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第6回 HFpEF診療はどうすれば…?(前編)Key Points原因不明の息切れ、実はHFpEFかもしれないですよ!BNP値が上昇していないのにHFpEF?HFpEFの病態生理、今どこまでわかっている? 最新の情報をUpDateはじめに今回は、発症率、有病率ともに上昇の一途をたどっている左室駆出率の保たれた心不全HFpEF (Heart Failure with preserved Ejection Fraction)を取り上げる1,2)。 近年のHFpEFの病態生理の理解、診断アプローチ、効果的な新しい治療法の進歩にもかかわらず、日常診療においてHFpEFはまだ十分に認識されていないのが現状である。『原因不明の息切れ、それはHFpEFかも』をキャッチフレーズに、まずはぜひ疑っていただきたい。そのために、本稿では、HFpEFの病態生理、診断、治療に関する最新情報を皆さまと共有したい。HFpEFの“いまどき”の定義HFpEFとは、呼吸苦や倦怠感、浮腫などの心不全徴候を認め、左室駆出率(EF, Ejection Fraction)が50%以上で、安静時もしくは労作時のうっ血(左房圧上昇)を示唆する客観的証拠※を認めるものと定義される(※:Na利尿ペプチド[NP, Natriuretic Peptide]値上昇、左房機能障害・左房拡大、安静時/労作時の肺動脈楔入圧[PAWP, Pulmonary Artery Wedge Pressure]上昇など)3-5)。つまり、BNP/NT-proBNP値正常範囲内であっても、労作時息切れがあり、何らかのうっ血を示唆する所見があれば、それはHFpEFの早期段階をみている可能性があるということである6)。とくにHFpEFでは、労作時にのみ左房圧が上昇し、肺うっ血を来すという症例が約30%と決してまれではなく、“NP値が正常範囲内のHFpEF”があるということをぜひご理解いただきたい7)。しかも、この“NP値正常のHFpEF”群(息切れあり)は、非HFpEF群(息切れの原因がHFpEFではない集団)と比較して、死亡または心不全入院のリスクが約2.7倍高かったという報告もあり、この表現型(フェノタイプ)の重要性が最近とくに注目されている8)。つまり、『息切れを主訴に来院された患者、実はその原因がHFpEFかも』と考えていただき、必要あれば循環器専門施設へご紹介いただくことが、HFpEFを早期の段階(心不全Stage C早期)で診断することにつながり、その患者の予後やQOLを改善するうえでも大切といえるわけである。では、なぜそのようなことが起きるのか。キーワードは“予備能低下”である。HFpEFの病態生理、今どこまでわかっている?HFpEFを一言で説明すると、心臓だけではない多臓器の予備能が低下したヘテロな全身性の症候群といえよう9)。そして、HFpEFすべてに共通しているのは、“まずは労作時に左房圧が上昇し、その後病期が進行すると安静時まで左房圧が上昇してしまう”ということである(これ重要!)。では、それを引き起こす機序はどこまでわかっているのか、少し歴史を紐解きつつ解説していきたい。遡ること約35年前、HFpEFの初期の記述の1つとして、Topolらが高齢者の高血圧性肥大型心筋症についてNEJMへ報告したが10)、これはMモード、ドップラー心エコー図検査が急速に普及し、広く使われるようになっていた当時、拡張機能障害の概念にうまく合致するものであった。つまり、左室腔が小さく、左室壁が肥厚し、左室拡張末期圧容積関係が上方および左方にシフトし、拡張機能障害と左室充満圧の上昇を来すというものであった11)。2000年代初頭、拡張期心不全の古典的な説明が多くの患者に当てはまらないことが明らかになった12,13)。多くの患者で左室腔の大きさは正常で、明らかな左室肥大を有しておらず、拡張機能障害以外の異常が次第に確認され始めた(図1)14-16)。このような経緯で、HFpEFという用語が生まれ、その定義と特徴をより明確にすることに焦点が当てられるようになったわけである。画像を拡大する時は2023年、HFpEFは拡張機能障害だけではなく、糖尿病、肥満、高血圧、心房細動、腎機能障害、冠動脈疾患、COPD、貧血、睡眠時無呼吸症候群といった併存疾患、そして加齢が複雑に絡み合って生じる全身性炎症、内皮機能障害、心筋エネルギー代謝や骨格筋の異常などによる左室収縮・拡張予備能低下、肺血管障害、末梢での酸素利用能低下、動脈スティフネス、心室-血管カップリング異常、自律神経機能障害によって引き起こされる症候群であるという認識に至った(図2)17-19)。なお、このHFpEFの病期進行がどのような時間経過で進展していくのか、まだ結論は出ていないが、図3のような仮説が提唱されている20)。もちろん順序などには個人差があり、まだ議論の余地はあるが、病態生理を理解するうえではわかりやすく、参考にされたい。画像を拡大する画像を拡大するこのように、多臓器にわたる予備能低下を特徴とするHFpEFであるが、まずは一番重要な心臓、そして肺における異常について考えていきたい。心臓における構造的・機能的異常は、病期が進行すれば、両心房両心室に及ぶとされている4)。HFpEFでは、左室弛緩障害、スティフネス増大などにより、持続的または断続的に左室充満圧が上昇しており、それが左房のリモデリング、機能障害(左房コンプライアンスの低下)を引き起こす9-12)。HFpEFでは心房細動の合併がしばしば認められるが、これは左房機能障害がより進んだHFpEFの指標と考えられる21-23)。また、心エコー図検査(スペックルトラッキング法)で評価する左房リザーバーストレインの低下によって診断される左房機能障害が、左室機能障害よりも予後の強い予測因子とされているし22)、左房ストレインの低下が、息切れの原因精査(HFpEFが原因かどうかの区別)に最も有用であったという報告もあり24-26)、HFpEFの病態生理を理解するうえで、左房の機能評価がかなり重要な役割を担っているといえる。なお、HFpEFの多くは、左室機能障害が左房機能障害に先行するが、左室機能障害よりも左房機能障害が全面に出る(左房圧上昇があるも左室機能は保持されている)サブタイプ(primary LA myopathy)も存在するので、この点からも左室だけをみていてはいけないといえる27)。そして、左房圧の持続的な上昇は、全肺血管(肺静脈、肺毛細血管、肺小動脈)に負担をかけ、肺高血圧(PH, Pulmonary Hypertension)、右室機能障害を来し、さらには右房にまで負荷が及ぶことになる28)。実際HFpEF患者の約80%にPHが合併しており、PHのないHFpEFと比べて予後は悪く、また右室機能障害も約30%に合併し、死亡率上昇に寄与することが報告されている29-31)。つまり、HFpEFをみれば、必ず“左房さん、肺血管さん、そして右心系さん、大丈夫?”と早めから気にかけてあげることがきわめて重要なのである32-35)。早めに誰も気が付けず、この肺血管への負担が持続すると、全肺血管のリモデリング、血管収縮が生じ始め、最終的には肺血管抵抗(PVR, Pulmonary Vascular Resistance)が上昇し、肺血管疾患(PVD, Pulmonary Vascular Disease)を引き起こすことになる36,37)。PVDを伴うことで、右室-肺動脈カップリングが損なわれ、肺動脈コンプライアンスは低下し、右心機能がさらに増悪し、軽労作でも容易に右室充満圧が上昇するようになる38)。それにより、心室中隔が左室側へ押され、左室充満圧も血流のわずかな増加で容易に上昇するようになり、さらに肺うっ血が増悪するという負のサイクルがより回るようになり、”Stage D” HFpEFへと移行してしまう39)。このように、決して甘く見てはいけないのが、PVDの合併である。そうならないための糸口として、最近の研究で、HFpEFにおけるPVD進行の初期段階でこの病態を捉える重要性が認識されるようになってきた。それは、労作時にのみPVRが上昇する“Latent PVD”という概念で、左房障害の時間経過と同じように、PVDも初期段階では労作時にのみPVRが上昇、病期が進行すると、安静時でもPVRが上昇するようになる。Latent PVDの段階であっても、PVDのない群と比較して予後は不良で40)、心房間シャントデバイスのような新たな治療法への反応もlatent PVDの有無で異なることもわかってきている(HFpEF最新治療の詳細は次回説明予定)41)。ここまでHFpEFにおける心臓、肺の病態生理について述べてきたが、HFpEFでの多臓器にわたる異常を理解するうえでもう一つ重要になってくるのが、肥満や代謝ストレスなどによって誘導される全身性の炎症、内皮機能障害である42-45)。これは、心臓、肺、肝臓、腎臓、骨格筋などに対して悪影響を及ぼすが、たとえば、心臓においてはこの影響で冠微小循環障害を来すとされており、HFpEFの約75%に冠微小循環障害が合併しているという報告もある46)。この炎症反応において重要な役割を担っているE-selectinやICAM-1などの細胞接着分子(炎症細胞の炎症組織への接着に関与)の心筋発現レベルが、HFpEF患者において上昇しているという報告もあり47)、ICAM-1などをターゲットとした薬剤が今後出てくるかもしれない。また、欧米諸国では、肥満が関連したHFpEFが大きな問題となっており、字数足りず詳細は省くが、肥満とHFpEFに関してもかなり多くの研究が行われており、ご興味ある方はぜひ参考文献をご確認いただきたい17,48-52)。 画像を拡大するそのほか、自律神経機能に関する異常(脈拍応答不全、圧受容器反射感受性低下、血液分布異常)もHFpEFでは一般的であり53)、これらに対する治療として、最近いくつかのデバイス治療に関する臨床試験が進行している。たとえば、脈拍応答不全(chronotropic incompetence)に対するペーシング治療や血液分布異常(impaired systemic venous capacitance)に着目した右大内臓神経アブレーション治療(unilateral greater splanchnic nerve ablation)がそれにあたり、私自身も現在この分野の研究に携わっており、今後出てくる結果に注目いただきたい。このように多臓器にわたるさまざまな病態が複雑に絡み合うHFpEFであるが、最近報告されたゲノムワイド関連解析(GWAS, Genome Wide Association Study)の結果で、HFrEFとHFpEFの遺伝的構造には大きな違いがあり、HFpEFのgenetic discoveryは非常に限られていることが報告された54)。このことからも、HFpEF患者それぞれにおいて、異なる病態がいくつか融合する形で存在している可能性が高い。しかしながら、「HFpEF患者それぞれにおいて、どの病態の異常が、どれくらいの割合で融合しているのか、そしてそれぞれの病態の異常がどの程度進行した状態となっているのか」という点についてはまだわかっておらず、これは今後の大きな課題の1つである。最近の研究で、臨床データ、画像・バイオマーカー・オミックスデータを人工知能/機械学習技術を用いて解析することで、より適切なサブフェノタイピングが確立できるかどうかが検討されているが、これが確立すれば、上記の問題に加え、HFpEF患者それぞれの根底にある遺伝的シグナルとその要因の解明も可能となるかもしれない。この“治療に結びつくより一歩進んだフェノタイピング戦略”の開発は私自身も米国で関わっているNHLBI HeartShare Studyの主な目的の1つでもあり55)、必ず明るいHFpEF診療の未来がやってくると信じてやまないし、自分もそれに貢献できるよう、努力を続けたい。そして、次回は、いよいよHFpEFの診断、そして治療について深堀りしてきたい。1)Dunlay SM, et al. 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