1959年7月8日神奈川県横須賀市生まれ。84年群馬大学医学部卒業。専門分野は放射線腫瘍学・肺がんの放射線治療。99年群馬大学医学部放射線科講師、05年東海大学医学部放射線治療科学准教授、08年神奈川県立がんセンター放射線腫瘍科部長就任。日本医学放射線学会・放射線科専門医、日本放射線腫瘍学会・放射線腫瘍学認定医、日本がん治療認定医機構・がん治療認定医等。日本放射線腫瘍学会(評議員)、米国放射線腫瘍学会、日本医学放射線学会、日本肺癌学会(評議員)、世界肺癌学会、日本癌治療学会など。
放射線治療医の魅力
放射線治療を専門とするがん専門医のことを、私たちは放射線腫瘍医と言っていますが、ここではわかりやすく放射線治療医という言い方をします。
私が卒業した群馬大学医学部は、放射線治療がとても盛んで、講義も臨床実習も内科や外科と同じコマ数があり、おかげでびっしりと放射線治療について学ぶことができました。また、私がいた群馬県内の病院では、放射線科だけで50床あり、そこで全身の状態を内科的診療で診ながら放射線治療ができるという理想的な環境にありました。
放射線治療が対象とするがんは広範囲です。がん診療では通常、消化器、呼吸器など診療科ごとに特定の臓器への関与に限られます。しかし、放射線治療は、脳腫瘍から骨、皮膚、その他すべての臓器と横断的に関われるというのが、私にとって一番の魅力でした。
医療手技についても幅広く習得できました。日常臨床で、頭頸部の診察なら喉頭ファイバー、肺の診察なら気管支ファイバー、消化器であれば消化管の内視鏡検査、婦人科であれば内診をやりますから、このような手技的にも幅広く経験できるのです。
放射線治療では、人の身体全体を診ることにより新たな知識を得ることができます。たとえば、放射線治療は、喉頭がん、子宮頸がんの早期には非常に高い治療効果があるので、同じ扁平上皮がんの肺がんでも治療効果は高いはずだ、などの考え方ができるようになります。
このように、医師としての深い知識を横断的に得ることができたのも大きな魅力だといえます。
幅広い放射線治療の可能性
がんにおける放射線治療の活用方法は幅広いものです。まず、がんの根治を目的とする根治照射、延命を図るための姑息照射、そして骨転移・脳転移などの症状を和らげる緩和照射まで適応可能です。それに加え最近では、一方向からの放射線の線量を変えたり、精度高く照射部位を絞ったり、重粒子線などを用いることによる治療のバリエーション拡大で、個々の患者さんに合った治療選択ができるようになりました。
放射線治療の特長として考えられるのは、まず身体への侵襲の少なさです。放射線治療は一般に身体外からの照射ですので、手術と異なりメスを入れずにすみます。また、放射線治療は局所療法ですので、抗がん剤とは異なり全身性の副作用が少ないのです。そのため、全身状態が悪い人や高血圧・心臓疾患などの合併症を患っている方、高齢者にも適応しやすいというメリットがあります。
もう一つの特長は、臓器の機能保持が可能だということです。同じ局所療法でも手術とは異なり、放射線療法では臓器を残し機能を温存することができます。たとえば、声門部がんでの喉頭部摘出などは、患者さんのQOLに関わる大変重要な問題ですが、放射線治療が適応できれば喉頭部を残すことができます。臓器を残せるというメリットは非常に大きいといえます。
放射線治療が有用ながんの代表は,早期の頭頸部がんです。その他子宮頸部などの扁平上皮がんには非常に高い効果があります。
また、進行がんにも適応が確立しつつあり、遠隔転移がない肺、食道、頭頸部の進行がんでは抗がん剤と併用する化学放射線療法が積極的に行われています。さらに、術後の照射にも使用が拡大しています。乳がん乳房温存手術後の放射線照射により、術後の顕微鏡的な残存腫瘍を根絶するというものです。この治療により再発リスクが約3分の1に減少することが明らかになっています。
放射線治療の新しい分野である重粒子線治療についても具体的な有用性が明らかになっています。骨肉腫や悪性黒色腫などの難治性腫瘍や穏やかな脊索腫などで高い効果を上げています。今までX線の放射線では治らなかったがんが治癒できるということは画期的なことです。何よりも患者さんにとって非常に大きな朗報だといえるでしょう。重粒子線治療ができる施設は千葉県の重粒子医科学センター病院など日本全国で現在3つしかありませんが、今後増えていくでしょう。
日本における放射線治療の現状と問題点
放射線治療医が足りないことが大きな問題です。放射線治療に興味を持ってもらうためには、まず大学教育の改革が大切だと思います。
今まで、多くの大学では放射線科講座がひとつあるだけで、そこで画像診断、核医学、放射線治療もすべて教えるという状況でした。そのため日本放射線腫瘍学会では、治療科と診療科の講座を別々にしてくださいという要望を各大学に出しています。その結果、いくつかの医学部では診断と治療が独立する方向で、放射線治療の講座ができつつあります。学会でも学生教育が最重要課題と考え、放射線治療の魅力を知っていただくために、夏に学生や研修医を対象としたセミナーを継続して開いています。国でも、がんプロフェッショナル養成プランにより放射線療法に関する腫瘍専門医師の養成を推進しています。
臨床の現場では各臓器別のキャンサーボードに、内科系、外科系、病理、画像診断、そして放射線治療医が集まり患者さんの治療方針について検討するのが理想です。各臓器のスペシャリストの先生方と同じ土俵で討論するには知識が必要ですが、放射線治療医の特性も上手く生かせると思います。
各スペシャリストと我々の違うところは、我々はがんについて広く知っているという強みです。また、現在は一臓器だけでなく、様々ながんを合併して発症している患者さんも少なくありません。たとえば、頭頸部と食道部に合併しているがんでは、放射線治療により両方治療できるのも大きな利点です。このように、放射線治療医としての特性や放射線治療のメリットを生かしながら、スペシャリストの先生方に積極的に関わっていくという姿勢が必要であると思います。
そして、がん治療に関わっている先生方には放射線治療についてもっと知っていただけたらと思います。我々からのアプローチ不足もありますが、これも大きな問題です。たとえば、新規患者さんが来られた場合、放射線治療ができるかどうかを放射線治療医に相談していただければと思います。大きな腫瘍だから抗がん剤でないとダメ……など先入観や知識不足から、放射線治療の適応があるにもかかわらず治療選択肢に入らないことも少なくないと思います。
がんが進行してから我々に相談されることもありますが、それでは患者さんにとって最良の治療ができなくなってしまうことが多々あります。放射線治療の適応については、独自に判断せず、是非治療を始める前に一度近くの放射線治療医の意見を聞いて欲しいと思います。現状では放射線治療医の常勤がいないこともありますが、せめて電話での問い合わせをしていただくとか、こちらに患者さんに来ていただいてお話を聞くという方法でも構わないと思います。
新設予定の神奈川県立がんセンターの重粒子治療施設
平成26年度にオープンする予定の重粒子治療施設ができれば、日本で5ヵ所目の施設となります。神奈川がんセンターの中にできるこの施設は、病院との併設型です。各診療科でがんの各臓器の専門医がいるところにできるので、包括的なサポートが可能になります。
この施設はよりたくさんの患者さんに治療を提供できるように、臨床に特化した施設にしようというのが我々のポリシーです。さらに、一般的なX線治療にも高精度治療装置が導入されます。そこに一つのモダニティとして重粒子線治療が入ります。ですから構想的にいえば、放射線腫瘍センターに来られた患者さんに、重粒子線治療を含めた最も適した放射線治療を提供できるように準備していきたいと思っています。
設備には大変な金額がかかりますが、それでも重粒子線でなければ治らない患者さんもいます。このセンターができれば、県内だけでなく東京都南部及び西部からの通院が可能な位置にあることから、全身状態が悪くない患者さんについては外来で治療を行う"外来通院型"の重粒子線治療を目指しています。これは現役で仕事をされているような患者さんにとっては大変な朗報だと思います。
放射線治療医を目指す皆さんへ
前述の通り、放射線治療医はすべてのがんを診ることができます。また、自分がやりたいスタイルを選ぶことができます。たとえば、ベッドを持たず外来診療だけを行っている施設もあります。このような施設では夜中に入院患者さんの治療で呼び出されるということはありません。これは家庭があってお子さんのいる女性医師にとっては、とても魅力的だと思います。
逆に、以前私が働いていた病院のように、ベッド数を多く持ち患者さんの全身を診ながら放射線治療を行う、内科的な意味合いも兼ねた放射線治療医という形もあります。放射線治療科といっても機能の幅が広いので、自分がどのような医師になりたいか、あるいは自分のライフスタイルやポリシーに合った施設を選ぶことができるのです。
最近の放射線治療では、物理的に精度の高いロボットのような機械を用いて治療することがあります。若い医師の中には、自分の手を使わずにロボットでがん治療するという、物理学的な興味から入ってくる方も多いですね。一方、外科的な部分もありますので、外科医もやりたいけどがんを全体的に診たいという人も入ってきます。生物学的、物理学的研究なども、広く学べる。がん治療のチームに入ったならばどのポジションもできるのが放射線治療医なのです。
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