COVID-19流行下の仕事再開期には、メンタルヘルス問題の発生率が通常時よりも増加していた。現行の心理的介入は不十分であり、早期に有効な心理的介入を実施すべきである」としている。

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中等~重症アトピー性皮膚炎、バリシチニブ+TCSの有効性・安全性を確認

 経口JAK1/2阻害薬バリシチニブについては、外用コルチコステロイド薬(TCS)で効果不十分な中等症~重症アトピー性皮膚炎(AD)への単独療法の有効性および安全性が、これまでに2件の第III相試験の結果で報告されている。今回、ドイツ・ハンブルク・エッペンドルフ大学医療センターのKristian Reich氏らは、バリシチニブとTCSの併用療法について検討し、中等症~重症ADに対してバリシチニブ1日1回4mg+TCSが症状を有意に改善することを明らかにした。安全性プロファイルは、バリシチニブのこれまでの試験で既報されているものと変わらなかった。JAMA Dermatology誌オンライン版2020年9月30日号掲載の報告。 研究グループは、TCS治療では効果不十分であった中等症~重症AD成人患者について、TCSを基礎療法としながらバリシチニブ4mgまたは2mg用量の有効性と安全性を評価する、二重盲検プラセボ対照第III相無作為化試験「BREEZE-AD7試験」を実施した。 試験は2018年11月16日~2019年8月22日まで、アジア、オーストラリア、欧州、南米の10ヵ国、68の医療センターで行われた。被験者は、18歳以上のTCSで効果不十分の中等症~重症AD患者であった。 被験者は無作為に3群(1対1対1)に割り付けられ、バリシチニブ1日1回2mg(109例)、同4mg(111例)、プラセボ(109例)のいずれかを16週間投与された。基礎療法として、低度~中等度効能のTCSの使用が認められた。 主要評価項目は、Validated Investigator Global Assessment for AD(vIGA-AD)スコアが16週時点の評価でベースラインから2ポイント以上改善し、0(改善)または1(ほとんど改善)を達成した患者の割合であった。 主な結果は以下のとおり。・被験者329例は、平均[SD]年齢33.8[12.4]歳、男性216例(66%)であった。・16週時点でvIGA-ADスコア0または1を達成した患者は、プラセボ群16例(15%)に対し、バリシチニブ4mg群34例(31%)、同2mg群26例(24%)であった。・対プラセボのオッズ比(OR)は、バリシチニブ4mg群2.8(95%信頼区間[CT]:1.4~5.6、p=0.004)、同2mg群1.9(0.9~3.9、p=0.08)であった。・治療関連有害事象の報告は、バリシチニブ4mg群で64/111例(58%)、同2mg群で61/109例(56%)、プラセボ群で41/108例(38%)であった。・重篤な有害事象の報告は、バリシチニブ4mg群4例(4%)、同2mg群2例(2%)、プラセボ群4例(4%)であった。・最も頻度の高い有害事象は、鼻咽頭炎、上気道感染症、毛包炎であった。・なお試験完了後、被験者は4週間のフォローアップもしくは拡大延長(長期)試験に登録された。

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ESMO2020レポート 肝胆膵腫瘍

レポーター紹介はじめにESMO VIRTUAL CONGRESS 2020はASCO 2020 Virtualに引き続き、オンラインでの開催となった。開催会場を模したトップページ上から各会場へとアクセスでき、これまでの開催のように人々が集う様子には新型コロナウイルス感染症の収束への願いが現れていた。本稿では肝胆膵領域からいくつかの演題を紹介したい。巨大肝細胞がんに対するFOLFOXを用いたHAICの有効性が示されるHepatic arterial infusion chemotherapy (HAIC) with oxaliplatin, fluorouracil, and leucovorin (FOLFOX) versus transarterial chemoembolization (TACE) for unresectable hepatocellular carcinoma (HCC): A randomised phase III trial 【Presentation ID:981O】Intermediate stageの手術不能でかつ穿刺局所療法の対象とならない多血性肝細胞がんに対して行われるTACEの有効性は、巨大な肝細胞がんに対しては病勢制御割合は50%未満、全生存期間は9~13ヵ月といまだ十分とは言えない。FOLFOXを用いたHAICの第II相試験での良好な抗腫瘍効果を受けて、巨大な切除不能肝細胞がん患者におけるFOLFOXを用いたHAICおよびTACEを比較する無作為化第III相試験の結果が報告された。最大径7cm以上で大血管への浸潤もしくは肝外転移のない切除不能肝細胞がんを有する、Child-Pugh分類A、ECOG PS0または1の患者が適格とされた。登録された患者はHAIC(オキサリプラチン130mg/m2、ロイコボリン400mg/m2、1日目にフルオロウラシルボーラス400mg/m2、およびフルオロウラシル注入2,400mg/m2を24時間、3週間ごとに繰り返し6サイクルまで投与)またはTACE(エピルビシン50mg、ロバプラチン50mg、リピオドールおよびポリビニルアルコール粒子)に1対1で割り付けられた。主要評価項目は全生存期間(OS)、副次評価項目として無増悪生存期間(PFS)、客観的奏効割合(ORR)および安全性が評価された。データカットオフは2020年4月でフォローアップは継続されている。HAIC群に159例、TACE群に156例が登録された。患者背景に大きな差はなく、HAIC群/TACE群のHBV陽性例が88.1/90.4%、AFP 400ng/mL以上は52.2/48.1%であった。最大腫瘍径の中央値はHAIC群9.9cm(範囲:7~21.3)、TACE群9.7cm(7~19.8)であり、腫瘍数が3個以下であった症例はHAIC群51.6%、TACE群47.7%であった。治療回数の中央値はHAIC群で4回(2~5)、TACE群で2回(1~3)であった。治療のクロスオーバーはTACE群で多く、HAIC群では後治療として切除が行われた症例が多かった(p=0.004)。RECIST ver.1.1によるHAIC群のORRは45.9%とTACE群の17.9%に比べ有意に高かった(p< 0.001)。Modified RECISTによる評価でも同様にHAIC群が有意に高い結果であった(48.4% vs.32.7%、p=0.004)。主要評価項目であるOS中央値はHAIC群23.1ヵ月(95%信頼区間:18.23~27.97)、TACE群16.07ヵ月(95%信頼区間:14.26~17.88)であり、HAIC群で有意な延長を認めた(HR=0.58、95%信頼区間:18.23~27.97、p<0.001)。PFS中央値は、HAIC群9.63ヵ月(95%信頼区間:7.4~11.86)、TACE群5.4ヵ月(95%信頼区間:3.82~6.98)であり、HAIC群で有意に延長した(HR=0.55、95%信頼区間:0.43~0.71、p<0.001)。Grade3以上の治療関連有害事象はHAIC群で19%、TACE群で30%とHAIC群で少なかった(p=0.03)。巨大な切除不能肝細胞がんを有する患者に対するFOLFOXを用いたHAICはTACEに比べて有効性および安全性ともに良好であった。これまで本邦では5-FUおよびシスプラチンを併用したHAICは外科的切除およびその他の局所治療の適応とならない肝細胞がんを対象としてソラフェニブへの上乗せ効果を第III相試験で示すことができなかったことなどを含めて、標準治療とされてこなかった。しかし、今回のような巨大肝細胞がんに対するHAICの有効性の報告、および門脈腫瘍栓を有する肝細胞がんに対するHAICの有効性の報告などが続いており、今後の開発に注目していきたい。転移を有する膵管腺がんおよび神経内分泌腫瘍(NEN)に対する免疫チェックポイント阻害薬の併用療法が検討されるThe Canadian Cancer Trials Group PA.7 trial: Results of a randomized phase II study of gemcitabine (GEM) and nab-paclitaxel (Nab-P) vs. GEM, Nab-P, durvalumab (D) and tremelimumab (T) as first line therapy in metastatic pancreatic ductal adenocarcinoma (mPDAC)【Presentation ID:LBA65】ゲムシタビンおよびnab-パクリタキセル併用療法(GnP)は転移を有する膵がんに対する標準的な1次治療として確立されている。一方で、DNAミスマッチ修復機構の欠損(mismatch repair deficient:dMMR)を呈する場合を除き膵がんに対する免疫チェックポイント阻害薬の有効性は限られたものとされるが、線維芽細胞を含めた腫瘍環境因子による免疫チェックポイント阻害薬の耐性はゲムシタビンおよびnab-パクリタキセル併用により克服されるとの報告がある。これらを受け、抗PD-L1抗体であるデュルバルマブ(D)および抗CTLA-4抗体であるtremelimumab(T)をGnP療法に上乗せする4剤併用療法は、11例のsafety run-inコホートでの安全性が確認されたうえで、その有効性がランダム化第II相試験で検討された。試験はカナダ全域より28施設が参加し行われた。全身状態の保たれた未治療の転移のある膵管腺がんを有する患者が適格とされ、GnP群(ゲムシタビン、nab-パクリタキセルそれぞれ1,000mg/m2、125mg/m2を1日目、8日目、15日目に投与、28日を1サイクル)または4剤併用群(GnP療法に加えてD 1,500mgおよびT 75mgを1日目に投与)の2群に2対1の割合でランダム割り付けされた。ECOG PS、術後補助化学療法歴の有無により層別化が行われた。主要評価項目はOS、副次評価項目はPFS、安全性、ORRが設定された。OSの中央値をGnP群8.5ヵ月に対して4剤併用群13.1ヵ月(HR=0.65)、両側αエラー0.1、統計学的検出力0.8として150イベントが必要であると算出された。データカットオフは2020年3月15日とされた。4剤併用群に119例、GnP群に61例が割り付けられ、患者背景は両群に差はなかった。ECOG PS0/1は4剤併用群で22.7/77.3%、GnP群で23/77%、術後補助化学療法歴は4剤併用群で10.1%、GnP群で11.5%が有しており、アジア人が4剤併用群に8.4%、GnP群に9.8%含まれる集団であった。主要評価項目であるOSの中央値は4剤併用群9.8ヵ月(90%信頼区間:7.2~11.2)、GnP群8.8ヵ月(90%信頼区間:8.3~12.2)であり4剤併用群の優越性は示されなかった(層別HR=0.94、90%信頼区間:0.71~1.25、p=0.72)。PFSの中央値は4剤併用群5.5ヵ月(90%信頼区間:3.8~5.7)、GnP群5.4ヵ月(90%信頼区間:3.6~6.6)であった(層別HR=0.98、90%信頼区間:0.75~1.29、p=0.91)。ORRは4剤併用群30.3%、GnP群23.0%(オッズ比1.49、90%信頼区間:0.81~2.72、p=0.28)であり、PFS、ORRいずれも両群に有意な差はなかった。治療期間中のGrade3以上の有害事象は両群に差はなく4剤併用群で84%、GnP群で76%に認められ、倦怠感、血栓塞栓イベント、敗血症などが多かった。治療期間中のGrade3以上の検査値異常はおおむね同等であったが、リンパ球減少が4剤併用群で38%、GnP群で20%と4剤併用群で有意に高かった(p=0.02)。GnP療法へのデュルバルマブおよびtremelimumabの上乗せはOS、PFS、ORRいずれにおいても有意に改善することができなかった。現在cfDNAの網羅的遺伝子解析を用いて免疫学的観点からの有効性の探索が行われている。A multi-cohort phase II study of durvalumab plus tremelimumab for the treatment of patients (pts) with advanced neuroendocrine neoplasms (NENs) of gastroenteropancreatic or lung origin: The DUNE trial (GETNE 1601)【Presentation ID:1157O】TMB(tumor mutational burden)、PD-L1蛋白発現、およびリンパ球浸潤がいずれも低い、いわゆる「cold」な腫瘍である神経内分泌腫瘍(NEN)に対する免疫チェックポイント阻害の意義は限られたものである。しかしながら昨今、免疫チェックポイント阻害薬の併用がNENに対して良好な抗腫瘍効果を報告しており、今回抗PD-L1抗体であるデュルバルマブと抗CTLA-4抗体であるtremelimumabの併用療法がマルチコホート第II相試験で検討された。標準治療後に増悪した消化管、膵または肺を原発とする進行NENを有する患者が適格とされ、C1:ソマトスタチンアナログ(SSA)および分子標的薬または化学療法の治療歴を有する定型/非定型肺カルチノイド、C2:SSAおよび分子標的薬もしくは放射性核種療法の治療歴を有するGrade1/2消化管NEN、C3:化学療法、SSA、分子標的薬のうち2~4の治療歴を有するGrade1/2膵NENおよびC4:白金製剤を含む化学療法の治療歴を有するGrade3消化管および膵NENの4つのコホートに登録された。登録された患者はデュルバルマブ1,500mgおよびtremelimumab 75mgを4週ごとに4サイクルまで投与を受けた後、デュルバルマブ単剤療法を9サイクルまで継続して投与された。主要評価項目はC1からC3ではRECIST ver.1.1による9ヵ月時点の臨床的有効割合とされ、C4では9ヵ月時点の生存割合とされた。副次評価項目として安全性、PFS、OS、ORRおよび奏効期間(duration of response:DOR)が評価された。C1からC3では臨床的有効割合の閾値を30%、期待値を50%、C4では生存割合の閾値を13%、期待値を23%とし、片側αエラーを0.05、統計学的検出力を0.8として仮説検定に必要な症例数をそれぞれ28例および30例に設定された。C1/C2/C3/C4にそれぞれ27/31/32/33例が登録され、患者背景は以下のようであった。画像を拡大するC1からC3では主要評価項目である9ヵ月時点の臨床的有効割合はC1/C2/C3で7.4/32.3/25%であった。ORRはC1/C2/C3で0/0/6.9%(RECIST ver.1.1)および7.4/0/6.3%(irRECIST)であった。PFSはC1/C2/C3で5.3ヵ月(95%信頼区間:4.52~6.06)/8.0ヵ月(95%信頼区間:4.92~11.15)/8.1ヵ月(95%信頼区間:3.80~12.46)であった。C4では主要評価項目である9ヵ月時点の生存割合は36.1%(95%信頼区間:22.9~57)であった。ORRは7.2%(RECIST ver.1.1)および9.1%(irRECIST)であった。PFSは2.5ヵ月(95%信頼区間:21.5~2.75)であった。すべてのコホートにおける有害事象は倦怠感(43.1%)、下痢(31.7%)、掻痒(23.6%)などであった。進行消化管、膵および肺原発NETに対するデュルバルマブおよびtremelimumabの併用療法の抗腫瘍効果は十分なものではなかった。WHO grade3のNENに対する併用療法は事前に設定した統計学的設定を満たす結果であり、さらなる検討に資するものであった。これまで膵管腺がんおよび神経内分泌腫瘍はいずれもcold tumorとされ、免疫チェックポイント阻害薬の有効性は十分に示されていない。耐性克服のひとつの方向性として併用療法に大きな期待が寄せられていたが、今回の結果もまた厳しいものであった。免疫チェックポイント阻害薬の進行中のバイオマーカーの検討の結果が待たれるとともに、その他の薬剤との併用療法の開発などにも期待し、この領域における免疫療法の開発が継続していくことに期待したい。1次治療中にも転移を有する膵がん患者のQOLは損なわれているThe QOLIXANE trial - Real life QoL and efficacy data in 1st line pancreatic cancer from the prospective platform for outcome, quality of life, and translational research on pancreatic cancer (PARAGON) registry【Presentation ID:1525O】転移を有する膵がんは病勢が早く予後は不良である。GnP療法(ゲムシタビン+nab-パクリタキセル)はMPACT試験などの結果により転移を有する膵がんに対する1次治療として確立されているが、これを受ける患者のQOLに関する報告はいまだなかった。本研究は独95施設が参加する多施設共同前向き観察研究として行われ、GnP療法を受ける転移を有する膵がんが対象とされた。主要評価項目はITT集団における3ヵ月時点でのEORTC QLQ-C30のQoL/Global Health Status(GHS、全般的健康)が維持された患者の割合とされた。ベースラインと比較してスコアの変化が10ポイント未満であった場合に「QoL/GHS Scoreは維持された」と定義された。600人が登録され、患者背景は年齢の平均は68.7歳、男性/女性が58.2/41.8%、ECOG PS 0/1/2/3が32.0/48.7/12.3/1.5%、進行/再発は85.1/13.7%、膵頭部/体部/尾部は48.7/18.2/19.2%であった。GnP療法の投与サイクル数中央値(範囲)は4.0サイクル(0~12)で、45.7%で用量調整が行われており、後治療移行割合は48.5%であった。無増悪生存期間中央値は5.85ヵ月(95%信頼区間:5.23~6.25ヵ月)、全生存期間中央値は8.91ヵ月(95%信頼区間:7.89~10.19ヵ月)であった。Grade3以上の治療関連有害事象は貧血3.9%、好中球減少症5.1%、白血球減少4.3%などで、22例(3.8%)の治療関連死亡が報告された。EORTC QLQ-C30はベースラインでは588例(98%)、3ヵ月時点、293例(48.8%)で評価が可能であった。主要評価項目である3ヵ月時点でQoL/GHS Scoreが維持された患者の割合は61%であった。QoL/GHS Scoreが維持された期間の中央値は4.68ヵ月(95%信頼区間:4.04~5.59ヵ月)であった。単変量解析ではその他のサブスケールと同様にベースラインのQoL/GHS Scoreは生存に有意に寄与した(HR=0.86、p<0.0001)。多変量解析ではEORTC QLQ-C30の各サブスケールのうち、機能スケールでは身体機能(HR=0.86、0.82~0.96、p=0.004)、症状スケールでは悪心・嘔吐(HR=1.06、1.01~1.13、p=0.33)がそれぞれ生存に有意に寄与するものであった。これまでゲムシタビン単剤療法、mFOLFIRINOX療法およびオラパリブなどの第III相試験におけるQOLに関する報告はされていたものの、GnP療法を受ける転移を有する膵がん患者のQOLの情報は不足していた。今回はリアルワールドデータとしてGnP療法を受ける患者のQOLに関する検討が報告された。実臨床でも実感することであるかもしれないが、GnP療法を継続できている患者においても病勢増悪より先にQOLが低下している。転移を有する膵がんに対して、本邦でも今年ナノリポソーム型イリノテカンが承認されるなど治療の選択肢は着実に広がっている。治療をつなぐためにも、このような検討がさらに進んでいくことに期待したい。おわりに今回紹介しきれなかったが、胆道がんにおけるmFOLFIRINOX療法の有効性の報告や、欧州らしく免疫チェックポイント阻害薬以外にも多くの神経内分泌腫瘍に関する演題が多く報告されていた。ASCOに引き続くオンライン開催であったが、世界の最新のエビデンスに日本にいながらにして触れることができるなどオンラインだからこそのメリットもある。新型コロナウイルス感染症の早い収束を願うとともに、がん克服に向けた努力がさらに加速することに期待したい。

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バリシチニブ、中等~重症アトピー性皮膚炎への単剤有効性・安全性を確認

 経口JAK1/2阻害薬は、COVID-19重症患者のサイトカインストーム治療に有用と報告されている。その1つ、経口JAK1/2阻害薬バリシチニブは、わが国を含め70ヵ国で関節リウマチの治療薬として承認されているが、外用コルチコステロイド薬で効果不十分な中等症~重症アトピー性皮膚炎(AD)への同薬剤の有効性と安全性を検討した、米国・オレゴン健康科学大学のE. L. Simpson氏らによる、2件の第III相試験の結果が報告された。投与16週以内で臨床徴候と症状の改善が認められ、かゆみが速やかに軽減、安全性プロファイルは既知の所見と一致しており、新たな懸念は認められなかったという。これまで第II相試験において、バリシチニブと外用コルチコステロイド薬の併用が、ADの重症度を軽減することが示されていた。British Journal of Dermatology誌2020年8月号掲載の報告。 外用コルチコステロイド薬で効果不十分な中等症~重症AD患者に対する、バリシチニブの有効性と安全性の評価は、2件の多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較プラセボ対照試験「BREEZE-AD1試験(2017年11月~2019年1月)」「BREEZE-AD2試験(2017年11月~2018年12月)」で検討された。 試験は欧州、アジア、中南米、オーストラリアの173施設で実施。中等症~重症AD成人患者を4群(1日1回のプラセボ、バリシチニブ1mg/2mg/4mg)に、2対1対1対1の割合で無作為に割り付けた(地域、ベースラインの疾患重症度による層別化も施行)。 有効性の主要エンドポイントは、バリシチニブ4mgまたは2mgのプラセボに対する優越性で、ベースラインから16週目にValidated Investigator's Global Assessment(vIGA)-ADスコアが2ポイント以上改善し、0(改善)または1(ほとんど改善)を達成した患者の割合で評価した。vIGA-ADは5段階評価(0[改善]~4[重症])で、医師の全体的な疾患重症度の印象で評価する。 主な結果は以下のとおり。・BREEZE-AD1試験(AD1)には624例、BREEZE-AD2試験(AD2)には615例が登録された。ベースラインの被験者特性は、割付治療群間で類似していた(平均年齢:AD1:35~37歳、AD2:33~36歳、女性の割合:33.3~40.6%、33.3~47.2%など)。ベースラインのvIGA-ADスコア4の被験者割合は、AD1が40%、AD2が50%だったが、EASIおよびSCORADスコアは同等であった。4mg群とプラセボ群は試験中断率が低く、試験完遂率はAD1が86.9%、AD2が88.0%だった(これらの被験者は、長期追跡の延長試験BREEZE-AD3試験に組み込まれている)。・16週時点で2試験ともに、4mg群と2mg群がプラセボ群と比べて、主要エンドポイントを達成した患者割合が有意に高率であった。・AD1では、プラセボ群4.8%に対し、バリシチニブ4mg群16.8%(プラセボ比較とのp<0.001)、2mg群11.4%(p<0.05)、1mg群11.8%(p<0.05)。AD2では、プラセボ群4.5%に対し、バリシチニブ4mg群13.8%(p=0.001)、2mg群10.6%(p<0.05)、1mg群8.8%(p=0.085)であった。・かゆみの改善は、4mg群は1週目から、2mg群は2週目からと、早期に達成された。・夜間覚醒、皮膚の疼痛、QOLの改善は、4mgと2mgの両方で1週目に観察された(すべての比較のp≦0.05)。・バリシチニブ投与群で最も頻度の高かった有害事象は、鼻咽頭炎、頭痛であった。・すべての用量のバリシチニブ投与群で、心血管イベント、静脈血栓塞栓症、消化管穿孔、重大な血液学的変化、死亡は観察されなかった。

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卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン 2020年版発刊

 日本婦人科腫瘍学会は、「卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン 2020年版」を8月31日に発刊した。5年ぶりの改訂となる2020年版には、妊孕性温存や漿液性卵管上皮内癌(STIC:Serous tubal intraepithelial carcinoma)、分子標的薬、PARP阻害薬などに関する新たな情報も追加され、手術療法、薬物療法のクリニカルクエスチョン(CQ)が大幅に更新された。そのほか、推奨の強さの表記は「推奨する」「提案する」に一新され、臨床現場ですぐに役立つ治療フローチャートや全45項のCQが収載されている。 三上 幹氏(日本婦人科腫瘍学会ガイドライン委員会委員長)は本書の序文において、「日本婦人科腫瘍学会ガイドライン委員会が2002年に設置され、初版の『卵巣がん治療ガイドライン2004年版』が発刊されて以降、子宮頸癌治療、外陰がん・膣がん治療など、さまざまなガイドラインが臨床の現場で活用されている。今回、『卵巣がん2015年版(第4版)』を5年の歳月を経て、名前を変更し『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2020年版(第5版)』の発刊に至った。最初のガイドライン発刊より16年が経過しており、とても感慨深く感じる」とコメント。 さらに、「今回の改訂では、“Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2017”にできる限り準拠して行うことを目標にした。そのポイントは、(1)作成委員として医師以外に看護師、薬剤師、患者、一般の方(女性・男性)が参加、(2)CQにPICO形式*を導入したこと、(3)推奨グレード・エビデンスの表現法を変更したこと、(4)エビデンス総体の考え方を導入したこと、(5)参考文献は研究デザインで分類したこと、(6)一部のCQについてSystematic Reviewを施行したこと、(7)各CQ・推奨について投票を行い、合意率を推奨の後に記載したこと」と述べている。*:P(patient・対象となる患者集団)、 I(Intervention・治療や検査などの介入 )、C(Comparison・比較となる介入)、 O(Outcome・介入による影響) 主な記載内容は以下のとおり。フローチャート1:卵巣癌・卵管癌・腹膜癌の治療フローチャート2:再発卵巣癌・卵管癌・腹膜癌の治療フローチャート3:上皮性境界悪性卵巣腫瘍の治療フローチャート4:悪性卵巣胚細胞腫瘍の治療フローチャート5:性索間質性腫瘍の治療本ガイドラインにおける基本事項I 進行期分類・第1章 ガイドライン総説・第2章 卵巣癌・卵管癌・腹膜癌・第3章 再発卵巣癌・卵管癌・腹膜癌・第4章 上皮性境界悪性腫瘍・第5章 胚細胞腫瘍・第6章 性索間質性腫瘍・第7章 資料集II 略語一覧III 日本婦人科腫瘍学会ガイドライン委員会業績IV 既刊の序文・委員一覧

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AFIRE試験が世界に投げかけたこと(解説:香坂俊氏)-1281

AFIRE試験がNEJM誌に発表された。そのデザインや主要な結果に関しては、さまざまな学会や研究会で議論がなされており、その解釈に関しても広く議論がなされている。AFIREのデザインと主要な結果・心房細動を持つ安定冠動脈疾患の患者さんを対象に「リバーロキサバン(経口抗凝固 薬)単独」と「リバーロキサバン+抗血小板薬併用」との比較を行ったわが国の多施 設共同のランダム化比較研究。・2017年9月末までに2,240例が登録され、2年以上の観察期間を予定していたが、データ 安全性モニタリング委員会の勧告に基づき2018年7月に研究を早期終了。・最終的に2,215例(1,107例の単独療法vs.1,108例の併用療法)が研究解析対象となり、 患者さんの平均年齢は74歳、男性79%、PCI施行70.6%[CABG施行11.4%]) であった。・有効性主要評価(脳卒中、全身性塞栓症、心筋梗塞、血行再建術を必要とする不安定 狭心症、総死亡の複合エンドポイント)では、リバーロキサバン単独療法群がsuperior (優越)であり、さらに安全性主要評価(重大な出血性合併症)においても、 リバーロキサバン単独療法群が優越であった。さまざまなメッセージを含んでいる試験であるが、自分としては日本独自の用量設定を行った試験で世界に向けて結果を出した、というところに注目したい。リバーロキサバンは薬効動態評価の結果を踏まえて15mgあるいは10mgという日本独自の用量設定で認可されている(国際的には20mgあるいは15mgという用量設定)。自分はこうした国別の独自の用量設定というのにかなり懐疑的な人間であったのだが(国際的なRCTの結果のほうを信用する傾向がある)、ただ抗凝固薬や抗血小板薬が日本人に効きすぎるというのは帰国してからの日常臨床でも経験し、また自分達で出したデータでも確かにそのような傾向がみられた(Numasawa Y, et al. J Clin Med. 2020;9:1963.)。AFIRE試験は、このような事情を踏まえてわが国独自の用量設定を用いて行われた試験であるが、その結果がNEJMという最高峰のジャーナルに取り上げられたことの意義は大きい。とくに抗凝固療法・抗血小板薬(抗血栓薬として総称される)に関してはGlobalにも個別の用量設定を考えていかなければならないということを語ってくれているように思われる。この試験は、いろいろな場面における抗凝固療法の使い方に指針を示してくれたことも事実であるが、自分としてはわが国独自の抗血栓薬のDosingについて「世界はどう思うのか?」というより幅広い側面での議論の活性化も期待したい。

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第21回 COVID-19の知見惜しみなくシェア・拡散、医学論文も“新たな様式”へ

公益財団法人ときわ会常盤病院乳腺外科医の尾崎 章彦氏らがCOVID-19に関する学術論文をリスト化し、NPO法人医療ガバナンス研究所のホームページで公表している1)。公開されている18本の学術論文(2020年8月26日現在)は、尾崎氏をはじめとする同研究所に関わる医療者および研究者らによる執筆だ。同氏はこの取り組みの意義について、「データがオープンにシェアされれば、大学や研究機関に所属しない在野の医療者でもCOVID-19についての研究ができる。この流れは、医療以外の社会の流れと相まって、ますます大きな潮流になっていくのでは」と話す。彼らの活動の最大の特徴は、海外の医師・研究者との共同研究が多くあることだ。実際、掲載論文の多くがネパールの医師・研究者との共同研究により執筆されている。例えば、COVID-19の流行がネパールの観光業に与えた影響についての論説論文は、Journal of Travel Medicineという渡航医学の専門雑誌に掲載された2)。驚くべきことに、論文作成の過程におけるコミュニケーションは、もっぱらSNSやメールだという。海外の医師・研究者と知り合うきっかけは、知人の紹介や論文を読んでコンタクトを取ったこと、また科学者・研究者向けのSNS「ResearchGate」などで、実際に臨床で一緒に仕事をしたり、会ったりしたことがないメンバーがほとんどだという。日本の場合、研究はアカデミアで行うものというイメージが強い。実際、大規模調査などは大学や公的な研究機関だからこそできるものもある。一方で、ネットワークや公開データを用いれば、小規模でもコツコツと調査を実施したり論文を書いたりすることはできる。尾崎氏は福島県内の一般病院の常勤医として、それを実践した。「さまざまなテクノロジーを使えば、あらゆる課題についてフットワーク軽く海外の人とも協同して仕事ができることが改めてわかった」。彼らの取り組みに関してもう一つの特徴を挙げるとすれば、2011年の東日本大震災の被災地の状況に研究の着想を得ていることだ。尾崎氏は「放射能災害とCOVID-19は、原因となる物質が目に見えず、目に見えないことが恐怖をもたらすという点で共通点がある」と述べる。同氏らは震災後、被害地の乳がん患者を診療・調査を行った結果、症状自覚後に受診が長期的に遅れるような未診断乳がん患者が震災後に増加したことを明らかにした3)。さらに、増加傾向は震災から5年が経過した時点まで続いていたこともわかった。この研究により、医療機関の受診を躊躇するような行動様式の変化が、患者自身に生じたことが浮き彫りになった。尾崎氏らは、医療体制が復旧した後もなお、がんを自覚しながら患者が受診をためらったように、COVID-19に関しても同様の現象が増える可能性を考え、論文にまとめた。その内容は、Journal of Global Healthという国際保健の専門雑誌に掲載されている4)。COVID-19に関する論文バブル、世界の一流医学専門誌での論文取り下げが相次ぐ中、尾崎氏は「フットワーク軽く調査に取り組みつつも、データの正確さや倫理面は当然担保しながら進めていくことが極めて重要だ」と語る。大学や研究所、一般病院といった所属や立場に縛られず、それぞれのフィールドで柔軟に調査・研究を行うことの重要性を改めて感じる。今や世界共通課題であるCOVID-19に関してはなおさらで、日本発の研究のアウトプットを増やしていくのは国際社会に対する責務でもある。参考1)https://www.megri.or.jp/covid-19論文2)https://academic.oup.com/jtm/advance-article/doi/10.1093/jtm/taaa105/58683043)https://bmccancer.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12885-017-3412-44)http://www.jogh.org/documents/issue202002/jogh-10-020343_AU.pdf

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抗糸球体基底膜抗体病〔anti-glomerular basement membrane(GBM) disease〕

1 疾患概要■ 定義抗糸球体基底膜抗体病(anti-glomerular basement membrane disease:抗GBM病)とは、抗GBM抗体によって引き起こされる予後不良の腎・肺病変を指す。このうち腎病変を「抗GBM抗体型(糸球体)腎炎」または「抗糸球体基底膜腎症」と呼ぶ。本疾患の最初の記載は古く1919年Goodpastureによるが、のちに肺と腎に病変を生ずる症候群として後に「Goodpasture症候群」と呼ばれるようになった1,2)。■ 疫学頻度は比較的まれであり、発症率は人口100万人当り0.5~1.0人/年とされる。厚生労働省の調査によると、平成18年度までに集積された1,772例の急速進行性糸球体腎炎(RPGN)症例のうち抗GBM抗体型腎炎は81例(4.6%)、肺出血を伴うGoodpasture症候群は27例(1.5%)、抗GBM病は合計6.1%であった。抗GBM抗体型腎炎の平均年齢は61.59歳(11~77歳)、Goodpasture症候群の平均年齢は70.88歳(57~93歳)と高齢化が進んでいる3)。■ 病因自己抗体である抗GBM抗体が原因と考えられており、腎糸球体と肺胞の基底膜に結合し、基底膜を破綻させて発症する。抗GBM抗体の対応抗原は、糸球体基底膜や肺毛細血管基底膜に分布するIV型コラーゲンα3鎖のC末端noncollagenous domain1(NC1ドメイン)の、N末端側17-31位のアミノ酸残基(エピトープA:EA)ないしC末端側127-141位のアミノ酸残基(エピトープB:EB)である4,5)。このうち、EBエピトープを認識する抗体が腎障害の重症化とより関連すると推定されている。IgGサブクラスでは、IgG1とIgG3が重症例に多いとの報告もある。α5鎖のNC1ドメインEA領域も抗原となりうる。通常の状態においては、これらの抗原エピトープはIV型コラーゲンα345鎖で構成された6量体中に存在し、基底膜内に埋没している(hidden antigen)。抗GBM抗体型腎炎では、感染症(インフルエンザなど)、吸入毒性物質(有機溶媒、四塩化炭素など)、喫煙などにより肺・腎の基底膜の障害が生じ、α345鎖の6量体が解離することで、α3鎖、α5鎖の抗原エピトープが露出し、これに反応する抗GBM抗体が産生される。この抗GBM抗体の基底膜への結合を足掛かりに、好中球、リンパ球、単球・マクロファージなどの炎症細胞が組織局所に浸潤し、さらにそれらが産生するサイトカイン、活性酸素、蛋白融解酵素、補体、凝固系などが活性化され、基底膜の断裂が起こる。腎糸球体においては、断裂した毛細管係蹄壁から毛細血管内に存在するフィブリンや炎症性細胞などがボウマン囊腔へ漏出するとともに、炎症細胞から放出されるサイトカインなどのメディエーターによってボウマン囊上皮細胞の増殖、すなわち細胞性半月体形成が起こる。後述のように、以前より抗GBM抗体と抗好中球細胞質抗体(ANCA)の両者陽性の症例の存在が知られており、抗GBM抗体型腎炎症例の多くで、発症の1年以上前から低レベルのANCAが陽性となっているとの報告がある。ANCAによりGBM障害が生じ、抗原エピトープが露出する可能性が推測されている。最近、MPOと類似構造をもつperoxidasinに対する抗体が抗GBM病の患者から発見されたと報告され、病態における意義が注目される6)。また、以前より感染が契機になることが推測されているが、最近、Actinomycesに存在するα3鎖エピトープと類似のペプチド断片がB細胞、T細胞に認識され抗GBM病の発症に関与することを示唆する報告がなされている7)。■ 症状・所見症状は、肺出血による症状のほか、倦怠感や発熱、体重減少、関節痛などの全身症状が高頻度で見られる8)。初発の症状としては、全身倦怠感、発熱などの非特異的症状が最も多い。肉眼的血尿も比較的高頻度で見られる。タバコの喫煙歴、直近の感染の罹患歴を調べることも重要である。■ 分類2012年改訂Chapel Hill Consensus Conference(CHCC)分類では、抗GBM病は、基底膜局所でin situ免疫複合体が形成されて生ずる病変であるため、免疫複合体型小型血管炎に分類されている9)。抗GBM病は、(1)腎限局型の抗GBM抗体型腎炎、(2)肺限局型抗GBM抗体型肺胞出血、(3)腎と肺の双方を障害する病型(Goodpasture症候群)の3つに分けられる。肺胞出血を伴う場合と伴わない場合があり、遅れて肺出血が見られることもある。2012年に改訂されたChapel Hill Consensus Conference(CHCC)分類では、抗GBM抗体陽性の血管炎を抗GBM病(anti-GBM disease)とし、肺と腎のどちらかあるいは両者が見られる病態を含むとしている。腎と肺の双方を障害する病型はGoodpasture症候群と呼ばれる。■ 予後予後規定因子としては、治療開始時の腎機能、糸球体の半月体形成率が挙げられる。Levyらは85例の抗GBM抗体型腎炎患者の腎予後を後ろ向きに検討し、治療開始の時点で、血清Cr値が5.7mg/dL以上または透析導入となった重症例、半月体が全糸球体に及ぶ場合は腎予後不良としている10)。抗GBM抗体価と腎予後・生命予後については、一般に、高力価の抗GBM抗体陽性所見は予後不良因子と考えられている。Herodyらは、診断時の腎機能、無尿、腎生検所見とともに抗GBM抗体価が有意な腎予後不良因子であったと報告している11)。2001年のCuiらの報告でも、抗GBM抗体価が患者死亡の独立した予知因子であることが示されている12)。抗GBM抗体が陰性となり、臨床的に寛解に至ればその後の再燃はまれである。ただし、初発時より長年経過して再発した例も報告されているため、経過観察は必要である。ANCA同時陽性例では抗GBM抗体単独陽性例よりも再燃が多い傾向にある。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 検査所見全例で、血尿と腎炎性尿所見、血清クレアチニン値の急上昇、強い炎症所見(CRP値高値)を認める。肉眼的血尿のこともある。尿蛋白もさまざまな程度で見られ、時にネフローゼレベルに達することもある。貧血も高度のことが多い。抗GBM抗体が陽性となり、確定診断に必須である。抗GBM抗体値は病勢とほぼ一致し、治療とともに陰性化することが多い。抗GBM抗体とANCA(とくにMPO-ANCA)の両者が陽性になる症例が存在し、抗GBM抗体型腎炎のANCA陽性率は約30%、逆に、ANCA陽性患者の約5%で抗GBM抗体が陽性と報告されている13)。腎生検、高度の半月体形成性壊死性糸球体腎炎の病理所見が見られる。蛍光抗体法では、係蹄壁に沿ったIgGの線状沈着を示す。■ 診断と鑑別診断診断基準は以下の通りである。1)血尿(多くは顕微鏡的血尿、まれに肉眼的血尿)、蛋白尿、円柱尿などの腎炎性尿所見を認める。2)血清抗糸球体基底膜抗体が陽性である。3)腎生検で糸球体係蹄壁に沿った線状の免疫グロブリンの沈着と壊死性半月体形成性糸球体腎炎を認める。上記の1)および2)または1)および3)を認める場合に「抗糸球体基底膜腎炎」と確定診断する。鑑別としては、臨床的に急速進行性糸球体腎炎を示す各疾患(ANCA関連腎炎、ループス腎炎など)や急性糸球体腎炎を示す疾患が挙げられるが、検出される抗体により鑑別は通常容易である。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)治療の目標は、可及的速やかに腎・肺病変を改善すると同時に、病因である抗GBM抗体を取り除くことである。腎予後が期待できず、肺出血が見られない場合を除き、ステロイドパルス療法を含む高用量の副腎皮質ステロイドと血漿交換療法による治療を早急に開始する12,14)。シクロホスファミドの併用が推奨されている。血漿交換は、血中から抗GBM抗体が検出されなくなるまで頻回に行う。重要なのは、治療が遅れると腎予後は著しく不良となる、腎機能低下が軽度の初期の段階で、全身症状・炎症所見・腎炎性尿所見などから本疾患を疑うことである。初期治療時は通常6~12ヵ月間免疫抑制療法を継続する。通常、抗GBM抗体が陰性であればそれ以上の長期維持治療は必要ない。末期腎不全患者に対する腎移植は、抗GBM抗体が陰性化してから6ヵ月後以降に行う15)。4 今後の展望B細胞をターゲットとした抗CD20抗体(リツキシマブ)が有効であったとの症例報告があるが、有用性は不明である。黄色ブドウ球菌由来のIgG分解活性を持つエンドペプチダーゼ(imlifidase:IdeS)の臨床試験が現在進行中である(NCT03157037)。5 主たる診療科腎臓内科、呼吸器内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 抗糸球体基底膜腎炎(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)Goodpasture EW. Am J Med Sci. 1919;158:863-870.2)Benoit, LFL,et al. Am J Med. 1964;37:424-444.3)Koyama A, et al. Clin Exp Nephrol. 2009;13:633-650.4)Pedchenko V, et al. N Engl J Med. 2010;363:343-354.5)Chen JL, et al. Clin J Am Soc Nephrol. 2013;8:51-58.6)McCall AS, et al. J Am Soc Nephrol. 2018;29:2619-2627)Gu Q, et al. J Am Soc Nephrol. 2020;31:1282-1295. 8)Levy JB, et al. Kidney Int. 2004;66:1535-1540.9)Jennette J, et al. Arthritis Rheum. 2012;65:1-11.10)Levy JB, et al. Ann Intern Med. 2001;134:1033-1042.11)Herody M, et al. Clin Nephrol. 1993;40:249-255.12)Cui Z, et al. Medicine(Baltimore). 2011;90:303-311.13)Levy JB, et al. Kidney Int. 2004;66:1535-1540.14)KIDIGO Clinical Practice Guideline. Anti-glomerular basement membrane antibody glomerulonephritis. Kidney Int. 2012(Suppl2):233-242.15)Choy BY, et al. Am J Transplant. 2006;6:2535-2542.公開履歴初回2020年08月18日

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