3404.
APOC3は血清アポリポ蛋白(アポ)C3をコードする遺伝子であり、アポC3はトリグリセライド(TG)リッチリポ蛋白、とくに動脈硬化惹起性の強いレムナントリポ蛋白の蛋白成分の1つである。カイロミクロン、VLDLなどのTGリッチリポ蛋白のTGが、リポ蛋白リパーゼ(LPL)の働きで分解され、遊離脂肪酸を放出してレムナントリポ蛋白となる過程で、アポC3はLPLによる加水分解を阻害することにより血清TGレベルを上昇させる1)。この作用はアポC2のLPL活性化作用とはまったく逆である。さらに、アポC3はTGリッチレムナントリポ蛋白の肝臓での取り込みを抑制する2)。したがって、アポC3の過剰は高TG血症、高レムナント血症、食後高脂血症を引き起こすことが知られている。 一方、アポC3の細胞内での作用として、アポC3がTG合成を促進し、肝臓でのVLDLのアセンブリーと分泌を増加させることも知られている3)。また、マウスでAPOC3遺伝子を欠損させると血清TGが低下し、食後高脂血症が防御されることも報告されている4)。ヒトではLancaster Amish の約5%がAPOC3遺伝子の欠失変異であるR19Xのヘテロ接合体であり、これらの症例ではアポC3濃度が半減し、空腹時および食後のTG値が有意に低く、冠動脈石灰化の頻度が60%も低いことが示されている5)。 このコペンハーゲン大学のJorgensen氏らの論文では、デンマークの2つの地域住民を対象とした前向き調査、すなわちCopenhagen City Heart Study(CCHS)とCopenhagen General Population Study(CGPS)とに参加した7万5,725人(CCHS:1万333人、CGPS:6万5,392人)のデータが前向きに解析され、APOC3遺伝子変異を保因するため生涯にわたりTGが低値の集団が、虚血性心血管疾患のリスクが低いか否かについて初めて検討された。 この中で虚血性血管疾患とは、虚血性心疾患または虚血性脳血管疾患と定義されている。その結果、虚血性血管疾患および虚血性心疾患のリスクは、ベースラインの非空腹時TG値の低下に伴って減少し、<1.00mmol/L(90mg/dL)の被験者は≧4.00mmol/L(350mg/dL)の場合に比べ発症率が有意に低かった(虚血性血管疾患のHR=0.43、虚血性心疾患のHR=0.40)。 遺伝子解析の結果、APOC3遺伝子の3つのヘテロ接合体の機能欠失変異(R19X、IVS2+1G→A、A43T)の保有者では、変異のない被験者に比べて非空腹時TGが平均44%低値であり、虚血性血管疾患および虚血性心疾患の発症は有意に少なく、リスク減少率はそれぞれ41%、36%であった。したがって、APOC3遺伝子の機能欠失型変異はTG値の低下および虚血性血管疾患のリスク減少と関連し、APOC3は心血管リスクの低減を目的とする薬剤の有望な新たな標的と考えられた。しかしながら、これらのAPOC3遺伝子の変異がなぜ同じようにTG値を低下させるのかは不明である。本報告はこれまでの疫学的な成績をさらに遺伝的なレベルまで詳細に確認した貴重なデータであり、類似論文が別の集団でN Engl J Medに発表されている6)。 本論文では各遺伝子変異に伴う、アポC3の血中レベルの変化と虚血性血管疾患との関係については示されていない。また、non-functionalな変異と考えられるAPOC3遺伝子のV50M変異では低TG血症は認められなかったにもかかわらず、虚血性血管疾患の減少傾向が認められたことから、APOC3遺伝子と虚血性血管疾患の関係は必ずしもアポC3の血中レベルとは関係せず、アポC3の血管壁細胞への直接作用が影響している可能性も考えられる。 また、本論文ではAPOC3遺伝子変異に伴う非空腹時TG値の低下と、虚血性血管疾患との関連性が示されたが、同様にAPOC3遺伝子変異に伴う空腹時TG値の変化と虚血性血管疾患との関連性についてはデータが示されていない。つまり、APOC3遺伝子変異による食後高脂血症の抑制が虚血性血管疾患を減少させたのか、空腹時TG値も減らして虚血性血管疾患を減少させたのかについては今後の検討が必要であろう。さらに、APOC3遺伝子変異が虚血性脳血管疾患単独の発症に及ぼす影響については記載がないが、興味ある点である。 一方、タイトルではアポC3の機能欠失型変異となっているが、R19X、IVS2+1G→A、A43Tの変異のすべてがアポC3の持つさまざまな機能を同様に欠失しているのか否かについても検討が必要であろう。最も重要な点は、Supplemental Figure S14に示されているように、APOC3遺伝子変異が虚血性血管疾患を抑制したにもかかわらず、総死亡率にはまったく影響がなかったという点であろう。今後、アポC3が動脈硬化性疾患の新たな薬物治療の標的となるためには、アポC3の他の多面的作用の解析とこの疑問点に対する真摯な検討がなされることが必要であろう。【参考文献はこちら】1)Ginsberg HN, et al. J Clin Invest. 1986; 78: 1287-1295. 2)Windler E and Havel RJ. J Lipid Res. 1985; 26: 556-565. 3)Qin W, et al. J Biol Chem. 2011; 286: 27769-27780.4)Maeda N, et al. J Biol Chem. 1994; 269: 23610-23616.5)Pollin TI, et al. Science. 2008; 322: 1702-1705.6)TG and HDL Working Group of the Exome Sequencing Project, National Heart, Lung, and Blood Institute, et al. N Engl J Med. 2014; 371: 22-31.