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無症候性高度頸動脈狭窄症、薬物療法+CASで周術期脳卒中/死亡リスク減/NEJM

 無症候性の高度頸動脈狭窄症患者において、強化薬物療法単独と比較し、頸動脈ステント留置術(CAS)を追加すると、周術期脳卒中または死亡、あるいは4年以内の同側脳卒中の複合リスクが低下した。一方、頸動脈内膜剥離術(CEA)の追加では有意な効果は得られなかった。米国・メイヨークリニックのThomas G. Brott氏らが、5ヵ国155施設で実施した2つの観察者盲検並行群間試験「Carotid Revascularization and Medical Management for Asymptomatic Carotid Stenosis Trials:CREST-2試験」の結果を報告した。薬物療法、CAS、CEAの進歩により、無症候性頸動脈狭窄症の適切な治療方針に疑義が生じている。強化薬物療法に血行再建術を追加することで、強化薬物療法単独より大きな効果が得られるかどうかは不明であった。NEJM誌オンライン版2025年11月21日号掲載の報告。強化薬物療法単独vs.CAS併用、強化薬物療法単独vs.CEA併用の2つの試験を実施 研究グループは、35歳以上で、無作為化前180日以内に頸動脈領域の脳卒中、一過性脳虚血発作または一過性黒内障の既往のない無症候性の高度(70%以上)頸動脈狭窄を有する患者を登録した。 ステント留置術試験では強化薬物療法群とCAS+強化薬物療法群(CAS併用群)を比較し、頸動脈内膜剥離術試験では強化薬物療法群とCEA+強化薬物療法群(CEA併用群)を比較した。 主要アウトカムは、無作為化から44日目までの脳卒中または死亡、あるいはその後の追跡期間(最長4年間)における同側虚血性脳卒中の発生の複合であった。CAS併用で、周術期脳卒中/死亡および4年以内の同側脳卒中の複合リスクが低下 ステント留置術試験では1,245例が無作為化され、追跡期間中央値は3.6年(四分位範囲[IQR]:1.6~4.0)であった。2014年12月10日に無作為化が開始され、最終追跡調査は2025年7月31日に完了した。 頸動脈内膜剥離術試験では1,240例が無作為化され、追跡期間中央値は4.0年(IQR:2.0~4.0)であった。2014年12月9日に無作為化が開始され、最終追跡調査は2024年9月30日に完了した。 主要アウトカムのイベントの4年発生率は、ステント留置術試験において、強化薬物療法群6.0%(95%信頼区間[CI]:3.8~8.3)、CAS併用群2.8%(95%CI:1.5~4.3)(絶対リスク群間差:3.2%、95%CI:0.6~5.9、p=0.02)、頸動脈内膜剥離術試験において、強化薬物療法群5.3%(95%CI:3.3~7.4)、CEA併用群3.7%(95%CI:2.1~5.5)(絶対リスク群間差:1.6%、95%CI:-1.1~4.3、p=0.24)であった。 無作為化から44日目までに、ステント留置術試験では、強化薬物療法群で脳卒中や死亡の発生はなかったが、CAS併用群で脳卒中7例、死亡1例が発生した。一方、頸動脈内膜剥離術試験では、強化薬物療法群で脳卒中3例、CEA併用群で脳卒中9例が発生した。

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10代の若者の約8人に1人に難聴の兆候

 10代の若者の約8人に1人が、18歳になるまでに難聴の兆候を示し、約6%は感音性難聴(SNHL)を発症する可能性のあることが、新たな研究で明らかになった。SNHLは、内耳(有毛細胞や蝸牛)や聴神経の損傷や異常を原因とする難聴であり、多くの場合、不可逆的である。エラスムス大学医療センター(オランダ)の耳鼻咽喉科医であるStefanie Reijers氏らによるこの研究結果は、「Otolaryngology-Head and Neck Surgery」に10月14日掲載された。 Reijers氏は、「思春期に認められた聴覚の変化は、たとえそれが軽微であっても長期的な影響を及ぼす可能性があるため、これらの研究結果は、早期のモニタリングと予防の重要性を浮き彫りにしている」とニュースリリースで述べている。 大きな音は、音エネルギーを電気信号に変換して脳に伝える役割を果たしている内耳の有毛細胞に損傷を与える可能性があると研究グループは説明する。有毛細胞は、一度損傷すると再生できないことから、損傷は永久的な聴力喪失につながり得るという。 この研究では、オランダ、ロッテルダムの出生コホート研究(Generation R研究)に参加した子ども3,347人(平均年齢18歳5カ月、女子53.1%)を対象に、18歳時点でのSNHLおよび騒音性難聴(NIHL)の可能性がある聴力低下の有病率を調べ、13歳から18歳までの間に聴力低下の頻度や重症度がどのように変化するのかを検討した。試験参加者は、13歳時点(2016〜2019年)と18歳時点(2020〜2024年)に聴力検査を受けた。 その結果、18歳時点でのSNHLの有病率は6.2%、NIHLの可能性がある聴力低下が見られた割合は12.9%であることが明らかになった。13歳時点と18歳時点の両時点で聴力検査を受けた2,847人を対象とした解析では、5年間でこれらの有病率に有意な変化は認められなかった。ただし、オージオグラム(聴力検査の結果を示すグラフ)で特定の周波数のみ閾値が低下してV字型になるパターン(ノッチ)の有病率は13歳時点の7.9%から18歳時点の8.4%へとわずかに増加していた。また、13歳時点で高周波数帯域の難聴(HFHL)が認められた参加者では、18歳時点で高周波数の聴力閾値が有意に悪化していた。 研究グループは、10代の若者は85dBを超える音に頻繁にさらされていると指摘する。これを超える大きさの音に曝露すると、一時的または永久的な難聴を引き起こす可能性がある。例えば、イヤホンや音楽スピーカーなどは100dBで再生されることが多く、最大115dBを生成できる。音楽ライブの音量は90~122dBに達することがある。また、花火、バイク、サイレンの音の大きさは、95~150dBに達する。Reijers氏らは、「国を問わず、青少年は娯楽による大音量にさらされている集団である。そのようなリスクの高い視聴活動を長期間続けることで、騒音性難聴のリスクは高まる」と記している。 Reijers氏らによると、10代の頃の軽度の難聴でも、他者とのコミュニケーションや交流の能力を損ない、学業成績を低下させ、将来的に加齢に伴う難聴になる可能性を早め得ると警鐘を鳴らす。その上で、「難聴リスクがある10代の若者を特定し、定期的に聴力を検査することで、悪化する前の段階で問題を発見できる可能性がある」との見方を示している。 研究グループはまた、特定の娯楽的な騒音源が聴覚に与える累積的な影響について、さらに10代の若者の中でも聴覚障害を発症しやすい人としにくい人がいる理由についても、さらなる研究で検討する必要があると話している。

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HNRNP関連疾患

1 疾患概要2 診断3 治療4 今後の展望5 主たる診療科6 各論7 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)1 疾患概要■ 概念・定義hnRNP(ヘテロ核リボヌクレオプロテイン、Heterogeneous Nuclear Ribonucleoproteins)は、RNAのスプライシング、輸送、安定性、翻訳などに関わるRNA結合タンパク質のファミリーである。このhnRNPの異常は、さまざまな先天異常症候群、神経発達症、成人の神経筋疾患、がん、自己免疫疾患などと関係する。本稿では主に神経疾患との関連について記載する。遺伝子名の場合、HNRNPと大文字・斜体で記載する。■ HNRNP関連疾患の疫学正確な疾患頻度は不明であるが、数万出生に1人程度の希少疾患と考えられる。遺伝子別にみるとHNRNPH2、HNRNPU、HNRNPK関連疾患が多い。海外では多数の報告がある1)。筆者は10例以上の診断に関与しているが、国内未診断例も多いと思われる。■ HNRNP関連疾患の病因遺伝情報がDNA→RNA→タンパク質という経路で、DNAがRNAをコードし、RNAがタンパク質に翻訳されるという基本原則を「セントラルドグマ」と呼ぶ。生物では核内でDNAから遺伝情報を写し取ったmRNA前駆体(pre-mRNA)が、修飾を受けて成熟mRNAとなる。その後、細胞質に輸送され、適切な時期にタンパク質に翻訳される。この一連の過程には、さまざまなRNA結合タンパク質が関与している。hnRNPは、核内でmRNA前駆体やその他のRNA分子に結合するタンパク質ファミリーである。hnRNPは、mRNA前駆体のスプライシング(イントロン除去とエクソン結合)に関与する。一部のhnRNPはスプライシング部位の選択に影響を与え、選択的スプライシングを調節する。hnRNPは、核内でRNAを輸送する際に誘導する役割を持つ。とくにRNA分子が核膜を通過して細胞質に移動する際に重要である。また、hnRNPはRNA分子を安定化し、分解から保護する役割を持つ。一部のhnRNPは、mRNAの翻訳効率に影響を与え、遺伝子発現を調節する。hnRNPはRNA分子の二次構造形成や構造変化を助ける。このように、hnRNPの異常により、さまざまなレベルでRNAに異常が生じることが病態の背景にある。ヒトでは30種類以上のhnRNPが知られており、それぞれが異なる機能やRNA結合特性を持つ。■ 症状後述の「6 HNRNP関連疾患の各論」で各疾患ごとに述べる。■ 分類主なHNRNP関連疾患を表に示す。まだ、メンデル遺伝病として確立していないものも存在する。表 疾患との関連が判明しているHNRNP遺伝子画像を拡大する■ 予後遺伝子タイプで異なるが、ALSの場合は人工呼吸管理が必要になる。先天異常症候群の場合は成人期以降も精神運動発達遅滞が持続する。2 HNRNP関連疾患の診断後述するような臨床所見を持つ症例において、責任遺伝子の病的バリアントを検出することが基本である。微細欠失例が存在するので、マイクロアレイ染色体検査が最初に必要である。マイクロアレイ染色体検査で異常がない場合は、エクソーム解析などの網羅的遺伝子解析の適応となる。最初から診断を疑って遺伝子診断を行うことは難しい。ただし、筆者の経験ではHNRNPK異常(Au-Kline-Okamoto症候群)は特徴的所見により、臨床的に疑うことが可能である。遺伝形式は常染色体顕性遺伝によるが、HNRNPH2はX連鎖性である。基本的に両親にバリアントはなく、生殖細胞系列の新生突然変異である。染色体の微細欠失でHNRNP関連遺伝子が欠失する場合、近傍の遺伝子も同時に欠失することで、症状が修飾される可能性がある。3 HNRNP関連疾患の治療 現在のところ、根本的な治療方法はなく、対症療法に留まる。精神運動発達遅滞に対しては療育訓練が必要である。てんかんを合併した場合は一般的なてんかん治療を行う。4 HNRNP関連疾患の今後の展望HNRNPH2などでASO(Anti-sense Oligonucleotide)を用いた遺伝子治療が海外で研究的に実施されている。5 HNRNP関連疾患の主たる診療科HNRNPA1、HNRNPA2/B1遺伝子関連疾患は脳神経内科の領域であるが、他のものは小児科ないし小児神経科が関わる例が多い。合併症によっては多くの分野の医療が必要となる。遺伝学的検査や遺伝カウンセリングについては、臨床遺伝学の領域となる。6 HNRNP関連疾患の各論■ HNRNPA1、HNRNPA2/B1関連疾患ALS(筋萎縮性側索硬化症)、FTD(前頭側頭型認知症)、MSP(多系統タンパク質症)などの原因となる。ALSではSOD1など多くの責任遺伝子が知られているが、HNRNPA1、HNRNPA2/B1も原因の1つである。HNRNPA1は、mRNAのスプライシング、輸送、安定性調節などに関わる。ストレス顆粒(stress granule)形成にも関与する。この遺伝子のバリアントにより産生タンパク質の構造が変化し、異常な凝集(aggregation)や細胞質移行が起こることで神経細胞や筋細胞の機能障害が生じる。なお、HNRNPA2とHNRNPB1は、同じ遺伝子から由来する。家族性ALSの発症は中年期以降に多いが、若年例も報告がある。上位運動神経および下位運動神経の障害による進行性筋力低下、嚥下障害、呼吸筋障害がみられる。現時点で根治療法はない。ALS例では呼吸管理、リハビリ、栄養管理を行う。多発性筋炎様筋疾患(Inclusion Body Myopathy with early-onset Paget disease and Frontotemporal Dementia:IBMPFD)類似病態では筋力低下、骨疾患、認知症の組み合わせを呈する例がある。筋病理ではリムドボディを含む封入体筋炎の所見がみられる。筋疾患例では理学療法と補助具使用を考慮する。■ HNRNPH2異常によるBain症候群(Bain型X連鎖性知的障害)Bain症候群は、HNRNPH2遺伝子(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein H2)における機能喪失型または機能異常型バリアントによって生じる先天異常症候群である。2016年にBainらが報告した2)。X連鎖顕性であり、女性患者に多く、男性では知的障害の程度が強く、重症例は新生児期に死亡する。HNRNPH2に病的バリアントが存在すると、スプライシング制御異常やRNA代謝障害を引き起こし、神経発達に影響する。とくに神経細胞の成熟やシナプス形成が阻害される。症状として、中等度~重度の精神運動発達遅滞、知的障害を認める。言語発達は遅れ、重度の例では言語獲得ができない。自閉症スペクトラム障害や行動異常の例もある。筋緊張低下、運動発達遅滞がみられ、重度の例では独歩獲得ができない。てんかんを発症する場合があり、脳波検査や脳MRI検査が必要である。MRI検査では脳梁形成不全や大脳白質異常を認める。小頭症や軽顔貌特徴を認める場合がある。レット症候群に類似した常同運動などの症状を認める例もある。確定診断は遺伝学的検査(全エクソーム解析、遺伝子パネルなど)でHNRNPH2の病的バリアントを同定することが必要である。さまざまなバリアントの報告があるが、p.Arg206Trpが最も多い。現時点では根本的な治療方法はなく、療育訓練やてんかん治療など、対症療法が中心となる。また、能力に応じた特別支援教育が必要となる。■ HNRNPH1関連疾患“Neurodevelopmental disorder with craniofacial dysmorphism and skeletal defects”の原因疾患である。主な症状は精神運動発達遅滞、知的障害、特徴的顔貌、乳児期の哺乳栄養障害、胃食道逆流症、低身長、小頭症などである。眼科的には斜視、近視などを認める。頭部MRI検査では側脳室拡大、脳梁異常、小脳虫部低形成などを認める。■ HNRNPK関連疾患(Au-Kline-Okamoto症候群)Au-Kline-Okamoto症候群は染色体9q21にあるHNRNPK遺伝子の病的バリアントないし欠失による先天異常症候群である3)。Okamoto症候群として知られていた先天異常症候群において、HNRNPKのバリアントが同定され、Au-Kline症候群とOkamoto症候群は同一疾患であることが判明した4)。神経系の症状として精神運動発達遅滞、知的障害、筋緊張低下などを認める。頭部が長頭などの変形を認める場合、頭蓋縫合早期癒合症を鑑別する必要があり、3D-CT検査が有用である。脳MRI検査では髄鞘化遅延、脳梁低形成ないし欠損、異所性灰白質などの所見を認める。特異顔貌は診断の参考となる。眼瞼裂斜下、長い眼瞼裂、眼瞼下垂、眼球突出傾向、大きい耳、耳輪低形成、耳介低位、広い鼻梁、鼻翼低形成、鼻根部平低、開口、高口蓋、口蓋裂、軟口蓋裂、舌の中央線などを認める。歌舞伎症候群が鑑別に上がる。泌尿器系では停留精巣、膀胱尿管逆流症、水腎症、神経因性膀胱の例がある。心室中隔欠損や心房中隔欠損症など先天性心疾患の精査も必要である。骨格系では股関節脱臼、側彎症などを認める例がある。根本的な治療法はなく、合併症に合わせた治療を行う。また、精神運動発達遅滞に対しては療育が必要である。■ HNRNPU関連神経発達症染色体1q44に座位するHNRNPUの病的バリアントや欠失が原因である5)。神経発達に必要な多くの遺伝子の発現制御に関わるHNRNPUの機能喪失により、神経発生やシナプス形成に必要な多くの遺伝子の転写・スプライシング制御に異常が生じる。多くは常染色体顕性の突然変異である。精神運動の発達遅滞、中等度~重度の知的障害、筋緊張低下がみられる。言語表出の遅れもみられる。HNRNP関連疾患の中でもてんかんの合併が多いことが特徴である。乳児早期てんかん脳症の形態をとる場合がある。West症候群やLennox-Gastaut様などの報告もある。頭囲については軽度小頭症や巨頭症の報告がある。顔貌特徴(非特異的だが、やや長い顔、広い前額部など)が報告される。脳MRI検査異常として、脳梁低形成、白質異常などを認める。滲出性中耳炎や斜視にも注意が必要である。マイクロアレイ染色体検査でHNRNPUを含む、1q44領域の欠失を同定する場合もある。この場合は1q44微細欠失症候群として確立した症候群となる。根本的治療法は未確立であり、てんかんに対する治療、療育訓練が必要である。てんかんは薬剤抵抗性に経過する場合がある。7 参考になるサイト診療、研究に関する情報HNRNP Family Foundation(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報HNRNP疾患患者家族会(患者とその家族向けのまとまった情報) 1) Gillentine MA, et al. Genome Medicine. 2021;13:63. 2) Bain JM, et al. Am J Hum Genet. 2016;99:728-734. 3) Au PYB, et al. Hum Mut. 2015;36:1009-1014. 4) Okamoto N. Am J Med Genet. 2019;179A:822-826. 5) Carvill GL, et al. Nature Genet. 2013;45:825-830. 公開履歴初回2025年12月25日

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第42回 診察室の会話をAIが記録? 最新研究が示す「AI医療秘書」の実力と課題

患者さんが病院に行っても、医師がパソコンの画面ばかり見ていて目が合わない。臨床現場において、電子カルテの入力業務が医師と患者の対面時間を奪っている現状は、長年の課題です。 膨大なカルテ入力業務は、「燃え尽き症候群」を引き起こす深刻な問題となっています。そんな中、診察室の会話を聞き取り、自動でカルテを作成してくれる「アンビエントAIスクライブ(AI医療秘書)」という技術が注目されています。そこで今回は、医学誌NEJM AI誌に掲載されたランダム化比較試験の結果1)を基に、この技術が医療現場をどう変えようとしているのか、その可能性と限界について解説します。「画面越しの診療」を終わらせる救世主となるか これまでの調査によれば、米国の医師の約半数は燃え尽き症候群に苦しんでおり、その大きな要因の一つが電子カルテの入力作業だといわれています。医師は診療時間の多くをキーボード入力に費やしており、患者さんと向き合う時間が削られているのが現状です。 そこで登場したのが、生成AIを活用した「アンビエントAIスクライブ」です。これは、診察中の医師と患者の会話をマイクで聞き取り、AIが即座に要約してカルテの下書きを作成してくれる技術です。これまでの音声入力とは異なり、会話の文脈を理解して医学的な文書に整えてくれる点が画期的です。 今回、米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究チームは、238人の医師を対象に、実際に2種類の主要なAIスクライブ(Microsoft DAX CopilotとNabla)を使用するグループと、通常通りの診療を行うグループに分けて、2ヵ月間の比較試験を行いました。これは、AIスクライブの効果を検証した最初の大規模なランダム化比較試験の1つです。意外な結果? 「劇的な時短」には至らずとも心は楽に 多くの人が「AIを使えば、仕事があっという間に終わるはず」と期待するでしょう。しかし、今回の研究結果はそうシンプルではなく、興味深いものでした。 まず、「カルテ作成にかかる時間」についてです。 Nablaを使用したグループ: カルテ作成時間が通常診療グループに比べて約9.5%減少しました。 DAXを使用したグループ: 統計的に明確な時間の短縮は見られませんでした。 「なんだ、あまり時間は減らないのか」とがっかりされたかもしれません。実際、1回の診察あたりの短縮時間は1分未満というデータもあり、現時点では「魔法の時短ツール」とは言い切れない側面があります。しかし、ここで重要なのは「医師の感覚」の変化です。 時間の短縮効果は限定的だったにもかかわらず、AIを使用した医師たちは、燃え尽き症候群の指標や、業務に対する疲労感、ストレスが改善したと報告しました。また、医師たちはこの技術を「使いやすい」と評価し、何より「患者さんとより深く関われるようになった」と感じたようです。 たとえ物理的な時間がそれほど減らなくても、「会話を記録しなければならない」という精神的な負担から解放され、目の前の患者さんに集中できること自体が、医師にとって大きな救いとなっている可能性があります。決して完璧ではない「AIの耳」とこれからの医療 もちろん、この技術は発展途上であり、理解しておくべき注意点もあります。AIは時に間違いを犯します。今回の研究でも、AIが作成したカルテには「時々」不正確な内容が含まれていたことが報告されています。具体的には以下のようなエラーが確認されました。 情報の欠落: 重要な医学的情報が抜け落ちてしまう。 ハルシネーション(幻覚): 話していない内容が勝手に付け加えられる。 代名詞の誤り: 彼と彼女を間違えるなど。 実際、あるケースでは、患者への重要な指導内容がカルテに含まれていないという、軽度ながら安全に関わる事象も報告されました。AIはあくまで「下書き」を作る存在であり、最終的には医師が内容を確認し、責任を持って修正することが不可欠です。 こうしたことから、現時点でのAIスクライブは「生産性向上ツールとしてはまだ完成形ではない」と指摘されています。本当の意味で業務効率を上げるには、単に会話を記録するだけでなく、そこから検査のオーダーを出したり、保険請求の手続きをしたりといった、診察後の事務作業までAIがサポートできるようになる必要があるのでしょう。「AI同席」の診察に向けて 今後、日本の病院でも「AIで会話を記録してもいいですか?」と聞かれる機会が増えるかもしれません。導入に際して、どのような検討が必要となるでしょうか。 今回の研究は、AIが医師の「目」を画面から引き剥がし、再び患者に向けさせてくれる可能性を示しました。医師がキーボードを打つ手を止め、しっかりと話を聞いてくれるなら、医療の質の向上につながるでしょう。一方で、記録された内容が本当に正しいのか、医師はきちんとチェックするプロセスが必須になります。 AIは医療の「冷たさ」を加速させるのではなく、人間同士の温かいコミュニケーションを取り戻すための「黒子」として機能し始めています。技術の進化を過信せず、しかしその恩恵を上手に取り入れていく姿勢が、これからの医療現場に求められていると言えるでしょう。 参考文献・参考サイト 1) Lukac PJ, et al. Ambient AI scribes in clinical practice: a randomized trial. NEJM AI. 2025;2(12).

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失敗しない理想的なクリスマスプレゼントとは

 「クリスマス」と聞いて連想するイメージは何があるだろうか。ケーキ、ごちそう、キャンドル、雪などさまざまあるが、「楽しみはプレゼント」と回答する人も多いのではないだろうか。「どのようなプレゼントが喜ばれるのか」をテーマにデンマークのコペンハーゲン大学健康科学部のVictor Alexander Gildberg氏らの研究グループは、約30人の健康成人に理想的なクリスマスプレゼントについて調査した。その結果、満足度の高いプレゼントには「大きい」「重い」「金色の包装紙」などの傾向がみられた。この結果はUgeskrift for Laeger誌12月8日号に掲載された。喜ばれるプレゼントに決まりはあるのか 研究グループは、クリスマスプレゼントの満足度について、どの特徴が受け手の満足を最も効果的に高めるかを調査した。方法として、21~66歳の31人について、プレゼントの「包装・サイズ・重量・質感・付随するストーリー」が異なる27種類のプレゼントを評価した。受取人の満足度はクリスマス修正版ウォン・ベイカー尺度(0~10点)で評価した。 主な結果は以下のとおり。・自己申告によるクリスマスへの満足度中央値は0~10点尺度で8点(四分範囲6~9点)。・赤包装の基準ギフトと比較し、以下の要素が満足度を有意に増加させた。 金色の包装紙(+1.48)、リボン(+1.81)、柔らかさ(+1.90)、陶器が割れている音(+2.61)、長文で心のこもったクリスマスカード(+5.42)。大きい(+3.55)および重い(+3.48)プレゼントは、小さいまたは軽いものより好意的に受け取られた。・高価(+3.19)または入手困難(+3.23)という口頭の説明も評価を高めた。・費用対効果の観点では、簡潔な説明を添えた小さなプレゼントが、時間と材料単位当たりの満足度が最も高くなった。・別の比較実験では、500デンマーククローネ(1万2,500円相当/2025年12月18日現在)のギフトカードまたは10mL生理食塩水注射器を入れた同一包装のプレゼントでは異なる結果が得られた。プラセボ(生理食塩水)のプレゼントの方が有意に高い評価を得た(6.90 vs.5.03、p=0.005)。 以上の結果から研究グループは、「クリスマスのプレゼントの満足度を最大化するには、プレゼントは大きく、重く、柔らかく、金色の包装紙とリボンで包まれ、長文の心のこもったカードと説得力のある背景ストーリーを添えるべきである」と結論付けている。

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乳がん検診の「高濃度乳房」通知、患者不安を助長する?/BMJ

 米国では食品医薬品局(FDA)がマンモグラフィ後の高濃度乳房の通知を全国的に義務付けており、オーストラリアなどでは乳がんスクリーニング時の高濃度乳房通知への移行が進められており、英国でも通知の導入が検討されているという。一方で、通知の影響は明らかになっておらず、スクリーニングレベルでの通知の有益性が、潜在的な有害性を上回るかどうかのエビデンスは不足しているとして、オーストラリア・シドニー大学のBrooke Nickel氏らは、通知された女性の心理社会的アウトカムおよび医療サービス利用の意向を多施設並行群間比較無作為化試験にて調べた。高濃度乳房を通知された女性は、不安や困惑が高まり、自身の乳房の健康状態に関する意思決定のための情報が十分ではないと感じており、かかりつけ医(GP)による指導を求めていることが明らかになったという。著者は、「高濃度乳房の通知を乳がんスクリーニングの一環とすることは、有害アウトカムとして、女性へのアドバイスにおけるGPのコンサルテーションの負荷を増やすことなどが考えられる」と述べている。BMJ誌2025年12月3日号掲載の報告。通知なし群vs.通知あり2群(文書またはオンラインビデオで健康啓発)を比較 試験は、オーストラリアのクイーンズランド州にある13の乳がんスクリーニングプログラム(BreastScreen)施設にて、スクリーニングを受け、マンモグラフィで高濃度乳房(自動濃度測定でBreast Imaging Reporting and Data System[BI-RADS]のC[不均一高濃度]~D[きわめて高濃度])に分類された40歳以上の女性を対象に行われた。 被験者は、標準ケア(高濃度乳房の通知なし、対照群)、高濃度乳房の通知+健康リテラシーに関する要配慮情報の文書を提供(介入1群)、高濃度乳房の通知+健康リテラシーに関する要配慮情報をオンラインビデオで提供(介入2群)のいずれかに、均等に無作為に割り付けられた。 主要アウトカムは、スクリーニング後8週時点の心理的アウトカム(3つの尺度[不安、困惑、情報提供]で評価)および医療サービス利用の意向(乳房濃度に関するGPのコンサルテーション、追加検診)であった。通知あり2群は不安・困惑が高まり、GPにアドバイスを求める意向が高い 2023年9月~2024年7月に、3,107人が無作為化され(対照群1,030人、介入1群1,003人、介入2群1,074人)、解析には2,401人(対照群802人、介入1群776人、介入2群823人)が含まれた(ベースラインの平均年齢57.4歳[SD 9.9])。 対照群と比較して、高濃度乳房の通知を受けた被験者女性は有意に不安が高まったこと(介入1群のオッズ比[OR]:1.30[95%信頼区間[CI]:1.08~1.57、p=0.005]、介入2群のOR:1.28[1.07~1.54、p=0.007])、困惑が高まったこと(同1.92[95%CI:1.58~2.33、p<0.001]、1.76[1.46~2.13、p<0.001])を報告した。また、スクリーニング結果についてGPに相談する意向(介入1群の相対リスク比:2.08[95%CI:1.59~2.73、p<0.001]、介入2群の相対リスク比:1.71[1.31~2.25、p<0.001])およびスクリーニングに関する補足的なアドバイスをGPに求める意向(同2.61[1.80~3.79、p<0.001]、2.29[1.58~3.33、p<0.001])が有意に高かった。 一方で、ほとんどの被験者女性は、追加検診を受ける意向がなかった(対照群91.3%、介入1群78.9%、介入2群81.4%)。 また、通知を受けた被験者女性は対照群と比較して、情報が十分ではないと感じていた(介入1群のOR:0.83[95%CI:0.68~1.01、p=0.059]、介入2群のOR:0.80[0.66~0.97、p=0.022])。

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対象者全員の検診受診で肺がんによる死亡は大幅に回避可能

 全ての肺がん検診対象者が検診を受ければ、5年間で回避可能な肺がんによる死亡は現状の1万4,970件から6万2,110件にまで大幅に増加する可能性のあることが、新たな大規模研究で示された。米国では、2024年に肺がん検診の対象となる成人のうち、実際に検診を受けたのは約5人中1人にとどまっていたことも明らかになった。米国がん協会(ACS)がんリスク因子・スクリーニング・サーベイランス・リサーチのサイエンティフィックディレクターであるPriti Bandi氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of the American Medical Association(JAMA)」に11月19日掲載された。 Bandi氏は、「肺がん検診の受診率がこれほどまでに低いままであるのは残念なことだ。より深刻なのは、この低い受診率が現実に命を救うチャンスの喪失につながっている点だ。対象者の全員が検診を受ければ、肺がんによる死亡を大幅に防げたはずだ」とニュースリリースの中で述べている。 米国では、肺がんはがんによる死亡の最大要因であり、2025年には肺がんにより12万5,000人が死亡すると予測されている。また、肺がんの新規診断数は年間約22万5,000件で、全てのがんの中で2番目に多い。米疾病対策センター(CDC)によると、肺がんの有無を調べるための低線量胸部CT検査の対象となるのは、喫煙歴が20パックイヤー(Pack-Year)以上で現在も喫煙しているか、過去15年以内に禁煙した50~80歳の人である。1パックイヤーとは1年間に1日1箱のタバコを吸った喫煙量に相当する。例えば、1日1箱を20年間吸った場合、あるいは1日2箱を10年間吸った場合は、どちらも20パックイヤーとなる。 今回の研究では、CDCが毎年実施している米国国民健康面接調査(National Health Interview Survey;NHIS)の2024年のデータが分析された。その結果、肺がん検診の対象と想定される約1276万人の米国人のうち、実際に検診を受けたのは18.7%にとどまっていた。もし、検診対象者の全員が検診を受けた場合、5年間で6万2,110件の肺がんによる死亡を回避でき、87万2,270年の延べ生存年数が得られると推定された。現状の受診率では、回避できている死亡は1万4,970件、得られている延べ生存年数は19万30年にとどまる。これは、受診率が100%に達した場合に得られる効果のわずか4分の1程度しか実現できていないことを意味する。 Bandi氏は、「われわれは、肺がんの検診受診率を上げる必要がある。50~80歳で喫煙の経験があれば、自分が肺がん検診の対象となるのかどうか、また、検診が自分に適切かどうかを医師に相談してほしい」と呼びかけている。さらに同氏は、「禁煙後の年数にかかわらず検診対象となるよう、対象枠を拡大することも必要だ。このことは人々の命を救う一助になるだろう」と述べている。 ACSがん行動ネットワーク(ACS CAN)代表のLisa Lacasse氏は、「今回報告された研究は、人々が確実に予防や早期発見を目的とした検診をすぐに無償で利用できる医療アクセスの保護とその拡大が急務であることを示している」とニュースリリースの中で述べている。 また、Lacasse氏は、「ACS CANは今後も議員らと協力し、全ての保険支払者による検診およびフォローアップ検査の患者負担撤廃を目指すとともに、命を救う検診へのアクセスを改善し、肺がん死亡を減らす取り組みを進めていく。われわれはこうした取り組みを通じて、がんのない未来に近付くことを目指している」と付け加えている。

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長期QOL予測の共有に家族の抑うつ予防とチーム連携改善効果【論文から学ぶ看護の新常識】第44回(最終回)

長期QOL予測の共有に家族の抑うつ予防とチーム連携改善効果集中治療室(ICU)での家族面談において、個別化された長期的な生活の質(QOL)予測を共有することは、1年後の家族の抑うつの増加を抑制し、医療者間の協働が改善する効果があることが示された。Lucy L Porter氏らの研究で、Intensive Care Medicine誌2025年3月号に掲載の報告を紹介する。集中治療室における長期QOL予測の共有:患者、家族、臨床医の経験と結果への影響―ランダム化比較試験研究チームは、個別化された長期的なQOL予測を共有することが、患者、家族、臨床医の経験と結果にどのような影響を与えるのかを評価することを目的に、ランダム化比較試験を実施した。オランダの2病院の成人ICU患者160例を通常ケア群(79例)または介入群(81例)に割り付けた。介入群では、ICUでの家族面談において、検証済み予測モデルに基づく「長期QOL予測」を共有した。主要評価項目は、共同意思決定(SDM)に関する患者および家族の経験(CollaboRATE、範囲:0~100)とし、家族面談から3日以内に評価した。副次評価項目には、ICU医療従事者の経験(Collaboration and Satisfaction about Care Decisions:CSACD、集中治療室での意思決定に関する倫理的風土の調査票[Ethical Decision-Making Climate Questionnaire:EDMCQ])、患者および家族の不安・抑うつ症状、ICU退室3ヵ月後・1年後の患者のQOLが含まれた。主な結果は以下の通り。患者および家族の経験において、両群間に有意差は認められなかった。CollaboRATEスコア中央値:介入群89(四分位範囲[IQR]:85〜100)vs.通常ケア群93(IQR:85〜100)、p=0.6。患者のアウトカムに差はなかったが、ICU退室1年後の時点において、通常ケア群の家族は抑うつ症状のより大きな増加を報告した(平均値:通常ケア群2.3 vs.介入群0.2、p=0.04)。ICU医療従事者の経験に関しては、介入後にCSACDスコアの改善が認められた(中央値:介入群40 vs.通常ケア群37、p=0.01)一方で、EDMCQには有意な変化は見られなかった。家族面談に個別化された長期QOL予測を取り入れることは、患者および家族の経験に対して測定可能な効果を示さなかった。しかしながら、家族の抑うつ症状およびICU医療従事者が実感する協働に対しては、肯定的な効果が認められた。ICUでの長期QOL予測を家族面談で共有する介入の有効性を評価した本研究は、集中治療後の患者の長期予後や後遺症(PICS)に対する家族の「備え」を支援するという点で、臨床現場の看護師にとって極めて重要な示唆を与えてくれます。ICUの生存率向上に伴い、短期的な救命だけでなく退院後のQOL確保が重要となる中、予測モデルに基づいた個別化された長期QOL予測を、会話ガイドやリーフレットと共に提供する本介入は、家族の長期的な精神衛生に明確な効果をもたらしました。具体的には、ICU退院後1年時点で通常ケア群では家族の抑うつ症状が増加したのに対し、介入群ではその増加が大幅に抑制されるという、統計的に有意な効果が示されました。これは医療者の楽観的になりがちな予測や、家族の長期的影響を過小評価しやすい背景に対し、客観的な予測情報が「現実的な期待」を醸成し、家族が予後に向けて精神的な準備ができた結果と解釈されます。また、本介入はICU医療従事者の職種間の協働とケア決定への満足度(CSACDスコア)も有意に向上させました。これは、客観的な長期予後情報を共有することで、多職種間でのケアや予後に関する目標設定が標準化され、チーム連携の強化につながったためと推察されます。一方、患者・家族の共同意思決定への満足度(CollaboRATEスコア)には有意差が見られなかった点は、両群とも高い満足度を示していたことによる「天井効果」の可能性が高いと考えられます。私たち看護師は日常の家族対応において、予後を尋ねられた際に「人によって異なります」と回答する場面も多いのではないでしょうか。もちろんその通りではありますが、家族の不安を高める可能性も否定できません。また、個々のスタッフが単独で正確な予後を説明することは、責任の重さからも困難です。今回の介入のようにリーフレット等を活用し、さらには学会などが予後に関するデータを積極的に公表して現場で活用できるようになれば、家族の抑うつ症状の予防、職種間協働の促進だけでなく、説明を行う医療者自身の心理的負担軽減にもつながる可能性があります。そうした環境が整うことで、私たちは患者さんとご家族の未来をより力強く支えていけるのではないでしょうか。本連載は今回で最終回となります。最新の知見を臨床現場にどう落とし込むか、そのヒントを皆様と共有できたことは大きな喜びでした。これまでの記事が、より良い看護の実践につながることを願っております。論文はこちらPorter LL, et al. Intensive Care Med. 2025;51(3):478-489.

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ベンゾジアゼピン系薬中止に対する障壁とその要因とは

 高齢者におけるベンゾジアゼピン受容体作動薬(BZD)の中止では、さまざまな阻害要因が存在する。これら阻害因子を特定し、優先順位付けすることは、BZDを中止するための効率的な介入方法を作成するうえで不可欠である。ベルギー・Universite Catholique de LouvainのVladyslav Shapoval氏らは、高齢者におけるBZD中止の阻害因子およびBZDの減量または中止に対する意欲に関連する因子を特定するため、横断調査を実施した。Age and Ageing誌2025年11月28日号の報告。 対象は、欧州6ヵ国の医療機関から募集した睡眠障害の治療のためBZDを使用している65歳以上の高齢者。BZD中止の阻害因子は、行動の個人的および状況的決定要因を体系的に特定する理論的領域フレームワーク(TDF)に基づく27項目の質問票を用いて特定した。分析には、記述統計分析を用いた。患者のBZDの減量または中止への意欲に関連する因子の特定には、多変量ロジスティック回帰分析を用いた。 主な結果は以下のとおり。・本研究の参加者183例のうち、医師の勧めがあればBZDを減量する意欲があると回答した患者は59.1%、中止する意欲があると回答した患者は42.7%であった。・参加者の半数は、中止が必要な理由を理解していた。・多くの参加者において、TDFの複数の領域において阻害因子が特定された。・阻害要因としては、BZDに対する「高い満足度」「副作用リスクが低い」と認識されていること、「対処スキルや中止能力が限られている」こと、「中止への不安」「医師やソーシャルネットワークからのサポート不足」などが挙げられた。・TDFの目標、感情、社会的影響といった領域のスコアが高いほど、BZDを減量する意欲が高いことが示された。・これらの領域に加え、強化、環境的背景、リソースも、中止する意欲が高いことと関連していた。 著者らは「本知見は、高齢者のBZD中止における期間と課題の両方を浮き彫りにしている。約半数の患者は、BZDを中止する意欲があるものの、効果的にBZD中止を行うためには、多くの行動領域にまたがる障壁に対処できる介入が求められる」とまとめている。

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心原性ショックへのlevosimendan、ECMO離脱を促進せず/JAMA

 静脈-動脈体外式膜型人工肺(VA-ECMO)による管理を受けている重篤だが可逆性の心原性ショック患者の治療において、強心血管拡張薬levosimendanの早期投与はプラセボと比較して、ECMO離脱までの時間を短縮せず、集中治療室(ICU)入室期間や60日死亡率に差はないが、心室性不整脈の頻度が高いことが、フランス・ソルボンヌ大学のAlain Combes氏らLEVOECMO Trial Group and the International ECMO Network(ECMONet)が実施した「LEVOECMO試験」で示された。研究の成果は、JAMA誌オンライン版2025年12月1日号で報告された。フランスの無作為化プラセボ対照比較試験 LEVOECMO試験は、フランスの11ヵ所のICUで実施した研究者主導型の二重盲検無作為化プラセボ対照比較試験であり、2021年8月~2024年9月に参加者を募集した(フランス保健省などの助成を受けた)。 年齢18歳以上、急性心原性ショックを発症し、従来治療が不応で、VA-ECMO開始から48時間以内の患者を対象とした。 被験者を、levosimendan 0.15μg/kg/分(2時間後に0.20μg/kg/分に増量)またはプラセボの24時間持続注入を受ける群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、無作為化から30日以内におけるECMO離脱成功までの時間とした。ECMO離脱成功率:68.3%vs.68.3% 205例(年齢中央値58歳[四分位範囲[IQR]:50~67]、女性56例[27.3%])を登録し、101例をlevosimendan群、104例をプラセボ群に割り付けた。心原性ショックの主な病因は、開心術後(79例[38.5%])、急性心筋梗塞(56例[27.3%])、心筋炎(28例[13.7%])であった。無作為化の時点でのSOFAスコア中央値は12点(IQR:9~15)だった。投与量は、levosimendan群の93%、プラセボ群の96%で0.20±0.01μg/kg/分に増量した。 30日以内のECMO離脱成功は、levosimendan群の101例中69例(68.3%)、プラセボ群の104例中71例(68.3%)で達成し(リスク群間差:0.0%[95%信頼区間[CI]:-12.8~12.7]、部分分布ハザード比:1.02[95%CI:0.74~1.39])、両群間に有意な差を認めなかった(p=0.92)。 ECMO離脱成功の競合イベントであるECMO離脱失敗(離脱後30日以内における2回目のECMOの必要性、他の機械的循環補助デバイスの使用、心臓移植または死亡:15例[14.9%]vs.21例[20.2%]、p=0.32)およびECMO離脱前の死亡(15例[14.9%]vs.12例[11.5%]、p=0.47)にも、両群間に有意差はみられなかった。 また、ECMO使用期間中央値(levosimendan群5日[IQR:4~7]vs.プラセボ群6日[4~11]、p=0.53)、平均ICU入室期間(18日[SD 15]vs.19日[SD 15]、p=0.42)、60日死亡率(27.7%vs.25.0%、リスク群間差:2.7%、95%CI:-9.0~15.3、p=0.78)についても、両群間に有意な差はなかった。一方、60日以内の平均入院期間(28日[SD 18]vs.35日[SD 19]、リスク群間差:-7日、95%CI:-12~-2)は、プラセボ群で長かった。全般的な有害事象の頻度は同程度 薬剤関連の有害事象の発生率は両群で同程度であったが、心室性不整脈の頻度がlevosimendan群で高かった(18例[17.8%]vs.9例[8.7%]、絶対リスク群間差:9.2%、95%CI:0.4~18.1)。電気的除細動を要する心室性不整脈は、それぞれ4例(4.0%)および1例(1.0%)であった。 事前に規定されたサブグループ(開心術後、急性心筋梗塞、心筋炎、その他)のいずれにおいても、治療効果について両群間に差を認めなかった。 著者は、「これらの知見は、この患者集団におけるアウトカムの改善を目的とするlevosimendanの日常診療での使用を支持しない」「バイアスを最小化し、95%以上の患者で重大な血行動態の不安定化を伴わずに最大投与量に達したにもかかわらず、levosimendanは主要・副次エンドポイントに関して、またすべてのサブグループにおいて有益性の徴候を示さなかった」「ICU入室期間に差がないにもかかわらずプラセボ群で入院期間が長かったのは、levosimendan群で有意差はないものの死亡率(とくに試験開始後2週間以内)が高かったこと、プラセボ群で移植患者が多かったことなどによる可能性が考えられる」としている。

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米国でアルファガル症候群による初の死亡例を確認

 米国で、ダニが媒介するまれな肉アレルギーであるアルファガル(α-gal)症候群による死亡例が初めて確認されたことを、米バージニア大学医学部のアレルギー専門医であるThomas Platts-Mills氏らが報告した。この症例報告は、「The Journal of Allergy and Clinical Immunology: In Practice」に11月12日掲載された。 Platts-Mills氏らによると、アルファガル症候群で死亡したのは、米ニュージャージー州在住の健康な47歳の男性である。この男性は、2024年夏、キャンプ先で夕飯に牛肉を食べた4時間後の深夜2時に、腹部に不快感を感じて目を覚ました。不快感はもがき苦しむほどの強さになり、下痢と嘔吐も生じたが、2時間後に容態は改善し、再び眠りについたという。翌朝、男性の体調は良く、5マイル(8km)歩いた後に朝食を食べた。夫婦でこの出来事について話し合い、医師に診てもらうことも考えたが、結局、受診しなかった。ただ、男性は息子の1人に「死ぬかと思った」と話したという。 2週間後、男性は午後3時にハンバーガーを食べた。妻が外出した午後7時の時点で、男性に消化器症状はなかった。しかし、7時30分頃までに男性の子どもが母親に電話をかけ、父親の様子が再びおかしいことを告げた。その後、息子は男性がバスルームの床の上に意識不明で倒れているのを見つけた。周囲には吐瀉物が見られた。息子は7時37分に救急車を呼び、蘇生措置を開始した。男性は病院に搬送され、2時間にわたる蘇生措置が施されたが、午後10時22分に死亡が確認された。 剖検では、心臓、呼吸器、神経系、腹部に異常は認められず、心臓、右肺、肝臓の顕微鏡検査、心臓病理学検査でも異常はなかった。毒物検査の結果は、血中エタノール濃度は0.049%、ジフェンヒドラミン濃度は440ng/mLだった。剖検の結論は、「原因不明の突然死」とされた。しかし、妻は原因究明を求め、この男性を診察していた医師は、バージニア大学の研究者に連絡を取った。Platts-Mills氏らが行った血液検査から、アルファガル症候群が確認された。 アルファガル症候群は、マダニに噛まれた際に、ダニの唾液に含まれるアルファガルが体内に取り込まれ、それに対するIgE抗体が産生されることを原因として発症する。このようにして感作が成立した人が、牛、豚、羊、その他の哺乳類の肉を摂取すると、この抗体が肉に含まれるアルファガルと反応してアレルギー反応を引き起こすのだ。主な症状は、蕁麻疹、吐き気、胃の痛みだが、専門家は以前より重症化してアナフィラキシーにより死に至る可能性もあると懸念していた。 今回死亡した男性の場合、直近でダニに噛まれた経験はなかったものの、2024年の夏に、足首に12~13カ所、かゆみを伴うダニの刺し口が見られた。Platts-Mills氏は、これらは主にローンスターダニの幼虫によるものと指摘している。また研究グループは、男性のアレルギー反応を悪化させた可能性のある要因として、ハンバーガーとともにビールを飲んでいたことや運動、花粉などを挙げている。 Platts-Mills氏はこの症例を踏まえた注意喚起として、「一般の人にとって重要な情報は、第一に、牛、豚、羊の肉を食べてから3~5時間後に激しい腹痛が起こった場合は、アナフィラキシーショックの可能性があるため、検査が必要だということ。第二に、1週間以上かゆみが続くダニの刺し口がある場合も、哺乳類由来の肉に対する過敏症を誘発したり、悪化させたりする可能性があることだ。一方、軽度から中程度の蕁麻疹であれば、ほとんどの場合、食事管理で症状をコントロールすることができる」とニュースリリースで述べている。

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IgA腎症へのsibeprenlimabの治療は完全寛解が期待できるか?(解説:浦信行氏)

 IgA腎症ではガラクトース欠損IgA1が産生され、これに対する自己抗体との複合体ができる。これが糸球体のメサンギウムに沈着し、炎症や補体の活性化、増殖反応の逸脱を引き起こし、腎障害を増悪させる。増殖誘導リガンド(a proliferation-inducing ligand:APRIL)はTNF-αのスーパーファミリーであり、これがIgA産生を含むB細胞由来の免疫反応を引き起こす。sibeprenlimabはAPRILの中和抗体であり、その活性を抑制する。sibeprenlimabを使用したIgA腎症の治療効果はすでに第II相のENVISION試験として報告されており、sibeprenlimab 8mg/kg 4週ごと静脈内投与12ヵ月で24時間尿蛋白/クレアチニン比は有効率62%と、プラセボ群の20%に比して有意に減少した。また、尿蛋白の臨床的寛解である300mg未満の割合も26.3%と良好な結果であった。しかし、ベースラインから12ヵ月後のeGFRの変化は良好な結果であったが、プラセボ群との有意差はなかった。 このたびのVISIONARY試験は第III相多施設共同二重盲検無作為化試験であり、対象が510例とIgA腎症の臨床試験としては最大級の規模である。その結果はNEJM誌のオンライン版2025年11月8日号に掲載され、12月11日配信のジャーナル四天王に詳しく解説されている。このたびも1次エンドポイントは24時間尿蛋白/クレアチニン比であり、2年間の試験だが9ヵ月時点での中間報告で320例の解析である。結果は、ENVISION試験と同様にプラセボ群に比較して52%の有意な低下を認めた。また、層別解析では性差や、アジア人が59%を占める参加者間の人種差は認めず、年代の差もなかった。さらに臨床像に関しても、尿蛋白の多寡、eGFRの程度、SGLT2阻害薬の使用の有無などでも効果に差異はなかった。2次エンドポイントはやはりベースラインから24ヵ月後のeGFRの変化であり、2026年初頭まで待たなければならないが、このハードエンドポイントの結果に完全寛解の期待が高まる。

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循環器内科医の恋は不整脈の香り!? ~フレンチ・パラドックスを添えて【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第91回

ふと昭和のクリスマスを思い返すと、街がきらめき、若いカップルがレストランの予約に汗をかき、景気と同じくらい恋の熱量も高かったものです。あの頃の素朴なワクワク感に触発され、今回は循環器内科専攻医を主人公に、少し医学的に偏ったクリスマス・ラブストーリーを書いてみました。どうか寛容なエビデンスレベルで読んでいただければ幸せです。プロローグ:バイタルは安定、心拍は乱れ気味12月24日19時。僕は戦場にいた。ただし病棟ではない。心電図モニターも鳴らず、急変コールも飛んでこない。代わりに目の前にあるのは、純白のテーブルクロスとキャンドル。バッハが流れている。今日この日のために3ヵ月前から予約(トリアージ)しておいた、都内の高級フレンチレストランだ。28歳、循環器内科専攻医。過労気味の脳をコーヒーで強制覚醒させ、「結婚」という名の永続的パートナーシップ契約を成立させるべく、今夜のディナーに挑んでいる。第一楽章:フレンチ・パラドックスは恋の味ソムリエが威厳をまとったワインリストを差し出してきた。コンビニのワイン(アルパカの絵が描いてあるやつ)で十分幸せを感じる舌だが、今日はそうはいかない。僕は自信満々に赤ワインを指定した。「なんで赤なの? クリスマスだから?」と彼女が首を傾げる。きた。今夜の最初の見せ場だ。「医学的適応だよ。“フレンチ・パラドックス”って知ってる?」昨夜、半分寝落ちしながら予習した知識が蘇る。「フランス人は動物性脂肪をよく食べるのに、冠動脈疾患が少ない。理由の一つが赤ワインのポリフェノール。抗酸化作用で血管を守ってくれる1)。だから僕にとって今夜の赤ワインは嗜好品じゃなくてメディケーションなんだ」「……ただ飲みたいだけじゃないの?」鋭すぎるツッコミに、僕は乾いた笑いでごまかした。第二楽章:エチケットと不潔野、その境界ワインが注がれ、僕は第二のウンチク投与を開始する。「ねえ、このラベル“エチケット”っていうのは知ってる?」「聞いたことはあるけど」と彼女。僕は、臨床に出ると止まらなくなる説明癖のスイッチを入れてしまった。「語源はフランス語で“張り紙”とか“札”。で、昔のヴェルサイユ宮殿では貴族たちが庭の茂みで平気で排泄してたらしいんだ。怒った庭師が“ここでするな”って札を立てた。それが“エチケット”の始まり。つまり、エチケットとはマナーではなく“清潔野の防御”、言い換えれば感染制御の先駆けなんだよ! カテ室で言えば、術野を確保するためにドレープをかけるのと同じ。庭師は、庭園という『清潔野』が、排泄物によってコンタミネーションされ『不潔野』になるのを防ごうとしたの」言い切った瞬間、僕は彼女の表情を見た。フォークが止まっている。皿の上の鴨肉の茶色いソースを見つめている。そして僕を見て、静かに言った。「……今、食事中だよね?」完全にTPO死守ラインを越えていた。レストランの空気が一瞬だけ無菌室のように静まり返るのを感じた。僕の顔面温は38℃を軽く越え、心拍数は洞調律の上限へ到達した。第三楽章:失敗だらけのプロポーズその後、デザートにたどりつく頃には、彼女も「もう慣れたよ」と笑ってくれた。僕は深呼吸し、医師としての体面を捨て、ただの不器用な男として言った。「僕の生活は、病院という戦場と、睡眠という気絶の往復で、いつも散らかってる。“不潔野”みたいにね。でも、君といる時だけは心が浄化される。君が僕の“清潔野”なんだ」自分で言って少し恥ずかしくなったが、彼女は肩を揺らして笑った。「清潔野なんて言われたの初めて。でも……嬉しい」そして、小さく「いいよ」と頷いた。赤ワインより濃い幸福感が胸に流入してきた。最終楽章:洞結節より愛を込めてそして今日。僕たちの結婚式、披露宴の高砂の席。彼女からは念押しされている。「今日は医学用語は禁止。親戚のおじちゃんがわかる言葉だけね?」その注意が、生命維持装置並みに重要だと後で気づくことになる。司会者が告げる。「それでは新郎より謝辞を」僕はマイクの前に立ち、落ち着いた一言で始めた。「本日はお忙しい中……」順調。しかし、中盤で彼女への想いを語ろうとした瞬間、医師のDNAが暴走した。「彼女は、僕にとってかけがえのない存在です。心臓という臓器には刺激伝導系があり、その司令塔が洞結節――」会場がざわつき始める。「おい、学会か?」という友人の声も聞こえる。だが僕は止まらない。「つまり彼女は、僕にとってのペースメーカ! 彼女の笑顔はナトリウムイオンのようにチャネルを通じて細胞へ流入し、脱分極を――」苦笑いする友人たちの中、なぜか「うんうん」と頷いている循環器内科の教授の姿があった。その時、背中に“強い牽引力”を感じた。隣の彼女が満面の笑みで、しかし目だけでこう訴えている。(長い。そしてキモい。すぐやめろ)その視線は、まるでAEDの電気ショックのように僕の覚醒レベルを回復させた。僕は慌てて軌道修正した。「……つまり、難しいことを全部まとめると、君がいないと僕の心臓は動かないということです」会場に温かい拍手が広がる。教授だけが「名演説だ!」と感涙している。彼女は小声でささやいた。「まあいいや。私があなたのペースメーカってことなら、一生私の指示に従ってもらうからね?」僕は深く頷いた。最強の洞結節と共に歩む、長い人生の第一拍目が鳴った瞬間だった。1)Renaud, S. et al. Wine, alcohol, platelets, and the French paradox for coronary heart disease. Lancet. 1992;339:1523-1526.

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認知症リスク低下と関連しているワクチン接種は?

 高齢者で多くみられる認知症は、公衆衛生上の優先事項である。しかし、認知症に対するワクチン接種の有用性については、十分に解明されていない。イタリア・National Research CouncilのStefania Maggi氏らは、一般的な成人向けのワクチン接種が認知症リスク低減と関連しているかを評価するため、システマティックレビューおよびメタ解析を実施した。Age and Ageing誌2025年10月30日号の報告。 2025年1月1日までに公表された研究をPubMed、Embase、Web of Scienceよりシステマティックに検索した。対象研究は、50歳以上の成人において、ワクチン接種を受けた人と受けていない人の間で認知症および軽度認知障害(MCI)の発症率を比較した観察研究とした。4人の独立したレビュアーがデータを抽出し、ニューカッスル・オタワ尺度を用いて研究の質を評価した。リスク比(RR)と95%信頼区間(CI)の算出には、ランダム効果モデルを用いた。主要アウトカムは、認知症(そのサブタイプを含む)の発症率とした。 主な結果は以下のとおり。・分析対象研究は21件(参加者:1億403万1,186例)。・帯状疱疹ワクチン接種は、すべての認知症(RR:0.76、95%CI:0.69~0.83)およびアルツハイマー病(RR:0.53、95%CI:0.44~0.64)のリスク低下と関連していた。・インフルエンザワクチン接種は、認知症リスクの低下と関連しており(RR:0.87、95%CI:0.77~0.99)、肺炎球菌ワクチン接種もアルツハイマー病リスクの低下と関連していた(RR:0.64、95%CI:0.47~0.87)。・破傷風、ジフテリア、百日咳の三種混合ワクチン接種も、認知症発症リスクの有意な低下と関連していた(RR:0.67、95%CI:0.54~0.83)。 著者らは「成人に対するワクチン接種、とくに帯状疱疹、インフルエンザ、肺炎球菌、三種混合のワクチン接種は、認知症リスクの低下と関連している。認知症予防のための公衆衛生施策に、ワクチン接種戦略を組み込むべきである」と結論付けている。

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Stage I~III膵管腺がんの術前療法、PAXG vs.mFOLFIRINOX(CASSANDRA)/Lancet

 切除可能または切除可能境界膵管腺がん(PDAC)において、PAXG療法(シスプラチン+nab-パクリタキセル+カペシタビン+ゲムシタビン)はmFOLFIRINOX療法(フルオロウラシル+ロイコボリン+イリノテカン+オキサリプラチン)と比較して無イベント生存期間(EFS)を有意に改善したことが、イタリア・IRCCS San Raffaele Scientific InstituteのMichele Reni氏らが行った第III相の無作為化非盲検2×2要因試験「PACT-21 CASSANDRA試験」の結果で示された。周術期化学療法は、切除可能または切除可能境界PDAC患者における標準治療の1つである。結果を踏まえて著者は、「PAXGは、術前療法の標準治療となりうることが示された。今後の試験では、術前PAXGを比較対照群として検討すべきであろう」とまとめている。Lancet誌オンライン版2025年11月20日号掲載の報告。切除可能または切除可能境界PDACを対象 PACT-21 CASSANDRA試験は、切除可能または切除可能境界PDAC患者においてPAXGのmFOLFIRINOXに対する優越性の評価を目的に、イタリアの大学病院17施設で行われた。適格患者は、18~75歳の病理学的に切除可能または切除可能境界PDACと診断された患者。 無作為化は、Rコードリストとコンピュータアルゴリズムを用いた中央ウェブベースシステムにより行われた。割合は1対1で、施設およびCA19-9血清レベルでブロック層別化を行った。 被験者は、最初にPAXG(カペシタビン総量1日1,250mg/m2[625mg/m2を1日2回]投与、および14日ごとにシスプラチン30mg/m2、nab-パクリタキセル150mg/m2、ゲムシタビン800mg/m2を静脈内投与)またはmFOLFIRINOX(14日ごとにフルオロウラシル2,400mg/m2、ロイコボリン400mg/m2、イリノテカン150mg/m2、オキサリプラチン85mg/m2を静脈内投与)のいずれかに無作為化され4ヵ月間治療を受け、その後、2ヵ月間の追加化学療法について、術前または術後のいずれかに2回目の無作為化が行われた。 主要評価項目は、ITT集団におけるEFS。安全性は、割り付けられた治療法を少なくとも1サイクル受けた患者を対象に評価した。EFS中央値、PAXG群16.0ヵ月、mFOLFIRINOX群10.2ヵ月 本論では、最初の無作為化の結果が報告されている。 2020年11月3日~2024年4月24日に、適格患者260例が無作為化された。PAXG群(132例)は年齢中央値65歳(四分位範囲:60~70)、女性が68例(52%)、男性が64例(48%)。mFOLFIRINOX群(128例)はそれぞれ63歳(57~69)、62例(48%)と66例(52%)であった。260例全例が、割り付けられた治療法を少なくとも1サイクル受けた。 PAXG群はmFOLFIRINOX群と比較して、EFS中央値を統計学的有意に延長した(16.0ヵ月[95%信頼区間[CI]:12.4~19.8]vs.10.2ヵ月[8.6~13.5]、ハザード比:0.63[95%CI:0.47~0.84]、p=0.0018)。 少なくとも1件のGrade3以上の有害事象が報告されたのは、PAXG群87/132例(66%)、mFOLFIRINOX群78/128例(61%)であった。mFOLFIRINOX群では敗血症による治療関連死が1件報告された。

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シャーガス心筋症の心不全、サクビトリル・バルサルタンvs.エナラプリル/JAMA

 シャーガス心筋症により左室駆出率が低下した心不全(HF)患者において、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)サクビトリル・バルサルタンは、エナラプリルとの比較において臨床的アウトカムに関する有意差は認められなかったが、サクビトリル・バルサルタン投与患者では、12週時点でNT-proBNPの顕著な低下が認められた。米国・Duke Clinical Research InstituteのRenato D. Lopes氏らPrevention and Reduction of Adverse Outcomes in Chagasic Heart Failure Trial Evaluation(PARACHUTE-HF)Investigatorsが非盲検多施設共同無作為化試験の結果を報告した。HFに対してガイドラインで推奨される治療の有効性と安全性は、シャーガス心筋症患者におけるHFについては明らかになっていなかった。JAMA誌オンライン版2025年12月3日号掲載の報告。win ratioアプローチで階層的複合アウトカムを評価 研究グループは、2019年12月10日~2023年9月13日に、アルゼンチン、ブラジル、コロンビア、メキシコの83施設で、シャーガス心筋症と診断され左室駆出率が低下したHF患者を対象に、サクビトリル・バルサルタンの有効性と安全性を評価した。 適格患者は、シャーガス心筋症と診断、左室駆出率が40%未満に低下、NT-proBNP値600pg/mL超(またはBNP値150pg/mL以上)、直近12ヵ月間にHFにより入院していた場合はNT-proBNP値400pg/mL超(またはBNP値100pg/mL以上)とした。 被験者は、標準治療に加えてサクビトリル・バルサルタン(目標投与量200mg 1日2回)またはエナラプリル(目標投与量10mg 1日2回)の投与を受ける群に無作為に割り付けられた。 主要エンドポイントは、心血管死、HFによる入院、またはベースラインから12週時点のNT-proBNP値の相対的変化量の階層的複合アウトカムであった。 主要解析は、win ratio(勝利比)アプローチを用いて行われた(統計学的解析は2025年5~7月に実施)。サクビトリル・バルサルタン群の層別化勝利比は1.52 全体で922例が、サクビトリル・バルサルタン群(462例)またはエナラプリル群(460例)に無作為化された(平均年齢64.2歳[SD 10.8]、女性387例[42.0%])。 追跡期間中央値25.2ヵ月(四分位範囲[IQR]:18.4~33.2)において、心血管死はサクビトリル・バルサルタン群110例(23.8%[階層的比較の勝率18.3%])、エナラプリル群117例(25.4%[勝率17.5%])であった。 初回のHFによる入院は、サクビトリル・バルサルタン群102例(22.1%[勝率7.7%])、エナラプリル群111例(24.1%[勝率6.9%])であった。 ベースラインから12週時点でNT-proBNP値中央値は、サクビトリル・バルサルタン群で-30.6%(IQR:-54.3~-0.9)低下(勝率22.5%)、エナラプリル群では-5.5%(-31.9~37.5)低下(勝率7.2%)した。 結果的に、エナラプリル群と比較したサクビトリル・バルサルタン群の層別化勝利比は1.52(95%信頼区間:1.28~1.82、p<0.001)であった。

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副作用対策、用量調節で悩ましいこと 【高齢者がん治療 虎の巻】第5回

<今回のPoint>「プロの勘」ではなく、高齢者機能評価(Geriatric Assessment:GA)で根拠を可視化しチームで共有することが信頼される医療の土台に治療方針決定にGAを活用すれば、単なる点数評価で終わらず、個別化した薬剤調整が可能にGAは多職種との連携に使ってこそ意味がある<症例>(第1回、第2回、第4回と同じ患者)88歳、女性。進行肺がんと診断され、本人は『できることがあるなら治療したい』と希望。既往に高血圧、糖尿病、軽度の認知機能低下があり、PSは1〜2。診察には娘が同席し、『年齢的にも無理はさせたくない。でも本人が治療を望んでいるなら…』と戸惑いを見せる。遺伝子変異検査ではドライバー変異なし、PD-L1発現25%。G8:10.5点(失点項目:年齢、併用薬数、外出の制限など)/HDS-R 20点(認知症の可能性あり)多職種カンファレンスで免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の単剤投与を提案。薬剤師には併用薬の整理を、MSWには家庭環境の支援を依頼し、チームで治療準備を整えた。副作用なく3サイクル投与できたが病勢は進行。ベストサポーティブケア(BSC)への移行を提案したが、本人は次治療を希望。TTF-1陰性でありカルボプラチン(CBDCA)+ナブパクリタキセル(nab-PTX)療法が検討された1)が、標準量か減量すべきかが議論された 。その道のプロにGAは不要!?GA普及の初期、しばしば耳にしたのが、 「患者が診察室に入ってくる足音で脆弱性の有無がわかる」「結局、全例抗がん剤減量するからGAは不要」 といった声です。つまり“プロの勘があるのでGAは必要ない”という意見です。おそらく、臨床経験豊富な先生は頭の中で独自のGAを実施されているものと思います。ですが、そのプロの勘を見える化し、チームで共有することができているでしょうか。GAの本質は、「コンセンサスのあるツールで構造化された評価を行い、結果を共有して意思決定の質を高め、必要な介入へとつなげる」点にあります。多職種とつなげて点から線へ流れを作り、評価するだけのGAではなく、使いこなしてこそ価値が出るものと考えます。それこそが「プロの勘」をチーム医療の武器に変える力と言えるでしょう。GAのSDMへの貢献:再治療をどうするか冒頭の症例は、ICIによる副作用を認めなかったことで、本人・家族とも「次もいけるかも」という安心感がありました。ここで、改めて高齢者機能評価を実施してみましょう。生活機能基本的日常生活動作(BADL)…自立手段的日常生活動作(IADL)…買い物、食事の支度、交通手段に関して介助が必要G89点(失点項目:年齢、併用薬数、外出の制限、体重減少など)CARGスコア2)(失点項目:移動の制限、転倒歴など)*CARGの詳細は本文後半のコラム参照<図1より算出したCARGスコア>多剤併用標準量13点、高リスク多剤併用減量11点、高リスク単剤標準量11点、高リスク単剤減量9点、中リスク(図1)CARGスコア[参考]画像を拡大するG8は初回治療前と比較し、若干の体重減少のため点数が下がっていました。また、転倒歴が判明し、栄養指導や自宅環境の整備を再度実施することにしました。カンファレンスではこの結果をもとに「単剤減量+支持療法強化」が提案されると判断しました。本人と家族には、「細胞傷害性抗がん薬の投与は高リスクであること」「前回のように必ずうまくいくとは限らないこと」を丁寧に説明した結果、十分な支持療法を実施しながらnab-PTX単剤を減量して開始する方針になりました。GAによる「見える根拠」を示した説明で、本人・家族の納得度を高め、信頼関係の構築にもつながった症例です。(図2)高齢者機能評価は誰のため?GAにより治療選択とその対策を見える化する画像を拡大する適切な投与量調節とはGAで脆弱性を認める→減量すべき、は一見自然な流れですが「どのくらい減らすか」には明確な指針がありません。米国・ロチェスター大学教授Supriya G. Mohile氏のラボでは、GAで脆弱性がある場合、細胞傷害性抗がん薬は一律80%の減量を行っていました。非常に明快な指針ですが、日本では減量にもエビデンスが必要と考える文化が根強く、考え方をそのまま導入するのは困難だと思います。そこで、以下の視点から減量を検討することを提案いたします。一律の減量ではなく、エビデンスに基づいた減量レジメンの選択臨床試験で用いられた減量基準に従った投与量調整GAを活用し、医師自身が理論的に納得したうえで減量を提案たとえ結果的に減量という同じ結論に至っても、そのプロセスが納得に裏付けられたものであるかどうかがSDMの質を左右すると考えます。このように、高齢者に抗がん剤治療を行う場合は最終的に減量を推奨することも多いと思いますが、GAを用いて理論的に担当医自身も納得したうえで患者や家族に提案すること、点数だけで治療を決めず、介入や十分な支持療法を検討することも重要だと思います。Chemo-Toxicity Calculator、CARG scoreとは何か?2,3)CARGスコアは、米国のArti Hurria氏らが高齢がん患者における化学療法の毒性リスクを予測するために開発したツールで、Cancer and Aging Research Group(CARG)によって報告されました。65歳以上の多がん種患者を対象に、化学療法前に包括的高齢者機能評価(CGA)を実施し、治療中に生じたCTCAE Grade3以上の有害事象との関連からリスク因子を抽出しています。評価項目には、年齢・性別・身長/体重・がん種・レジメンの強度・Hb・Cr値に加え、難聴、転倒歴、100m歩行の制限、人付き合いの制限など、身体的・社会的な要素が含まれています。G8だけでは算出できない項目が多く、CARGスコアの計算はより包括的な高齢者評価を行う良い契機になります。リスクスコアは低(0~5点)、中(6~9点)、高リスク(10点以上)に分類され、視覚的に有害事象リスクを把握しやすいのが利点です。ただし、細胞傷害性抗がん薬を対象としたツールであり、ICIや分子標的薬には適用できず、日本では前向き研究による妥当性検証がされていない点には注意が必要です。1)Kogure Y, et al. Lancet Healthy Longev. 2021;2:e791-e800.2)Hurria A, et al. J Clin Oncol. 2011;29:3457-3465. 3)Cancer and Aging Research Group:Chemo-Toxicity Calculator講師紹介

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第41回 「採血だけでがんが見つかる」は本当か? 「リキッドバイオプシー」の現在地

痛い検査なしで、採血一本でがんを早期発見したい。 これは多くの人にとっての願いであり、医療界が追い続けてきた夢でもあります。近年、日本でも自由診療のクリニックなどで「血液でわかるがん検査」を目にする機会が増えました。しかし、最新の科学はどこまでその「夢」に近づいているのでしょうか。医学雑誌Nature Medicine誌に掲載された最新の論文1)を基に、この技術の「期待」と「現実」を解説していきます。そもそも「リキッドバイオプシー」とは何か?まずは言葉の意味を確認しておきましょう。私たちが健康診断で行う血液検査とは異なり、がん細胞から血液中に漏れ出した微量なDNAなどを検出する技術を「リキッドバイオプシー」と呼びます。がん細胞は通常の細胞と同じように死滅し、その際に自分自身のDNAの断片を血液中に放出します。この「がんの破片」を高度な遺伝子解析技術で見つけ出し、がんの有無や性質、薬が効くかどうかを調べようというのが、このリキッドバイオプシーです。従来のがんの診断法である組織生検(体に針を刺したり手術で組織を切り取ったりする検査でこれが従来からバイオプシーと呼ばれるもの)に比べて、体への負担が圧倒的に少ないのが最大の特徴です。「がん検診」としての実力は?現在、最も関心が高いのは「健康な人が採血だけでがんを見つけられるか(スクリーニング)」という点でしょう。しかし、結論から言えば、「技術は進歩しているが、早期発見ツールとしてはまだ課題が多い」というのが現状です。実際、論文の中でも、一度に50種類以上のがんを検出できるとされる「Galleri」という検査の臨床試験データが紹介されています。この検査は、StageIV(進行がん)であれば93%という高い感度でがんを見つけることができました。しかし、私たちが検診に求めるStage I(早期がん)の検出率は、わずか18%にとどまりました。つまり、症状が出る前の「治りやすい段階」のがんを見つけることは、現在の技術でもまだ難しい場合があるのです。さらに問題となるのが「偽陽性(本当はがんではないのに陽性と出る)」です。ある追跡調査では、検査で「陽性」と出た人のうち、本当にがんだったのは半数以下(陽性の61%が偽陽性)でした。健康な人がこの検査を受け、「陽性」と言われれば、大きな不安を抱えながらCTやMRIなどの精密検査を受けることになります。結果的に何もなかったとしても、CTやMRIも早期のがんを見つけるのに優れたものとはいえず、その精神的負担やさらなる追加検査のリスクは無視できません。すでに「当たり前」になりつつある分野も一方で、リキッドバイオプシーがすでに医療現場で不可欠なツールとなっている領域もあります。それは、「すでにがんと診断された患者さんの治療方針決定」です。とくに進行がんの患者さんにおいて、どの抗がん剤や分子標的薬を使うべきかを決めるための遺伝子検査として、米国食品医薬品局(FDA)も複数の検査を承認しています。たとえば肺がんにおいて、組織を採取するのが難しい場合でも、血液検査で特定の遺伝子変異(EGFR変異など)が見つかれば、それに合った薬をすぐに使い始めることができます。これにより、治療開始までの時間を短縮できるというメリットも確認されています。また、手術後の「再発リスク」の予測にも大きな期待が寄せられています。手術でがんを取り切ったように見えても、目に見えない微細ながん(MRD:微小残存病変)が残っていることがあります。手術後の血液検査でこの痕跡が見つかった場合、再発のリスクが高いと判断でき、抗がん剤治療を追加するかどうかの重要な判断材料になりつつあります。自由診療での検査を受ける前に知っておくべきこと冒頭で述べたように、日本国内でも、がんの早期発見をうたった高額な血液検査が自由診療として提供されていることがあります。しかし、今回の論文が指摘するように、多くの検査法(マルチキャンサー検査など)は、まだ「検査を受けることで生存率を改善する(命を救う)」という明確な証拠が確立されているわけではありません。論文では、現在の技術的な限界として、血液中のがんDNAがあまりに微量であることや、加齢に伴って正常な血液細胞に生じる遺伝子変異をがんと見間違えてしまうリスクなどが挙げられています。もし、あなたが「安心」のためにこうした検査を検討しているのであれば、以下の点を理解しておく必要があります。 「陰性」でも安心はできない 早期がんの多くを見逃す可能性があります(Stage Iの検出率はまだ低い)。 「陽性」が本当とは限らない がんではないのに陽性と出る可能性があり、その後の精密検査の負担が生じます。 従来の検診の代わりにはならない 現時点では、確立されたがん検診(便潜血検査やマンモグラフィなど)を置き換えるものではありません。 未来への展望:AIと新技術の融合とはいえ、未来は決して暗くもないと思います。現在進行形で、DNAの断片化パターンや、DNAへの目印など、複数の情報をAIで統合的に解析する新しい手法を開発しています。これにより、早期がんの検出率を上げ、偽陽性を減らし、さらには「どこの臓器にがんがあるか」まで正確に予測できるようになると期待されているからです。リキッドバイオプシーは、間違いなく医療の未来を変えうる技術です。しかし、それが「魔法の杖」として誰もが手軽に使えるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうです。今は過度な期待を持たず、しかしその進歩に注目し続ける、そんな冷静な視点が必要とされていると思います。 参考文献・参考サイト 1) Landon BV, et al. Liquid biopsies across the cancer care continuum. Nat Med. 2025 Dec 10. [Epub ahead of print]

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百日咳より軽症とは限らない?パラ百日咳の臨床転帰

 パラ百日咳菌(B. parapertussis)感染症の患者特性と臨床転帰を、百日咳菌(B. pertussis)感染症と比較した後ろ向き観察研究の結果、パラ百日咳菌感染後に入院を含む重篤な転帰を呈することは稀ではなかった。また、乳幼児では百日咳菌がより重篤な疾患を引き起こした一方、年長児ではパラ百日咳菌感染者で重篤な転帰が発生する可能性が有意に高かった。奈良県総合医療センターの北野 泰斗氏らによるClinical Microbiology and Infection誌オンライン版2025年11月26日号に掲載の報告。 本研究では、多施設電子カルテデータベースを用いて、パラ百日咳菌感染患者と百日咳菌感染患者を、入院および集中治療室への入院を含む臨床転帰について、傾向スコアマッチングにより比較した。各転帰に対するオッズ比(OR)を95%信頼区間(CI)とともに推定した。 主な結果は以下のとおり。・パラ百日咳菌感染患者2,554例および百日咳菌感染患者8,058例が微生物学的に確認された。・マッチング後の全参加者において、百日咳菌群と比較したパラ百日咳菌群における入院および集中治療室入室のORは、それぞれ1.75(95%CI:1.46~2.10、p<0.001)および1.94(95%CI:1.28~2.93、p=0.001)であった。・年齢によるサブグループ解析では、百日咳菌群と比較したパラ百日咳菌群の入院のORは以下のとおり-1歳未満:0.69(95%CI:0.49~0.96、p=0.028)-1~4歳:3.34(95%CI:2.27~4.91、p<0.001)-5~17歳:4.22(95%CI:2.62~6.79、p<0.001)-18歳以上:1.76(95%CI:1.06~2.94、p=0.029)

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第297回 パーキンソン病ワクチンの有望な第II相試験結果報告

パーキンソン病ワクチンの有望な第II相試験結果報告1972年発表のヒット曲「さそり座の女」で有名な歌手の美川 憲一氏がパーキンソン病であることを、同氏の事務所が先月11月13日に公表しました1)。その後、関連するニュースが多く報告されるようになっています。2010年代の終わりに初出して使われるようになった2)新語のパーキンソン病大流行(Parkinson pandemic/Parkinson’s pandemic)が示唆するとおり、理由はどうあれパーキンソン病は増えており、今や世界の実に約1,200万例がパーキンソン病です。先立つたった6年で2倍近く増えました3)。パーキンソン病は脳のドーパミン放出神経の消失やαシヌクレイン(a-syn)の凝集体であるレビー小体を特徴とします。そのa-synを標的とするワクチンACI-7104.056の有望な第II相試験結果が先週11日に発表されました4,5)。ACI-7104.056はスイスのバイオテクノロジー企業AC Immuneが開発しています。a-syn抗原を成分とし、パーキンソン病初期に広まって神経を損なわせる病原性の多量体a-synへの抗体を生み出します。最近になってAC Immune社はワクチン事業という表現をしなくなっており、ACI-7104.056もその方針に沿ってワクチンではなく免疫療法と表現するようになっています。しかしかつてはワクチン事業に含められていました。実際、ClinicalTrials.govへの登録情報にはACI-7104.056がワクチンであると明記されています6)。VacSYnと銘打つ同試験には、初期のパーキンソン病患者34例が組み入れられています。被験者はACI-7104.056かプラセボ群に3対1の割合で無作為に割り振られました。初回、4週後、12週後、24週後、48週後、74週後にいずれかが投与される運びとなっており6)、少なくとも12ヵ月間(48週間)の投与を経た被験者の中間解析が今回発表されました。20例は74週目の投与に至っています。ACI-7104.056投与群の抗a-syn抗体価は投与するごとに上昇し、全員が血中と脳脊髄液(CSF)中のどちらでも目安の水準に届いていました。一方、当然ながらプラセボ群の抗a-syn抗体は増えず、実質的に一定でした。脳組織のa-synが蓄積し続けるパーキンソン病の進行でCSF中のa-synは減ることが知られます。今回のVacSYn試験でのプラセボ群のCSFのa-syn濃度は低下し続けましたが、ACI-7104.056投与群は低下を免れて一定を保ちました。神経損傷の指標の神経フィラメント軽鎖(NfL)濃度は、CSFのa-synとは対照的にパーキンソン病の神経変性や神経損傷の進行につれて上昇することが報告されています。それゆえVacSYn試験のプラセボ群のNfL濃度は上昇傾向を示しました。しかしACI-7104.056投与群のNfL濃度はそうはならず、CSFのa-syn濃度と同様に一定を保ち、どうやら神経損傷/変性が食い止められていたようです。極め付きは運動症状の進行を食い止めるACI-7104.056の効果も見てとれました。運動症状を調べるMDS-UPDRS Part III検査値がプラセボ群では上昇して悪化傾向を示しました。一方、ACI-7104.056投与群の74週時点のMDS-UPDRS Part III検査値はベースラインに比べて取り立てて変わりなく、実質的な悪化傾向はみられませんでした。VacSYn試験は2部構成で、多ければ150例を募る第2部を始めるかもしれない、とAC Immune社は今夏2025年8月の決算報告に記しています7)。その開始はまだ正式に発表されていないようです。同社は今回の有望な結果を手土産にして、ACI-7104.056の承認申請に向けた今後の臨床試験の段取りを各国と話し合うつもりです4)。VacSYn試験の第2部をどうするかもその話し合いにおそらく含まれるのでしょう。サソリ毒がパーキンソン病に有効美川 憲一氏が歌った「さそり座の女」にも出てくるサソリ毒由来のペプチドに、奇しくもパーキンソン病治療効果があるらしいことが最近の研究で示唆されています8,9)。SVHRSPと呼ばれるそのペプチドは、どうやら腸の微生物を整えることで脳のドーパミン放出神経の変性を防ぐようです10)。「さそり座の女」の女性の毒と情の深さが対照的なように、サソリ毒は命を奪うほどの害がある一方でヒトの健康にも貢献しうるようです。AC Immune社のワクチンやサソリ毒成分などの研究や開発が今後うまくいき、美川 憲一氏をはじめ世界のパーキンソン病患者を救う手段がより増えることを期待します。 参考 1) 美川憲一に関するご報告 2) Albin R, et al. Mov Disord. 2023;38:2141-2144. 3) Dorsey ER, et al. J Parkinsons Dis. 2025;15:1322-1336. 4) AC Immune Positive Interim Phase 2 Data on ACI-7104.056 Support Potential Slowing of Progression of Parkinson’s Disease. 5) ACI-7104 in VαcSYn Phase 2 - Interim results 6) VacSYn試験(ClinicalTrials.gov) 7) AC Immune Reports Second Quarter 2025 Financial Results and Provides a Corporate Update 8) Zhang Y, et al. J Ethnopharmacol. 2023;312:116497. 9) Li X, et al. Br J Pharmacol. 2021;178:3553-3569. 10) Chen M, et al. NPJ Parkinsons Dis. 2025;11:43.

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