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第37回 「これは偽薬です」と伝えても効く? 「正直なプラセボ」が切り開く医療の未来

「プラセボ(偽薬)」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。おそらく多くの人が、新薬の臨床試験で使われる「効果のないニセモノの薬」といったイメージを持つでしょう。そして、「プラセボ効果」は、患者さんが「本物の薬だ」と信じ込むことで生じる、つまり、「騙すこと」がその効果の前提条件だと、長年考えられてきました。しかし、もし医師が患者さんに「これは砂糖玉で、薬としての成分は一切入っていません」と正直に伝えたうえで投与したら?この素朴でありながら常識破りの疑問に挑んだのが、米国・ハーバード大学医学部のTed J. Kaptchuk氏です。彼が15年前に行った研究は、医療界の常識を揺るがす驚くべき結果を示しました。なんと、偽薬だと知らされて飲んだ患者さんでさえ、症状の改善が見られたのです。この「正直なプラセボ(オープンラベル・プラセボ)」と呼ばれるアプローチは今、慢性的な痛みやうつ症状の治療において、従来の医療を補完する新たな可能性として、大きな注目を集めています1)。「秘密」は不要だった? 「正直なプラセボ」の衝撃Kaptchuk氏が2010年に発表した画期的な研究は、過敏性腸症候群(IBS)の患者さんを対象に行われました。一方のグループには何も治療を行わず、もう一方のグループには「これはプラセボ(ただの砂糖玉)です」と正直に説明したうえで、偽薬を処方しました2)。常識的に考えれば、効果があるはずがありません。しかし結果は予想を裏切るものでした。偽薬だと知らされたうえで飲んだグループは、何も治療を受けなかったグループに比べて、IBSの症状が有意に改善したのです。この研究は、「プラセボ効果に『騙す』というプロセスは必ずしも必要ではない」という衝撃の事実を明らかにしました。もちろん、1つの研究だけで結論は出せません。しかし、この研究を皮切りに、世界中で「正直なプラセボ」の研究が進められました。ドイツ・フライブルク大学のStefan Schmidt氏らによる最新のメタ分析(複数の研究データを統合して分析する手法)では、60件の研究、4,500例以上のデータを分析した結果、「正直なプラセボ」の効果は確かにあり、とくに慢性的な痛み、うつ、不安、疲労感といった「患者さん自身が感じる症状(自己申告の症状)」で見られ、その効果は幻想ではないと結論付けられています3)。なぜ「偽薬」と知っても効くのか? 脳内の“薬局”と“儀式”では、なぜ「ニセモノ」だとわかっていても私たちの身体は反応するのでしょうか。その完全なメカニズムはまだ完全には解明されていませんが、いくつかの有力な説が浮上しています。Kaptchuk氏は、この現象を「身体の中には“薬局”が備わっている」と比喩表現しています。つまり、プラセボは、脳内にもともと備わったエンドルフィンやカンナビノイドといった「脳内鎮痛物質」の放出を促すと考えられています。言い換えれば、プラセボはそれ自体が効くのではなく、自分自身の脳が持つ鎮痛システム(薬局)を作動させるスイッチの役割を果たしているのです。このスイッチを押すために、とくに重要だとKaptchuk氏が強調するのが、「思いやりのある医師と患者の関係性」です。単に砂糖玉を渡すのではなく、医師が患者さんの苦しみに耳を傾け、「この治療があなたの自然治癒力を助けるかもしれません」と丁寧に説明し、信頼関係の中で行われること自体が、治療的な効果を生むというのです。Schmidt氏はこれを「治癒の儀式」という言葉で説明しています。「薬を飲む」という行為自体が、強力な「儀式」だというわけです。たとえ中身が砂糖だと知っていても、専門家である医師から処方され、期待を込めて服用するという「儀式」そのものが、脳にポジティブな変化をもたらすのではないか、と考えられています。この仮説を裏付ける強力な証拠もあります。イタリアの神経科学者Fabrizio Benedetti氏の研究では、プラセボで鎮痛効果が得られた人に、オピオイド拮抗薬(モルヒネなどの鎮痛効果を打ち消す薬)であるナロキソンを注射すると、その鎮痛効果が消えてしまうことが示されました。これは、プラセボが、実際に脳内のオピオイドシステム(脳内の薬局)を働かせていたことを意味します。Benedetti氏は、この現象を「ホラー映画」に例えます4)。私たちは映画に出てくる怪物が作り物だと知っていても、恐怖を感じ、心拍数が上がります。それと同じように、たとえ偽薬だとわかっていても、私たちの脳と身体は、治療という文脈や儀式に対して、無意識に反応してしまうのです。期待と倫理的ジレンマ:本当に医療に使えるのか?プラセボの研究が進むにつれ、これを実際の臨床現場で使おうという動きも出てきています。たとえば、米国ではオピオイド(医療用麻薬)の依存症が深刻な社会問題となっていますが、慢性的な痛みに苦しむ患者さんへの新たな選択肢として期待されています。米国・ノースウェスタン病院の医師らは、脊柱側弯症の術後という強い痛みを伴う青少年の患者に対し、オピオイドとプラセボを併用することで、オピオイドの使用量を減らせないかという臨床試験を計画しています。副作用や依存リスクのない治療として、その応用に期待が集まります。しかし、この「正直なプラセボ」の臨床応用には、大きな倫理的ジレンマが伴います。最大の懸念は、Benedetti氏らが指摘するように、プラセボが「エセ医療」を正当化する口実として悪用されるリスクです。科学的根拠のない治療法を提供する人々が、「これはプラセボ効果だから安全で効果がある」と主張し始めるかもしれません。スイス・バーゼル大学のMelina Richard氏が行った倫理的なレビューでも、この懸念が最も大きな問題として挙げられています5)。さらに、治療において「ポジティブシンキング(前向きな思考)」が過大評価されることで、医学的に証明された有効な治療法を患者さんが避けてしまう危険性も指摘されています。また、Richard氏は、この分野の研究者がまだ特定のグループに限られており、エコーチェンバーに陥っているリスクも指摘しています。彼女は、より多様な視点からの議論が必要であり、「プラセボの臨床応用は時期尚早である」というのが、現時点での一般的な科学的コンセンサスだと述べています。この慎重論に対し、Kaptchuk氏は「インチキ療法師は自らの治療をプラセボとは言わない。彼らは『気』や『未知のエネルギー』が効くと言うのだ」と反論します(皮肉にも「正直なプラセボ」の効果は、エセ医療の効果すら裏づけているとも言えなくもありませんが)。そして、米国でオピオイド危機により何百万人もの人々が苦しんでいる現実を前に、「時期尚早だと言っている人々は、その苦しみを知らないのか? 決めるのは患者自身であるべきだ」と強く訴えています。「正直なプラセボ」の研究は、まだ始まったばかりです。しかし、その効果が本物であるならば、それは単に「偽薬が効いた」という話にとどまりません。医師と患者の信頼関係、治療という行為自体が持つ「意味」、そして私たち自身が持つ「治癒力」の重要性を、科学が改めて解き明かそうとしているのかもしれません。 参考文献・参考サイト 1) Webster P. The mind-bending power of placebo. Nat Med. 2025;31:3575-3578. 2) Kaptchuk TJ, et al. Placebos without deception: a randomized controlled trial in irritable bowel syndrome. PLoS One. 2010;5:e15591. 3) Fendel JC, et al. Effects of open-label placebos across populations and outcomes: an updated systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Sci Rep. 2025;15:29940. 4) Benedetti F, et al. Placebos and Movies: What Do They Have in Common? Curr Dir Psychol Sci. 2021 Jun;30(3):202-210. 5) Richard M, et al. A systematic qualitative review of ethical issues in open label placebo in published research. Sci Rep. 2025;15:12268.

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前立腺がん、PSA検診で死亡率低下:ERSPC長期追跡23年の評価/NEJM

 European Randomized Study of Screening for Prostate Cancer(ERSPC)試験は、PSA検査が前立腺がん死に及ぼす影響を評価するために、1993年から順次欧州8ヵ国が参加して行われた多施設共同無作為化試験。オランダ・ロッテルダム大学医療センターのMonique J. Roobol氏らERSPC Investigatorsは、その長期アウトカムの最新解析を行い、追跡期間中央値23年において、PSA検査勧奨を繰り返し受けているスクリーニング群は非勧奨(対照)群と比べて、前立腺がん死が持続的に減少し、harm-benefit比は改善していることを示した。NEJM誌2025年10月30日号掲載の報告。前立腺がん死への影響を非勧奨群と比較 ERSPC試験は1993年にオランダとベルギーで開始され、その後1994~98年にスウェーデン、フィンランド、イタリア、スペイン、スイスの医療施設が、2000年と2003年にフランスの2施設が加わった。試験対象は、全施設において事前に定義したコア年齢層(55~69歳)の参加者が含まれており、研究グループはこの年齢層に焦点を当て長期アウトカムの解析を行った。 コア年齢層の被験者はスクリーニング群(勧奨は最少2回、最多8回。勧奨間隔はほとんどの施設が4年に1回[スウェーデンとフランスは2年に1回、ベルギーは7年に1回])または対照群に1対1(フィンランドのみ1対1.5)の割合で無作為に割り付けられた。PSA検査陽性のカットオフ値は、ほとんどの施設で3.0ng/mLが用いられ(フィンランドとイタリアは4.0ng/mL)、陽性の場合には経直腸的超音波ガイド下生検を受けた。 主要アウトカムは、前立腺がん死であった。副次アウトカムは、診断時のEuropean Association for Urologyリスク分類により層別化された前立腺がんで、リンパ節/骨転移あり、またはPSA値100ng/mL超の場合は進行前立腺がんと定義した。 主要解析は、追跡が2020年12月31日または無作為化後23年のいずれか先に到達した時点で評価した。経年にスクリーニング群で前立腺がん死亡率低下、harm-benefitプロファイル向上 解析にはフランスの被験者(プロトコール順守率50%未満のため)と非コア年齢層を除外した計16万2,236例が包含された(スクリーニング群7万2,888例、対照群8万9,348例)。無作為化時の年齢中央値は60歳(四分位範囲:57~64)。生存被験者の追跡期間中央値は23年(四分位範囲:22~23)であった。スクリーニング群は検査を平均2回受けており、6万259例(83%)が少なくとも1回受け、うち1万7,077例(28%)が少なくとも1回陽性となり、生検順守率は89%であった。 追跡期間中央値23年時点の前立腺がん累積死亡率は、スクリーニング群1.4%、対照群1.6%であり、スクリーニング群が対照群より相対的に13%低かった(率比:0.87、95%信頼区間[CI]:0.80~0.95)。前立腺がん死の絶対リスク減少は0.22%(95%CI:0.10~0.34)で、前立腺がん死1例の予防に要するスクリーニングへの勧奨者数(number needed to invite:NNI)は456例(95%CI:306~943)、前立腺がんの診断者数(number needed to diagnose:NND)は12例(8~26)であった。これに対して追跡16年時点では、NNIは628例(95%CI:419~1,481)、NNDは18例(12~45)であった。 前立腺がんの累積発生率は、スクリーニング群(14%)が対照群(12%)より高率であり(率比:1.30、95%CI:1.26~1.33)、前立腺がんの絶対過剰発生率は、1,000人当たり27例(95%CI:23~30)であった。 これらの結果を踏まえて著者は、「PSAベースのスクリーニングは、前立腺がん死亡率の低下と良好なharm-benefitプロファイルの向上に資することが示されたが、過剰診断および不必要な介入という関連リスクの懸念は依然として残っている」とし、「今後のスクリーニング戦略は、ベネフィットを維持しつつそれらの有害事象を最小限に抑えるリスクベースのアプローチに重点を置くべきであろう」とまとめている。

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敗血症性ショックへの新たな蘇生戦略の提案:CRTに基づく多角的介入(解説:栗原宏氏)

Strong point・CRTという簡単な指標をフックに、その裏にある心機能や血管機能の評価を促し、治療の質を構造的に高めている点がユニーク・19ヵ国86施設、対象者1,500例でランダム化比較しており信頼性が高い・主要評価項目が実臨床に即しているWeak point・プロトコルの性質上、盲検化できない・評価項目のうち、28日死亡率単独ではCRT-PHR群と通常ケア群で有意差なし・CRTは容易に評価できるが、CRT-PHRプロトコルの実施には熟練スタッフが必要 敗血症性ショックは日本国内では年間約6.5万例程度発生し、そのうち3例に1例が死亡する重篤な疾患である。血液循環不全と肝機能を反映して乳酸値は上昇するため、乳酸クリアランスは敗血症性ショックの治療において最も重要な指標の1つとなっている。 2019年に発表された先行研究(ANDROMEDA-SHOCK試験)では、敗血症性ショックの患者を対象として、治療目標をCRTとした群は従来の乳酸クリアランスとした群に対して非劣性が示されていた。CRTという簡便な指標が、血液ガス分析や頻回の検査を必要とする乳酸クリアランスという複雑な指標に劣らないことが示された意義は大きい。 今回の研究(ANDROMEDA-SHOCK-2試験)では、先行研究を踏まえて、多角的かつ体系的な循環動態の改善介入、すなわちCRTが改善しない場合に、脈圧や心エコーなどの他の生理学的指標に基づいて血行動態の弱点を特定し、輸液、昇圧薬、強心薬投与で対応する介入(CRT-PHRプロトコル)と従来の慣習的治療(=医師の裁量や施設慣習に基づく従来の治療)との比較を行っている。 本研究の弱みとして、CRT-PHRプロトコルは生命維持療法(昇圧薬、人工呼吸器、腎代替療法)実施期間を短縮したものの、28日死亡率の有意な改善は示されなかった点が挙げられる。習慣的治療に対する優越性が「死亡を回避した」という決定的な成果ではなく、「臓器の回復を早めた」ことに大きく依存しているため、その臨床的インパクトに関しては議論の余地がある。さらに、このプロトコルの個別化の要素は熟練度を要求するため、実際に実施するとなると教育プログラムの整備が必要になると思われる。 CRTの測定は、指の腹部を10秒間圧迫し、圧迫解除後に血色が3秒以内に戻るかどうかを確認する簡便な手法で行われる。この手軽さから、本プロトコルは、今後発展次第では集中治療室だけでなく、救急外来や一般病棟などでも非常に有用なツールとなる可能性を秘めている。 本研究は、致死的な疾患に対し、より低侵襲な指標で予後改善を目指すという点で、高齢化が進む日本の医療現場での蘇生戦略の選択肢を広げる可能性がある。

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血液学における補体系の探求:生物学的洞察と新たな治療の展望/日本血液学会

 2025年10月10~12日に第87回日本血液学会学術集会が兵庫県にて開催された。10月10日、植田 康敬氏(大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学)、小原 直氏(筑波大学 血液内科)を座長に、シンポジウム3「血液学における補体系の探求:生物学的洞察と新たな治療の展望」が行われた。登壇者は、井上 徳光氏(和歌山県立医科大学 分子遺伝学講座)、Dimitrios Mastellos氏(ギリシャ・Division of Biodiagnostic Sciences and Technologies, INRASTES National Center for Scientific Research "Demokritos")、Christoph Schmidt氏(ドイツ・University of Ulm Medical Center)、宮田 敏行氏(国立循環器病研究センター 脳血管内科)。さまざまな血液疾患における補体マーカーの可能性 最初の発表で、井上氏は「補体マーカーを開発することで、さまざまな血液疾患に対する補体阻害薬の適切な使用が可能になるのではないか」と述べた。 補体系は、病原体や宿主の老廃物の除去を担う重要な自然免疫系の1つであり、3つの経路(古典経路、レクチン経路、代替経路)により活性化されることが知られている。古典経路とレクチン経路は、それぞれ免疫複合体と異常な糖鎖構造を認識することで活性化される。一方、代替経路は、低い活性化レベルを維持し、古典経路とレクチン経路により活性化された作用を増幅する働きを有している。補体系の不適切な過剰活性化は、補体経路のさまざまな段階で、液相および膜結合型の調節タンパク質によって制御されており、これらの調節タンパク質の遺伝的または後天的な機能不全が制御不能な補体活性化につながり、組織損傷や炎症を引き起こす可能性があるといわれている。 発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)、非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)、寒冷凝集素症などの補体介在性血液疾患は、それぞれ異なる分子メカニズムにより溶血性貧血や血栓症を引き起こすことが知られている。aHUSは補体介在性血栓性微小血管症(TMA)であるが、他の二次性TMAとの鑑別が困難なケースもある。そのため、補体活性化の程度や経路を正確かつ迅速に判定できる補体マーカーの開発はきわめて重要であると考えられる。井上氏らは、二次性TMAの1つである移植関連TMAにおいて、補体活性マーカーBaが優れた予測マーカーである可能性を報告した。補体標的療法の拡大における今後の課題 これまで補体は、侵入病原体に対する宿主防御と、アポトーシス細胞の残骸除去による組織恒常性維持という2つのメカニズムを担う、自然免疫の重要な体液性エフェクターであると考えられてきた。しかし近年、補体には自然免疫で知られていた従来の役割を超える機能があることを示唆するエビデンスが増えている。 補体は、細胞内外のさまざまなパターン認識システムやシグナル伝達経路により制御され、これらが相互作用することで自然免疫や獲得免疫を調整している。しかし、このように厳密な恒常性維持制御が働いているにもかかわらず、補体の活性化が制御不全に陥ると、組織損傷や宿主炎症の一因となることがあり、注意が必要である。 近年、補体のエフェクター機能への関心が再び高まっている。補体エフェクターは、疾患や病態に広く影響を及ぼすことから、補体標的療法の臨床応用が進められてきた。その結果、補体特異的薬剤の承認件数はさまざまな適応症で増加しており、今後さらに拡大していくことが期待されている。 しかし、補体標的療法の拡大にはいくつかの課題が残されている。今後の課題として、Mastellos氏は「個別化医療へのアプローチ」「薬物投与経路の最適化」「治療アルゴリズムに反映できる、信頼性の高いPK/PDモニタリング」「介入期間」「中枢神経系疾患に対応したBBB透過性治療法」などを挙げ、講演を締めくくった。PNH治療における近位補体阻害薬への期待 補体標的療法は、2007年にC5阻害薬がPNH治療薬として承認されたことで幕を開けた。それ以来、11の疾患に対して12種類の補体阻害薬が承認されている。C5阻害薬は、PNHにおける血栓性合併症を抑制し、平均余命の改善を示した。しかし、aHUSとは異なり、PNH患者の中にはC5阻害薬による十分な治療を行っているにもかかわらずPNH症状が持続する場合がある。また、ブレイクスルー溶血や血管外溶血は、完全奏効が得られない要因の1つとなっており、依然としてPNH治療における重要な課題となっていた。 近年のメカニズム研究により、C5阻害薬での治療における予期せぬブレイクスルー溶血の要因となる補体経路が特定され、その対処方法も明らかになってきた。その結果、近位補体を標的とした薬剤開発が加速し、現在では、近位補体阻害薬であるペグセタコプランなどのC3阻害薬や補体B因子阻害薬、C5阻害薬と補体D因子阻害薬の併用療法によってブレイクスルー溶血の一部は改善可能となった。 最後にSchmidt氏は「これからのPNH治療の精度向上を目指すためにも、臨床医はPNH治療における補体の役割および新たな近位補体阻害薬についてより深く理解することが重要である」と述べた。補体活性化、4つ目の新たな活性化経路 補体系は自然免疫の重要な構成要素であり、主に3つの経路が知られている。最近、新たに報告された4つ目の補体活性化経路について、宮田氏が解説を行った。 主な活性化経路は次のとおりである。・グランザイムKがC4とC2を切断し、C3コンバターゼC4b2bを生成する。・このC3コンバターゼは、C3をC3bに切断し、C5コンバターゼを形成する。・最終的に、アナフィラトキシンC3aとC5a、オプソニンC3b/iC3b、膜侵襲複合体(MAC)C5b-9を生成する。 また、補体活性化が凝固に及ぼす影響の違いについても解説を行った。・C3aは、C3a受容体を介して血小板を活性化する。・C5aは、組織因子の発現と白血球上のホスファチジルセリンを誘導し、凝固を促進する。・MAC、C5b-9は、細胞内Ca2+を増加させる膜貫通孔を形成する。これにより、Ca2+が流入し、TMEM16リン脂質スクランブラーゼが活性化され、血小板および内皮細胞上の陰イオン性ホスファチジルセリンを細胞外に露出させる。ホスファチジルセリンの露出により、さらに凝固カスケードやフィブリン沈着を促進する。 これら補体活性化のさまざまな経路や凝固反応メカニズムの違いを理解することは、補体介在性血液疾患の治療や補体標的薬の選択に役立つと考えられる。

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平均気温の変化により誘発される精神疾患は?

 気温変化や緯度勾配といった潜在的な環境要因が精神疾患に及ぼす影響は、これまで十分に研究されていなかった。キプロス大学のSofia Philippou氏らは、地理的緯度と気温が精神疾患の罹患率にどのように関連しているかを調査するため、本プロジェクトを実施した。Brain and Behavior誌2025年10月号の報告。 201ヵ国を対象に、年間平均気温と7つの主要な精神疾患(うつ病、気分変調症、双極症、不安症、摂食障害、自閉スペクトラム症、統合失調症)の年齢調整罹患率(有病率)を分析し、線形回帰分析を実施した。また、これらの相関データがすでに発表されている原著論文によって裏付けられているかどうかを検証するため、系統的レビューも実施した。 主な結果は以下のとおり。・線形回帰分析では、摂食障害、自閉スペクトラム症、統合失調症の3つの精神疾患において、年間平均気温と年齢調整罹患率の間に有意な相関関係が認められた(p<0.0001)。・系統的レビュー分析では、自閉スペクトラム症と統合失調症の罹患率は地理的要因および気候要因の影響を受ける可能性が示唆された。・しかし、摂食障害に関する今回の知見を裏付ける既発表データは確認されなかった。 著者らは「これらの知見は、精神疾患における環境要因、遺伝的要因、社会経済的要因間の複雑な相互作用を浮き彫りにしている。精神疾患の発症機序に関与するいまだに明らかとなっていない疫学的要因を解明するためには、気温と精神疾患の罹患率との関連性について、さらなる研究が必要とされる」とまとめている。

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サンフランシスコのTCT2025で大きな収穫【臨床留学通信 from Boston】第17回

サンフランシスコのTCT2025で大きな収穫先日、TCT(Transcatheter Cardiovascular Therapeutics)2025に参加してきました。今年は例年と異なり土日も含むスケジュールだったためか、参加者が多い印象を受けました。TAVR vs.SAVRの7年データ1)を筆頭に、昨今のTCTはさまざまなLate breaking trialが発表されます。とくにコロナ禍以降、AHA(米国心臓協会学術集会)の開催に近づけて、より多くのLate breakingをTCTで発表させようという学会側の意図が感じられます。開催場所は、2年前と同様のサンフランシスコでした。今回は私たちのチーム内で5つの発表があり、そのうち1つはCirculation: Cardiovascular Intervention誌との同時発表ができたことは、大きな収穫でした2)。とはいえ、サンフランシスコを訪れるのもこれで3回目。正直なところ少々飽きてしまい、3時間の時差ぼけも体に結構応えます。また、これまたコロナ以降よく言われることですが、サンフランシスコの治安は悪化しており、ホームレスや薬物中毒者を多く見かけます。そのため、あまり夜遅くは出歩かないようにしていました。学会では、MGH(マサチューセッツ総合病院)でお世話になったKenneth Rosenfield先生(通称ケニー、もしくはケン)にもお会いしました。彼は多分70歳くらいなのですが、今も元気にカテーテルを施術されています。そんなケニーがTCTのMaster Operator Awardで表彰されている姿を見ると、素晴らしいと思うと同時に、自分も70~75歳くらいまでは頑張りたいなと改めて思いました。そのためには、少しは筋トレして、放射線防護服による腰痛を予防しないといけませんね。ColumnTCTの後、オレゴンの河田 宏先生の病院にお邪魔させていただきました。河田先生は、以前ケアネットで「米国臨床留学記」を連載されていました。これまで数年にわたり何かと相談に乗っていただいていたのですが、実はお会いするのは今回が初めて。共通の友人もいたため話に花が咲きました。美味しいステーキまでご馳走になってしまいました。画像を拡大する参考1)Leon MB, et al. Transcatheter or Surgical Aortic-Valve Replacement in Low-Risk Patients at 7 Years. N Engl J Med. 2025 Oct 27. [Epub ahead of print]2)Kiyohara Y, Kuno T, et al. Comparison of Limus and Paclitaxel Drug-Coated Balloons, Second-Generation or Newer Drug-Eluting Stents, and Balloon Angioplasty: A Network Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Circ Cardiovasc Interv. 2025 Oct 27. [Epub ahead of print]

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第293回 脳の超音波洗浄がマウスで有効

脳の超音波洗浄がマウスで有効スタンフォード大学の研究者らが開発したいわば脳の超音波洗浄法が脳出血マウスで効果を示し1)、近々臨床試験が始まる運びとなっています2,3)。脳脊髄液(CSF)循環の障害は種々の神経疾患の発生と関連します。CSFや細胞間の間質液に散らばったくずの除去が滞ることは神経を傷害し、虚血性脳卒中、出血性脳卒中、外傷性脳損傷、神経変性疾患などの神経病変や症状に寄与するようです。髄膜リンパ管を薬で後押しして神経毒のくずの除去を促す治療の効果がマウス実験で示されていますが、頭蓋内の水はけをよくする薬物治療はいまだ承認されていません。くも膜下出血(SAH)のCSF排出や脳内出血(ICH)の血腫除去の手術は有効ですが、対象は最も重症な患者に限られます。薬も外科処置も不要の集束超音波(FUS)が脳の神経炎症を抑制するなどの有益な効果をもたらしうることが知られています。たとえば低強度のFUS法がアルツハイマー病を模すマウスの記憶を改善しうること4)やCSF循環を促すことが示されています。それらの先立つ研究を踏まえると、低強度FUSが中枢神経系(CNS)の病原性成分を除去して病気を治す効果を担うかもしれません。そこでスタンフォード大学のRaag Airan氏らは神経を害するくず(neurotoxic debris)の除去を促すことに特化した非侵襲性の低強度FUS法を開発し、出血性脳卒中を模すマウスでその効果を確かめました。尾から採取した血液を脳の右側の線条体に注入することでマウス一揃いを出血性脳卒中のようにし、その後3日間にそれらの半数の頭蓋には開発した方法で超音波を照射し、残り半数は超音波なしの偽治療を受けました。超音波は毎日10分間照射されました。続いて四つ角の容器にそれらのマウスを入れて感覚運動の正常さが検査されました5)。正常なマウスは角で向きを変えるときに使う脚が左右でおよそ偏りがなく、左脚を使う割合が右脚を使う割合とほぼ同じ51%でした。一方、超音波照射なしの出血性脳卒中マウスが角で向きを変えるときに左脚を使った割合は正常なマウスに比べてほど遠い27%でした。しかし超音波が頭蓋に毎日照射された出血性脳卒中マウスのその割合は正常マウスにより近い39%であり、振る舞いの改善が見て取れました。超音波照射マウスは身体機能もより保っており、非照射マウスに比べて鉄棒をより強く握れました。さらには死を防ぐ効果もあるらしく、超音波なしのマウスは脳への血の注入から1週間におよそ半数が絶命したのに対して、超音波照射マウスの死は5分の1ほどで済みました。すなわち1日わずか10分ばかりの超音波照射3回で生存率が30%ほども改善しました。安楽死させたマウスの脳組織を解析したところ、超音波は脳の免疫担当細胞のマイクログリアの圧感知タンパク質を活性化し、場違いな赤血球がより貪食されて取り除かれていました。加えて、脳のCSF循環をよくし、首のリンパ節へと不要な細胞が捨てられるのを促しました。開発された低強度FUS法は脳出血以外の脳病変も治療できそうです。超音波がだいぶ大ぶりの赤血球を脳から除去するのを促すことが確かなら、パーキンソン病やアルツハイマー病などに関係するより小ぶりなタウなどの有毒タンパク質も脳から除去できそうだとAiran氏は述べています。話が早いことにAiran氏らの低強度FUS法は米国FDAの安全性要件を満たしており、臨床試験での検討に進むことが可能です。研究チームは人が被れるヘルメット型装置を作っており、一刻を争う出血性脳卒中ではなく、まずはアルツハイマー病患者を募って試験を実施する予定です5)。スタンフォード大学の先週11日のニュースには早くも向こう数ヵ月中に臨床試験が始まるとの見通しが記されています2)。 参考 1) Azadian MM, et al. Nat Biotechnol. 2025 Nov 10. [Epub ahead of print] 2) A new ultrasound technique could help aging and injured brains / Stanford University 3) Preclinical Research: Focused Ultrasound to Noninvasively Clear Debris from the Brain / Focused Ultrasound Foundation 4) Leinenga G, et al. Mol Psychiatry. 2024;29:2408-2423. 5) Ultrasound may boost survival after a stroke by clearing brain debris / NewScientist

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大規模災害時の心理的支援、非精神科医ができること【実例に基づく、明日はわが身の災害医療】第10回

大規模災害時の心理的支援、非精神科医ができること地震の後の津波で自宅が流され、ご家族を亡くされた避難者が、食事も取らず憔悴しきっています。「私も一緒に死にたかった。誰とも話したくない」と訴えている時、避難所を管理する医師として、何ができるでしょうか?大規模災害時の医療支援では、身体的な疾患への治療が優先されがちですが、被災者が抱える精神的な苦痛も決して見過ごすことはできません。避難所には「死」の情報があふれ、家族や住居を失った人々は、急性ストレス反応、不眠、抑うつなど多彩な心理的症状を呈します。精神科専門医が診察できれば理想的ですが、急性期には非精神科医が心理的ケアを担わざるを得ない場面が少なくありません。本稿では岡山大学病院精神科神経科の協力を得て、「専門家でなくともできるアプローチ」を概説します。特殊な技法より「寄り添う姿勢」災害直後の被災者は強い不安と混乱の中にあり、見知らぬ医療者に心を開くことは容易ではありません。落ち着いた声掛け、丁寧な自己紹介、プライバシーの尊重といった基本的な配慮は大前提です。そのうえで、医師としては「診断」よりも「寄り添い」を重視します。すぐに励ましたり「頑張って」と声を掛けるのではなく、まずは話を聴く姿勢が重要です。「大切な方を亡くされて本当につらいですね」「そのお気持ちは自然なことです」と、感情を否定せず受け止める言葉を心掛けましょう。災害後の心理的反応は時間とともに変化し、約75%は自然回復が期待できます1)。傾聴と共感は非精神科医でも実践可能であり、感情を言語化して受け止めるだけでも、被災者の気持ちは整理されやすいとされています。安全の確保「死にたい」という発言は軽視せず、真剣に受け止める必要があります。一人で抱え込まず、看護師・ボランティア・行政職員などチームで対応し、記録を残して支援を引き継ぎましょう。まず優先すべきは、ご本人の安全と安心の確保です。被災者を一人にせず、落ち着くまで信頼できる人が付き添い、孤立を防ぎます。また、刃物や紐など危険物が周囲にないか確認することも忘れないようにしましょう。身体と精神の休息環境の整備生活リズムの安定は、心理的な安定に直結します。食事・睡眠・休息の確保は心身の回復に不可欠です2)。とくに睡眠障害への対応は重要であり、静かな環境、カフェイン制限、朝の光を浴びることなどの生活指導が有効です。さらに、社会的つながりを整えることも大切です。避難所での役割を持つことや住民同士の交流は、自己肯定感を回復させます。これらは集団精神療法的な効果を持ち、PFA(Psychological First Aid)の「見る」「聞く」「つなぐ」の考え方にも通じます3)。限界を意識し、医療従事者のメンタルヘルスも確保非精神科医の役割は「初期対応」と「つなぎ」です。専門的介入が必要と判断した場合は、速やかに地域の精神保健福祉センターや保健所に連絡しましょう。災害派遣精神医療チーム(DPAT)が活動していれば、専門的な支援や処置を行ってくれます。支援に当たる医療従事者自身も、同僚の喪失や過重労働、燃え尽き、自責感といった心理的問題を抱えることがあります。「自分は大丈夫」と考える人は多いですが、セルフケアには限界があるため、チームでのケアが不可欠です4)。業務ローテーションの導入、役割分担の明確化、ストレスチェックや相談体制の整備、被災現場でのシミュレーション、業務の意義付けなど、組織として体制を整えることが重要です。避難所では、突然の喪失や過酷な環境により、強い悲嘆や自殺念慮を訴える人が現れることがあります。非精神科医による対応には限界がありますが、専門医がすぐに介入できない状況でも、避難所を管理する医師にできることは多くあります。基本的な心理的ケアを理解し、寄り添い、安全を確保し、生活リズムを整えること。それだけでも被災者の重症化を防ぎ、自然回復を促進する大きな支えとなります。被災者に対して意識すべきポイント安全確保・安心感の提供声掛け、自己紹介、プライバシーの確保など傾聴と共感感情の言語化、共感の声掛けなど社会的つながりの整備他者との交流、役割の付与などその他食事、睡眠、休息の確保、リラクゼーションの紹介など 1) Norris FH, et al. Looking for resilience: understanding the longitudinal trajectories of responses to stress. Soc Sci Med. 2009;68:2190- 2198. 2) Liang L, et al. Everyday life experiences for evaluating post-traumatic stress disorder symptoms. Eur J Psychotraumatol. 2023;14:2238584. 3) 世界保健機関、戦争トラウマ財団、ワールド・ビジョン・インターナショナル. 心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド. (2011)世界保健機関:ジュネーブ. (訳:国立精神・神経医療研究センター、ケア・宮城、公益財団法人プラン・ジャパン, 2012). 4) Brooks SK, et al. Social and occupational factors associated with psychological distress and disorder among disaster responders: a systematic review. BMC Psychol. 2016;4:18.

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アルツハイマー病に伴うアジテーションを軽減する修正可能な要因は

 アルツハイマー病患者の興奮症状に影響を与える介護者、環境、個々の因子を包括的に評価し、修正可能な因子を特定するため、中国・上海交通大学のXinyi Qian氏らは、本研究を実施した。Dementia and Geriatric Cognitive Disorders誌オンライン版2025年9月22日号の報告。 対象は、2022年10月〜2023年6月に上海精神衛生センターより募集した、参加者220例(アルツハイマー病患者110例とその介護者)。対象患者から、人口統計学的情報、生活習慣、病歴、ミニメンタルステート検査(MMSE)や老年期うつ病評価尺度(GDS)などの神経心理学的検査のデータを収集した。介護者から、Neuropsychiatric Inventory Questionnaire(NPI)、環境要因に関する質問票、ハミルトンうつ病評価尺度およびハミルトン不安評価尺度などの感情状態の評価に関するデータを収集した。アジテーション症状の重症度評価には、Cohen-Mansfield Agitation Inventory(CMAI)を用いた。グループ間の差および潜在的な要因と興奮症状との関連性についても分析した。 主な結果は以下のとおり。・アルツハイマー病患者110例のうち、アジテーション症状を示した患者は56.36%であった。・アジテーション症状を有する患者は、男性患者が多い(p=0.012)、女性介護者が多い(p=0.003)、中庭や庭園が見える部屋へのアクセスが少ない(p=0.007)、MMSEスコアが低い(p=0.005)、GDSスコアが低い(p=0.012)といった特徴が認められた。・変数調整後、アジテーション症状に対する保護因子として、中庭や庭園が見える部屋へのアクセス(オッズ比[OR]=0.256、p=0.042)、男性介護者(OR=0.246、p=0.005)、MMSEスコアが高い(OR=0.194、p=0.007)であることが示唆された。・男性介護者の存在は、アジテーション症状の発生率の低下との関連が認められた。 著者らは「生活環境の改善、男性介護者の増加、介護者支援の強化、早期認知機能介入は、アルツハイマー病に伴うアジテーションを軽減する可能性がある」と結論付けている。

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1型糖尿病妊婦、クローズドループ療法は有効/JAMA

 1型糖尿病の妊婦において、クローズドループ型インスリン注入システムの利用(クローズドループ療法)は標準治療と比較して、妊娠中の目標血糖値(63~140mg/dL)達成時間の割合(TIR)を有意に改善させたことが、カナダ・カルガリー大学のLois E. Donovan氏らCIRCUIT Collaborative Groupが行った非盲検無作為化試験「CIRCUIT試験」の結果で示された。高血糖に関連した妊娠合併症は、1型糖尿病妊婦では発生が半数に上る。クローズドループ療法による血糖コントロールの改善は妊娠中以外では確認されているが、妊娠中の試験は限られていた。著者は、「今回の結果は、1型糖尿病妊婦へのクローズドループ療法の実施を支持するものである」とまとめている。JAMA誌オンライン版2025年10月24日号掲載の報告。妊娠16~34週における妊娠特異的TIRを評価 CIRCUIT試験は、妊娠中のクローズドループ療法の有効性の評価を目的とし、2021年6月~2024年7月に、カナダとオーストラリアにある妊娠糖尿病専門クリニック14施設で1型糖尿病妊婦を登録して行われた(追跡調査は2025年3月に完了)。 被験者は、クローズドループ療法群または標準治療群に1対1の割合で無作為に割り付けられた。 クローズドループ療法群には、Control-IQインスリンポンプ(Tandem製)が提供され、妊娠中の使用の推奨事項(1日24時間の最低目標血糖値[112.5~120mg/dL:睡眠時]の使用、運動時のより高値のオプション値の使用など)が提示された。妊娠20週後は、それより1~2週間前の平均的な自動基礎インスリン投与量よりも約20%高い基礎インスリン投与量をプログラムすることが推奨された。 標準治療群には、持続血糖モニタリングに関する教育と機器が提供され、無作為化前のインスリン投与法(従来インスリンポンプ[Medtronic製MiniMed、Tandem製Basal-IQ]やインスリン頻回注射療法)が継続された。 両群の被験者は全員、妊娠糖尿病ケアチームからインスリン投与量に関するサポートを、試験地の標準治療に従って受けた。 主要アウトカムは、妊娠16~34週に持続血糖モニタリングで計測された妊娠特異的TIR(目標血糖値は63~140mg/dL)とした。クローズドループ療法群65.4%、標準治療群50.3%で有意差 94例が登録され、無作為化前に妊娠喪失を経験した3例を除く91例が無作為化された。主要解析には、クローズドループ療法に割り付けられた2例(妊娠20週未満で流産)と標準治療群に割り付けられた1例(無作為化後に試験離脱・データ提出拒否)を除く88例(平均年齢31.7[SD 5.2]歳、妊娠初期のHbA1c値7.4%[SD 1.0])が包含された。 妊娠16~34週における妊娠特異的TIR(平均値)は、クローズドループ療法群65.4%、標準治療群50.3%であった(補正後平均群間差:12.5%ポイント、95%信頼区間:9.5~15.6、p<0.001)。 妊娠中の重症低血糖エピソードはクローズドループ療法群1例で報告された。糖尿病性ケトアシドーシスはクローズドループ療法群で2例、標準治療群で1例が報告された。

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骨粗鬆症治療薬、いつまで続ける?【こんなときどうする?高齢者診療】第15回

CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロンアーカイブズ」から、高齢者診療に役立つトピックをお届けします。今回は薬の中止・漸減について、サロンメンバーの質問に答える形で一緒に学んでいきましょう。高齢者施設で働いている医師です。施設入所のタイミングで内服薬を整理するようにしています。骨粗鬆症治療薬を中止するか、入所後も継続するか判断に迷うことが多いです。どのように考えるとよいでしょうか?骨粗鬆症治療薬を服用している高齢者は多く、外来・入院などどのセッティングでも悩ましいものです。今回は、使用頻度の高いビスホスホネート製剤を想定して考えてみましょう。ビスホスホネート、中止か継続か?判断するための情報を集める高齢者が、長期間にわたって同じ薬を服用していることは多いものです。今の患者の状態から継続や中止の判断をするために、3つのアセスメントをおすすめします。1:骨折リスク骨粗鬆症治療薬は、骨折歴のみで処方開始されていることもまれではありません。しかし、骨折リスクが低い場合や、すでに5年以上服用している場合は、薬を一定期間中断し骨密度をモニターする期間を作るdrug holidayも考慮すべきです。施設入所時のカルテでは、どのような背景で処方されたのかわからないことも多いはずです。ですから、改めてDXA法(二重エネルギーX線吸収測定法)やFRAX®(Fracture Risk Assessment Tool)などを使って、骨折リスクを定量的に評価しなおすこと(例:FRAX®による10年間の骨折確率算出、腰椎・大腿骨近位部のDXA測定によるT値評価)で、今後もこの患者に薬が必要なのかを検討する信頼度の高い情報になります。2:予後ビスホスホネート製剤は効果発現まで約12カ月を要するため、最低でも1年以上の生命予後が見込めるかどうかの評価が重要です。1)その方の生命予後および身体機能予後の評価なくして、骨粗鬆症薬を飲み続けるメリットを推定することはできません。3:アドヒアランス、腎機能、そして副作用ビスホスホネート製剤は空腹時に多量の水で服用し、服用後30分~1時間は横にならないなどの制約があるため、認知機能が正常な方でも服薬アドヒアランスが低下しやすい薬です。施設入所に伴って環境が変わっても服用を続けられるのか。継続するとしたら患者の認知機能や服薬アドヒアランスに関するアセスメントが必要です。また腎機能(一般的にeGFR 35 mL/min/1.73m2未満では投与禁忌)や胃の逆流症状の有無といった内服を継続できる身体的な条件が揃っているのかも確認しなければ、継続がかえって害になる可能性があります。また、長期使用に伴う副作用(顎骨壊死、非定型大腿骨骨折など)のリスクも評価する必要があります。がんの骨転移やカルシウム血症など個別に考慮が必要な場合はありますが、ここに挙げたポイントを評価すると、継続か中止かの判断が容易になるでしょう。内服薬の重要度を整理するビスホスホネートに限らず減薬を考えるタイミングでは、必要な薬と、中止してもいい薬、中止すべき薬を整理することが必要です。ここで、薬の重要度・必要度を分類するツール「VIONE」2)を紹介しましょう。薬を5つのクラスに分けることで、減らす/中止する薬を選ぶときの目安になります。VIONE画像を拡大する今回のケースでいうと、この患者にとってビスホスホネートがI(骨粗鬆症による骨折を防ぐことによる身体機能維持・QOLの維持向上に重要な薬)にあてはまるのか、あるいはE(診断や使用理由が不明瞭な薬)に該当するのかを考えるために、骨折リスク評価をおすすめしたということです。ちなみに、漸減/中止する際も、Start low(少量減量),Go slow(ゆっくり、漸減),Stand by(様子を見てみる、経過をよく観察)の原則は変わりません。(第5回)一度に減量するのは1剤か2剤までと考えて、このツールで内服薬を整理することで、どの薬を減量するのか優先順位を決めやすくなります。どのような薬でも、処方されたときと中止・漸減を考慮するときでは、患者の身体的条件、予後、環境条件のすべてが変わっています。VIONEを使って、ターゲットを絞って効果的な減薬・中止につなげましょう。 ※今回のトピックは、2022年8月度、2024年度3月度の講義・ディスカッションをまとめたものです。CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロンアーカイブズ」でより詳しい解説やディスカッションをご覧ください。 1) Deardorff WJ, et al. JAMA Intern Med. 2022;182(1):33-41. 2) Constantino-Corpuz JK, et al. Fed Pract. 2021;38(7):332-336.

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頭痛は妊娠計画に影響を及ぼすのか?

 頭痛は、生殖年齢の人にとって社会経済的な負担となる一般的な神経疾患である。しかし、妊娠計画への影響についてはほとんど知られていない。埼玉医科大学の勝木 将人氏らは、日本における学齢期の子供を持つ保護者を対象に、頭痛の特徴と妊娠計画との関連性を調査した。The Journal of Headache and Pain誌2025年7月4日号の報告。 2024年に新潟県燕市の学校に通う生徒の保護者を対象に、学校を拠点としたオンライン調査をプロスペクティブコホートに実施した。調査項目には、年齢、性別、頭痛の特徴、急性期治療薬および予防薬の使用状況、1ヵ月当たりの頭痛日数(MHD)、1ヵ月当たりの急性期治療薬の使用日数(AMD)、頭痛影響テスト(HIT-6)、Migraine Interictal Burden Scale(MIBS-4)、子供の数を含めた。また、「頭痛のために妊娠を避けているまたは避けたことがありますか」という質問を通して、頭痛が妊娠計画に及ぼす影響についても調査した。この質問に対し「はい」と回答した人は、妊娠回避群と定義された。 主な結果は以下のとおり。・5,227世帯のうち1,127世帯(21.6%)から回答が得られ、そのうち頭痛を有する保護者からの回答599件を分析した。・回答者の年齢中央値は43歳(第1四分位数~第3四分位数:40~48歳)、562例(93.8%)が女性であった。・回答者は、MHD中央値が3日(第1四分位数~第3四分位数:1~4日)、AMD中央値が3日(1~6)、HIT-6中央値が60(58~68)、MIBS-4中央値が4(2~8)であった。・50例(8.3%)が予防薬を使用しており、492例(82.1%)が頭痛発作時に急性期治療薬を使用していると回答した。・子供の数の中央値は2人(第1四分位数~第3四分位数:2~2)。・女性回答者562例のうち、22例(3.9%)が、頭痛のために妊娠を避けている、または避けていたと回答した。・妊娠回避群では、HIT-6スコア(中央値:58[第1四分位数~第3四分位数:53~64]vs.63[59~66]、p=0.033)、MIBS-4スコア(4[2~7]vs.6[4~7]、p=0.012)が有意に高かった。・多変量解析では、妊娠回避群は、高齢(オッズ比[OR]:1.16、95%信頼区間[CI]:1.05~1.29、p=0.004)、頭痛持続時間の短さ(OR:0.91、95%CI:0.85~0.98、p=0.016)、MHDの多さ(OR:1.08、95%CI:1.01~1.16、p=0.031)、悪心または嘔吐(OR:6.11、95%CI:1.46~25.60、p=0.013)、音過敏(OR:6.40、95%CI:1.71~23.99、p=0.006)との有意な関連が認められた。・妊娠回避群では、妊娠中、育児、薬剤による潜在的リスクに関する懸念がより多かった。 著者らは「頭痛のために妊娠を避けているまたは避けたことがある女性は、一部であった。しかし、このような女性は、発作時および発作間欠期共に重度の頭痛負担を抱えており、頭痛疾患が妊娠計画に悪影響を及ぼしていると感じていた」とまとめている。

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敗血症性ショック、CRTに基づく個別化蘇生法が有用/JAMA

 敗血症性ショックの初期治療に、毛細血管再充満時間(CRT)を目標とした個別化血行動態蘇生プロトコール(CRT-PHR)を用いることで、全死因死亡、バイタルサポート継続期間および入院期間の複合アウトカムが通常ケアより優れることが示された。チリ・Pontificia Universidad Catolica de ChileのGlenn Hernandez氏らが、北米・南米、欧州およびアジアの19ヵ国86施設で実施した無作為化試験「ANDROMEDA-SHOCK-2試験」の結果を報告した。敗血症性ショックに対する血行動態蘇生の最適な戦略は依然として明らかではないが、ANDROMEDA-SHOCK試験では、CRTを目標とした蘇生は乳酸値に基づく蘇生と比較し、臓器機能障害の回復が速く、蘇生輸液量が少なく、生存率が高いことが示唆されていた。JAMA誌オンライン版2025年10月29日号掲載の報告。敗血症性ショック発症後4時間以内の患者が対象、CRT-PHRと通常ケアを比較 研究グループ(ANDROMEDA-SHOCK-2 Investigators:ANDROMEDA Research Network、Spanish Society of Anesthesiology、Reanimation and Pain Therapy[SEDAR]、Latin American Intensive Care Network[LIVEN])は、2022年3月~2025年4月に、敗血症性ショック発症後4時間以内(敗血症性ショックは、疑いまたは確定された感染症に加え、≧2.0mmol/Lの高乳酸血症、1,000mL以上の輸液負荷後も平均動脈圧65mmHg以上維持のためノルエピネフリンを必要とする状態と定義)の患者を、CRT-PHR群または通常ケア群に1対1の割合で無作為に割り付けた(最終追跡調査は2025年7月)。 CRT-PHR群では、6時間の試験期間中に、CRT正常化を目標とした循環動態蘇生、脈圧・拡張期血圧とベッドサイド心エコーによる心機能障害の同定とそれに続く特定介入、輸液蘇生前の輸液反応性評価、2種類の急性(1時間)血行動態試験による段階的および多層的な個別化蘇生を実施した。 通常ケア群では、各施設のプロトコールまたは国際ガイドラインに従って治療し、CRT測定はベースラインと6時間後のみ実施した。 主要アウトカムは、28日時点の全死因死亡、バイタルサポート(血管作動薬投与、人工換気、腎代替療法)の継続期間、および入院期間の階層的複合アウトカムとし、APACHE(Acute Physiology and Chronic Health Evaluation)IIスコア中央値で層別化したwin ratioで解析した。複合アウトカムに関してCRT-PHRは通常ケアと比較し優れる 1,501例が登録され、CRT-PHR群744例、通常ケア群757例に無作為化された。このうち、同意撤回などを除く1,467例が解析対象集団となった。平均年齢66歳、女性が43.3%であった。 階層的複合主要アウトカムについて、CRT-PHR群は13万1,131勝(48.9%)、通常ケア群は11万2,787勝(42.1%)、win ratioは1.16(95%信頼区間:1.02~1.33、p=0.04)であった。 個々のアウトカムにおける勝率は、CRT-PHR群vs.通常ケア群でそれぞれ、全死因死亡が19.1%vs.17.8%、バイタルサポート継続期間が26.4%vs.21.1%、入院期間が3.4%vs.3.2%であった。

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左心耳閉鎖手技(LAAO)の行く末を占う(OPTION試験)(解説:香坂俊氏)

 このOPTION試験は、心房細動(AF)アブレーションを受け、かつCHA2DS2-VAScが高い患者を対象に、「その後もふつうに抗凝固薬を飲み続けるか」「左心耳閉鎖手技(LAAO)に切り替えるか」を1:1で比較した国際RCTとなります。1,600例を組み入れ、LAAO群はWATCHMANで閉鎖した後所定期間だけ抗血栓を行い、その後半年ほどで中止し、対照群はDOACを含む標準的な内服抗凝固薬を続けるという設計で行われました。結果として、主要安全エンドポイント(手技に直接関係しない大出血+臨床的に問題となる非大出血)は36ヵ月でLAAO 8.5%vs.OAC 18.1%でLAAO群に少なく(p<0.001)、主要有効性エンドポイント(全死亡・脳卒中・全身性塞栓の複合)は5.3%vs.5.8%で非劣性となりました。 アブレーション後にLAAOまで一緒にやってしまう発想は現実的です。ただ、自分が考える問題点は大きく2つあります。第一に、本試験のOAC群の出血率が実臨床のDOAC単剤よりやや高めで、近年のリアルワールドで見られる年間1%以下の大出血とは開きがあります。※OPTION試験の主要安全エンドポイントは「手技に関係しない大出血+臨床的に問題となる非大出血(CRNM)」で、36ヵ月でLAAO 8.5%vs.OAC 18.1%。一方、同試験での「大出血(手技関連も含めて)」という副次安全エンドポイントは3.9%vs.5.0%/36ヵ月で、これは年間に直すとおおむね1.3%/年vs.1.7%/年程度。 第二に、LAAOにはperidevice leak(閉じ残り)という固有の弱点が残ります。最近の報告でも、WATCHMANでも20〜30%、一部シリーズでは30〜40%近くで遅発性のリークが見つかり、このリークがあると脳梗塞・全身塞栓が増えるという相関がはっきりしてきています(このことはOPTION試験に関するNEJMのCorrespondenceでも強調されています)。OPTIONでは36ヵ月までで有効性はOACと同等でしたが、リークが増えてくるのはそれ以降となる可能性があり、すると「閉じたはずの左心耳からまた血栓が…」ということが起こりえます。また、第一の問題点と逆で、DOACのような「単純化された介入(ワルファリンと比較して)」に対して、LAAOのような「より複雑な介入」はRCTよりもリアルワールドでの成績が悪くなる傾向にある、というところも気掛かりな点となります。 この領域では今回のOPTION試験のほかに、PRAGUE-17(Osmancik P, et al. J Am Coll Cardiol. 2020;75:3122-3135.)という高出血リスクのAFでLAAOとOACを直接ぶつけた試験があります(4年フォローで非劣性)。このPRAGUE-17とOPTIONで少しずつ「どういう患者群にLAAO?」というところは埋まってきていますが、オーソドックスなコメントとなりますが、より大規模・長期の試験結果を待つ必要があるかと感じます(2026年以降、CHAMPION-AF試験など本当に大きな規模のRCTの結果が公表されてくる予定です。Rationale and design of a randomized study comparing the Watchman FLX device to DOACs in patients with atrial fibrillation - ScienceDirect)。それまでは、LAAOの実施に当たっては、(1)リークのリスク、(2)DOAC最適投与と比べたときの安全性、(3)高齢化・心不全合併などリアルな患者群でのpreference、というところがカギとなるでしょう。

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『赤毛のアン』を語る【Dr. 中島の 新・徒然草】(606)

六百六の段 『赤毛のアン』を語る先日、オンラインで参加した第84回日本脳神経外科学会総会。学会ではいろいろな先進技術が紹介されていましたが、とくに仰天したのはAIを使った手術支援システム EUREKA α です。リアルタイムの手術動画で剥離層の結合組織をブルー、臓器をとりまく自律神経をグリーンで表示するもの。術者がどこを剥離すべきかを正確に表示してくれます。膨大な手術動画をもとに、どれが結合織でどれが自律神経かを教え込まれたAIが偉くなって、逆に術者に教えるようになったのでしょう。AIの得意不得意をうまく利用したやり方に感心させられました。話は変わって、先日のこと。ちょっと女房に尋ねてみました。 中島 「つかぬことを伺いますけどね」 女房 「ん?」 中島 「『赤毛のアン』って読んだことあるかな」 女房 「読んだことあるけど、中身は忘れた」 実は最近、私は勉強のために英語の小説を読んでいるのです。が、やはり児童書といえども英語で読むのは難しいのが現実。最初に挑戦した『ハリー・ポッターと賢者の石』(Harry Potter and the Philosopher's Stone)は1ページの中に知らない単語がいくつも出てくるので、読み進めるのが難しくて挫折してしまいました。この小説については、あちこちの出版社に断られた持ち込み原稿を、ブルームスベリー社の会長の8歳の娘が読んで "I think it is possibly one of the best books an eight- or nine-year-old could read."(これは8歳か9歳の子供が読むのに最適な本の一つだと思うわ)と書いた父親宛のメモが残っているそうです。そういうエピソードを知ると「オレは8歳に負けたのか!」と思わざるを得ません。で、次に挑戦したのが『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)です。なにしろ100年以上前、日本でいえば夏目 漱石の頃の作品なので、使われている言葉も現代とはずいぶん違っており、原書を読むのは最初から諦めて、1,600語の語彙の範囲でリライトされたものに挑戦しました。が、これまた知らない単語だらけ。1,600語といえば英語圏の8~10歳の子供を対象にしているとのことで、再び私は8歳に負けてしまいました。これに懲りずに、さらに700語の語彙の範囲でのリライト版(Oxford Bookworms Library: Level 2: 700-Word Vocabulary)に挑戦。さすがに6~7歳を対象にしているだけあって、今度はストレスなく読むことができました。しかし、大学受験を経験し医学論文も読んできた私が、英語圏の6~7歳と同じ程度とは!やはり子供といえども、母国語でのリーディング能力というのは大したものです。リライト版では、とくに捻った言い回しなどは見当たらないので、難しいと感じる要素はもっぱら馴染のない英単語によるものなのでしょう。それはさておき、100年以上も全世界の読者を引き付けてきただけあって「赤毛のアン」は面白い、面白過ぎる!小学生の頃に読書少年だった私が読んでいなかったのが残念です。その内容ですが、700語版では11歳の孤児であったアンが、カスバート家の養女になったところが物語の始まり。そして、泣いたり笑ったりの生活を送ったアンが、学校を卒業する16歳頃に物語が終わります。このような話を、英語では coming-of-age story(成長物語)と呼ぶそうで、「赤毛のアン」はその典型だといえましょう。で、この話を読みながら深く感動した私は、早速ChatGPTとその素晴らしさを語り合いました。ChatGPTによれば『赤毛のアン』は非常に巧妙に子供向けの構成がされているのだとか。たとえば時系列が一直線で行ったり来たりしないこと、降りかかってきた困難をアンが解決するたびに少しずつ成長することなどです。ところが……私が最後まで読んでいないのにもかかわらず、ChatGPTから爆弾発言が!「アンは最終章でxxxという選択をします。この自己決定によって物語は成長の円を閉じるのです」とChatGPTが口を滑らせてしまったのです。思わず私は「えっ、まだ最後まで読んでいないのに。それ、ネタバレじゃん(泣)」と抗議しました。すると「うわっ、それは申し訳ありません……! 思いがけずネタバレになってしまいましたね。でも安心してください――その選択に至るまでの過程こそ、この物語の一番の醍醐味です」とか何とか。結局、巧くごまかされてしまいました。というわけで、現在の私は700語のシリーズを次々に読んでいるところ。ある程度読めるようになったら、1,000語、1,600語と少しずつ読む範囲を広げたいと思っています。子供の頃に小学校の図書館で夢中になって読んだシャーロック・ホームズとか、トム・ソーヤとか。あの時の興奮を再び新鮮な気持ちで味わえるのですから、今からわくわくしているところです。定年後の趣味にはぴったりかもしれません。よかったら読者の皆さまも挑戦してみてください。最後に1句 行く秋に 赤毛のアンを 語り合う

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心房中隔欠損に対する閉鎖栓、生体吸収性vs.金属製/JAMA

 経皮的心房中隔欠損(ASD)閉鎖術に用いる閉鎖栓について、生体吸収性閉鎖栓は金属製閉鎖栓に対して非劣性であり、2年でほぼ完全に分解されたことが、中国・Chinese Academy of Medical Sciences and Peking Union Medical CollegeのWenbin Ouyang氏らによる多施設共同非盲検非劣性無作為化試験の結果で示された。ASD閉鎖術に使用される永久的な金属製閉鎖栓は、晩期合併症のリスクと関連しており、左房へのアクセスの妨げとなる。生体吸収性閉鎖栓は、これらの課題に対処できる可能性を有しているが、これまで無作為化試験での検証は行われていなかった。JAMA誌オンライン版2025年10月23日号掲載の報告。中国の10病院で非劣性を評価 研究グループは、経皮的ASD閉鎖術における有効性と安全性を基に、生体吸収性閉鎖栓は金属製閉鎖栓に対し非劣性であるかどうかを評価した。2021年5月8日~2022年8月3日に中国の10病院で被験者(二次孔型ASD)が登録され、経皮的ASD閉鎖術に生体吸収性閉鎖栓を用いる群または金属製閉鎖栓を用いる群に1対1の割合で無作為に割り付けられた。 主要アウトカムは、6ヵ月時点におけるASD閉鎖成功率。閉鎖成功は、残存シャント径2mm以下の手技成功と定義し、経胸壁心エコーで評価した。また、2年の追跡調査時点で、両群のASD閉鎖成功率およびデバイス関連有害事象を比較し、生体吸収性閉鎖栓の分解プロファイルを評価した。2年の追跡調査期間は2024年9月に終了した。生体吸収性閉鎖栓の非劣性を確認、2年時点の分解率は約99.8% 230例が無作為化された(生体吸収性閉鎖栓群116例、金属製閉鎖栓群114例)。このうち生体吸収性閉鎖栓群の1例は大腿静脈径が小さく、229例(年齢中央値:14.1歳[四分位範囲:7.0~37.3]、女性68%)に留置が試みられた。 6ヵ月時点のASD閉鎖成功率は、生体吸収性閉鎖栓群96.5%(111/115例)、金属製閉鎖栓群97.4%(111/114例)であった(群間差:-0.8%ポイント、95%信頼区間:-5.0~3.7、非劣性のp<0.001)。 2年時点のASD閉鎖成功率(生体吸収性閉鎖栓群94.8%[109/115例]vs.金属製閉鎖栓群96.5%[110/114例]、p=0.75)、デバイス関連有害事象(2.6%[3/115例]vs.3.5%[4/114例]、p=0.72)について、両群間で統計学的に有意な差はみられなかった。 2年時点の生体吸収性閉鎖栓の分解率は約99.8%であった。

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野菜くずを捨ててはいけない――捨てる部分は思っている以上に役立つ可能性

 これまで食卓に上ることなく捨てられてきた、野菜の皮や芯などの「野菜くず」が、近い将来、食糧生産の助けになったり、人々の健康のサポートに使われたりする可能性のあることが、新たな研究で示された。米化学会(ACS)が発行する3種類の学術誌に掲載された4報の研究論文で科学者らは、テンサイのパルプからココナッツの繊維に至るまで、幅広い食品廃棄物を農業および栄養源の貴重な素材として利用する方法を提案している。 「Journal of Agricultural and Food Chemistry」に9月15日に掲載された研究によると、テンサイ(サトウダイコン)のパルプ(砂糖を抽出した後に残る副産物)が、化学合成農薬の代替品として使える天然素材である可能性が示された。研究者らは、パルプに豊富に含まれているペクチンという繊維を、小麦の一般的な病気である「うどんこ病」に対する抵抗力を高める働きを持つ炭水化物に変えることに成功した。この方法を用いることで、合成農薬の散布量を減らすことができるという。 「ACS Omega」に9月13日に掲載された別の研究では、ヤスデによってココナッツ繊維の分解を促すことで作り出す資材が、植物の苗を育成させる際に必要な苗床の資材として広く使われているピートモスの代替になり得ることが報告された。ピートモスは脆弱な生態系から採取される希少性の高い資材で、採取に伴う環境負荷が懸念されている。新たに開発された資材は、ピーマンの苗の育成において、ピートモスと同等の性能を持つことが示された。研究者らは、この資材の利用によって、地下水の保全に重要な役割を果たすピートの使用量を減らすことができ、種苗生産の持続可能性向上に寄与できるのではないかと述べている。 1番目の報告と同じ「Journal of Agricultural and Food Chemistry」に、9月1日に掲載された別の論文では、使わずに捨てられることの多いダイコンの葉は、人々が普段食べている根よりも栄養価が高い可能性が報告されている。食物繊維および抗酸化作用を持つ生理活性物質などを豊富に含むダイコンの葉が、試験管内の研究や動物実験において、腸内細菌叢の健康をサポートすることが確認された。これらの結果から、将来的にはダイコンの葉を、腸の健康を促進する食品やサプリメントの開発に活用できる可能性があるという。 さらに、「ACS Engineering Au」に9月10日に掲載された4番目の論文では、やはり廃棄されることの多い、ビートの葉に含まれる栄養素の保存に焦点を当てている。この研究では、抗酸化作用を有するビートの葉の抽出物を、特殊な乾燥処理でマイクロ粒子として、微小なカプセルのように加工し、化粧品や食品、医薬品に利用する技術の開発が進められている。このような加工によって、抽出物の安定性を高め、かつ有効性も高められるという。

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街路樹の多さは歩行者の転倒を防ぐ?

 街路樹は、木の成長に伴い根が隆起して歩道を押し上げ(いわゆる根上がり)、歩行者がつまずいて転倒する危険性を高める。そのため、訴訟リスクへの懸念から植樹運動に消極的な建物所有者もいる。しかし新たな研究で、街路樹が多い地域ほど歩行者の転倒事故が少なく、街路樹が転倒防止に役立つ可能性が示唆された。米コロンビア大学メイルマン公衆衛生大学院教授のAndrew Rundle氏らによるこの研究結果は、「American Journal of Epidemiology」に10月14日掲載された。 Rundle氏は、「歩道関連の負傷は、公衆衛生上の大きな負担となっている。屋内での転倒は個人の健康要因と関連付けられることが多いのに対し、屋外での転倒は環境条件に左右される。この研究結果は、樹木が周囲の気温を下げることで転倒リスクを軽減する可能性があることを示唆している」と同大学のニュースリリースの中で述べている。 この研究では、緊急医療サービス(EMS)のデータを用いて、樹冠被覆率(ある土地の面積に対して木の枝や葉が覆っている面積の割合)と歩行者の転倒の発生場所との関連を調べる多都市・位置情報に基づくケースコントロール研究を実施できるかが検討された。調査対象は、2019年4月から9月の間にEMSが転倒事故で負傷した歩行者に対応した497地点と、対照として転倒事故が発生しなかった994地点とした。 その結果、転倒発生地点の樹冠被覆率の中央値は8%であるのに対し、対照地点は14%であり、樹冠被覆率が高いと転倒が発生する確率は低くなることが示された(調整オッズ比0.57、95%信頼区間0.45〜0.74)。 研究グループは、「われわれの知る限り、本研究は、樹冠被覆率と歩行者の転倒との間の逆相関関係を示す2番目の研究だ。これら2件の研究における樹冠被覆率の転倒防止効果は、最終的には樹木の気温を下げる効果により説明できる可能性がある。というのも、近年の文献では、気温の上昇が屋外での転倒リスクを高めることを示唆しているからだ」と述べている。 では、なぜ高温が転倒リスクを高めるのか。研究グループは、「高温は、人体の生理機能に悪影響を及ぼすだけでなく、道路や歩道の表面を劣化させる。高温によりアスファルトが軟化し、歩道の舗装材がずれて転倒の危険を生じさせる」と説明している。その上で研究グループは、「木陰はその危険性を軽減する可能性がある」と述べるとともに、「歩くことは健康にさまざまな恩恵をもたらすが、この研究結果は、都市の緑がおそらく周辺環境を冷却することで歩行者の安全性に寄与している可能性を示す新たなエビデンスとなるものだ」との見方を示している。 Rundle氏は、「今後の研究では、樹冠の冷却効果がどのように転倒リスクに直接影響するのかを調べるべきだ」と話している。

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ESMO2025 レポート 乳がん(早期乳がん編)

レポーター紹介2025年10月17~21日にドイツ・ベルリンで開催された欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2025)では、3万7,000名を超える参加者、3,000演題弱の発表があり、乳がんの分野でも、現在の標準治療を大きく変える可能性のある複数の画期的な試験結果が発表された。とくに、抗体薬物複合体(ADC)、CDK4/6阻害薬、およびホルモン受容体陽性乳がんに対する新規分子標的治療に関する発表が注目を集めた。臨床的影響が大きい主要10演題を早期乳がん編・転移再発乳がん編に分けて紹介する。[目次]早期乳がん編ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がん1.monarchEHER2陽性乳がん2.DESTINY-Breast053.DESTINY-Breast11トリプルネガティブ乳がん4.PLANeTその他5.POSITIVEホルモン受容体陽性HER2陰性乳がん1.monarchE:HR陽性/HER2陰性早期乳がん患者における術後療法の全生存期間の改善効果monarchEは、高リスクホルモン受容体陽性(HR+)、HER2陰性早期乳がん患者における術後療法の有効性を評価する第III相ランダム化試験である。5,120例が内分泌療法単独または2年間のアベマシクリブと内分泌療法の組み合わせにランダム割付された。高リスク患者は、腋窩リンパ節≧4個陽性、または1~3個陽性で組織学的グレード3および/または腫瘍径≧5cm、あるいはKi67≧20%と定義された。中央値76ヵ月のフォローアップで、アベマシクリブ+ホルモン療法はホルモン療法単独と比較して、死亡リスクを15.8%低下させた(ハザード比[HR]:0.842、p=0.0273)。7年時点での無浸潤疾患生存(iDFS)イベントリスクの低下は26.6%(名目上のp<0.0001)、無遠隔再発生存(DRFS)イベントリスクの低下は25.4%(名目上のp<0.0001)であった。約7年追跡時点で、標準内分泌療法+アベマシクリブ群の全生存(OS)率は86.8%、内分泌療法単独群は85.0%であり、絶対差は1.8%であった。これらの成績は、アベマシクリブ中止後も長期間持続し、乳がん術後内分泌療法におけるCDK4/6阻害薬併用が微小転移性疾患を持続的に抑制する可能性を示している。術後治療でHR陽性HER2陰性乳がんのみに限定して、全生存期間の改善を示した臨床試験は限られており、その意味でも非常に意義深い結果である。HER2陽性乳がん:T-DXdの“治癒可能”病期への本格進出2.DESTINY-Breast05:HER2陽性乳がん再発高リスク患者における術前薬物療法後に残存病変を有する症例に対するトラスツマブ デルクステカンの追加効果の検証DESTINY-Breast05は、術前薬物療法後に非pCR(残存浸潤病変を有する)の高リスクHER2陽性早期乳がん患者を対象とした、第III相ランダム化試験である。本試験では、トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)と、標準治療であるトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)を比較した。1,635例が登録され、3年iDFS率はT-DXd群92.4%(95%信頼区間[CI]:89.7~94.4)に対し、T-DM1群83.7%(95%CI:80.2~86.7)であった。浸潤性再発または死亡のリスクはT-DXd群で53%減少した(HR:0.47、95%CI:0.34~0.66、p<0.0001)。Grade3以上の有害事象発生率は両群でほぼ同等であった(T-DXd群50.6%、T-DM1群51.9%)。ただし、薬剤性間質性肺疾患(ILD)はT-DXd群でより多く報告され(9.6%vs.1.6%)、2例の致死例(Grade 5)が認められた。左室機能障害は低率であった(1.9%)。これらの結果は、T-DXdが治癒を目指す術前療法領域に進出しうることを示唆しており、高リスク残存病変例における新たな標準治療候補として位置付けられる。さらに、本試験結果を実臨床で運用する上でのILDの評価と早期介入が必要であることを示唆した。DB-05とKATHERINEの患者対象の違いは以下のとおり。画像を拡大する3.DESTINY-Breast11:HER2陽性乳がんにおける術前抗がん剤治療におけるアントラサイクリン除外戦略DESTINY-Breast11は、高リスクHER2陽性早期乳がんに対し、アントラサイクリン非使用戦略を評価した第III相試験である。T3以上、リンパ節転移陽性、または炎症性乳がんを対象に、640例がT-DXd-THP(T-DXd単独→パクリタキセル+トラスツズマブ+ペルツズマブ)群またはddAC-THP(ドキソルビシン+シクロホスファミド→THP)群に割り付けられた。pCR(病理学的完全奏効)割合はT-DXd-THP群で67.3%、ddAC-THP群で56.3%(差:11.2ポイント、95%CI:4.0~18.3、p=0.003)であった。ホルモン受容体状態にかかわらず一貫した傾向を示した。無イベント生存期間(EFS)ではT-DXd-THP群に有利なトレンドがみられた(HR:0.56、95%CI:0.26~1.17)。有害事象(Grade≧3)はT-DXd-THP群で37.5%、ddAC-THP群で55.8%と低率で、左室機能障害も少なかった(1.9%vs.9.0%)。ILDの発生は両群で低頻度かつ同等であった。この結果から、HER2陽性乳がんの周術期治療としてアントラサイクリンの使用が必須ではないことが示唆され、T-DXdを基盤とする新術前療法が高い奏効割合と毒性の低減を両立しうることが検証された。とくに海外においては、アントラサイクリン系抗がん剤の使用に対する忌避が強く、カルボプラチンとドセタキセル併用のレジメンが中心となってきているが、今回の結果はアントラサイクリン系の省略に向けたさらなる示唆を提示した。早ければ来年度中に、本邦でもDB05、DB11レジメンが適応拡大される可能性がある。先のDB05と相まって、いずれも選択可能となった場合に、術前療法でT-DXdを使用するのか、EFSなど長期成績がT-DXd群で改善することが証明されてからDB11が運用されていくべきなのか、pCR割合の改善をもって標準治療としてよいと考えるか、現在議論になっている。画像を拡大するトリプルネガティブ乳がん4.PLANeT:TNBCの周術期治療における低用量ペムブロリズマブの併用PLANeTは、インド・ニューデリーのがん専門施設単施設において実施された第II相ランダム化試験である。StageII~IIIのトリプルネガティブ乳がん(TNBC)患者に対して、標準的術前化学療法に「低用量ペムブロリズマブ(50mg/6週間ごと×3回)」を併用する群vs.化学療法単独群(dose dense AC療法とdose denseパクリタキセル療法)の比較であった。主要評価項目は術前化学療法+低用量ペムブロリズマブ併用群と化学療法単独群のpCR割合の比較であり、副次評価項目にiDFSやQOLが含まれていた。すでに、TNBC患者に対する周術期治療におけるペムブロリズマブの通常用量(200mg/3週間ごとなど)の併用は、KEYNOTE-522試験においてpCR割合、EFS、OS改善が証明されており、標準治療となっている。一方で、低〜中所得国・医療資源制限環境では高額薬剤/免疫療法アクセスが課題となっており、“低用量併用”戦略がコスト・アクセス面で代替案になりうる可能性が検討されている。本試験では、157例が各群に割り付けられ(低用量併用群78例、対照群79例)、治療が実施された。ITT解析でのpCR割合は低用量併用群53.8%(90%CI:43.9~63.5)、対照群40.5%(90%CI:31.1~50.4)、絶対差:13.3%(90%CI:0.3~26.3、片側p=0.047)であり、ペムブロリズマブ低用量併用による、統計学的有意なpCR割合の改善が示された。また、有害事象としても、Grade 3以上の有害事象は低用量併用群50%、対照群59.5%で、重篤毒性はむしろ低率であった。とくにirAEとして、甲状腺機能障害は低用量併用群10.3%と、KEYNOTE-522試験よりも低めであった。ただし、低用量併用群で1例の治療関連死亡(中毒性表皮壊死症)が報告された。本試験はフォローアップ期間・無病生存データ・最終OSデータなどはまだ不十分で、「仮説生成的(hypothesis‐generating)」段階であるものの、コスト・アクセス改善(低用量による医療経済性改善)を重視した設計であり、とくに資源制約のある地域で免疫療法併用治療を普及させる可能性が示唆された。ただ、問題としてはペムブロリズマブ50mgという投与量が十分か? という科学的根拠はほとんどない様子であり、KEYNOTE-522試験レジメンが使用可能な国における標準治療に影響を与えるものではない。その他5.POSITIVE:妊娠試みによる内分泌療法中断の予後や出産児に与える影響の検討POSITIVE(Pregnancy Outcome and Safety of Interrupting Therapy for young oNco‐breast cancer patients)は、若年HR+乳がん患者において、術後内分泌療法を一時中断して、再発リスクを増やさずに妊孕(妊娠を試みること)可能かを検証した前向き試験である。ESMO Congress 2025では、5年フォローアップ成績が報告されており、“妊娠試みによる内分泌療法中断”が少なくとも5年時点では再発リスクを有意に増加させていないという結果が報告された。518例のHR陽性 StageI~III乳がん患者が、術後18~30ヵ月内分泌療法を継続した後、最大2年間の内分泌療法中断で妊娠を試み、その安全性と妊孕性、再発への影響を評価された。登録時の平均年齢は35~39歳が最多。対象の75%は出産歴がなく、62%が化学療法も受けていた。5年乳がん無発症割合(BCFI)は、POSITIVE群12.3%、外部対照のSOFT/TEXT群13.2%と差は−0.9%(95%CI:−4.2%~2.6%)であった。5年無遠隔再発率(DRFI)はPOSITIVE群6.2%、SOFT/TEXT群8.3%(差:−2.1ポイント%、95%CI:−4.5%~0.4%)で、内分泌療法一時中断による再発・転移リスク増加は認められなかった。HER2陰性のサブ解析でも同様の結果。年齢やリンパ節転移、化学療法歴などで層別しても有意差なしだった。試験期間中、76%が少なくとも一度妊娠し、91%が少なくとも一度生児出産。365人の子供が誕生した。出生児の8.6%が低出生体重、1.6%が先天性欠損だったが、これは一般母集団と同等であった。また、ART(胚・卵子凍結など)を利用した女性でも再発リスクは非利用者と同等であり、母乳育児も高率で実現し、安全であることも確認された。内分泌療法中断後、82%が内分泌療法を再開した。POSITIVE試験は、妊娠希望のHR陽性乳がん女性が、内分泌療法を最大2年中断して妊娠・出産しても短期再発リスクは増加しないこと、妊娠やART、母乳育児の成績・安全性も良好で、安心材料となるエビデンスを提供しており、患者さんへのShared decision makingに非常に役立つ結果であった。

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手術・TEER非適応の僧帽弁逆流症、経カテーテル僧帽弁置換術が有効/Lancet

 米国・Mayo Clinic College of Medicine and ScienceのMayra E. Guerrero氏らENCIRCLE Trial Executive Committee and Study Investigatorsは、国際的なpivotal試験「ENCIRCLE試験」において、外科手術および経カテーテル的edge-to-edge修復術(TEER)の適応とならない僧帽弁逆流症患者では、SAPIEN M3システム(Edwards Lifesciences製)を用いた新規の経皮・経中隔的なカテーテル僧帽弁置換術(TMVR)により、僧帽弁逆流が効果的に軽減し、合併症や死亡の割合も低下することを示した。Lancet誌オンライン版2025年10月27日号掲載の報告。6ヵ国の前向き単群試験 ENCIRCLE試験は、6ヵ国(米国、カナダ、英国、オランダ、イスラエル、オーストラリア)の56施設で実施した前向き単群試験であり、2020年6月~2023年10月に、外科手術およびTEERが適応でない、症候性の中等度~重度、または重度の僧帽弁逆流症の成人(年齢18歳以上)患者を登録した(Edwards Lifesciencesの助成を受けた)。 主要エンドポイントは、1年後の時点での実際に治療を受けた集団における全死因死亡と心不全による再入院の複合とし、事前に規定した性能目標値(45%)と比較した。1年後の主要エンドポイント推定発生率は25.2% 299例が、SAPIEN M3システムによるTMVRを受けた。年齢中央値は77.0歳(四分位範囲[IQR]:70.0~82.0)で、152例(51%)が男性、147例(49%)が女性と自己申告した。僧帽弁置換術のSociety of Thoracic Surgeonsの予測30日死亡リスクスコアの平均値は6.6%であり、213例(71%)がNYHA心機能分類IIIまたはIVで、左室駆出率中央値は49.5%(IQR:38.7~58.1)だった。 追跡期間中央値は1.4年(IQR:1.0~2.1)であり、30日時の追跡データは283例(95%)で、1年時の追跡データは243例(81%)で得られた。手技に伴う死亡例、左室流出路閉塞による血行動態の悪化例、外科手術への転換例の報告はなかった。 Kaplan-Meier法による1年後の主要エンドポイントの推定発生率は25.2%(95%信頼区間[CI]:20.6~30.6)であり、事前に規定した性能目標値である45%に比べ有意に良好であった(p<0.0001)。1年後の全死因死亡率は13.9%(95%CI:10.4~18.5)、心不全による再入院率は16.7%(12.8~21.6)だった。NYHA心機能分類、QOLも改善 NYHA心機能分類およびQOL(カンザスシティ心筋症質問票の全体の要約スコア[KCCQ-OS])は、30日後には有意な改善が得られ、この効果は1年後も持続していた。また、全例で、1年後に僧帽弁逆流症のクラスの改善が達成された。 左室駆出率中央値は、ベースラインの49.5%から1年後には41.8%となった。1年後の心血管疾患による入院は38.5%であり、1年後の脳卒中の発生率は9.3%、後遺障害を伴う脳卒中の発生率は3.9%であった。 著者は、「これらの知見は、外科手術およびTEERが適応とならない僧帽弁逆流症の治療選択肢として、SAPIEN M3システムを用いた経皮的TMVRの有用性を示すもの」「この新規の経皮的TMVRデバイスは、TEERと同等の手技の安全性を保ちつつ、僧帽弁逆流の持続的な改善効果を示した初めての治療法である」「この方法は、構造的な弁の劣化が生じた場合に再介入が可能であるため、僧帽弁逆流症の生涯管理において重要な役割を担うと期待される」としている。

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