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パクスロビドのCOVID-19罹患後症状の予防効果に疑問符

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬として知られるパクスロビド(一般名ニルマトレルビル・リトナビル、日本での商品名パキロビッドパック)のCOVID-19の罹患後症状(post-COVID-19 conditions;PCC)に対する効果に疑問を投げかける研究結果が報告された。COVID-19の重症化リスクや死亡リスクが高い患者に処方されることが多い抗ウイルス薬のパクスロビドを投与された患者と投与されなかった患者の間で31種類のPCCについて比較したところ、肺塞栓症・静脈血栓塞栓症以外はリスクが同等であることが示されたのだ。米Veterans Affairs Puget Sound Health Care Systemおよび米ワシントン大学消化器学分野のGeorge Ioannou氏らによるこの研究の詳細は、「Annals of Internal Medicine」に10月31日掲載された。 Ioannou氏らは、米国退役軍人健康管理局の記録から、COVID-19罹患に対してパクスロビドによる治療を受けた9,593人の退役軍人(年齢中央値66歳、ワクチン未接種率17.2%)を特定した。これらの退役軍人は、2022年1月1日から同年の7月31日までの間にCOVID-19の診断を受け、重症化リスクは高いが入院には至っていなかった。さらに、COVID-19に罹患したがパクスロビドによる治療は受けていない9,593人を対照として選出し、両群で、治療開始またはそれに相当する日から31日後と180日後時点におけるPCCの累積発生率を比較した。PCCは、心臓、肺、腎臓、消化器系、脳、筋肉に生じる問題、抑うつや不安神経症のような気分障害、倦怠感や勃起不全のような一般的な問題など31種類が対象とされた。 その結果、ほとんどのPCCのリスクについて、PCC別に検討しても、臓器系で分類して検討しても、パクスロビド群と対照群との間に有意な差は認められないことが明らかになった。ただし、肺塞栓症・静脈血栓塞栓症については、パクスロビド群の方が対照群よりもリスクが有意に低いことが示された(サブハザード比0.65、95%信頼区間0.44〜0.97)。この結果についてIoannou氏は、「肺塞栓症と静脈血栓塞栓症は、PCCのことが知られていなかったパンデミック初期においてさえも、COVID-19罹患後に認められる症状として、常に新型コロナウイルスと関連付けられてきたものだ」と説明している。 Ioannou氏は、「COVID-19に罹患したが基本的には健康な人が、長期的な症状を予防する目的でパクスロビドを服用しても無駄な可能性が示唆された。このような目的でパクスロビドを服用している人は、服用を考え直した方が良いだろう」と述べている。 本研究には関与していない、米マウントサイナイ病院の内科医であるFernando Carnavali氏は、「これらの結果から、PCCが必ずしもCOVID-19の重症度と関係しているわけではなく、感染による微妙な影響によって引き起こされていることがうかがわれる」と話す。同氏は、「Cell」10月26日号に掲載された米ペンシルベニア大学の研究報告において、ブレインフォグなどの神経や認知機能に関わるPCCがセロトニンレベルの低下と関連し、セロトニンレベルの低下は感染後に腸内に残存する新型コロナウイルスに起因する可能性が示唆されたことを指摘し、「もし、PCCが腸内の残存ウイルス粒子により引き起こされているのであれば、パクスロビドのような抗ウイルス薬の効果には疑問符が付く」と述べている。 Carnavali氏は、PCCに関する相反するデータに混乱を覚える人は、主治医や専門医に相談することを勧めている。「PCCに関する研究と治療はいまだ初期段階にある。それゆえ、相反する情報が報告されるのは当然のことだし、この状況は、今後もしばらく続くだろう。必要なのは、自分のために情報を整理してくれる人だ」と述べている。

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マルウェア感染した医療機関が行うべき対策【サイバー攻撃の回避術】第6回

ランサムウェアなどに感染した被害者(Victim)の情報は瞬時にしてダークウェブ上でハッカーなどに共有されるため、一度感染するとほかのハッカーが次々と狙ってくる可能性が高い。従って、早急に脆弱性対策や体制整備を講じる必要がある。繰り返し被害を受ける事例もランサムウェアを始めとするマルウェア感染は、どんなに対策を講じていても起こる時には起こってしまうものです。それは世界中で多くの大企業が次々と被害に遭っていることからも明白です。また、わが国でも大都市圏の大病院のみならず、地方の中小病院、医科・歯科の診療所が被害に遭っていることから、正に「明日はわが身」なのです。一方で一度感染した被害者が複数回被害を受ける事例も海外事例では多数報告されています。バラクーダネットワークスの「2023年ランサムウェアに関する考察」1)によれば、調査対象となった組織の73%は、2022年に少なくとも1回のランサムウェア攻撃の被害を報告しており、38%は2回以上の攻撃を受けたと回答。複数回の攻撃を受けた組織は身代金を支払ったという回答が多く、3回以上攻撃を受けた組織の42%が暗号化されたデータを復元するために身代金を支払ったのに対し、攻撃を1回受けた組織の場合、身代金を支払った割合は31%だったそうです。繰り返し被害に遭う割合が比較的高いことから、最初のインシデントの後、セキュリティーギャップが十分に対処されていないことがわかります。今回はランサムウェアに限らず、一度、感染被害を受けた場合に対応すべき事項について概説します。インシデントレスポンスにおけるフォレンジック調査の重要性多くの被害者は、ランサムウェアなどの被害を受けた後に復旧を優先させるため、セキュリティーベンダーによるフォレンジック調査を十分に行っていない可能性があります。医療ISACが把握しているランサム被害に遭った病院の一つでは、電子カルテベンダーの担当者から「フォレンジック調査を行うと、その間の1~2週間は復旧のための作業ができず、またフォレンジック調査は高額の費用が必要なためお勧めできない」と主張された、とのことです。しかしながらフォレンジック調査を行わないと、感染経路や感染範囲を特定できず、結果として再発防止策が立てられない、という問題が生じます。フォレンジック調査を十分に行った大阪急性期・総合医療センターの事例の報告書2)によれば、常時ネットワーク接続を許していた給食センターのVPN装置の脆弱性が放置されていたが故に、給食センターへの侵入・ランサムウェア感染が生じました。次に病院とのRDP(Remote Desktop)接続を経由して病院側への侵入を許していますが、この際のログインは総当たり攻撃により突破されています。さらに病院内のシステムに侵入した後、すべての端末・サーバのログインID/PWが単一であったことを悪用され、短時間に2,000台以上の端末、200台以上のサーバでランサムウェア感染が生じました。では、フォレンジック調査の結果はどうだったのか、見てみましょう。サプライチェーン事業者に対する病院の管理責任大阪急性期・総合医療センターの事例では、給食センターはいわゆるサプライチェーン事業者に相当します。病院は自施設のサイバーセキュリティー対策のみではなく、このようなサプライチェーン事業者に対しても適切に管理監督してセキュリティーを確保する責任があるのです。厚生労働省は2022年11月にサプライチェーン事業者に対する管理監督を適切に行うように通知を発出しています3)。RDP接続におけるロックアウト設定についてRDP接続などの突破にはしばしば総当たり攻撃の手法が用いられますが、この手法に対する有効な対策として、一定回数ログインを失敗した場合に一定時間アクセスを不能とする、いわゆるロックアウト機能の設定があります。たとえば、3回ログインに失敗したら10分間アクセス不能とする、といった具合です。本事例でも仮にロックアウト機能が有効であったとすれば、実質上、侵入を許すことはなかったかもしれません。院内システムのログインID/PWの設定についてハッカーの視点では、何らかの手段で一般ユーザのログインID/PWを窃取してシステムに侵入した後に、管理者のID/PWでログインして権限昇格する、という「横移動:Lateral Movement」というプロセスが必要であすが、これが最も難易度が高い攻撃プロセスとされています。大阪急性期・総合医療センターの事例ではすべてのID/PWが共通であったことから、この横移動が不要であったこととなり、実際にアンチウイルスソフトの無効化やランサムウェア感染などの行為が瞬時に行われています。以上の結果から、行うべき対策として重要性が高いものは、1.サプライチェーン事業者のVPN装置等の脆弱性対策状況について、報告を求め確認をする2.RDP接続のログインに関してロックアウト機能を設定する3.院内システムのログインID/PWを個別にユニークなものとするが挙げられます。当然、上記対策の責任を持って行う、サイバーセキュリティー責任者を明確に定め、規程類を整備し、BCPを策定すること、またサイバー保険への加入なども重要となるでしょう。一方で比較的優先順位が低いのは、アンチウイルスソフトの定義ファイルの更新です。アンチウイルスソフトについては、昨今では毎日100万以上の新種ないし亜種のウイルスが発生していること、ファイル自体が存在しないファイルレスマルウェアが流行していること、実際に侵入を許した際にはハッカーがアンチウイルスソフトを無効化すること、などからその効果は既に限定的と言わざるを得ないのです。詳しくは本連載の第5回をご参照ください。インターネット側から攻撃に対する対応(1)E-mailセキュリティー業務用のE-mailからの攻撃でEMOTETというマルウェアに感染した結果、病院の職員名を騙るフィッシングメールが大量に送付されたといった事例が頻発しています4-9)。実際にサイバー攻撃の過半数は悪意あるE-mailが起点であり10)、その悪意あるメールはいわゆる“なりすましメール”として送付されます。この悪意あるメールの添付ファイルや添付されたURLを開くことによりマルウェアに感染し、被害を生じるのが一般的です。なりすましメール対策としてはDMARC(Domain-based Message Authentication, Reporting, and Conformance)という国際標準規格RFC 7489が定められており、これにより最初の悪意あるメールの受診拒否や迷惑メールフォルダーへの分類が可能となります。しかしながら、実際に被害にあった医療機関を含め多くの事例でDMARCの設定をしていないのが現実です。なりすましメール対策として従来推奨されてきたのは、変な日本語や中国でしか使わない漢字などを含むメールを開かない、といった個人のリテラシーに頼った方法ですが、実際はなりすましメールに上述のような“怪しい”手がかりはほとんどないのが現実です。(2)コンテンツデリバリーネットワーク(CDN)によるセキュリティー強化CDNとはインターネット上に広範囲に張り巡らされた巨大なネットワークであり、CDNを導入することで、インターネット側からのアクセスは一旦CDNを経由して、医療機関側のドメインに届く形となります。これによりハッカー側から医療機関のドメイン情報やGlobal IP情報が見えなくなるため、直接の攻撃対象となりにくくなります。また、ハッカーが大量の通信を短時間に送りつけて受診側のサーバ能力を超えた負荷をかけることによりサービスをダウンさせる、DDoS(Distributed Denial of Service)攻撃に対しても、CDNがグローバルネットワークの中に負荷を分散させて、結果として攻撃を無効化することが可能となります。さらに、CDNを利用することで、自施設へのアクセス状況、その中でBlack listに登録されているようなドメインやGlobal IPからのアクセスがどの程度あり、それらがブロックされている状況などを可視化できるようになります。さらに中国、北朝鮮、ロシアなどからのアクセスも可視化でき、必要があれば特定の国や地域からのアクセスをCDNでブロック設定することも容易です。(3)脆弱性対策についてアンチウイルスソフトの定義ファイルの更新の重要性は、相対的に下がっていますが、一方で利用しているネットワーク装置(VPNルータ、UTM…)や、ソフトウェアの脆弱性対策の重要性は高まっています。ただし、これらの対策を継続的かつ確実に行うことは必ずしも容易ではありません。なぜなら継続的に公表される脆弱性をすべて把握し、自施設で利用している機器やソフトウェアのバージョンなどから適用すべきものであるかどうかを判断し、実際に適用することは、相当の知識と能力を必要とするからです。また、医療機関の業務用のシステムはインターネットと直接接続していないことも多く、ネットワークを介した修正プログラムの適用が難しく、院内にて手作業で行わざるを得ない、などの課題も存在します。この課題に対するソリューションとして、クラウド上のエンジンで契約した事業者すべての機器やソフトウェアのバージョン情報を管理し、一方でメーカーからの新規の脆弱性情報と照合した上で必要な更新を自動的に行う、いうクラウドサービスをとくに人材の乏しい医療機関では検討すべきと考えます。フォレンジック調査フォレンジック調査とは、一般的には法的な監査プロセスを指すが、サイバー攻撃に際してログを解析することにより、どのような攻撃がいつ行われ、どの範囲が影響を受けていて、どのような方法で復旧するのが妥当か、などを客観的に分析する手法のこと。フォレンジック調査を行わずに復旧作業を急ぐと、結局、侵入経路や原因が不明のまま放置されたり、潜んでいたコンピュータウイルスが再燃したりするリスクが高く、必ず行うべきプロセスとされる。RDPRemote Desktop Protocolの略。画面を遠隔に転送するリモートデスクトップを実現するためのプロトコル(通信規約)の一つ。米・マイクロソフト(Microsoft)社が開発したもので、Windowsのリモートデスクトップ機能で利用されている。総当たり攻撃総当たり攻撃とは、暗号解読や認証情報取得方法のひとつで、可能な組合せを全て試すやり方。ブルートフォースアタックとも呼ばれる。サプライチェーン攻撃セキュリティーレベルの高い組織などに侵入するため、セキュリティーレベルの低い関連会社や取引先などを悪用するサイバー攻撃の1種。 大手企業などセキュリティー体制が整っている組織を狙うため、まずはセキュリティーの脆弱な子会社や取引先に攻撃を仕掛け、最終的な標的に辿り着くという流れを指す。コンテンツデリバリーネットワーク(CDN)Contents Delivery Networkとは、数多くのキャッシュサーバーなどで構成されたプラットフォームを用いることにより、Webサイト上のコンテンツを迅速にエンドユーザーに届けるための仕組みだが、その構成からセキュリティー上の有用な対策としても採用される。DMARC(Domain-based Message Authentication, Reporting, and Conformance)とは、 電子メールにおける送信ドメイン認証技術の一つであり、 RFC 7489で標準化されている。Global IPIPアドレスは、ネットワークに接続する際に、接続された機器を特定するために個々のデバイスに割り当てられるもので、数字の組み合わせで成り立っています。IPアドレスにはネットワーク上の住所のような役割があり、IPアドレスを確認することでインターネット接続に使っているプロバイダーの名称や、世界のどの地域から接続しているかなどの情報が判別できる。DDoS(Distributed Denial of Service)攻撃対象となるWebサーバなどに対し、複数のコンピューターから大量のパケットを送りつけることで、正常なサービス提供を妨げる行為を指します。Black listウイルス、スパムメール、有害なWebサイトを選別(フィルタリング)する際、あらかじめ悪意のあるとわかっているものをまとめた一覧のこと。セキュリティソフトなどの検知方法である、パターンマッチングという手法で用いられる。UTMコンピュータウイルスやハッキングなどの脅威から、コンピューターネットワークを効率的かつ包括的に保護する管理手法のこと。「Unified Threat Management」を略したもので、日本語では「統合脅威管理」あるいは「統合型脅威管理」と呼ばれている。参考1)バラクーダネットワークス:2023年ランサムウェアに関する考察2)大阪急性期・総合医療センター:情報セキュリティーインシデント調査委員会報告書について3)厚生労働省:医療機関等におけるサイバーセキュリティー対策の強化について(注意喚起)_令和4年11月10日4)杏雲堂病院病院:当院の職員を装った「なりすましメール」に関するお詫びとお知らせ5)医療法人健昌会:当法人を装った不審なメールに関するお詫びと注意喚起について6)東京都済生会向島病院:当院職員を装った不審なメールに関するお詫びと注意喚起について7)那須南病院:那須南病院におけるコンピュータウイルス感染と関係者への不審メール発生に関するお詫びとお知らせ8)社会医療法人大雄会:当会パソコンへのウイルス感染に伴う不審メール発生に関するお詫びとお知らせ9)秋田赤十字病院:当院職員を装った不審メールについて10)トレンドマイクロ社レポート:2022 年年間サイバーセキュリティーレポート

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脳が萎縮していても、必ずしも認知症ではない?【外来で役立つ!認知症Topics】第11回

当クリニックでは、「『脳が萎縮している、認知症が疑われる』と言われました。本当に私は認知症なんですか?」と泣かんばかりの表情で初診する人が年間に数人はいらっしゃる。前頭葉萎縮と海馬萎縮脳の萎縮は2つに大別できる。まずは大脳半球を左右に分け前後に走る深い溝、すなわち大脳縦裂の前方が開いているので前頭葉萎縮があると言われた人である。「前頭側頭型認知症の疑いと言われました」と告げる人もいる。このタイプはこの画像所見だけで、下角の拡大などの所見がなければ、問題なしが普通である。しかしこのタイプの人には飲酒する人が多い。ざっくり言うと、相当の「吞兵衛」が少なくない。この飲酒と前頭葉萎縮の関係を報告した論文は、欧米でも国内でも出ている。もう1つが有名な海馬萎縮である。「海馬が痩せている、イコール、アルツハイマー病」という簡単な筋書きが世間一般はもとより、認知症を診る医師にもかなり浸透している。実際、海馬を含む側頭葉内側と知的機能との相関を、MRIの容量測定により検討することで、健康高齢者とごく軽度のアルツハイマー病患者の区別が、容量値により可能だとした報告もある。「海馬萎縮=アルツハイマー病」ではないこともあるだが、海馬萎縮が必ずしもアルツハイマー病であるとは言えない。意外なことに、海馬を含む側頭葉内側と認知機能の関連は最近まであまり知られていなかった。軽度認知障害(MCI)で有名なピーターセンらは、側頭葉内側の容積と記憶、言語、一般的な知的機能との相関を、アルツハイマー病患者と健康高齢者コントロールにおいて評価している。全体では、記銘や想起のテスト成績と海馬の容積は比例した。しかし健康高齢者とアルツハイマー病患者に分けてみたところ、こうした相関はアルツハイマー病患者群においてのみ観察されたという1)。一方で記憶に関わる海馬の役割は、PETなど脳画像技術の進歩、また記憶に関する新たな知見により見直されつつある。側頭葉内側の機能は記憶に限らないこと、また記憶のプロセス(記銘、把持、想起)には海馬以外に、側頭葉内側、間脳領域のみならず新皮質から小脳までもが含まれると分かっている。さらに健康高齢者において加齢によって影響を受ける脳構造を調べた研究もある。海馬を含む辺縁系の容積はいかなる認知機能(言語性ワーキングメモリー、言語性の明示的記憶、言語性プライミング)とも無関係という驚きの結果であった。このように海馬萎縮の背景は単純でない。アルツハイマー病とは別の病理学的な影響も受ける。世界最大のアルツハイマー病研究組織であるAlzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)のデータに、海馬萎縮に関与する遺伝子を調べた報告がある2)。ゲノムワイド関連研究(GWAS)から3つの遺伝子多型、すなわちTOMM40-APOC1領域にあるrs4420638、rs56131196、rs157582が関与すると報告されている。アルツハイマー病患者の海馬萎縮速度は3倍以上なおアルツハイマー病患者や健康高齢者において海馬はどの程度の速度で萎縮するのだろうか? アルツハイマー病における年間あたりの海馬萎縮率をメタ解析した報告がある。それによればアルツハイマー病患者での萎縮率は4.66%(95%信頼区間[CI]:3.92~5.40)、また健康コントロールでは1.41%(95%CI:0.52~2.30)であった3)。つまりアルツハイマー病患者では海馬の年間萎縮率は健康高齢者の3倍以上も大きい。以上をまとめると、知的健康でも海馬の萎縮を示す人がいる。1回の海馬萎縮のMRI画像によってアルツハイマー病の診断はできるわけではない。しかしアルツハイマー病になると海馬は規則的に萎縮していくということになる。海馬萎縮はVSRADで評価さてこれに絡めてわが国では、「海馬萎縮といえばMRI画像のVSRAD(Voxel-Based Specific Regional Analysis System for Alzheimer's Disease)」と定着している。確かにこのZスコアを使うことで、多くの場合、海馬萎縮が客観的に評価されてすっきりする。ところがMRI画像の視覚評価で海馬萎縮がはっきりしているのに、Zスコアが低い、つまり数字上はアルツハイマー病を示唆するとは言い難い症例がある。またその逆もある。つまり視覚評価とZスコアが乖離する症例が時にはある。こうしたケースでは、「VSRADの測定が誤っているのではないか?」とも尋ねられる。そうしたご意見には、次のようにお答えしている。「VSRADは絶対値の測定ではない。全脳に対する海馬領域の体積、正確に言えば、全脳の灰白質体積で正規化した海馬領域の灰白質体積を意味します。だから乖離がありえます」。もちろんすべてがそうだと言わないが、アルツハイマー病は海馬領域の選択的萎縮を示すため、視覚評価よりもVSRADのほうがアルツハイマー病の特徴を良く捉える。ちなみに私信(松田 博史先生)では、視覚評価による海馬萎縮からアミロイド沈着の可能性の診断率は60%ぐらいだが、VSRADによると70%を超えるとされる。参考1)Petersen RC, et al. Memory and MRI-based hippocampal volumes in aging and AD. Neurology. 2000;54:581-587.2)Wang WY, et al. Impacts of CD33 Genetic Variations on the Atrophy Rates of Hippocampus and Parahippocampal Gyrus in Normal Aging and Mild Cognitive Impairment. Mol Neurobiol. 2017;54:1111-1118.3)Barnes J, et al. A meta-analysis of hippocampal atrophy rates in Alzheimer's disease. Neurobiol Aging. 2009;30:1711-1723.

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帯状疱疹生ワクチン、接種10年後の効果は?/BMJ

 50歳以上の帯状疱疹に対する生ワクチン接種は有効であり、その効果は接種から1年間が最も高く、その後は時間の経過とともに大幅に減少するが、10年以降にもある程度の効果が残存することが、米国・Kaiser Permanente Vaccine Study CenterのNicola P. Klein氏らの調査で示された。研究の成果は、BMJ誌2023年11月8日号に掲載された。米国の150万人以上の実臨床データを用いたコホート研究 研究グループは、接種後10年以上が経過した帯状疱疹の生ワクチンの有効性を評価する目的で、電子健康記録(EHR)を用いた実臨床コホート研究を行った(Merck Sharp and Dohme LLCの助成を受けた)。 解析には、米国の統合ヘルスケア提供システムであるカイザーパーマネンテ北カルフォルニアの2007年1月1日~2018年12月31日のデータを用いた。年齢50歳以上の150万5,647人を、937万9,685人年追跡した。 主要アウトカムは、帯状疱疹、帯状疱疹後神経痛、眼部帯状疱疹、帯状疱疹による入院の予防におけるワクチンの有効性とした。ワクチン接種からの時間の経過によるワクチンの効果の変化を、Cox回帰を用いて時系列に評価した。 150万5,647人のうち50万7,444人(34%)が帯状疱疹生ワクチンの接種を受けた。研究終了までに、60~69歳と80歳以上は60%以上が、70~79歳は80%以上がワクチン接種を受けたが、50~59歳の接種率は5%未満と低かった。10年後の帯状疱疹防御効果は15%に 7万5,135人が帯状疱疹を発症し、このうち4,982人(7%)で帯状疱疹後神経痛、4,439人(6%)で眼部帯状疱疹を認め、556人(0.7%)が帯状疱疹により入院した。これらのアウトカムに関するワクチンの効果は、以下のように、接種から1年間が最も高く、経時的に大幅に低下した。 ワクチンの帯状疱疹の発症に対する有効率は、1年目の67.2%(95%信頼区間[CI]:65.4~68.8)から10~<12年後には14.9%(5.1~23.7)へ、帯状疱疹後神経痛に対する有効率は、1年目の83.0%(78.0~86.8)から10~<12年後には41.4%(16.8~58.7)へと漸減した。 また、ワクチンの眼部帯状疱疹に対する有効率は、1年目は70.6%(95%CI:63.4~76.4)であったが、5~<8年後には29.4%(17.9~39.2)へ、帯状疱疹による入院に対する有効率は、1年目は89.5%(67.0~96.6)であったが、5~<8年後には52.5%(24.5~70.1)へと低下した。 全追跡期間における全体のワクチン有効率は、帯状疱疹の発症に対しては45.7%(95%CI:44.5~46.9%)、帯状疱疹後神経痛では62.3%(59.1~65.2)、眼部帯状疱疹では44.5%(39.5~49.1)、帯状疱疹による入院では65.9%(55.3~74.0)であった。 著者は、「先行研究で、帯状疱疹の生ワクチンは、50歳以上の集団において帯状疱疹の発症と帯状疱疹後神経痛のリスクを減少させることが知られていたが、本研究により、これらに加えて眼部帯状疱疹と帯状疱疹による入院のリスクを低減させるのに有効であることがわかった」とし、「今回の調査で使用した方法は、ワクチンの防御効果の持続期間を調査する実臨床研究にとって有用であることが示された」と指摘している。

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重症コロナ患者に対するスタチンとビタミンCの治療効果、対照的な結果に

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者を対象に、広く使用されている安価なスタチン系薬のシンバスタチンとビタミンCのそれぞれの有効性を調べた2件の臨床試験で、大きく異なる結果が示された。これらの試験は感染症の患者を対象とした進行中の国際共同研究「REMAP-CAP(Randomised, Embedded, Multi-factorial, Adaptive Platform Trial for Community-Acquired Pneumonia)」の一環で実施され、スタチン系薬に関する試験の詳細は「The New England Journal of Medicine(NEJM)」、ビタミンCに関する試験の詳細は「Journal of the American Medical Association(JAMA)」にいずれも10月25日掲載されるとともに、欧州集中治療医学会(ESICM 2023、10月21~25日、イタリア・ミラノ)でも発表された。 シンバスタチンの臨床試験には13カ国、141施設の病院からCOVID-19重症患者が参加し、最終的に2,684人のデータが解析された。その結果、シンバスタチンはCOVID-19重症患者の集中治療室(ICU)での臓器サポートを要する日数の短縮に95.9%の確率で寄与し、90日時点での生存率向上に91.9%の確率で寄与することが明らかになった。研究グループの計算によると、この結果は、同薬を投与した33人のうち1人の命が救われることに相当するという。 REMAP-CAPのシンバスタチンの試験を主導した英クィーンズ大学ベルファストのDanny McAuley氏は、米国での研究のスポンサーとなったGlobal Coalition for Adaptive Research(GCAR)のニュースリリースで、「この結果は、シンバスタチンによる治療がCOVID-19重症患者の転帰を改善する可能性が高いことを示しており、実に心強いものだ」とした上で、「この研究は、各国の医療専門家がCOVID-19患者に対する治療を向上させる上で助けとなるだろう」と述べている。 一方、COVID-19重症患者に対する高用量ビタミンCの有効性については、2件の臨床試験(LOVIT-COVIDとREMAP-CAP)を組み合わせて検討された。対象は、20カ国のCOVID-19による入院患者2,590人で、重症患者と非重症患者の双方が含まれていた。その結果、ビタミンCが臓器サポートを要する日数の短縮や生存に寄与する可能性は低いことが示された。 ビタミンCに関する試験の共同代表である、サニーブルック・ヘルスサイエンスセンター(カナダ)のNeill Adhikari氏は、「この結果は、COVID-19入院患者に対するビタミンCの使用は控えるべきことを示している」と述べている。また、本試験の別の共同代表である、シャーブルック大学(カナダ)のFrancois Lamontagne氏は、「現時点で利用可能な治療法のうち、患者にとって有益性がなく、かえって有害な影響を与え得る治療法を特定し、それを中止することには健康と経済の両面でメリットがある。今回の臨床試験の結果はその重要性を示したものだ」と述べている。 REMAP-CAPの米国の研究責任者で米ピッツバーグ医療センター(UPMC)集中治療医学部長のDerek Angus氏は、「REMAP-CAPから2つの結果が論文として同時に掲載されたことは、REMAP-CAPが複数の介入方法を効率的に評価できることの証しともいえる」と説明。「この恐ろしいパンデミックを通じて、われわれは治療に関するいくつかの大きな疑問に迅速に対処するための新しい方法を開拓し、今いる患者の治療に取り組み、将来、より機敏に対応するための準備をしてきた」と述べている。

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飲酒をする人は緑内障になりやすい?【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第245回

飲酒をする人は緑内障になりやすい?Unsplashより使用緑内障は、人間ドックで眼底や眼圧をみてもらわないとなかなか発見できない病気なので、定期的にチェックする必要があります。さて、日本から新たなエビデンスが発出されました。飲酒と緑内障の関係についてです。Sano K, et al.Association Between Alcohol Consumption Patterns and Glaucoma in Japan.J Glaucoma. 2023 Nov 1;32(11):968-975.これは、緑内障3,207例、マッチコホート3,207例を含んだ日本人の症例対照研究です。アルコールの摂取量が多いと緑内障の有病率が増えるのではないかという関連を検証したものです。詳細な飲酒パターンのほか、喫煙歴や生活習慣に関連する併存疾患など、さまざまな交絡因子を登録し、条件付きロジスティック回帰モデルを用いて、緑内障有病率のオッズ比を算出しました。その結果、男性においては、1週間当たり数日(オッズ比:1.19、95%信頼区間[CI]:1.03~1.38)、1週間当たりほぼ毎日(オッズ比:1.40、95%CI:1.18~1.66)の飲酒頻度は緑内障のリスクであることが示されました。生涯の総飲酒量でみると、1年当たり60杯超90杯以下(オッズ比:1.23、95%CI:1.01~1.49)、1年当たり90杯超(オッズ比:1.23、95%CI:1.05~1.44)で有意な関連が示されています。反面、女性においては、これらの因子とは有意な関連がみられませんでした。最近のメタアナリシスでは、アジア人はアルコール摂取と緑内障との間に強い関連があることが示されています1)。アルコールによって誘発される緑内障の感受性に人種差があるのかもしれません。というわけで、飲酒習慣がある男性は、メタボ、肝炎、そのほかの生活習慣病だけでなく、緑内障にも気を付けながら生活する必要があるかもしれません。ちなみに、緑内障と診断された後にアルコールをやめることで、視力障害や失明のリスクを減らすことができるという報告もあります2)。1)Stuart KV, et al. Alcohol, Intraocular Pressure, and Open-Angle Glaucoma: A Systematic Review and Meta-analysis. Ophthalmology. 2022;129:637-652.2)Jeong Y, et al. Visual Impairment Risk After Alcohol Abstinence in Patients With Newly Diagnosed Open-Angle Glaucoma. JAMA Netw Open. 2023 Oct 2;6(10):e2338526.

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日本人統合失調症患者の院内死亡率と心血管治療との関連性

 統合失調症は、心血管疾患(CVD)リスクと関連しており、統合失調症患者では、CVDに対する次善治療が必要となるケースも少なくない。しかし、心不全(HF)により入院した統合失調症患者の院内予後およびケアの質に関する情報は限られている。京都府立医科大学の西 真宏氏らは、統合失調症患者の院内死亡率および心不全で入院した患者の心血管治療との関連を調査した。その結果から、統合失調症は心不全により入院した非高齢患者において院内死亡のリスク因子であり、統合失調症患者に対する心血管治療薬の処方率が低いことが明らかとなった。Epidemiology and Psychiatric Sciences誌2023年10月18日号の報告。 日本全国の心血管登録データを用いて、2012~19年に心不全により入院した患者70万4,193例を対象に、年齢別に層別化を行った。18~45歳の若年群2万289例、45~65歳の中年群11万4,947例、65~85歳の高齢群56万8,957例に分類した。すべての原因による死亡率、30日間の院内死亡率、心血管治療薬の処方について評価を行った。欠損データを複数回代入した後、混合効果多変量ロジスティック回帰分析を用いて分析した。ランダム効果の変数として、病院識別コードを有する患者と病院の特性を用いた。 主な結果は以下のとおり。・統合失調症患者は、入院期間が長期化し、入院費用が高額になる可能性が高かった。・非高齢者群における統合失調症患者の院内死亡率は、非統合失調症患者と比較し、有意に不良であった。 【対若年群死亡率】7.6% vs. 3.5%、調整オッズ比(aOR):1.96、95%信頼区間(CI):1.24~3.10、p=0.0037 【対中年群死亡率】6.2% vs. 4.0%、aOR:1.49、95%CI:1.17~1.88、p<0.001・30日以内の院内死亡率は、中年群で有意に不良であった(4.7% vs. 3.0%、aOR:1.40、95%CI:1.07~1.83、p=0.012)。・高齢群の院内死亡率は、統合失調症の有無にかかわらず同程度であった。・β遮断薬およびACE阻害薬、ARB処方は、すべての年齢層の統合失調症患者で有意に低かった。 結果を踏まえ、著者らは「重度の精神疾患を有する患者では、心不全に対する十分なケアやマネジメントが必要である」としている。

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頻脈を伴う敗血症性ショック、ランジオロールは無益/JAMA

 頻脈を伴う敗血症性ショックでノルアドレナリンによる治療を24時間以上受けている患者において、ランジオロール点滴静注は標準治療と比較し、無作為化後14日間のSequential Organ Failure Assessment(SOFA)スコアで評価される臓器不全のアウトカムを改善しなかった。英国・University Hospitals Birmingham NHS Foundation TrustのTony Whitehouse氏らが、医師主導の多施設共同無作為化非盲検並行群間比較試験「Study into the Reversal of Septic Shock with Landiolol:STRESS-L試験」の結果を報告した。敗血症性ショックは、アドレナリン作動性ストレスにより心臓、免疫、炎症、代謝経路に影響を与える。β遮断薬は、カテコールアミン曝露の悪影響を軽減する可能性があり、最近のメタ解析で、敗血症性ショック患者においてβ遮断薬による死亡率の低下が示されていた。しかし著者は本試験の結果を受けて、「敗血症性ショックに対してノルアドレナリンで治療されている患者の頻脈管理に、ランジオロールを用いることは支持されない」とまとめている。JAMA誌2023年11月7日号掲載の報告。ランジオロールvs.標準治療、SOFAスコアおよび死亡率等を比較 研究グループは、英国国民保健サービス(NHS)急性期病院の集中治療室40施設において、コンセンサス基準(Sepsis-3)により敗血症性ショックと診断され、24時間以上(72時間未満)のノルアドレナリン(0.1μg/kg/分)投与を受け、頻脈(心拍数95/分以上)を有する18歳以上の成人患者を、ランジオロール群および標準治療群に無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、無作為化後14日時点の平均SOFAスコア、副次アウトカムは28日および90日死亡率、有害事象の件数などであった。 本試験は、ランジオロール群で有害性が示唆されたため、独立データモニタリング委員会の勧告により2021年12月15日に早期中止となった。2018年4月19日~2021年12月15日に無作為化された患者は、予定された340例のうち126例(37%)にとどまった(ランジオロール群63例、標準治療群63例)。126例の患者背景は、平均年齢55.6歳(95%信頼区間[CI]:52.7~58.5)、男性58.7%であった。平均SOFAスコアに有意差なし、28日および90日死亡率はランジオロール群で上昇 SOFAスコア(平均値±SD)は、ランジオロール群8.8±3.9、標準治療群8.1±3.2、平均群間差は0.75(95%CI:-0.49~2.0、p=0.24)であった。 無作為化後28日死亡率は、ランジオロール群37.1%(62例中23例)、標準治療群25.4%(63例中16例)(絶対群間差:11.7%、95%CI:-4.4~27.8、p=0.16)、90日死亡率はそれぞれ43.5%(62例中27例)、28.6%(63例中18例)(15%、-1.7~31.6、p=0.08)であった。 有害事象の発現率は、ランジオロール群17.5%(63例中10例)、標準治療群12.7%(63例中8例)で、両群間に有意な差はなかった。しかし、重篤な有害事象の発現率は、ランジオロール群25.4%(63例中16例)に対し、標準治療群では6.4%(63例中4例)で有意差がみられた(p=0.006)。1つ以上の有害事象を発現した患者数については両群で差はなかった。

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第71回 セフトリアキソンとランソプラゾール併用で死亡リスク上昇?

にわかに話題となった併用Unsplashより使用X(旧Twitter)で「セフトリアキソンとランソプラゾールを併用すると死亡リスクが上昇する」という話が注目を集めました。なぜバズったかというと、この組み合わせが結構臨床で多いからです。セフトリアキソンは、呼吸器系などで頻繁に使用されるβラクタム系抗菌薬です。もともと内服していたり、消化器系の症状があったり、ステロイドが併用されていたりすると、プロトンポンプ阻害薬(PPI)が併用されることが多くなります。代表的なPPIが、ランソプラゾールです。バズり元の論文は、カナダのオンタリオ州からの後ろ向き研究です1)。すでにセフトリアキソンとランソプラゾールの併用により、心電図上の補正QT間隔が延長することが示されているため、これが実臨床的にどう影響するかという検証になります。傾向スコア重み付け(IPTW法)を用いて解析したところ、ランソプラゾール群とその他のPPI群の調整後リスク差は、心室性不整脈または心停止で1.7%(95%信頼区間[CI]:1.1~2.3)、院内死亡で7.4%(95%CI:6.1~8.8)でした。NNH(number needed to harm)に換算すると、それぞれ58.8、13.5という結果でした(表)。表. セフトリアキソンとPPIの併用リスク(文献1より引用)結局どうする?セフトリアキソンとランソプラゾールがhERGカリウムチャネルを阻害してQT延長を起こす、というメカニズムとされています2)。これが心筋細胞の活動電位時間を規定する因子であることが知られています。今回の報告は、質の高いランダム化比較試験ではなく、後ろ向きコホート研究である点は解釈に注意が必要です。ランソプラゾールは各病院のフォーミュラリの推奨度が高い薬剤でもあるので、今後の動向には注意したいところです。参考文献・参考サイト1)Bai AD, et al. Ceftriaxone and the Risk of Ventricular Arrhythmia, Cardiac Arrest, and Death Among Patients Receiving Lansoprazole. JAMA Netw Open. 2023;6(10):e2339893.2)Lorberbaum T, et al. Coupling data mining and laboratory experiments to discover drug interactions causing QT prolongation. J Am Coll Cardiol. 2016;68(16):1756-1764.

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ESMO2023 レポート 肺がん

レポーター紹介2023年のESMOはスペインのマドリードで開催されました。昨年・一昨年以上に参加人数が多かったようで、ポストコロナ時代の学会として大変盛況でした。さて、肺がん領域においてはPractice Changeにつながる可能性の高い重要な演題が多く発表されました。とくに、ここ2年間で劇的に進歩した肺がん周術期治療やEGFR・RETなどのdriver mutation陽性の進行例に対する新たな知見が複数報告されております。今回はその中から、7つの演題を取り上げ概括したいと思います。CheckMate77T試験切除可能なIIA~IIIB(N2)期の非小細胞肺がんを対象として、術前の化学療法を標準治療として、術前のニボルマブ+化学療法および術後のニボルマブ療法の優越性を検証した無作為化比較第III相試験である。CheckMate816試験を基に現在保険承認されている術前のニボルマブ+化学療法に術後1年間のニボルマブ療法を加えた、いわゆるサンドイッチレジメンである。主要評価項目は中央判定での無イベント生存期間(EFS)で、副次評価項目は中央判定での病理学的完全奏効(pCR)、中央判定での病理学的奏効(MPR)、全生存期間(OS)、安全性プロファイルが設定されていた。患者背景として、病期やPD-L1発現などはCheckMate816試験と同様であった。主要評価項目の結果としては、CheckMate816試験やほかのサンドイッチレジメンと同様にEFSを有意に延長し(ハザード比:0.58、95%信頼区間[CI]:0.42~0.81)、副次評価項目であるpCRやMPRも化学療法と比較して有意に良好であった(pCR:25.3% vs.4.7%、MPR:35.4% vs.12.1%)。EFSのサブ解析を見ても、おおむねどの集団においてもニボルマブ併用群で良好な結果であった。また、ほかのサンドイッチレジメンと同様にpCRやMPR別でのEFSの解析も行われ、こちらも今までと同様にpCRやMPRの有無でEFSに大きな差が認められた。安全性のデータも報告されたが、目新しい有害事象(AE)の報告はなく、過去の周術期ICIのレジメンと同様であった。本レジメンも将来的に保険承認されると予想されるが、ほかのペムブロリズマブやデュルバルマブなどのサンドイッチレジメンとの差別化が図れるようなデータは今回の報告からは見られなかった。ALINA試験本年のASCOで、EGFR遺伝子変異陽性肺がん完全切除例に対するオシメルチニブによる術後補助療法が、プラセボと比較してOSを有意に延長したことが大きな話題となったが、ESMOではALK遺伝子転座陽性非小細胞肺がんに対するアレクチニブの術後補助療法の有効性が報告された。UICC-7版でのIB~IIIA期のALK陽性非小細胞肺がんが対象で、標準治療であるプラチナ併用化学療法による補助療法に対するアレクチニブを2年間内服する術後補助療法の有効性を検証する無作為化比較第III 相試験である。主要評価項目は無病生存期間(DFS)で、副次評価項目はCNSのDFS、OS、安全性であった。主要評価項目はII~IIIA期で評価された後、ITT集団を対象として階層的に評価されるデザインであった。257例が登録されており、アジア人が約半数でIIIA期が約半数登録された試験であった。主要評価項目であるII~IIIA期DFSは、標準治療と比較してアレクチニブ群のハザード比は0.24(95% CI:0.13~0.45)であり、ITT集団を対象とした解析でもハザード比は0.24(95% CI:0.13~0.43)と、ともに主要評価項目を達成した。サブ解析でもほぼすべての集団でアレクチニブ群のDFSが良好であった。副次評価項目の1つであるCNSのDFSも、アレクチニブ群は標準治療と比較してハザード比は0.22(95%CI:0.08~0.58)と良好であった。再発後の治療はアレクチニブ群の約半数、標準治療群では約75%でALK-TKIが投与されており、今回の発表のデータカットオフ時点ではOSのイベントはわずか6例しか認められなかった。安全性は、Grade3以上は30%で治療関連の死亡は認められなかった。主なAEは、CPK上昇(約40%)、便秘(約40%)、AST上昇・ALT上昇(約40%前後)と、過去のALEX試験やJ-ALEX試験と同様のプロファイルであった。今回、DFSの良好な結果が報告されたが、オシメルチニブと同様にOSの延長にも寄与するかが今後期待される。ただ、ALK陽性肺がんの予後を考えると、数年後まで結果は出てこない可能性が高い。今回の結果からは、今後バイオマーカーの結果によって周術期治療戦略も進行期と同様に細分化されると考えられる。MARIPOSA試験EGFR遺伝子変異陽性の進行・再発非小細胞肺がんに対する1次治療として確立しているオシメルチニブを標準治療とした、無作為化比較第III相試験である。試験治療群はEGFRとMETの二重特異性抗体であるamivantamabと第3世代EGFR-TKIであるlazertinibの2剤併用療法もしくはlazertinib単剤の3群の比較試験で、主要評価項目はamivantamab・lazertinib併用療法のオシメルチニブに対する中央判定によるPFSであった。 1,074例が登録され、amivantamab・lazertinib併用療法、オシメルチニブ療法、lazertinib療法に、それぞれ2:2:1に割り付けられた。EGFR変異の種別はExon19欠失が60%でL858R点変異が40%、約40%が脳転移を有していた。主要評価項目のPFSはamivantamab・lazertinib併用群で中央値23.7ヵ月、オシメルチニブ群で中央値16.6ヵ月、ハザード比0.70(95%CI:0.58~0.85)と、amivantamab・lazertinib併用群のオシメルチニブに対するPFS延長効果が証明され、主要評価項目を達成した。サブ解析では、おおむねどの集団においてもamivantamab・lazertinib併用群で良好な結果であったが、65歳以上の集団ではハザード比1.06であった。奏効率(ORR)は併用群およびオシメルチニブ群ともに約85%で、OSは今回の中間解析時点では2年時点で5%約の差(75% vs.69%)で併用群が良好であった。有効性について有望な結果が得られたamivantamab・lazertinib併用群であったが、AEが強く発現する点に注意する必要がある。Grade3以上のAEは75%で、皮膚障害・粘膜障害についてもGrade3以上がamivantamab・lazertinib併用群で強く発現していた。さらに特筆すべきは静脈血栓症(VTE)で、オシメルチニブ群の9%と比較して併用群では37%と高く、発症時期は中央値で84日と比較的早期に発症することが特徴である。現在実施されているamivantamab・lazertinib併用の治験では、治療開始後4ヵ月間は予防的抗凝固療法が推奨されているとのことであった。今回、オシメルチニブに対するPFS延長を示したamivantamab・lazertinib併用療法であるが、AEが強く発現する点から、個人的には今後オシメルチニブに完全に置き換わるよりは、使い分けが重要となってくると予想する。MARIPOSA-2試験先述したMARIPOSA試験と同じセッションで発表された本試験は、オシメルチニブに対して病勢増悪を来したEGFR遺伝子変異陽性例を対象として、カルボプラチン+ペメトレキセドによる化学療法を標準治療として、amivantamab+lazertinib+化学療法の4剤併用療法もしくはamivantamab+化学療法の3剤併用療法の3群に割り付ける無作為化比較第III相試験で、657例が登録された。主要評価項目は中央判定による4剤併用療法と化学療法を比較するPFSと、3剤併用療法と化学療法を比較したPFSである。登録前のオシメルチニブは、70%が1次治療、30%が2次治療で投与されていた。主要評価項目のPFSの結果は、4剤併用療法群の中央値が8.3ヵ月、3剤併用療法群の中央値が6.3ヵ月、化学療法群の中央値が4.2ヵ月で、それぞれハザード比が0.44(95%CI:0.35~0.56)、0.48(95%CI:0.36~0.64)と、4剤併用療法、3剤併用療法ともに化学療法に対する有意なPFS延長効果を証明した。サブ解析においても、すべての集団でPFSは良好な結果であった。ORRは両群63%程度(化学療法は36%)で頭蓋内のPFSも両群とも良好であった(4剤併用:12.8ヵ月、3剤併用:12.5ヵ月、化学療法:8.3ヵ月)。AEは先述したMARIPOSA試験同様に注意すべき点である。とくにlazertinibを加えた4剤併用療法では、Grade3以上のAEは92%、治療関連死亡は5%に認めた。3剤併用療法はGrade3以上のAEが72%であった。なかでも好中球減少や血小板減少などの血球減少は多く見られ、吐き気や倦怠感、食欲不振といった自覚症状として出てくるAEも4剤併用療法や3剤併用療法で多く認められた。血球減少が多く見られたことから、4剤併用療法のレジメンが見直され、lazertinibはカルボプラチン終了後に開始となるレジメンにmodifyされた。この修正後のレジメンの有効性・安全性データは今後評価予定となっている。今回、オシメルチニブ後の治療として有望な結果が得られたが、効果と安全性のバランスを考えると3剤併用療法がより使いやすい印象はある。先述したMARIPOSA試験と併せて、EGFR遺伝子変異陽性の最適な治療シークエンスが今後検討されることであろう。LIBRETTO-431試験本試験は肺腺がんの1~2%に認められるRET融合遺伝子陽性の非扁平上皮非小細胞肺がんを対象として、RET阻害薬であるセルペルカチニブを試験治療として、カルボプラチン+ペメトレキセド(+ペムブロリズマブ:investigator choice)療法を標準治療とした無作為化比較第III相試験である。標準治療群に割り付けられても病勢増悪後にセルペルカチニブにクロスオーバーが可能な試験である。主要評価項目は中央判定によるPFSであった。PFSはITT集団とITT-pembrolizumab(ITT-P)集団という2つの対象で評価された。261例が2:1に割り付けられた。約20%に脳転移を認め、40%強がPD-L1発現を認めた。主要評価項目であるPFSはITT-P集団でハザード比0.465(95%CI:0.309~0.699)、ITT集団で0.482(95%CI:0.331~0.700)と、規定された2つの集団でセルペルカチニブのPFSの有意な延長効果が証明された。サブ解析ではPD-L1陰性例よりも陽性例で良好な結果であった。セルペルカチニブのORRは83.7%(標準治療群:65.1%)、頭蓋内のORRも82.4%(標準治療群:58.3%)と、ともに良好な結果であった。CNS転移の累積発生率で見ても、12ヵ月時点で標準治療群が約20%であるのに対して、セルペルカチニブ群は5.5%とCNS転移をしっかりと抑えていることが示された。AEについては、セルペルカチニブの承認の元になった第I/II相試験であるLIBRETTO-001試験と同様のプロファイルであった。Grade3以上のAEは約70%に認められ、頻度の高いAEはAST上昇(Grade3以上13%)、ALT上昇(Grade3以上22%)、高血圧(Grade3以20%)、下痢(Grade3以上:1%)であった。約80%の症例でセルペルカチニブの用量変更が必要であったことも特筆すべきことである。今回の第III試験の報告で、RET融合遺伝子陽性例の1次治療としてセルペルカチニブは確立したものとなったと考える。本試験の結果は発表と同時にNew England Journal of Medicine誌にpublishされたことも報告された。TROPION-Lung01試験既治療の進行・再発非小細胞肺がんを対象として、ドセタキセル療法を標準治療としたdatopotamab deruxtecan(Dato-DXd)の優越性を検証する無作為化比較第III相試験である。Dato-DXdはTROP2を標的とした抗体薬物複合体である。EGFRやALKなどのdriver mutationを有する症例について、標的治療およびプラチナ併用化学療法(+ICI)の治療を終えた症例であれば組み込むことは可能であった。主要評価項目は中央判定によるPFSとOSであった。604例が1:1に割り付けられ、非扁平上皮がんが約80%、EGFR遺伝子変異陽性例は約15%登録されていた。主要評価項目のPFSはDato-DXd群で中央値が4.4ヵ月、ドセタキセル群で中央値が3.7ヵ月、ハザード比は0.75(95%CI:0.62~0.91)とDato-DXdの有意なPFS延長効果が示された。ORRはDato-DXd群は26.4%、ドセタキセル群では12.8%と、こちらもDato-DXd群で良好であった。PFSのサブ解析で特筆すべきは組織型での差であった。非扁平上皮がんではDato-DXd群のハザード比が0.63であったのに対して、扁平上皮がんでは1.38と組織型でDato-DXd療法の有効性が異なることが示唆された。今回の中間解析時点でのOSはDato-DXd vs.ドセタキセルで0.90(95%CI:0.72~1.13)であり、今後のフォローアップデータが待たれるところである。治療期間の中央値はDato-DXdが4.2ヵ月、ドセタキセルは2.8ヵ月であった。Dato-DXdのAEについて、Grade3以上のAEは25%、減量を要した症例の割合は20%と、どちらもドセタキセルと比較して低い傾向にあった。頻度の多いAEは口内炎(47%)、吐き気(34%)、脱毛(32%)であった。またDato-DXdに特徴的なAEとしてドライアイや流涙などの眼関連のAEが19%に発生した。また、ILDは8%で、7例(2%)にILDによる治療関連死亡が発生したことも注意すべきAEとして取り上げたい。これらの結果から、既治療の非扁平上皮がんに対してDato-DXdが重要な治療選択肢になりうると結論付けられた。ACHILLES/TORG1834試験最後に、本邦からの重要な第III相試験の報告を紹介する。TORGを中心に全国の臨床試験グループが参加して行われたインターグループスタディであるACHILLES試験の結果が、新潟県立がんセンター新潟病院の三浦 理氏より報告された。本試験は、EGFR遺伝子変異の中でExon19欠失もしくはL858R点変異を除く、いわゆるuncommon変異を有する未治療例を対象として、標準治療をプラチナ+ペメトレキセド、試験治療をアファチニブとして、PFSを主要評価項目に設定した無作為化比較試験である。109例が登録され、標準治療群とアファチニブ群に1:2に割り付けられた。変異の種類としてはG719Xが約40%と最も多く、L861Qが約18%であった。複数のuncommon変異を同時に有するcompound変異は約30%であった。ベースの脳転移は約30%に認めた。主要評価項目のPFSはアファチニブ群の中央値が10.6ヵ月、標準治療群では5.7ヵ月で、ハザード比は0.422(95%CI:0.256~0.694)であり、アファチニブの有意なPFS延長効果が示された。ORRはアファチニブで61.4%、標準治療で47.1%とアファチニブで良好であった。安全性は過去のLUX-Lung試験と同様のプロファイルであった。uncommon変異に対する初めての第III相試験であり、OSの結果が待たれるところであるが、同対象への標準治療としてアファチニブの地位はほかのEGFR-TKIよりリードしたものと考える。終わりに今回のESMOでは、取り上げた演題以外にもMini Oralやポスター発表で非常に興味深い発表が多かったです。今回のレポートが、多くの先生の臨床にお役に立てれば幸いです。

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ESMO2023 レポート 消化器がん

レポーター紹介本年、スペインのマドリードで欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2023)が、現地時間10月20日~24日にハイブリッド開催で行われた。日本の先生からの演題も多数報告されていたが、今回は消化器がんの注目演題について、いくつか取り上げていきたい。胃がん周術期の免疫チェックポイント阻害薬#LBA74Pembrolizumab plus chemotherapy vs chemotherapy as neoadjuvant and adjuvant therapy in locally-advanced gastric and gastroesophageal junction cancer:The Phase III KEYNOTE-585 study本試験は、T3以上の深達度もしくはリンパ節転移陽性と診断を受けた胃がんもしくは食道胃接合部がんに対する周術期治療として、術前・術後に化学療法+プラセボを3コースずつ行った後にプラセボを3週ごと11コース行う標準治療群と、術前・術後に化学療法+ペムブロリズマブ併用を3コースずつ行った後にペムブロリズマブを3週ごと11コース行う試験治療群を比較するランダム化二重盲検第III相試験である。国立がん研究センター東病院の設楽 紘平先生により結果が報告された。化学療法は、カペシタビン+シスプラチンまたは5-FU+シスプラチンを用いたメインコホートとFLOT療法を用いるFLOTコホートがあり、主要評価項目は全体の病理学的完全奏効(pCR)と無イベント生存期間(EFS)、メインコホートの全生存期間(OS)、FLOTコホートの安全性であった。全体で1,254例が登録され、メインコホートのペムブロリズマブ群402例とプラセボ群402例、FLOTコホートのペムブロリズマブ群100例とプラセボ群103例が登録された。メインコホートではアジアから約50%が登録され、PD-L1のCPS1以上は約75%、MSI-Hが約10%、StageIIIが約75%およびカペシタビン+シスプラチンが約75%であった。メインコホートのpCR率は、ペムブロリズマブ群の12.9%に対しプラセボ群では2.0%と、有意にペムブロリズマブ群で良好であった(p<0.0001)。pCR率のサブグループ解析では、PD-L1のCPS1未満でペムブロリズマブ群のpCR改善率が悪い傾向があり(4.2%の上乗せ)、MSI-H群ではペムブロリズマブ群のpCR率が有意に高かった(37.1%の上乗せ)。EFS中央値はペムブロリズマブ群で44.4ヵ月、プラセボ群で25.3ヵ月であり、事前に設定された統計設定を達成できなかった(HR:0.81、p=0.0198)。OS中央値はペムブロリズマブ群で60.7ヵ月、プラセボ群で58.0ヵ月であった(HR:0.90)。メインコホート+FLOTコホートにおける解析では、EFS中央値がペムブロリズマブ群で45.8ヵ月、プラセボ群で25.7ヵ月(HR:0.81)、OS中央値はペムブロリズマブ群で60.7ヵ月、プラセボ群で58.0ヵ月であった(HR:0.93)。重篤な毒性は全体では両群に有意差はなく、Grade3~4の免疫関連有害事象とインフュージョン・リアクションはペムブロリズマブ群で多い傾向があった。#LBA73Pathological complete response (pCR) to durvalumab plus 5-fluorouracil, leucovorin, oxaliplatin and docetaxel (FLOT) in resectable gastric and gastroesophageal junction cancer (GC/GEJC): interim results of the global, phase III MATTERHORN study本試験は、StageII、IIIおよびIVAの診断を受けた胃がんもしくは食道胃接合部がんに対する周術期治療として、FLOT+プラセボ療法4コース後に手術を行い、術後FLOT+プラセボ4コース施行後プラセボを4週ごと10サイクル追加する標準治療群に対し、術前および術後のFLOT療法に対するデュルバルマブを上乗せし、終了後デュルバルマブを4週ごと行う試験治療群の優越性を検証したランダム化二重盲検第III相試験である。主要評価項目はEFS、副次評価項目は中央判定のpCR率、OSであり、今回は副次評価項目であるpCR率が報告された。日本を含む20ヵ国から948例が登録され、474例がFLOT+デュルバルマブ群に、474例がFLOT+プラセボ群に登録された。デュルバルマブ群では91%で手術が行われ、87%が切除を完遂し86%が術後化学療法を施行、プラセボ群では91%で手術が行われ、85%が切除を完遂し86%が術後化学療法を施行された。患者背景は両群で偏りがなく、胃がんが約70%で食道胃接合部がんは約30%、T1~2/T3/T4が約10%/約65%/約25%、臨床的リンパ節転移陽性が約70%、病理はdiffuse typeが約20%、PD-L1発現(腫瘍における発現)は≦1%が約90%であった。副次評価項目である中央判定pCR率はデュルバルマブ群で19%、プラセボ群で7%と12%の上乗せとなり、統計学的有意差を認めた(オッズ比[OR]:3.08、95%信頼区間[CI]:2.03~4.67、p<0.00001)。pCRとnear pCRを合わせた改善率はデュルバルマブ群で27%、プラセボ群で14%と、13%の上乗せがあり、統計学的に有意な改善を認めた(OR:2.19、95%CI:1.58~3.04、p<0.00001)。サブグループ解析では全体にデュルバルマブ群で良好であったが、PD-L1発現1%未満の群ではpCR率の差が少ない傾向にあった。手術の完遂率・R0切除率・術式・リンパ節郭清の割合は両群で差がなかった。安全性に関しては両群とも新規の有害事象(AE)は認められなかった。周術期のFLOT療法にアテゾリズマブの上乗せを検証するDANTE試験がASCO2022で、中国で行われた周術期capeOX/SOXにtoripalimabの上乗せを検証する試験がASCO2023で報告され、tumor regression grade rate(TRG rate)という病理学的効果を見る指標が改善する可能性が示唆されている。今回、2つの周術期の大規模第III相試験が報告され、術前治療における免疫チェックポイント阻害薬の併用はpCR率を改善することが報告された。しかし、KEYNOTE-585試験では、ほかの主要評価項目であるEFSは統計学的に改善せず、OSもほぼ同等であった。今まで大規模第III相試験で、免疫チェックポイント阻害薬の追加でEFSやOSを改善した報告はなく、胃がん周術期の免疫チェックポイント阻害薬が予後を改善するかはまだ明らかではない。MATTERHORN試験の今後の解析や他研究を含め、PD-L1やMSIを含む、さらなるバイオマーカー研究が待たれる。HER2陽性進行胃がん1次治療へのペムブロリズマブ#1511OPembrolizumab plus trastuzumab and chemotherapy for HER2+ metastatic gastric or gastroesophageal junction (mG/GEJ) adenocarcinoma: Survival results from the phase III, randomized, double-blind, placebo-controlled KEYNOTE-811 studyKEYNOTE-811試験はHER2陽性の切除不能進行胃がんを対象に、標準治療である化学療法+トラスツズマブに対するペムブロリズマブの上乗せを検証する、プラセボ対照ランダム化二重盲検第III相試験である。2021年9月に副次評価項目の1つである奏効率(ORR)に関する報告がNature誌に掲載され、標準治療群の51.9%に対してペムブロリズマブの併用で74.4%と、22.5%の上乗せと統計学的有意差を認めていた。今回、主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)とOSについて第3回中間解析(追跡期間中央値:38.5ヵ月)の報告がなされた。698例が、ペムブロリズマブ群350例、ブラセボ群348例に割り付けられた。第2回中間解析における全体集団においてペムブロリズマブ群はプラセボ群に対してPFS(10.0ヵ月vs.8.1ヵ月)に有意な改善を認めた(HR:0.73、p=0.0002)。PD-L1が≦1の症例においては、さらなる改善傾向を認めた(10.9ヵ月vs.7.3ヵ月、HR:0.71)。第3回中間解析の結果が示され、全体集団におけるOSは20.0ヵ月vs.16.8ヵ月(HR:0.84)であったが、統計学的なp値は示されなかった。PD-L1≦1の症例においては、PFSと同様にOSも改善傾向を認めた(20.0ヵ月vs.15.7ヵ月、HR:0.81)。まだイベントが少なく、OSは追加解析中である。ORRは73% vs.60%でありペムブロリズマブ群で13%の上乗せを認めた。今回の検討で、OSは全体集団で統計学的有意な改善を示さなかった。しかし、ORRの改善や、PFSは全体集団で有意な改善を認め、OSもPD-L1≦1症例では良好な結果が報告された。しかし、Lancet誌で論文化された結果を見ると、第2回中間解析でOSの延長は統計学的有意差を示せなかった。またディスカッションで述べられていたが、PD-L1がCPS1未満では、逆にペムブロリズマブ群でOSが不良であったことが示されている。以上よりEUではPD-L1 CPS1以上においてのみペムブロリズマブ併用が承認され、米国FDAも同様の基準に承認が変更されている。本邦ではまだ保険適用外であるが、治療効果が高いレジメンであり、承認されればHER2陽性胃がんの1次治療が大きく変化する。今後、本邦での承認の可否や承認された場合の適応条件を含め注目される。MSI-H胃がん1次治療のイピリブマブ+ニボルマブ#1513MOA Phase II study of Nivolumab plus low dose Ipilimumab as 1st line therapy in patients with advanced gastric or esophago-gastric junction MSI-H tumor:First results of the NO LIMIT study (WJOG13320G/CA209-7W7)本研究は本邦で行われた、MSI-High切除不能進行再発胃がんに対する1次治療としてのイピリムマブ+ニボルマブ(Ipi/Nivo)の有効性と安全性を探索した単群第II相試験である。主要評価項目はORR、副次評価項目は病勢コントロール率(DCR)、PFS、OS、奏効期間(DOR)、安全性であり、今回、主要評価項目であるORRの結果が愛知県がんセンター薬物療法部の室 圭先生より報告された。スクリーニング試験であるWJOG13320GPS試験が並行して行われており、2020年11月~2022年8月の期間に国内75施設から進行胃がん935例がスクリーニングされた。そのうちMSI-Highと診断された症例のうち29例が本試験に登録された。3例が完全奏効、15例が部分奏効を達成し、ORRは62.1%(95%CI:42.3~79.3)で事前の統計学的設定に達し、主要評価項目を達成した。DCRは79.3%、追跡期間中央値9.0ヵ月時点のPFS中央値は13.8ヵ月(95%CI:13.7~未達)、DORとOSは未到達、12ヵ月PFS率は73%、OS率は80%であった。Grade3のAEが11例、Grade4が1例発現したが、治療関連死は認めず、既存の研究と異なるAEは認めなかった。21例で治療が中止され、治療中止の最も多い理由はAE(13例)であった。進行胃がんの中でおよそ5%といわれるMSI-Highを対象にしており、スクリーニング研究を含め、本邦の多くの先生が協力して完遂されたことにまずは拍手を送りたい試験である。既報のCheckMate 649試験でもMSI-High群では免疫チェックポイント阻害薬の併用効果がきわめて高いことが知られており、MSI-Highは胃がん1次治療前の治療選択に重要なバイオマーカーであると考えられる。また、Ipi/Nivoは食道がんにおけるCheckMate 648試験でも長期生存につながる症例が他治療より多い可能性が示唆されており、胃がんにおいてもそのような対象があるかもしれない。もちろんIpi/Nivoは胃がんにおいて本邦では保険適用外であるが、本研究の長期フォローアップの結果やバイオマーカーの解析結果が期待される。RAS/BRAF野生型+左側原発大腸がんのm-FOLFOXIRI+セツキシマブ#555MOModified (m)-FOLFOXIRI plus cetuximab treatment and predictive clinical factors for RAS/BRAF wild-type and left-sided metastatic colorectal cancer (mCRC):The DEEPER trial (JACCRO CC-13)本試験は本邦で行われた大規模なランダム化第II相試験である。主要評価項目であるDpR(最大腫瘍縮小率)はASCO2021で有意な改善が報告されている。今回、聖マリアンナ医科大学腫瘍内科講座の砂川 優先生よりRAS/BRAF野生型かつ左側のサブグループ解析結果が報告された。RAS/BRAF野生型、左側の大腸がんにおいてDpRとPFSはいずれもm-FOLFOXIRI+セツキシマブ群においてm-FOLFOXIRI+ベバシズマブ群より良好であった(DpR中央値: 59.2% vs.47.5%、p=0.0017、PFS:14.5ヵ月vs.11.9ヵ月、HR:0.71、p=0.032)。またPFSにおけるサブグループ解析では男性、R0/1切除ができなかった症例、および肝限局以外の症例においてセツキシマブ群で良好な傾向があった。とくに肝限局転移例ではPFSは両群で有意差を認めなかった(14.5ヵ月vs.15.5ヵ月、HR:0.86、p=0.62)ものの、それ以外ではセツキシマブ群でPFSの改善を認めた(15.1ヵ月vs.11.4ヵ月、HR:0.63、p=0.015)。今回のサブグループ解析は、本邦の実臨床における実際と合致した対象で、期待できる効果が示された。深い奏効が期待できるため、個人的には詳細なゲノム検査が困難な、若いRAS/BRAF野生型大腸がん症例に期待したい治療である。次回のガイドラインの記載が注目される。KRAS G12C変異大腸がんへのソトラシブ+パニツムマブ#LBA10 Sotorasib plus panitumumab versus standard-of-care for chemorefractory KRAS G12C-mutated metastatic colorectal cancer (mCRC):CodeBreak 300 phase III study肺がんなどを中心に、新たに注目されているバイオマーカーであるKRAS G12Cに対する治療開発が進んでいる。大腸がんでは約3%の症例でKRAS G12C変異を認めるといわれており、ソトラシブ+パニツムマブは先行する第I相試験でORRが30%と期待できる結果を示していた。今回、1レジメン以上の治療を受けたKRAS G12C変異陽性切除不能進行再発大腸がんに対して、ソトラシブ+パニツムマブと標準治療(トリフルリジン・チピラシルもしくはレゴラフェニブ)を比較する第III相試験の結果が報告された。主要評価項目はPFS、主な副次評価項目はORRとOSで、160例がソトラシブ960mg/日+パニツムマブ(53例)と、ソトラシブ240mg/日+パニツムマブ(53例)、そして標準治療(54例)に1対1対1で割り付けられた。約90%が2レジメン以上、オキサリプラチン、フッ化ピリミジン、イリノテカン、血管新生阻害薬による治療を受けていた。主要評価項目であるPFSはソトラシブ960mg群、ソトラシブ240mg群、標準治療群でそれぞれ5.6ヵ月(HR:0.49、p=0.006)vs.3.9ヵ月(HR:0.58、p=0.03)vs.2.2ヵ月であり、ソトラシブ群で有意に改善を認めた。ORRはそれぞれ26% vs.6% vs.0%であり、ベースラインよりも腫瘍が縮小した症例の割合は81% vs.57% vs.20%であった。OSはイベント発生数がまだ約40%と未達で、8.1ヵ月vs.7.7ヵ月vs.7.8ヵ月であった。主なGrade3以上の毒性はソトラシブ群でざ瘡様皮疹(960mg群11% vs.240mg群4%)、皮疹(6% vs.2%)、下痢(4% vs.6%)、低マグネシウム血症(6% vs.8%)であり、標準治療群では好中球減少(24%)、貧血(6%)、嘔気(2%)であった。研究者らは、KRAS G12C変異を有する大腸がんに対してソトラシブ960mg/日+パニツムマブが新しい標準治療になる可能性があると結論付け、本結果はNEJM誌にも掲載された。PFSやORRは期待できる結果を示しているが、肺がんではソトラシブ単剤で28.1~37.1%のORRが報告されており、大腸がんではパニツムマブ併用ながら、やや劣る奏効である。またOSはそれほど差がなく、標準治療群でソトラシブをクロスオーバーして使用しているのかなど、後治療の影響があるのかも含めた長期フォローの結果が待たれる。いずれにせよ、希少な対象の薬剤であり、本邦でも早期にKRAS G12C変異陽性大腸がん患者に届けられるようになることが期待される。転移膵がん1次療法、ゲムシタビン+nab-パクリタキセル#1616ONab-paclitaxel plus gemcitabine versus modified FOLFIRINOX or S-IROX in metastatic or recurrent pancreatic cancer (JCOG1611, GENERATE):A multicentred, randomized, open-label, three-arm, phase II/III trial切除不能進行膵がんにおける1次化学療法の標準治療は(modified)FOLFIRINOX療法とゲムシタビン+nab-パクリタキセル(GnP)療法であるが、直接比較した大規模第III相試験はいまだなかった。今回、本邦でmFOLFIRINOX療法とGnP療法およびS-IROX療法(S-1、イリノテカン、オキサリプラチン)を比較する第II/III相試験であるGENERATE試験(JCOG1611)が行われ、国立がん研究センター中央病院の大場 彬博先生より結果が報告された。主要評価項目はOS、副次評価項目はPFS、ORRおよび安全性であった。PS0~1の症例を対象に、2019年4月~2023年3月に国内45施設から527例が登録され、GnP群(176例)、mFOLFIRINOX群(175例)、S-IROX群(176例)に1対1対1で割り付けられた。主要評価項目のOSはGnP群17.1ヵ月、mFOLFIRINOX群14.0ヵ月(HR:1.31、95%CI:0.97~1.77)、S-IROX群13.6ヵ月(HR:1.35、95%CI:1.00~1.82)であった。中間解析にて最終解析における優越性達成予測確率はmFOLFIRINOX群0.73%、S-IROX群0.48%とGnP群を上回る可能性がほとんどないため、本試験は中止となった。PFSはGnP群6.7ヵ月、mFOLFIRINOX群5.8ヵ月(HR:1.15、95%CI:0.91~1.45)、S-IROX群6.7ヵ月(HR:1.07、95%CI:0.84~1.35)、ORRはGnP群35.4%、mFOLFIRINOX群32.4%、S-IROX群42.4%であった。Grade3以上のAEで多かったものは好中球減少症で、GnP群60%、mFOLFIRINOX群52%、S-IROX群39%で認められた。食欲不振(5% vs.23% vs.28%)、下痢(1% vs.9% vs.23%)は、GnP群よりもmFOLFIRINOX群、S-IROX群で多く認められた。本研究は膵がんの実臨床に対する非常に重要な試験であり、今回の結果を鑑みると本邦における切除不能膵がんに対する1次治療の標準治療はGnP療法であると考えられる。本邦の現状では1次治療でGnP療法を行い、2次治療でナノリポソーマルイリノテカン+5-FU+レボホリナートを行うことが推奨されているが、2023年のASCOでナノリポソームイリノテカンを使ったNALIRIFOX療法のGnP療法に対する優越性が報告されている。本邦ではNALIRIFOX療法は保険適用外であるが、今後本邦での承認を含めた状況が注目される。

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毎年9%死亡者が増加する人獣共通感染症の行方/ギンコ・バイオワークス

 古くはスペイン風邪、近年では新型コロナウイルス感染症のように、歴史的にみると世界的に流行する人獣共通感染症の人への感染頻度が、今後も増加することが予想されている。そして、これらは現代の感染症のほとんどの原因となっている。人獣共通感染症の人への感染の歴史的傾向を明らかにすることは、将来予想される感染症の頻度や重症度に関する洞察に資するが、過去の疫学データは断片的であり分析が困難である。そこで、米国・カルフォルニア州のバイオベンチャー企業ギンコ・バイオワークス社のAmanda Meadows氏らの研究グループは、広範な疫学データベースを活用し、人獣共通感染症による動物から人に感染する重大な事象(波及事象)の特定のサブセットについて、アウトブレイクの年間発生頻度と重症度の傾向を分析した。その結果、波及事象の発生数は毎年約5%、死亡数は毎年約9%増加する可能性を報告した。BMJ Global Health誌2023年11月8日号に掲載。現状のままでは毎年約9%で人獣共通感染症の死亡者数が増加 研究では、エボラウイルス、マールブルグウイルス、SARSコロナウイルス、ニパウイルス、マチュポウイルスによる75件の波及事象を検討(SARS-CoV-2パンデミックは除外)。 主な結果は以下のとおり。・波及事象の発生数は、毎年4.98%(95%信頼区間[CI]:3.22~6.76)増加している。・死亡数は、毎年8.7%(95%CI:4.06~13.62)増加している。 この結果を踏まえ、Meadows氏らは「この増加傾向は、世界的な努力によって発生を予防し、食い止める能力を向上させることで変えることができる。その努力は、世界の健康に対する感染症の大きな、増大しつつあるリスクに対処するために必要である」と述べている。

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脂質低下療法の効果にストロングスタチン間の違いはあるのか?(解説:平山篤志氏)

 動脈硬化性疾患の2次予防にLDL-コレステロール(LCL-C)低下の重要性が明らかにされているが、ガイドラインにより、LDL-Cの管理目標値を達成するアプローチ(Treat to Target)と目標値を設定せず病態に応じたスタチンを投与するアプローチ(Fire and Forget)がある。韓国で行われたLODESTAR試験は、この2種のアプローチでOutcomeが異なるかを検討した試験で、すでに報告されたように管理目標値を達成できれば両者に優劣はなかった。本試験ではさらに、エントリーされた患者はTreat to Target群とFire and Forget群に分けられると同時に、2種のストロングスタチン、すなわちロスバスタチン群とアトルバスタチン群に割り付けられ、今回はスタチンの相違についての検討が報告された。 結果は、ロスバスタチン群でアトルバスタチン群に比し、0.1mmol(3.85mg/dL)の有意なLDL-Cの低下は認められたが、心血管イベントには両者で差がない結果であった。また、数多くの2次エンドポイントが設けられていたが、ロスバスタチン群で新規糖尿病と白内障の発症がアトルバスタチン群に比して有意に多いと報告されていた。スタチン使用と新規糖尿病の発症については2012年にFDAが警告を発して以来、投与に関しては注意が必要とされている。スタチンがグルコーストランスポーターのGULT4のダウンレギュレーションを来すことが一因とされており、これまでスタチンの強度、脂溶性・水溶性などの解析が行われてきたが、相違については結論が出されていない。今回の検討でも、全参加者の解析では新規糖尿病の発症や糖尿病治療薬の使用開始では確かにロスバスタチン群で有意に高いが、糖尿病の既往のない患者群では新規発症には有意差が示されなかった。したがって、この結果だけをもってロスバスタチンのほうが糖尿病を来すリスクが高いとはいえない。 これまでに報告されているように、スタチンによる糖尿病発症や悪化のリスクはあっても、心血管イベント抑制効果が上回ることから、スタチン使用に躊躇すべきではない。この論文のメッセージとしては、いずれのスタチンを用いても有効性と安全性には差がないというものである。論文のメッセージとしてのインパクトは大きくないが、韓国でこれほどの大規模試験が行われ結果を報告しているのに、なぜか日本ではRegistry研究は盛んだがRCT研究が少なくなっているように思われる。今後、わが国でRCTを行いやすくできる環境整備が必要なのであろう。

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第189回 ChatGPTの論文作文はその探偵がお見通し/70年来の念願、腎毒性のないアムホテリシンB合成

ChatGPTの論文作文はその探偵がお見通し生成AI(人工知能)・ChatGPTで書かれた論文の序論(introduction)部分をその発見プログラム(AI探偵)が検査でほぼ間違いなく見つけ出しました1,2)。ChatGPTが序論を書くことは背景情報があれば実に簡単なことです1)。それゆえ検査では序論が使われました。米国化学会(ACS)が発行する10の雑誌のそれぞれから10報ずつ選んだ論文の人の手による合計100の序論でAI探偵はまず訓練され、続いてChatGPT-3.5が書いた200の序論を同定する検査に望みました。ChatGPT-3.5が書いた200の序論のうち半分の100の序論は論文のタイトル、残りの100の序論はアブストラクトの入力によって作られました。タイトルからChatGPT-3.5が作成した序論と人が書いた序論をAI探偵にいよいよ委ねたところChatGPT-3.5による序論がなんと間違いなく100%の正確さで検出されました。アブストラクトからChatGPT-3.5が作成した序論の検出精度は少し劣りましたが、間違いは2%のみで98%が正解でした。最新のChatGPTなら目を盗めるかというとそういうわけには行かず、ChatGPT-4の作文もAI探偵は同様に正確に見つけ出しました1)。70年来の念願、腎毒性のないアムホテリシンB合成南米ベネズエラのオリノコ川渓谷の土壌細菌Streptomyces nodosusの産物として1950年代にその発見が報告されたアムホテリシンB(AmB)は今でも最も強力な抗真菌薬の一画を占め3)、耐性菌を生じ難いことも手伝って50年超の長きにわたり全身性真菌感染症の定番治療であり続けています4)。しかし真菌を殺す能力に長ける一方で人体に有毒で、とくに腎臓を害します。ゆえに最後の切り札として温存されることが多く、その出番は他に打つ手なしになったときにもっぱら限定されます5)。もしAmBを無毒化できればいわば鬼に金棒であり、そういう取り組みが実に70年を超えて続けられてきました6)。その取り組みはAmBの抗真菌作用の仕組みを明らかにした10年ほど前のNature姉妹誌掲載報告で大きく前進します。イリノイ大学化学科のMartin Burke氏らの2014年のNature Chemical Biology誌報告によるとAmBは真菌細胞膜の外側でスポンジのように凝集して真菌細胞膜の脂質二重層からエルゴステロールを抜き取ることで真菌を死なせます7)。Burke氏らはさらに研究を進めてAmBがヒト腎臓細胞を死なせる仕組みを解明し、腎臓に無害で真菌のエルゴステロールに限って素早く抜き去る抗真菌薬へとAmBを加工することにとうとう成功しました。先週8日(水)に本家Nature誌に掲載されたその成果によると、AmBが腎臓細胞を死なせるのはエルゴステロールと同じくステロールの一種であるコレステロールを腎臓細胞から抜き取ることによります8)。AmBがエルゴステロールとコレステロールに結合している様子も悉に調べられ、AmBとそれらの相互作用の違いも明らかになりました。それらの成果のかいあってコレステロールには結合しないようにAmBを細工でき、続いてエルゴステロール抜き取りが早まるようにする加工が施されました。そうして仕上がった化合物いくつかが細胞培養やマウスへの投与などで検討され、他とは一線を画して秀でる化合物に行き着きます。その化合物はAM-2-19と呼ばれ、マウスの腎臓やヒト腎臓細胞に手出しせず、500を超える酵母やカビなどの病原性真菌には既存の抗真菌薬と同等かそれ以上の効果を示しました9)。医療で使えるようにするための第一歩としてAM-2-19はBurke氏らが2019年に設立したバイオテクノロジー企業Sfunga Therapeutics社に委ねられており、SF001と呼ばれる製剤となって第I相試験が進行中です。単回漸増投与の段階が済み、来年2024年には反復漸増投与が始まります。参考1)‘ChatGPT detector’ catches AI-generated papers with unprecedented accuracy / Nature2)Desaire H, et al. Cell Rep Phys Sci.2023 Nov 6. [Epub ahead of print]3)Carolus H, et al. J Fungi(Basel). 2020;6:321.4)Mora-Duarte J, et al. N Engl J Med. 2002;347:2020-2029.5)New antifungal molecule kills fungi without toxicity in human cells, mice / Eurekalert6)Antifungal analog offers reduced toxicity / C&EN7)Anderson TM, et al. Nat Chem Biol. 2014;10:400-406.8)Maji A, et al. Nature. 2023 Nov 8. [Epub ahead of print]9)Sfunga Therapeutics and Deerfield Management Announce Publication on Novel Antifungal SF001 in Nature / PRNewswire

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血圧の大きな変動が認知症や動脈硬化リスクを高める?

 血圧変動は認知症や心血管疾患のリスク増加を知らせるサインである可能性が、オーストラリアの研究グループによる研究で示唆された。24時間以内に、あるいは数日にわたって認められた大きな血圧変動は認知機能の低下と関連し、さらに、収縮期血圧(上の血圧)の大きな変動は動脈硬化と関連することが示されたという。南オーストラリア大学(オーストラリア)Cognitive Ageing and Impairment Neuroscience LaboratoryのDaria Gutteridge氏らによるこの研究結果は、「Cerebral Circulation - Cognition and Behavior」に9月1日掲載された。 Gutteridge氏は、「通常の治療では高血圧に焦点が置かれ、血圧変動は無視されているのが現状だ。しかし、血圧は短期的にも長期的にも変動し得るものであり、そうした変動が認知症や動脈硬化のリスクを高めているようだ」と話している。 この研究は、認知症のない60〜79歳の高齢者70人(年齢中央値70歳、女性66%)を対象に、短期的(24時間)および中期的(4日間)な血圧変動と認知機能や動脈壁の硬化度との関連を検討したもの。対象者は初回の研究室への訪問時に、modified mini-mental state(3MS)、およびCambridge Neuropsychological Test Automated Battery(CANTAB)による認知機能検査を受けた。その後、24時間自由行動下血圧測定の方法で、日中(7〜22時)と夜間(22〜7時)の血圧を測定し、次いで、家庭用血圧計で4.5日間、朝(起床後1時間以内、朝食前)と夜(就寝の1時間前、夕食から1時間以上後)の血圧を3回ずつ測定した。また、経頭蓋超音波ドプラ法により対象者の中大脳動脈の拍動性指数を算定するとともに、脈波解析と脈波速度の測定により動脈硬化度も評価した。 解析の結果、収縮期と拡張期の大きな血圧変動は、それが短期的な場合でも中期的な場合でも、平均血圧値にかかわりなく認知機能低下と関連することが明らかになった。短期的に大きな血圧変動は注意力の低下や精神運動速度の低下と関連し、日々の大きな血圧変動は遂行能力の低下と関連していた。また、収縮期血圧の短期的に大きな変動は動脈硬化度の高さと関連し、拡張期血圧の日々の大きな変動は動脈硬化度の低さと関連することも示された。その一方で、血圧変動と中大脳動脈との拍動性指数との間に関連は認められなかった。 Gutteridge氏は、「この研究により、1日の中での血圧変動や、数日単位で見た場合の血圧変動が大きいことは認知機能の低下と関連し、また、収縮期の血圧変動が大きいことは動脈硬化度の高さと関連することが明らかになった。これらの結果は、血圧変動の種類により、それが影響を及ぼす生物学的機序も異なる可能性が高いこと、また、収縮期および拡張期の血圧変動の両方が、高齢者の認知機能にとって重要であることを示唆するものだ」と述べている。研究グループは、これらの結果を踏まえた上で、「血圧変動は認知機能障害の早期臨床マーカーや治療ターゲットとして役立つ可能性がある」との見方を示している。

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非浸潤性乳管がんの腫瘍径と断端、進展リスクとの関連は?/BMJ

 非浸潤性乳管がん(DCIS)の腫瘍径および切除断端の状態と、同側浸潤性乳がんおよび同側DCISのリスクとの関連は小さく、これら2つの因子を他の既知のリスク因子に加えた多変量モデルでは、臨床病理学的リスク因子だけでは低リスクDCISと高リスクDCISを区別することに限界があるという。オランダがん研究所(NKI)のRenee S. J. M. Schmitz氏らGrand Challenge PRECISION consortiumの研究グループが、国際統合コホート研究の結果を報告した。どのようなDCISで、その後のイベントリスクが高いかを明らかにする必要があるが、現在の臨床的特徴がどの程度役立つかは不明であった。BMJ誌2023年10月30日号掲載の報告。4つの大規模コホート約4万8千人のデータを統合解析 研究グループは、DCISの腫瘍径および切除断端の状態と、治療後の同側浸潤性乳がんおよび同側DCISへの進展リスク、ならびに同側浸潤性乳がんのステージおよびサブタイプとの関連性を検討する目的で、オランダ、英国、米国で行われた4つの大規模コホート研究を統合解析した。対象被験者は、1999~2017年に純型の原発性DCISと診断され、乳房温存術または乳房切除術のいずれかを受け、術後に放射線療法または内分泌療法あるいはその両方が実施された4万7,695例の女性患者。解析には、患者個々のデータを用いた。 主要評価項目は、同側浸潤性乳がんおよび同側DCISの10年累積発生率で、DCISの腫瘍径と切除断端の状態との関連について、多変量Cox比例ハザードモデルを用いて評価した。腫瘍径は同側DCISと、切除断端陽性は同側浸潤性乳がん・同側DCISと関連 同側浸潤性乳がんの10年累積発生率は3.2%であった。放射線療法の有無にかかわらず乳房温存術を受けた女性において、腫瘍径がより大きいDCIS(20~49mm)は20mm未満のDCISと比較し、同側DCISの補正後リスクのみ有意に増加した(ハザード比[HR]:1.38、95%信頼区間[CI]:1.11~1.72)。同側浸潤性乳がんおよび同側DCISのリスクは、切除断端陰性と比較して陽性で有意に高かった(浸潤性乳がんのHR:1.40[95%CI:1.07~1.83]、DCISのHR:1.39[1.04~1.87])。 術後内分泌療法は、乳房温存術のみの治療と比較して、同側浸潤性乳がんのリスク低下と有意な関連は認められなかった(HR:0.86、95%CI:0.62~1.21)。放射線療法の有無にかかわらず、乳房温存術を受けた女性では、DCISのグレードの大きさは同側浸潤性乳がんと有意に関連しなかったが、同側DCISのリスクは高かった(Grade1でのHR:1.42[95%CI:1.08~1.87]、Grade3でのHR:2.17[1.66~2.83])。 診断時の年齢が高いほど、同側DCISの1年当たりのリスクは低く(HR:0.98、95%CI:0.97~0.99)、同側浸潤性乳がんのリスクとの関連はみられなかった(HR:1.00、95%CI:0.99~1.00)。 腫瘍径が大きいDCIS(≧50mm)は小さいDCIS(<20mm)と比較し、StageIIIおよびIVの同側浸潤性乳がんを発症する割合が高かったが、切除断端陽性と陰性の比較では同様の関連性はみられなかった。 また、DCISの腫瘍径とホルモン受容体陰性HER2陽性同側浸潤性乳がん、ならびに切除断端陽性とホルモン受容体陰性同側浸潤性乳がんとの関連が確認された。

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ざ瘡に期待できる栄養補助食品は?

 ざ瘡(にきび)治療の補助としてビタミン剤やそのほかの栄養補助食品に関心を示す患者は多い。しかし、それらの有効性や安全性は明らかではなく、推奨する十分な根拠は乏しい。そこで、米国・Brigham and Women's HospitalのAli Shields氏らの研究グループは、ざ瘡治療における栄養補助食品のエビデンスを評価することを目的にシステマティックレビューを行った。JAMA Dermatology誌オンライン版2023年10月25日号の報告。 研究グループは、PubMed、Embase、Cochrane Central Register of Controlled Trials、Web of Scienceの各データベースを開設から2023年1月30日まで検索した。ざ瘡患者を対象に栄養補助食品(ビタミンやミネラル、植物抽出物、プレバイオティクス、プロバイオティクスなど)の摂取を評価した無作為化比較試験を解析し、臨床医が報告したアウトカム(全体評価や病変数など)、患者が報告したアウトカム(QOLなど)、有害事象を抽出した。バイアスリスクはCochrane risk of bias toolを用いて、研究の質をGood、Fair、Poorに分類した。 主な結果は以下のとおり。・42件の研究(3,346例)が組み入れ基準を満たした。・GoodまたはFairの分類の研究で栄養補助食品の有用性が示唆されたのは、ビタミンB5およびD、緑茶、プロバイオティクス、オメガ3脂肪酸であった。・これらの有用性評価に最も関連していたのは、病変数の減少または臨床医による全体評価スコアであった。・栄養補助食品の摂取による有害事象の発現はまれであったが、亜鉛摂取による消化管障害が報告された。 これらの結果より、研究グループは「このシステマティックレビューは、ざ瘡治療における栄養補助食品の可能性を示している。医師は、患者に栄養補助食品のエビデンスを提示する準備をしておくべきである」としたうえで、「多くの研究は小規模であり、今後の研究ではより大規模な無作為化比較試験に焦点を当てるべきである」とまとめた。

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STEMI、中医薬tongxinluoの上乗せで臨床転帰改善/JAMA

 中国・Chinese Academy of Medical Sciences and Peking Union Medical CollegeのYuejin Yang氏らは、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)におけるガイドライン準拠治療への上乗せ補助療法として、中国伝統医薬(中医薬)のTongxinluo(複数の植物・昆虫の粉末・抽出物からなる)は30日時点および1年時点の両方の臨床アウトカムを有意に改善したことを、大規模無作為化二重盲検プラセボ対照試験「China Tongxinluo Study for Myocardial Protection in Patients With Acute Myocardial Infarction(CTS-AMI)試験」の結果で報告した。Tongxinluoは有効成分と正確な作用機序は不明なままだが、潜在的に心臓を保護する作用があることが示唆されている。中国では1996年に最初に狭心症と虚血性脳卒中について承認されており、心筋梗塞についてはin vitro試験、動物実験および小規模のヒト試験で有望であることが示されていた。しかし、これまで大規模無作為化試験では厳密には評価されていなかった。JAMA誌2023年10月24・31日合併号掲載の報告。対プラセボの大規模無作為化試験でMACCE発生を評価 CTS-AMI試験は2019年5月~2020年12月に、中国の124病院から発症後24時間以内のSTEMI患者を登録して行われた。最終フォローアップは、2021年12月15日。 患者は1対1の割合で無作為化され、STEMIのガイドライン準拠治療に加えて、Tongxinluoまたはプラセボの経口投与を12ヵ月間受けた(無作為化後の負荷用量2.08g、その後の維持用量1.04g、1日3回)。 主要エンドポイントは、30日主要有害心脳血管イベント(MACCE)で、心臓死、心筋梗塞の再発、緊急冠動脈血行再建術、脳卒中の複合であった。MACCEのフォローアップは3ヵ月ごとに1年時点まで行われた。 3,797例が無作為化を受け、3,777例(Tongxinluo群1,889例、プラセボ群1,888例、平均年齢61歳、男性76.9%)が主要解析に含まれた。30日時点、1年時点ともMACCEに関するTongxinluo群の相対リスク0.64 30日MACCEは、Tongxinluo群64例(3.4%)vs.プラセボ群99例(5.2%)で発生した(相対リスク[RR]:0.64[95%信頼区間[CI]:0.47~0.88]、群間リスク差[RD]:-1.8%[95%CI:-3.2~-0.6])。 30日MACCEの個々のエンドポイントの発生も、心臓死(56例[3.0%]vs.80例[4.2%]、RR:0.70[95%CI:0.50~0.99]、RD:-1.2%[95%CI:-2.5~-0.1])を含めて、プラセボ群よりもTongxinluo群で有意に低かった。 1年時点でも、MACCE(100例[5.3%]vs.157例[8.3%]、ハザード比[HR]:0.64[95%CI:0.49~0.82]、RD:-3.0%[95%CI:-4.6~-1.4])および心臓死(85例[4.5%]vs.116例[6.1%]、HR:0.73[0.55~0.97]、RD:-1.6%[-3.1~-0.2])の発生は、Tongxinluo群がプラセボ群よりも依然として低かった。 30日脳卒中、30日および1年時点の大出血、1年全死因死亡、ステント内塞栓症(<24時間、1~30日間、1~12ヵ月間)など、その他の副次エンドポイントでは有意差はみられなかった。 薬物有害反応(ADR)は、Tongxinluo群がプラセボ群よりも有意に多く(40例[2.1%]vs.21例[1.1%]、p=0.02)、主に消化管症状であった。 今回の結果を踏まえて著者は、「STEMIにおけるTongxinluoの作用機序を確認するため、さらなる研究が必要である」とまとめている。

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第188回 コロナ後遺症の新たな生理指標、セロトニン欠乏が判明

コロナ後遺症の新たな生理指標、セロトニン欠乏が判明新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後症状(long COVID)は患者数が莫大なだけに盛んに研究されて新たな成果が次々に発表されています。先週はそういうコロナ後遺症とタウリンの欠乏の関連を示した報告を紹介しましたが、その報告の10日前にはタウリンと同様にアミノ酸の1つであるトリプトファンの吸収低下を一因とするセロトニンの減少とコロナ後遺症の関連を裏付ける研究成果がCell誌に発表されています1,2)。神経伝達物質の1つであるセロトニン減少の発端となりうるのは腸の新型コロナウイルスです。腸に居座る新型コロナウイルスがトリプトファン吸収を抑制し、トリプトファンを原料とするセロトニン生成が減ると示唆されました。新型コロナウイルスが腸に長居しうることは糞便のウイルスRNA解析で示されました。その解析によるとコロナ後遺症患者の糞中からはそうでない患者(新型コロナウイルスに感染したものの長引く症状は生じなかった患者)に比べて新型コロナウイルスRNAが有意に多く検出されました。新型コロナウイルスを含むウイルス感染はインターフェロン(IFN)伝達を誘発することが知られています。さらには、コロナ後遺症患者の1型IFN増加の持続も先立つ研究で確認されています。腸に似せた組織(腸オルガノイド)やマウスでの検討の結果、その1型IFNがセロトニンの前駆体であるトリプトファン吸収を抑制することでセロトニンの貯蔵量を減らすようです。また、新型コロナウイルスが居続けることで続く炎症は血小板を介したセロトニン輸送の妨害やセロトニン分解酵素MAO(モノアミン酸化酵素)の亢進を介してセロトニンの流通を妨げうることも示されました。実際、コロナ後遺症患者では血中のセロトニンが乏しく、コロナ後遺症の発現の有無をセロトニンの量を頼りに区別しうることが確認されています。さて研究はいよいよ大詰めです。コロナ後遺症患者の大部分が被る疲労、認知障害、頭痛、忍耐の欠如、睡眠障害、不安、記憶欠損などの神経/認知症状とセロトニン欠乏を関連付けるとおぼしき仕組みが判明します。その仕組みとは迷走神経の不調です。中枢神経系(CNS)の外を巡るセロトニンは血液脳関門(BBB)を通過できませんが、迷走神経などの感覚神経を介して脳に作用します。ウイルス感染を模すマウスでの実験の結果、末梢のセロトニンを増やすことや感覚神経を活性化するTRPV1作動薬(カプサイシン)の投与で認知機能が正常化しました。続いて、感覚神経の種類を区別するタンパク質の刺激実験から末梢のセロトニン不足と脳の働きの低下の関連は感覚神経の一員である迷走神経伝達の不足を介すると示唆されました。その裏付けとして迷走神経に豊富に発現するセロトニン受容体(5-HT3受容体)の作動薬がウイルス感染を模すマウスの海馬神経反応や認知機能障害を正常化することが示されました。それらの結果を総括し、セロトニン不足が迷走神経伝達を弱めて認知機能を害するのだろうと結論されています。さて、そうであるなら選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)に属するフルオキセチン(fluoxetine)やフルボキサミン(fluvoxamine)などのセロトニン増加薬がコロナ後遺症に有効かもしれません。その可能性は今回の研究でも検討されており、ウイルス感染を模すマウスの記憶障害がフルオキセチンでほぼ解消しました。新型コロナウイルスに感染して間もない患者へのSSRIの試験はいくつか実施されています。その効果の程は今のところどっちつかずですが、それらの試験と同様にコロナ後遺症の神経/認知症状へのセロトニン伝達標的治療の効果も調べる必要があります。幸い、その試みはすでに始まっています。臨床試験登録サイトClinicaltrials.govを検索したところ、コロナ後遺症へのフルボキサミンの試験が進行中です3)。結果一揃いは再来年2025年3月中頃に判明する見込みです。コロナ後遺症の治療といえばこれまでのところ患者が訴える症状が頼りでした。今やセロトニンやタウリンの減少などの生理指標が明らかになりつつあり、見つかった生理指標を頼りに患者を治療や試験に割り当てられそうだと著者は言っています2)。参考1)Wong AC, et al. Cell. 2023;186:4851-4867.2)Viral persistence and serotonin reduction can cause long COVID symptoms, Penn Medicine research finds3)Fluvoxamine for Long COVID-19

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認知症入院患者におけるせん妄の発生率とリスク因子

 入院中の認知症高齢者におけるせん妄の発生率および関連するリスク因子を特定するため、中国・中日友好病院のQifan Xiao氏らは本調査を実施した。その結果、入院中の認知症高齢者におけるせん妄の独立したリスク因子として、糖尿病、脳血管疾患、ビジュアルアナログスケール(VAS)スコア4以上、鎮静薬の使用、血中スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)レベル129U/mL未満が特定された。American Journal of Alzheimer's Disease and Other Dementias誌2023年1~12月号の報告。 対象は、2019年10月~2023年2月に総合病棟に入院した65歳以上の認知症患者157例。臨床データをレトロスペクティブに分析した。対象患者を、入院中のせん妄発症の有無により、せん妄群と非せん妄群に割り付けた。患者に関連する一般的な情報、VASスコア、血中CRPレベル、血中SODレベルを収集した。せん妄の潜在的なリスク因子の特定には単変量解析を用い、統計学的に有意な因子には多変量ロジスティック回帰分析を用いた。ソフトウェアR 4.03を用いて認知症高齢者におけるせん妄発症の予測グラフを構築し、モデルの検証を行った。 主な結果は以下のとおり。・認知症高齢者157例中、せん妄を経験した患者は42例であった。・多変量ロジスティック回帰分析では、入院中の認知症高齢者におけるせん妄の独立したリスク因子として、糖尿病、脳血管疾患、VASスコア4以上、鎮静薬の使用、血中SODレベル129U/mL未満が特定された。・5つのリスク因子に基づく予測ノモグラムをプロットしたROC曲線分析では、AUCが0.875(95%信頼区間:0.816~0.934)であった。・予測モデルはブートストラップ法で内部検証し、予測結果と実臨床結果はおおむね一致していることが確認された。・Hosmer-Lemeshow検定により、予測モデルの適合性と予測能力の高さが実証された。 著者らは「本予測モデルは、入院中の認知症高齢者におけるせん妄を高精度で予測可能であり、臨床応用する価値がある」と述べている。

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