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エンパグリフロジン投与終了後もCKDの心・腎保護効果が持続、レガシー効果か?(解説:栗山哲氏)

本論文は何が新しいか EMPA-KIDNEY試験では、SGLT2阻害薬エンパグリフロジン(エンパ)の心・腎保護作用が、糖尿病性腎症(DKD)のみならず非糖尿病CKD(CKD)においても示された(The EMPA-KIDNEY Collaborative Group. N Engl J Med. 2023;388:117-127.)。今回の報告は、同試験の終了後の追跡評価(post-trial follow-up)である。その結果、エンパの投与終了後、少なくとも1年間は心・腎保護作用が持続した。この成績が先行治療終了後も臓器保護作用が持続する、いわゆるレガシー(遺産)効果の初期像を観察しているとすれば、SGLT2阻害薬の新知見の可能性がある。EMPA-KIDNEY試験終了後の追跡研究 本研究では、EMPA-KIDNEY試験で無作為化された6,609例のうち、同意が得られた4,891例(74%)を登録し追跡評価の対象とした。EMPA-KIDNEY試験開始から追跡評価終了までを統合期間(4年間)とし、オーバーラップ期間を経て2年間を追跡観察期とした。全体での主要アウトカムイベントの発生は、エンパ群で865/3,304例(26.2%)、プラセボ群で1,001/3,305例(30.3%)であり(ハザード比[HR]:0.79、95%信頼区間[CI]:0.72~0.87)、統合期間中のエンパの有用性が示唆された。追跡期間の主要アウトカムは、腎疾患進行または心血管死の2つであった。その追跡評価期間の主要アウトカムイベントのHRは0.87(95%CI:0.76~0.99)であり、エンパ群で投与終了後も最長12ヵ月間、心・腎保護作用をもたらし続けることが示された。また、統合期間における腎疾患進行の発生率はエンパ群23.5%、プラセボ群27.1%、死亡または末期腎不全(ESKD)の複合の発生率はエンパ群16.9%、プラセボ群19.6%、心血管死の発生率はエンパ群3.8%、プラセボ群4.9%で、いずれもエンパ群で改善がみられた。一方、非心血管死への影響は両群とも5.3%で差異は認められなかった。なお、追跡期間中のエンパを含めたSGLT2阻害薬投与は治験担当医の判断に委ねられており、EMPA-KIDNEY試験終了後2年でエンパ群の45.4%、プラセボ群の42.0%がSGLT2阻害薬治療を受けていた。DKD/CKDにおけるSGLT2阻害薬の腎保護機序 DKD/CKDの進行性機序は多因子である。SGLT2阻害薬の腎保護作用は、Tubulo-Glomerular Feedback(TGF)機構を介した糸球体過剰濾過軽減が主な機序である。また、血圧改善、Na利尿、ブドウ糖尿とNa排泄による浸透圧利尿なども腎保護に寄与する。SGLT2阻害薬による代謝系改善は、血糖降下作用、尿酸値低下、脂質代謝改善、体重減少、Hb値上昇、ケトン体形成などがある。SGLT2阻害薬は、これらの複合的機序により、腎虚血改善、抗炎症作用、抗酸化作用、腎線維化抑制作用などを惹起する(Dharia A, et al. Annu Rev Med. 2023;74:369-384.)。CKDでは血糖低下による効果は期待されないため、腎保護にはTGFなど、他の機序が複合的に関与している。本論文のレガシー効果の信ぴょう性 2型糖尿病において早期から集中的に良好な血糖管理を行うと、全死亡リスク減少や糖尿病合併症を抑制するとの「レガシー効果」はUKPDS 91で報告された(1型糖尿病のDCCT研究のMetabolic Memoryも同義)。今回の所見が、エンパによる心・腎保護作用のレガシー効果の初期像を見ている可能性は否定できない。25万人の2型糖尿病治療のコホート研究において、SGLT2阻害薬を治療開始2年で早期導入することでCVD発症が減少するとのレガシー効果の報告はある(Ceriello A, et al. Lancet Reg Health Eur. 2023;31:100666.)。本研究は、観察期間がエンパ投与終了後2年と短期であることや、EMPA-KIDNEY試験終了後のエンパ群とプラセボ群とのSGLT2阻害薬投与率がほぼ同程度であることなどから、レガシー効果は(仮にあるとして)検出しにくい条件であった。それにもかかわらず、追跡期間に心・腎保護効果を認めたことは、レガシー効果を観察している可能性はある。DKD/CKDにおける心・腎保護療法の未来展望 DKDにおけるSGLT2阻害薬の心・腎保護作用は、EMPA-REG OUTCOME、CANVAS Program、DECLARE-TIMI 48、CREDENCEなどで確認され腎保護療法として確立してきた。その後、DAPA-CKDやEMPA-KIDNEYにおいてCKDにも腎保護作用が報告された。これらの試験の結果を踏まえ、2024年KDIGOガイドラインのDKD/CKD治療のアルゴリズムでは、SGLT2阻害薬とRAS阻害薬が第1選択とされ、病態に応じGLP-1受容体作動薬、非ステロイド型MRAを選択すべきことが推奨されている (Kidney Disease: Improving Global Outcomes (KDIGO) CKD Work Group. Kidney Int. 2024;105(4S):S205-S254.)。ここでRAS阻害薬とSGLT2阻害薬の腎複合エンドポイント(EP)のリスク減少度(RR)に注目すると、 RAS阻害薬であるARBを使用したRENAAL試験での腎複合EPのRRは16%、IDNT試験では19%であったが、SGLT2阻害薬を使用したDAPA-CKD試験ではRRは39%と著しい改善がみられた。また、EMPA-KIDNEY試験は、RR 28%の時点で有効性のエビデンスが明白であるとの理由で、独立データモニタリング委員会の勧告で早期中止となった。両薬剤間のRRは直接比較することはできないが、SGLT2阻害薬の優れた腎保護作用は明白である。 実臨床の問題として、DKDは低レニン性低アルドステロン血症によって、RAS阻害薬投与による高K血症のリスクは少なからず危惧される(Sousa AG, et al. World J Diabetes. 2016;7:101-111.)。その点、SGLT2阻害薬は、近位尿細管でのSGLT2抑制とそれに伴う浸透圧利尿によりK喪失的に作用するため高K血症は少ない。これらの両剤の相違から、今後、「SGLT2阻害薬をDKD/CKDの早期から使用することにより、さらなる腎予後改善が望めるかもしれない」との治療上の作業仮説が注目される。たとえば、EMPA-KIDNEY試験の試算では、エンパを腎機能軽度低下の早期(eGFR 60mL/分/1.73m2)に開始すると、中等度に低下した晩期(eGFR 30mL/分/1.73m2)に開始することに比較し、末期腎不全への移行を9年ほど延長することが期待される(腎生存期間:早期群17.8年vs.晩期群8.9年)(Fernandez-Fernandez B, et al. Clin Kidney J. 2023;16:1187-1198.)。SGLT2阻害薬のメタ解析からも、将来的に同剤がDKD/CKD治療において、Foundational drug therapy(基礎治療薬)となりうる可能性が注目されている(Mark PB, et al. Lancet. 2022;400:1745-1747.)。

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英語リスニング上達法【Dr. 中島の 新・徒然草】(556)

五百五十六の段 英語リスニング上達法外はますます寒くなってきましたね。冬に弱い私ですが、寒い天気にも1つだけ良いことがあります。それは、風呂場の窓を開けて湯船に浸かる時です。外の冷たい風が顔に当たり、まさしく頭寒足熱。風呂の電気を消しておくと、まるで旅行先の夜に露天風呂に入っているみたいな錯覚に陥ります。読者の皆さまも、どうぞお試しください。さて、前回は英語リスニング上達の妙案はないものか、と頭を悩ませました。とくに、ニュースのような明瞭な発音ではなく、普通のオヤジのゴニョゴニョ言って聴き取れないのを何とかしたい、と思うわけです。そこでChatGPTの出番です。「米国大統領選の結果について述べる中年オヤジを演じてください。リエゾン(連結、脱落、同化、消失など)を使い、いかにもアメリカ人らしく演じてください。50語以内の英文でお願いします」こんなプロンプトを入れたところ、大変なオヤジが出てきました。Well, lemme tell ya, this election’s somethin’ else, huh? Folks’re yellin’, “We won!” or “Fraud!” but c’mon, man, it’s democracy. Ya win some, ya lose some. What matters? The country keeps movin’ forward. So, grab a coffee, chill out, and let’s see what happens next.冒頭のWell, lemme tell ya, this election’s somethin’ else, huh?のところは、リエゾンの音のとおりに表記していますが、正しく書くとWell, let me tell you, this election is something else, huh?ですね。全体の日本語訳はこうです。まあな、この選挙って本当にすごいよな? みんな「俺たちの勝ちだ!」とか「不正だ!」とか叫んでるけどさ、そんなのやめろって。これが民主主義だろ。勝つこともあれば負けることもある。大事なのは、国が前に進み続けることだよ。だからコーヒーでも飲んで、落ち着いて、次に何が起こるか見てみようぜ。パソコン版ChatGPTの'Read aloud'という読み上げ機能を使うと、いかにもオヤジらしく読んでくれるので、リスニング練習が可能です。リスニングもできますが、中身が面白いですね。これ、やり出したら面白過ぎて止まらなくなりました。以下は私が試したプロンプトです。「学校生活についての高校生の不満を50語以内の英文でお願いします」「ヤル気満々で医学部に進みたい高校生の知的な抱負を、50語以内の英語でお願いします」さらに「ニートの言い訳」とか「いい男に巡り合えない婚活女子の呪い」とか「不倫男のアドバイス」とか、いくらでも可能です。調子に乗っていろいろやってみましたが、一番笑ったのがこれ。「仕事に疲れた医師の愚痴を50語以内の英文でお願いします」ChatGPTの回答は以下のとおり。Man, I’m drained. Patients non-stop, charts piling up, and barely a sec t’ breathe. Everyone’s like, “Doc, fix me,” but who’s fixin’ us, huh? Medicine’s rewarding, sure, but it’s brutal. Nights are long, coffee’s cold, and sometimes I wonder-when do we heal?ここではあえて訳さないので、日本語訳を知りたい人はこのままコピペして、DeepLかGoogle翻訳を使ってみましょう。リエゾン全開の英文であっても正しく翻訳されて出てきました。でも、原文のまま読むのが一番笑えます。いやあ、向こうのお医者さんも苦労していますねえ。ということで最後に1句AIの 思わぬユーモア 冬の夜

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米国民の幸福度、国内格差を人間開発指数で解析/Lancet

 米国内での幸福度にはかなりの格差があり、人種・民族(いわゆるレイシズム)、性別、年齢、および居住地による強い影響がある。米国・ワシントン大学のLaura Dwyer-Lindgren氏らが、人間開発指数(Human Development Index:HDI)を用いた2008~21年のAmerican Community Survey(ACS)Public Use Microdata Sampleの解析結果を報告した。HDIは平均寿命、教育、所得を網羅した複合指標であり、国レベルで人間開発や幸福度を評価・比較するのに広く用いられている。一方で、国内の不平等に関して考慮されていない点で限定的な指標とされていた。Lancet誌オンライン版2024年11月7日号掲載の報告。米国民の人種・民族、性別、年齢および居住地による幸福度の格差を調査 研究グループは、HDIフレームワークを適用させ個人レベルでHDIを測定し、人種・民族、性別、年齢および居住地による幸福度の格差を調べた。 2008~21年のACS Public Use Microdata Sampleの25歳以上の個人レベルデータを用いた。人種・民族、年齢、性別、居住地(Public Use Microdata Areas)、学歴、世帯所得・規模に関する情報を抽出。これらのデータを、人種・民族、性別、年齢、居住地(郡)および暦年別の推定生命表(National Vital Statistics Systemの死亡統計データにベイジアン小地域推定モデルを適用して生成)と統合した。次にACSの個人データについて、前出の統合データを用いて教育年数、世帯消費、予想寿命を推定。これら3つの特性をパーセンタイルスコアを用いて指数変換し、それら3つの指数の幾何平均としてHDIを算出した。最後に、個人を年間HDIの十分位(10群)にグループ分けした。人種・民族だけでなく、年齢群別、居住地による顕著な格差も明らかに 2008~21年の期間において、米国の成人のHDI(教育年数、世帯消費、予想寿命から成る)は大きく変化した。 ほとんどの人種・民族、性別のグループについて、平均HDIは2008~19年の期間において漸増し、2020年に予想寿命の低下によって減少した(ただし、人種・民族、性別によりHDIの分布には系統的な違いがあった)。 最低HDI十分位群で多かったグループ(特定の人種・民族、性別集団の10%超が分布されている)は、先住民(American Indian and Alaska Native:AIAN)の男性(最低HDI十分位群への分布率:50%[SE 0.2]、平均年間人口:37万人[SE 2,000])、黒人男性(40%[<0.1]、467万人[6,000])、AIAN女性(23%[0.1]、19万人[1,000])、ラテン系男性(21%[<0.1]、327万人[6,000])、黒人女性(14%[<0.1]、186万人[4,000])、ラテン系女性(13%[<0.1]、207万人[6,000])であった。しかしながら、全集団規模の違いを考慮すると、白人男性が最大の集団であり(最低HDI十分位全集団に占める割合:27%[<0.1]、587万人[1万2,000])、黒人男性(22%[<0.1])、ラテン系男性(15%[<0.1])と続いた。 これらのパターンには、注目に値する年齢群別の違いがあった。たとえば、25~44歳群では、AIAN男性(最低HDI十分位群への分布率:66%[SE 0.2]、平均年間人口:22万人[SE 1,000])および黒人男性(46%[<0.1]、252万人[5,000])の最低HDI十分位群への分布が多くみられ、85歳以上群の同AIAN男性(22%[1.1]、1万人[<1,000])および黒人男性(20%[0.3]、3万人[<1,000])よりも際立っていた。対照的に、25~44歳群では、アジア系女性の最低HDI十分位群への分布が少なかったが(2%[<0.1]、6万人[<1,000])、85歳以上ではアジア系女性の最低HDI十分位群への分布が多かった(25%[0.3]、3万人[<1,000])。また、25~44歳群の最低HDI十分位群は、主に男性で占められていた(最低HDI十分位集団に占める割合:76%[<0.1]、644万人[9,000])一方で、85歳以上の最低HDI十分位群は、主に女性で占められていた(71%[0.1]、42万人[2,000])。 最高HDI十分位群では、年齢群別の偏移は白人男性で大きく、25~44歳群において白人男性が占める割合は5%(SE 0.1、39万人[SE 1,000])であったが、85歳以上群では49%(0.2、29万人[1,000])であった。 2012~21年において、最低HDI十分位群の居住人口の割合は地域によって大きなばらつきがみられ、米国南部の大半を占める地域(アパラチア[ニューヨーク州からミシシッピ州まで伸びるアパラチア山脈周辺地域の田舎と都会と産業化された地域]、ラストベルト[中西部と大西洋岸中部地域の一部、脱工業化が進んでいる地帯])の居住者が占める割合が、不釣り合いに高かった。 著者は「これらの結果は不変なものではないが、改善は一定のものではなく、COVID-19パンデミックのような危機に直面した場合には、利益は一時的なものになる可能性がある。こうした格差を減らすには、誰もが質の高い教育に意義のあるアクセスができ、十分な所得を得る手段があり、長期にわたって健康的な生活を送るための機会を確保するための継続的な働きかけが必要であり、最も恵まれていない集団と地域に焦点を当てるべきである」と述べている。

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筋トレを数週間休んでも再開後は速やかに筋肉が元に戻る

 ウェイトトレーニングをしている人の中には、何らかの理由でしばらくジム通いができなくなったときに、筋肉量や筋力が大きく低下してしまうことを心配する人がいるかもしれない。しかし、新たな研究により、たとえ数週間トレーニングを休んだとしても、再開すれば速やかに元のレベルに回復することが分かった。ユヴァスキュラ大学(フィンランド)のEeli Halonen氏らの研究によるもので、詳細は「Scandinavian Journal of Medicine and Science in Sports」に10月4日掲載された。 この研究では健康な人55人(平均年齢32±5歳)をランダムに2群に分け、一方は20週間連続で筋力トレーニング(resistance training;RT)を行う連続RT群、もう一方はRTを10週間行った後の10週間は休止して、その後また10週間のRTを行う周期的RT群とした。連続RT群は22人がこの介入を完了し、周期的RT群は20人が完了した。両群ともに女性が約45%を占めていた。介入開始時と介入期間中は5週ごとに、足や腕の筋肉の断面積で筋肉量を測定し、レッグプレスを1回のみ行える最大荷重(one repetition maximum;1RM)、ジャンプ力などで筋力を測定して、介入効果を評価した。 周期的RT群では、10週間の休止期間中は筋肉量や筋力がやや低下した。低下幅は筋肉量よりも筋力の方が小さい範囲にとどまっていた。RT再開後5週間で筋肉量と筋力は、RT休止前のレベルに回復していた。一方、Halonen氏によると、「連続RT群では最初の10週間を過ぎると、明らかにそこから先の向上が鈍化していた」という。そして最終的な介入効果は、2群間で有意差がなかった。 例えばレッグプレスの1RMは、連続RT群では介入前が165.1±38.5kg、介入10週後が195.7±42.3kg、介入終了時が207.0±44.5kgであったのに対して、周期的RT群では介入前が165.5±46.9kg、10週間のRT終了時が197.6±47.5kg、10週間の休止後が187.5±48.0kg、介入終了時が209.3±50.7kgであった。 周期的RT群でRT再開後に筋肉量と筋力が速やかに回復した理由についてHalonen氏は、「おそらく『筋肉の記憶』として知られる現象によるものだろう」と話している。では、「筋肉の記憶」とは一体どのようなことだろうか? 論文の共著者で同大学のJuha Hulmi氏とJuha Ahtiainen氏は、「筋肉の記憶の生理学的メカニズムはまだ完全には解明されていない」と大学発のリリースで述べ、「この研究の次のステップは、筋肉の記憶という現象のメカニズムを説明できる可能性のある、分子レベルの研究を進めることだ」としている。なお、論文の考察においては、筋肉の記憶の潜在的なメカニズムとして、既報研究の知見が紹介されている。それによると、筋肉細胞の核の増加やエピジェネティックな変化、中枢神経系の運動学習能力、RT再開後の筋線維肥大シグナル伝達の再感作などの関与を示唆する研究報告があるとのことだ。

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尿から嫌気性菌が発育したら何を考える?【とことん極める!腎盂腎炎】第9回

尿から嫌気性菌が発育したら何を考える?Teaching point(1)ルーチンで尿検体の嫌気性培養は依頼しない(2)汚染のない尿検体のグラム染色で菌体が見えるのに通常の培養で発育がないときに嫌気性菌の存在を疑う(3)尿検体から嫌気性菌が発育したら、泌尿器および生殖器関連の膿瘍疾患や瘻孔形成を疑う《今回の症例》66歳女性。進行子宮頸がんによる尿管狭窄のため半年前から尿管ステントを留置している。今回、発熱と腰痛で来院し、右腰部の叩打痛から腎盂腎炎が疑われた。ステントの交換時に尿管から尿検体を採尿し、グラム染色で白血球と複数種のグラム陰性桿菌を認めた。通常の培養条件では大腸菌のみが発育し、細菌検査室が嫌気培養を追加したところ、Bacteroides fragilisが発育した。検体採取は清潔操作で行われ、汚染は考えにくい。感染症内科に結果の解釈と治療についてコンサルトされた。1.尿検体の嫌気性培養は通常行わない細菌検査室では尿検体の嫌気性培養はルーチンで行われず、また医師側も嫌気培養を行う明確な理由がなければ依頼すべきではない。なぜなら、尿検体から嫌気性菌が分離されるのは約1%1)とまれで、嫌気性菌が常在している陰部からの採尿は汚染の確率が高く起炎菌との判別が困難であり、培養に手間と費用を要するためだ。とくに、中間尿やカテーテル尿検体の嫌気性培養は依頼を断られる2)。嫌気性培養が行われるのは、(1)恥骨上穿刺や泌尿器手技による腎盂尿などの汚染の可能性が低い尿検体、(2)嫌気性菌を疑う尿所見があるとき、(3)嫌気性菌が関与する病態を疑うときに限られる2)。2.嫌気性菌を疑う尿所見は?尿グラム染色所見と培養結果の乖離が嫌気性菌を疑うきっかけとして重要である2)。まず、検体の採取状況で汚染がないことを確認する。扁平上皮の混入は皮膚接触による汚染を示唆する。また、抗菌薬の先行投与がないことも確認する。そのうえで、尿検体のグラム染色で膿尿と細菌を認めるが通常の培養(血液寒天培地とBTB乳糖寒天培地)で菌の発育がなければ嫌気性菌の存在を疑う2)。細菌検査室によっては、この時点で嫌気性培養を追加することがある。グラム陰性桿菌であればより嫌気性菌を疑うが、グラム陰性双球菌の場合には淋菌を疑い核酸増幅検査の追加を考える。一方で、膿尿がみられるのにグラム染色で菌体が見えず、通常の尿培養で発育がなければ嫌気性菌よりも、腎結核やクラミジア感染症などの無菌性膿尿を疑う。3.嫌気性菌が発育する病態は?表に嫌気性菌が発育した際の鑑別疾患をまとめた。なかでも、泌尿器および生殖器関連の膿瘍疾患と、泌尿器と周囲の消化管や生殖器との瘻孔形成では高率に嫌気性菌が同定され重要な鑑別疾患である。その他の感染経路に、便汚染しやすい外性器および尿道周囲からの上行性感染やカテーテル、泌尿器科処置に伴う経尿道感染、経血流感染があるがまれだ3)。画像を拡大する主な鑑別疾患となる泌尿器・生殖器関連の膿瘍では、103例のうち95例(93%)で嫌気性菌を含む複数菌が同定され、その内訳はグラム陰性桿菌(B. fragilis、Prevotella属、Porphyromonas属)、Clostridium属のほか、嫌気性グラム陽性球菌やActinomyces属だったとされる3)。膀胱腸瘻についても、瘻孔形成による尿への便混入を反映し48例のうち44例(92%)で嫌気性菌を含む複数菌が同定されたとされる4)。逆に尿検体から嫌気性菌が同定された症例を集めて膿瘍や解剖学的異常の頻度を調べた報告はないが、筆者はとくに悪性腫瘍などの背景のある症例や難治性・反復性腎盂腎炎の症例などでは、解剖学的異常と膿瘍の検索をすることをお勧めしたい。また、まれな嫌気性菌が尿路感染症を起こすこともある。通性嫌気性菌のActinotignum(旧Actinobaculum)属のA. schaalii、A. urinale、A. massilienseで尿路感染症の報告がある。このうち最多のA. schaaliiは腎結石や尿路閉塞などがある高齢者で腎盂腎炎を起こす。グラム染色ではわずかに曲がった時々分岐のあるグラム陽性桿菌が見えるのに通常の培養で発育しにくいときは炭酸ガスでの嫌気培養が必要である。A. schaaliiはST合剤とシプロフロキサシンに耐性で、β-ラクタム系薬での治療報告がある5)。Arcanobacterium属もほぼ同様の経過で判明するグラム陽性桿菌で、やはり発育に炭酸ガスを要し、β-ラクタム系薬での治療報告がある6)。グラム陽性桿菌のGardnerella vaginalisは性的活動期にある女性の細菌性膣症や反復性尿路感染症、パートナーの尿路感染症の原因になるが、約3万3,000の尿検体中の0.6〜2.3%とまれである7)。メトロニダゾールなどでの治療報告がある。臨床経過と背景リスクによっては炭酸ガスを用いた嫌気培養の追加が考慮されるだろう。《症例(その後)》造影CTを追加したところ骨盤内膿瘍が疑われ、緊急開腹で洗浄したところ、腫瘍転移による結腸膀胱瘻が判明した。細菌検査室の機転により発育した嫌気性菌が膿瘍および膀胱腸瘻の手掛かりになった症例であった。1)Headington JT、Beyerlein B. J Clin Pathol. 1966;19:573-576.2)Chan WW. 3.12 Urine Cultures. Clinical microbiology procedures handbook, 4th Ed. In Leber AL (Ed), ASM Press, Washington DC. 2016;3.12.14-3.12.17.3)Brook I. Int J Urol. 2004;11:133-141.4)Solkar MH, et al. Colorectal Dis. 2005;7:467-471.5)Lotte R, et al. Clin Microbiol Infect. 2016;22:28-36.6)Lepargneur JP, et al. Eur J Clin Microbiol Infect Dis. 1998;17:399-401.7)Clarke RW, et al. J Infect. 1989;19:191-193.

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第241回 セマグルチドなどのGLP-1の類いが慢性痛の治療手段となりうる

セマグルチドなどのGLP-1の類いが慢性痛の治療手段となりうるGLP-1受容体作動薬セマグルチドが変形性膝関節症の痛みを緩和することが、先月末にNEJM誌に掲載された第III相STEP 9試験で示され1)、体重が大幅に減ればしばしば痛みが劇的に緩和することが確かとなりました2)。GLP-1受容体作動薬は多才で、体重を減らすことに加えて炎症抑制や免疫調節の働きがあります。心血管疾患では、体重減少以外のそのような作用が治療効果に寄与しているようです。たとえばGLP-1受容体作動薬の1つalbiglutideは2018年にLancet誌に結果が掲載されたHarmony Outcomes試験で、プラセボに比べて体重をほんの0.7kg多く減らしただけにも関わらず、心血管転帰(心血管死、心筋梗塞、脳卒中)をより防ぎました3)。STEP 9試験で認められた鎮痛効果が心血管疾患での有益効果と同様に体重減少以外の要因を介しうるなら、痛みの新たな治療手段の道が開けそうです。そのような要因を示唆する動物実験結果が発表されています。10年前の2014年に発表されたネズミの実験では、脊髄のGLP-1受容体の活性化が炎症性の痛み、神経障害性疼痛、骨腫瘍の痛みを減らすことが示されています4)。最近発表された台湾のチームの研究では、セマグルチドが脊髄の神経炎症を阻害することで糖尿病ラットの神経障害性疼痛を緩和することが示されました。セマグルチドは糖尿病性神経障害による疼痛に対抗する神経保護作用を有するようであり、GLP-1受容体作動薬による炎症/痛覚過敏抑制が神経障害性疼痛の治療手段となりうると著者は言っています5)。また、韓国の研究者らによる別の最近の報告では、GLP-1から生じるペプチドの1つexendin 9-39がマウスの急性痛と慢性痛の両方を緩和しうることが示されました。さらに突き詰めたところ、exendin 9-39の一部のexendin 20-29がTRPV1に結合し、GLP-1受容体機能に手出しすることなく痛みを緩和すると判明しました。どうやらexendin 20-29は慢性痛の対処手段となりうると著者は言っています6)。セマグルチドはヒトのGLP-1と配列が94%一致するGLP-1アナログであり、セマグルチドもまたGLP-1受容体を介さない働きによる鎮痛作用を担うかもしれません。そのようなメカニズムの研究を進めることと並行して、セマグルチドをより活用できるようにする試験も実施できそうです。たとえば、肥満ではない変形性関節症(OA)患者の痛みもセマグルチドでSTEP 9試験と同様に緩和するかどうかを調べるべきでしょう2)。また、GLP-1受容体作動薬使用患者は軟骨がより損失し難いことが別の試験で示唆されており7)、OAでの関節の劣化をGLP-1受容体作動薬で抑制しうるかどうかを確かめるさらなる試験も必要なようです。参考1)Bliddal H, et al. N Engl J Med. 2024;391:1573-1583.2)Felson DT. N Engl J Med. 2024;391:1643-1644.3)Hernandez AF, et al. Lancet. 2018;392:1519-1529.4)Gong N, et al. J Neurosci. 2014;34:5322-5334.5)Lee SO, et al. Cells. 2024;13:857.6)Go EJ, et al. Exp Mol Med. 2024 Nov 1. [Epub ahead of print]7)Zhu H, et al. Ann Rheum Dis. 2023;82:1218-1226.

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乳がんと肺がんの関連~双方向のメンデルランダム化解析

 乳がんサバイバーの生存期間の延長に伴い、2次がん発症リスクが上昇している。2次がんの部位は、米国・Surveillance, Epidemiology, and End Results(SEER)データベース(2010~15年)によると、乳房(30.0%)に次いで肺・気管支(13.4%)が多かった。今回、乳がんと肺がんの双方向の因果関係について、中国・The First Affiliated Hospital of Xi'an Jiaotong UniversityのXiaoqian Li氏らがメンデルランダム化(MR)解析で調査したところ、乳がんサバイバーにおいて2次肺腺がんリスクが上昇することが示唆された。Scientific Reports誌2024年11月6日号に掲載。 本研究では、Breast Cancer Association Consortium(BCAC)における22万8,951例のゲノムワイド関連研究データと、Transdisciplinary Research in Cancer of the Lung(TRICL)における11万2,781例のゲノムワイド関連研究の要約統計を用いて、双方向2サンプルMR解析を実施した。MR解析は逆分散加重(IVW)法のほか、補完的に加重中央値法、MR-RAPS法、MR-Egger 法を用いた。乳がんはエストロゲン受容体発現の有無別、肺がんは肺腺がん、扁平上皮肺がん、小細胞肺がんに分け、関連を調べた。 主な結果は以下のとおり。・乳がん全体における肺腺がんとの因果関係がIVW法(オッズ比[OR]:1.060、95%信頼区間[CI]:1.008~1.116、p=0.024)およびMR-RAPS法(OR:1.059、95%CI:1.005~1.116、p=0.033)で認められ、乳がん患者において肺腺がんリスクが上昇することが示唆された。・肺腺がんの乳がんに対する有意な因果関係は認められなかった。 著者らは「乳がんサバイバーの死亡率を下げるために、2次肺がんのスクリーニングの強化、早期介入と治療が必要」としている。

8.

妊娠超初期の薬剤中絶、有効性と安全性を確認/NEJM

 子宮内妊娠が確認される前の超初期における薬剤中絶は、子宮内妊娠が確認されるまで中絶を延期するという標準的なアプローチと比較して、完全な中絶に関して非劣性であることが示された。スウェーデン・カロリンスカ研究所のKarin Brandell氏らVEMA (Very Early Medication Abortion) Study Groupが、多施設共同無作為化非劣性対照試験の結果を報告した。ミフェプリストン・ミソプロストールによる薬剤中絶は、高い有効性と安全性が確認されている。しかしながら、妊娠が超音波検査で確認できる前の妊娠超初期での有効性および安全性のエビデンスは不十分であった。NEJM誌2024年11月7日号掲載の報告。9ヵ国26施設の無作為化試験、子宮内妊娠が確認されるまで待機する標準ケアと比較 試験は9ヵ国26施設(オーストリア1、オーストラリア1、デンマーク2、フィンランド1、ネパール7、ニュージーランド1、ノルウェー1、スコットランド2、スウェーデン10)で、2019年3月~2023年4月に行われた。対象は、薬剤中絶を希望する、推定妊娠期間が最長42日、超音波検査で子宮内妊娠が確認されていない(子宮内が空洞または卵黄嚢や胚子極[embryonic pole]のない嚢状の構造物として視認される)女性であった。18歳以上で英語または試験地の言語を話し、試験について書面および口頭で説明を受けた後に参加に同意した場合を適格とし、異常妊娠(出血、片側腹痛など)の症状または兆候、異所性妊娠のリスク因子(以前の異所性妊娠、子宮内避妊用具[IUD]の使用など)、薬剤中絶に禁忌がある場合は除外した。 被験者は、即時(試験組み入れ当日または翌日)に中絶を開始する群(早期開始群)または子宮内妊娠が確認(試験7日目[±2日]の再超音波検査で確認)されるまで治療を待機する群(標準ケア群)に1対1の割合で無作為に割り付けられた。 主要アウトカムは、完全な中絶。非劣性マージンは、群間差の絶対値3.0%ポイントとした。完全な中絶について非劣性を確認 適格基準を満たした合計1,504例の女性が、早期開始群(754例)または標準ケア群(750例)に無作為化された。ベースライン特性は両群で類似しており、平均年齢は早期開始群29.6±6.4歳、標準ケア群29.7±6.5歳、BMI値は24.9±4.8と24.9±4.9、妊娠回数は初回が22.5%と24.7%、3回以上が59.6%と59.3%だった。ただし、診断された異常妊娠についてのみ、21件(2.8%)と104件(14.4%)で差異を認め、その内訳を見ると早期流産は9件(1.2%)と96件(13.3%)であった。 ITT解析において、完全な中絶は早期開始群676/710例(95.2%)、標準ケア群656/688例(95.3%)で認められた。全体群間差は-0.1%ポイント(95%信頼区間:-2.4~2.1)で、早期開始群の標準ケア群に対する非劣性を確認した。 異所性妊娠が早期開始群10/741例(1.3%)、標準ケア群6/724例(0.8%)で報告され、早期開始群の1例では診断前に破裂した。 重篤な有害事象は、早期開始群12/737例(1.6%)、標準ケア群5/718例(0.7%)で報告された(p=0.10)。大部分は異所性妊娠または不完全な中絶の治療のための、合併症を伴わない入院であった。

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高強度の運動は空腹感を抑制する?

 ランニングや水泳などの心拍数が上がるような高強度の運動は、早歩きやアクティブヨガなどのより低強度の運動よりも、食欲増進に関連するホルモンであるグレリンの抑制に効果的であることが、新たな研究で明らかになった。このような高強度の運動がもたらす効果は、男性よりも女性で顕著なことも示唆されたという。米バージニア大学医学部のKara Anderson氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of the Endocrine Society」11月号に掲載された。 グレリンには、アシル化グレリン(AG)と非アシル化グレリン(DAG)という2つの形態が存在し、体内で、エネルギーバランス、食欲、血糖値、免疫機能、睡眠、記憶などに広範囲にわたって影響を及ぼすことが明らかにされている。グレリンはまた、急な運動により濃度が変動することも示されている。しかし、運動強度がグレリンレベルと食欲に与える影響についてのデータは限られている上に、そうした研究は主に男性のみを対象にしたものだという。 今回の研究では、8人の男性(平均年齢43.1±10.9歳、平均BMI 22.2±1.7)と6人の女性(平均年齢32.2±11.1歳、平均BMI 22.7±1.0)を対象に、運動強度と性別がグレリンレベルと食欲に与える影響が検討された。対象者には、まず、負荷を最大強度まで段階的に増やすエルゴメータ試験を実施して、乳酸値と最大酸素摂取量(VO2peak)を測定した。その後、その結果を基に、個々人のレベルに合った3種類の強度(運動なし、中強度:乳酸が急激に増え始める乳酸性閾値までの強度、高強度:乳酸性閾値とVO2peakの出力差の75%に当たる強度)を設定し、ランダムな順で行ってもらった。空腹感については、視覚アナログスケールで評価してもらった。 その結果、男女ともに、高強度の運動後では、中強度の運動後や運動をしなかった場合と比べてDAGレベルが有意に低下することが明らかになった。女性ではさらに、高強度の運動後にAGレベルについても有意に低下することが確認された。また、中強度の運動後には、運動をしなかった場合と比べて空腹感が有意に上昇していた。 こうした結果を受けて研究グループは、「中強度の運動では、グレリンレベルは変化しないか純増につながることが分かった」と述べ、「グレリンレベルの抑制には、乳酸性閾値を超える運動が必要なのかもしれない」との見方を示している。 Anderson氏は、「運動は『薬』と考えるべきであり、その『投与量』は個人の目標に基づいてカスタマイズされるべきだ」とJournal of the Endocrine Society誌のニュースリリースの中で述べている。同氏は、「われわれの研究は、高強度の運動が食欲抑制に重要な役割を果たす可能性を示唆するものであり、これは特に、減量プログラムの一環として有用だと考えられる」と述べている。

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日本の頭痛外来受診患者、頭痛の種類や特徴は?

 頭痛外来を受診した患者に関する単一施設研究の報告は行われているものの、日本で実施された多施設共同研究は、これまでほとんどなかった。静岡赤十字病院の今井 昇氏らは、日本において頭痛外来を受診した患者の臨床的特徴、頭痛の種類、重症度、精神疾患の併存について多施設分析を実施し、ギャップを埋めることを目指し、本研究を実施した。Clinical Neurology and Neurosurgery誌オンライン版2024年10月15日号の報告。 3ヵ所の頭痛外来を受診した頭痛患者2,378例を対象に、臨床的特徴をプロスペクティブに評価した。視覚的アナログスケール(VAS)などのベースライン時の人口統計学的特徴、7項目の一般化不安障害質問票(GAD-7)やこころとからだの質問票(PHQ-9)などの精神疾患の評価を行った。頭痛の種類は、片頭痛、緊張型頭痛、三叉神経・自律神経性頭痛(TAC)、その他の一次性頭痛疾患、二次性頭痛に分類した。頭痛の種類間でのパラメータを比較するため、必要に応じてKruskal-Wallis検定または共分散分析を行った。 主な結果は以下のとおり。・最も多かった頭痛の種類は、片頭痛(78.8%)であり、次いで緊張型頭痛(12.2%)、二次性頭痛(5.5%)、その他の一次性頭痛疾患(2.1%)、TAC(1.6%)であった。・片頭痛患者は、初診時の年齢が他の頭痛患者よりも有意に若年であった。【片頭痛】年齢中央値:32.0歳【緊張型頭痛】年齢中央値:47.0歳【二次性頭痛】年齢中央値:39.0歳【その他の一次性頭痛疾患】年齢中央値:49.5歳【TAC】年齢中央値:47.0歳・TAC患者は、重症度と精神症状が最も重度であり、VAS(p<0.001)、GAD-7(p=0.019)、PHQ-9(p<0.001)のスコア中央値が、他の頭痛患者よりも有意に高かった。【TAC】VAS:90.0、GAD-7:7.0、PHQ-9:7.5【片頭痛】VAS:70.0、GAD-7:5.0、PHQ-9:5.0【緊張型頭痛】VAS:50.0、GAD-7:4.0、PHQ-9:4.0【その他の一次性頭痛疾患】VAS:65.0、GAD-7:4.0、PHQ-9:3.5【二次性頭痛】VAS:60.0、GAD-7:3.0、PHQ-9:3.5 著者らは「頭痛外来を受診した患者の多くは、片頭痛患者であった。TAC患者は、他の頭痛患者よりも頭痛の重症度および精神症状が有意に高いことが確認された」とまとめている。

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酒さ〔Rosacea〕・鼻瘤〔Rhinophyma〕

1 疾患概要■ 定義酒さは20歳代以降に好発し、顔面中央部の前額・眉間部、鼻部、頬部(中央寄り)、頤部に、紅斑・潮紅や毛細血管拡張による赤ら顔を来す疾患である。■ 疫学白人(コーカソイド)では5~10%程度までとする報告が欧米の地域からなされている。アジア人(モンゴロイド)では数~20%程度までの報告がある。日本人の酒さの罹患率の正確なデータはないが、自覚していない軽症例を含めると0.5~1%程度の罹患率が見込まれる。■ 病因酒さに一元的な病因は存在しない。酒さの病理組織学的病変の主体は、脂腺性毛包周囲の真皮内にあり、脂腺性毛包を取り囲む炎症と毛細血管拡張を来す。コーカソイドを祖先に持つ集団でのゲノムワイド関連解析(GWAS)調査では酒さ発症に遺伝的背景の示唆がある1)。後天的要因として、環境因子からの自然免疫機構・抗菌ペプチドの過活性化2,3)や肥満細胞の関与する皮膚炎症の遷延化4)、末梢神経応答などの関与する知覚過敏や血管拡張反応などが病態形成に関与することが示されている。■ 症状・分類酒さの皮疹は眉間部、鼻部・鼻周囲、頬部、頤部の顔面中央部に主として分布する。まれに頸部や前胸部、上背部の脂腺性毛包の分布部に皮疹が拡大することもある。酒さは主たる症候・個疹性状に基づいて、紅斑血管拡張型酒さ、丘疹膿疱型酒さ、瘤腫型酒さ・鼻瘤、眼型酒さの4病型・サブタイプに分類される。1)紅斑血管拡張型酒さ脂腺性毛包周囲の紅斑と毛細血管の拡張を主症候とし、酒さの中で最も頻度が高い病型である。寒暖差などの気温変化、紫外線を含む日光曝露、運動や香辛料の効いた食餌などの顔面血流が変化する状況で、火照りや顔の熱感などの自覚症状が悪化する。2)丘疹膿疱型酒さ尋常性ざ瘡と類似の丘疹や膿疱が頬部、眉間部、頤部などに出現する。背景に紅斑血管拡張型酒さにみられる紅斑や毛細血管拡張を併存することも多い。尋常性ざ瘡と異なり、丘疹膿疱型酒さには面皰は存在しないが、酒さと尋常性ざ瘡が合併する患者もあり得る。尋常性ざ瘡との鑑別には面皰の有無に加えて、寒暖差による火照り感や熱感などの外界変化による自覚症状の変動を確認するとよい。3)瘤腫型酒さ・鼻瘤皮下の炎症に伴って肉芽腫形成や線維化を来す病型である。とくに、鼻部に病変を来すことが多く、「鼻瘤」という症候名・病名でも知られている。頬部の丘疹膿疱型酒さを合併することがまれではない。紅斑毛細血管拡張型酒さや丘疹膿疱型酒さは女性患者の受診者が多いが、瘤腫型酒さ・鼻瘤では男女比は1対1である5)。4)眼型酒さ眼瞼縁のマイボーム腺周囲炎症・機能不全を主たる病態とし、初期症状は、眼瞼縁睫毛部周囲の紅斑と毛細血管拡張、そして眼瞼結膜の充血や血管拡張である。自覚症状として眼球や眼瞼の刺激感や流涙を訴えることが多い。眼型酒さのほとんどは、他の酒さ病型に併存しており、酒さの眼合併症という捉え方もされる。■ 予後生命予後は良い。紅斑血管拡張型酒さの毛孔周囲炎症と毛細血管拡張の改善には数年を要する。丘疹膿疱型酒さの丘疹・膿疱症状は、3~6ヵ月程度の治療で改善が期待できる。瘤腫型酒さ・鼻瘤は鼻形態の変形程度に併せて、抗炎症療法から手術療法までが選択されるが、症候の安定には数年を要する。眼型酒さの炎症症状(結膜炎や結膜充血)は3~6ヵ月程度の治療で改善が期待できる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)酒さの診断のための特定の検査方法はなく、皮疹性状や分布、臨床経過から総合的に酒さを診断する。酒さ患者にはアトピー素因やアレルギー素因を有する患者が20~40%ほど含まれており、特異的IgE検査(VIEW39など)を行い、増悪因子の回避に努める5)。アレルギー性接触皮膚炎の併存が疑われる場合にはパッチテスト(貼布試験)を考慮する。酒さ病変部では、毛包虫が増えていることがあり、毛包虫の確認には皮膚擦過試料の検鏡検査を行う。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)酒さの治療では、主たる症候を見極めて治療計画を立てる。一般的には、抗炎症作用を有する治療薬で酒さの脂腺性毛孔周囲の紅斑、丘疹、膿疱の治療を3~6ヵ月程度行う。炎症性皮疹のコントロールの後に、器質的変化による毛細血管拡張や、瘤腫や鼻瘤にみられる線維化と形態変形に対する治療を計画する。酒さ症候は、生活環境や併存症によっても症状の増悪が起こる5,6)。酒さの再燃や増悪の予防には、患者毎の増悪因子や環境要因に沿った生活指導と肌質に合わせたスキンケアが重要である。■ 丘疹膿疱型酒さに対する抗炎症外用薬・内服薬1)メトロニダゾール外用薬欧米では、メトロニダゾール外用薬(商品名:ロゼックスゲル)が酒さの抗炎症薬として1980年代から使用されている7,8)。わが国でも2022年に国際的酒さ標準治療薬の1つであるメトロニダゾール外用薬0.75%が酒さに対して保険適用が拡大された9)。メトロニダゾール外用薬は、その炎症反応抑制効果から丘疹膿疱型酒さにみられる炎症性皮疹の丘疹と膿疱の抑制効果、脂腺性毛包周囲の炎症による紅斑に対して改善効果が期待できる。2)イオウ・カンフルローションイオウ・カンフルローションは、わが国では1970年代から発売されざ瘡と酒さに対して保険適用がある。ただ、イオウ・カンフルローションの保険適用は、わが国での酒さ患者を対象とした臨床試験に基づいた承認経過の記録が見当たらず、現代のガイドライン評価基準に則した本邦での良質なエビデンスはない。イオウ・カンフルローションは、エタノールを含んでおり、皮脂と角層内水分の少ない乾燥肌の患者に用いると、乾燥感や肌荒れ感が強くなる場合がある。イオウ・カンフルローション懸濁液は、淡黄色で塗布により肌色調が黄色調となることがある。肌色調が気になる患者には、上澄み液だけを用いるなどの工夫をする。3)テトラサイクリン系抗菌薬ドキシサイクリンは、丘疹膿疱型酒さの炎症性皮疹(丘疹、膿疱)に有効である。酒さ専用内服薬としてドキシサイクリンの低用量徐放性内服薬が欧米では承認されている。ミノサイクリンは、ドキシサイクリン低用量徐放性内服薬と同等の効果が示されているが、間質性肺炎や皮膚色素沈着などの副作用から、長期服用時に留意が必要である10)。■ 紅斑毛細血管拡張型酒さに対する治療紅斑毛細血管拡張型酒さの主たる症候は、毛細血管の拡張に伴う紅斑や一過性潮紅である。治療には拡張した毛細血管を縮小させる治療を行う。パルス色素レーザー(pulsed dye laser:PDL)[595nm]、Nd:YAGレーザー[1,064nm]、Intense pulsed light (IPL)が、酒さの毛細血管拡張と紅斑を有意に減少させることが報告されている。これらのレーザー・光線治療は酒さに対しては保険適用外である。4 今後の展望2022年にメトロニダゾールが酒さに対して保険適用となり、わが国でも酒さ標準治療薬が入手できるようになった。酒さの診断名登録が増えており、医療関係者と患者ともに酒さ・赤ら顔に対する認知度の増加傾向が感じられる。しかしながら、潮紅や毛細血管拡張を主体とする紅斑毛細血管拡張型酒さに対する保険適用の治療方法は十分ではなく、今後の治験や臨床試験が期待される。5 主たる診療科皮膚科顔面の丘疹・膿疱を主たる皮疹形態とする疾患の多くは皮膚表面の表皮の疾患ではなく、真皮における炎症、肉芽腫性疾患、感染症、腫瘍性疾患である可能性が高い。皮膚炎症性疾患に頻用されるステロイド外用薬は、これらの疾患に効果がないばかりか、悪化させることがしばしば経験される。酒さは、ステロイドで悪化する代表的な皮膚疾患であり、安易なステロイド使用が患者と医療者の双方にとって望ましくない経過につながる。顔面に赤ら顔や丘疹や膿疱をみかける症例は、ステロイドなどの使用の前に鑑別疾患を十分に考慮する必要があるし、判断に迷う場合には外用薬を処方する前に速やかに皮膚科専門医にコンサルタントすることをお勧めする。※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報酒さナビ(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)National Rosacea Society(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)American Acne and Rosacea Society(医療従事者向けのまとまった情報、米国の本症の診療サイト)1)Aponte JL, et al. Hum Mol Genet. 2018;27:2762-2772.2)Yamasaki K, et al. Nat Med. 2007;13:975-980.3)Yamasaki K, et al. J Invest Dermatol. 2011;131:688-697.4)Muto Y, et al. J Invest Dermatol. 2014;134:2728-2736.5)Wada-Irimada M, et al. J Dermatol. 2022;49:519-524.6)Yamasaki K, et al. J Dermatol. 2022;49:1221-1227.7)Nielsen PG. Br J Dermatol. 1983;109:63-66.8)Nielsen PG. Br J Dermatol. 1983;108:327-332.9)Miyachi Y, et al. J Dermatol. 2022;49:330-340.10)van der Linden MMD, et al. Br J Dermatol. 2017;176:1465-1474.公開履歴初回2024年11月14日

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epilepsy(てんかん)【病名のルーツはどこから?英語で学ぶ医学用語】第15回

言葉の由来「てんかん」の英名は“epilepsy”(エピレプシー)といいます。この言葉は、ギリシャ語の“epilambanein”(取りつかれる)から派生したもので、古代ギリシャの魔術的な信仰を反映しています。当時、てんかんは悪霊に取りつかれて起こると考えられていたようです1)。そして、この言葉は、ラテン語を経て現代の英語にまで引き継がれています。言葉にも現れているとおり、古代から中世にかけて、てんかんの患者は不浄や悪と見なされており、てんかんに関連した差別も生み出されました。てんかんの発作も悪霊によるものと信じられていたため、治療として儀式やおはらいが行われました。18世紀に入って、てんかんが脳の異常な電気活動によるものであるという認識が広まり、現代の医学では、てんかんは脳の神経細胞の異常な放電が原因であることが明らかになっています。併せて覚えよう! 周辺単語けいれんseizure神経内科neurology異常な電気活動abnormal electrical activity抗てんかん薬antiepileptic drugs(AED)脳波electroencephalogram(EEG)この病気、英語で説明できますか?Epilepsy is a neurological disorder characterized by recurrent seizures caused by abnormal electrical activity in the brain. Seizures can vary in intensity and frequency and may include convulsions or loss of consciousness.参考1)Patel P, et al. Epilepsia Open. 2020;5:22-35.講師紹介

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第122回 人間はもうかなわない、AIの医師国家試験正答率98%超

o1-previewOpenAI社のChatGPTで私がよく使っているモデルの1つに、o1-preview1)というものがあります。複雑な推論を実行するために強化学習で訓練された新しいAIモデルで、選択する際も「高度な推論」とわざわざ明記されています。さて、推論といえば、臨床推論ですよね。この推論のプロであるo1-previewに医師国家試験を解かせたらどうなるか、という興味深い研究が行われました2)。人間の皆さん、悲報です。われわれはもうAIには勝てません。正答率98%超研究では主に2つの重要なベンチマークテストが使用されました。1つは医療分野の知識を評価する1,273問の多肢選択式問題セット「MedQA」です。このMedQAテストにおいて、モデルの進化による著しい性能向上が確認されました。医療特化型の初期モデルであるPubMedBERTは38.1%という低い正答率でしたが、GPT-3.5で60.2%まで向上し、GPT-4では86.1%に達しました。その後、Medpromptというプロンプト技術を使用したGPT-4は90.2%まで性能を引き上げることができ、さらにGoogleのMed-Geminiは91.1%を達成しました。そして最新のo1-previewは、プロンプトエンジニアリングを使用せずとも96.0%という驚異的な正答率を示しています。もう1つの重要なベンチマークは、日本の2024年2月実施の医師国家試験から作成された「JMLE-2024」です。これは275問から構成される新しいテストセットで、とくに重要なのは、この試験がモデルの知識カットオフ日以降に実施されたものという点です。このJMLE-2024において、o1-previewは98.2%というきわめて高い正答率を達成しました。この結果は、モデルが単に学習データを記憶しているだけでなく、真の推論能力を持っていることを示唆しています。さらに、日本語での出題にもかかわらずこのような高い正答率を達成したことは、言語の壁を越えた知識理解と推論能力の証拠となっています。やべえ!もう勝てねえ!ただ、今回の研究は、画像を含む問題や複数の正解がある問題を除外しています。私たちが悩むのは、単一問題よりも、複数回答がある問題ですよね。なので、まだきっとわれわれにも勝機はあるはず…、に違いない!参考文献・参考サイト1)Introducing OpenAI o1-preview. 2024 Sep 12.2)Nori H, et al. From Medprompt to o1: Exploration of Run-Time Strategies for Medical Challenge Problems and Beyond. arXiv:2411.03590v1 [cs.CL] 06 Nov 2024.

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市中肺炎の入院患者、経口抗菌薬単独での有効性

 市中肺炎の入院患者のほとんどで、静注抗菌薬から経口抗菌薬への早期切り替えが安全であることが無作為化比較試験で示されているが、最初から経口抗菌薬のみ投与した場合のデータは限られている。今回、入院中の市中肺炎患者を対象にβラクタム系薬の投与期間を検討したPneumonia Short Treatment(PST)試験の事後解析として、投与開始後3日間の抗菌薬投与経路を静脈内投与と経口投与に分けて有効性を比較したところ、有意差が認められなかったことをPST研究グループのAurelien Dinh氏らが報告した。Clinical Microbiology and Infection誌2024年8月号に掲載。 PST試験は、ICU以外の病棟に市中肺炎で入院した患者を対象に、投与開始から3日間はアモキシシリン・クラブラン酸または第3世代セファロスポリン(セフトリアキソン、セフォタキシム)を静脈内投与または経口投与し、その後プラセボ群とアモキシシリン・クラブラン酸群に無作為化して5日間経口投与した無作為化プラセボ対照試験である。本試験では、主要評価項目である抗菌薬の投与開始から15日目の治療失敗(「体温37.9℃超」「呼吸器症状の消失・改善なし」「原因を問わず抗菌薬を追加投与」の1つ以上)について、3日間投与が8日間投与に非劣性を示したことがすでに報告されている。 今回の事後解析では、投与経路別の有効性を調べるため、最初の3日間が静脈内投与、すべて経口投与の症例の治療失敗率を比較し、さらにサブグループ(アモキシシリン・クラブラン酸と第3世代セファロスポリン、アモキシシリン・クラブラン酸の静注と経口、多葉性肺炎、65歳以上、CURB-65スコア3~4)でも比較した。 主な結果は以下のとおり。・PST試験から200例が組み入れられ、最初の3日間静脈内投与の症例は93例(46.5%)、すべて経口投与の症例は107例(53.5%)であった。・15日目の治療失敗率は静脈内投与(26.9%)と経口投与(26.2%)で有意差はなかった(調整オッズ比:0.973、95%信頼区間:0.519~1.823、p=0.932)。・15日目の治療失敗率はサブグループ間で有意差はなかった。 著者らは「本研究は探索的事後解析で、少ない症例数とロジスティック回帰に基づいているため結論には限界がある」と述べ、またニューキノロン系薬が本試験から除外されていることから「入院を必要とする市中肺炎に対する投与経路による新たな無作為化比較試験が必要」としている。

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新PCIデバイスbioadaptor、アウトカム改善の可能性/Lancet

 経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を受けた患者における、持続的なnon-plateauing(非平坦化)による有害事象の発生は依然として重要な課題とされている。スウェーデン・ルンド大学のDavid Erlinge氏らは「INFINITY-SWEDEHEART試験」において、急性冠症候群を含む冠動脈疾患患者では、non-plateauingのデバイス関連イベントを軽減するように設計された新たなPCIデバイス(DynamX bioadaptor、Elixir Medical製)は、最新の薬剤溶出ステント(DES)に対し有効性に関して非劣性であり、non-plateauingデバイス関連イベントを軽減し、アウトカムを改善する可能性を示した。研究の成果は、Lancet誌2024年11月2日号に掲載された。スウェーデンの無作為化非劣性試験 INFINITY-SWEDEHEART試験は、スウェーデンの20の病院で実施したレジストリベースの単盲検無作為化対照比較非劣性試験であり、2020年9月~2023年7月に患者の無作為化を行った(Elixir Medicalの助成を受けた)。 Swedish Coronary Angiography and Angioplasty Registryのデータから、18~85歳、慢性または急性冠症候群の虚血性心疾患患者で、PCIの適応があり、1つの病変につき1つのデバイスの留置に適した最大3つのde novo病変を有する患者2,399例を選出した。 これらの患者を、DynamX bioadaptorを留置する群(bioadaptor群、1,201例、1,419病変)、またはDES(Onyxゾタロリムス溶出性ステント)を留置する群(DES群、1,198例、1,431病変)に無作為に割り付けた。 主要エンドポイントは、12ヵ月時点での標的病変不全(心血管死、標的血管関連の心筋梗塞、虚血による標的病変の再血行再建術の複合)とし、ITT解析を行った。両群の絶対リスク差の両側95%信頼区間(CI)の上限値が4.2%未満の場合に、非劣性と判定することとした。ランドマーク解析の結果は有意に良好 全体の年齢中央値は69.5歳(四分位範囲[IQR]:61.2~75.6)、575例(24.0%)が女性であった。急性冠症候群が1,838例(76.6%)含まれた。デバイス留置の成功率は、bioadaptor群が99.5%(1,411/1,417病変)、DES群は99.8%(1,429/1,431病変)であり、手技成功率はそれぞれ99.6%(1,193/1,199例)および99.9%(1,193/1,195例)だった。 12ヵ月時の標的病変不全の発生率は、bioadaptor群が2.4%(28/1,189例)、DES群は2.8%(33/1,192例)であり、両群のリスク差は-0.41%(95%CI:-1.94~1.11)と、DES群に対するbioadaptor群の非劣性の基準が満たされた(非劣性のp<0.0001)。 一方、事前に規定された6ヵ月の時点から12ヵ月時までのランドマーク解析では、Kaplan-Meier法による標的病変不全推定値は、DES群の1.7%(16/1,176例)に対し、bioadaptor群は0.3%(3/1,170例)と有意に良好であった(ハザード比[HR]:0.19、95%CI:0.06~0.65、p=0.0079)。 また、同様の解析による標的血管不全(心血管死、標的血管関連の心筋梗塞、虚血による標的血管の再血行再建術の複合)(bioadaptor群0.8%[8/1,167例]vs.DES群2.5%[23/1,174例]、HR:0.35[95%CI:0.16~0.79]、p=0.011)、および急性冠症候群患者における標的病変不全(0.3%[2/906例]vs.1.8%[12/895例]、0.17[0.04~0.74]、p=0.018)も、bioadaptor群で有意に優れた。デバイス血栓症の発生率は低い 安全性のアウトカムであるdefiniteまたはprobableのデバイス血栓症の発生率は低く、両群間に差はなかった(bioadaptor群0.7%[8/1,201例]vs.DES群0.5%[6/1,198例]、イベント発生率の群間差:0.16%[95%CI:-0.50~0.83])。 著者は、「これまでに得られたエビデンスに基づくと、この新デバイスはステント関連イベントの発生を軽減可能であるとともに、de novo病変患者の治療選択肢として有望視されるものであり、今後、長期の追跡を行って確認する必要がある」としている。

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レカネマブかドナネマブか?【外来で役立つ!認知症Topics】第23回

アルツハイマー病治療における新たな選択肢わが国でアルツハイマー病(AD)の疾患修飾薬として認可されたレカネマブとドナネマブのどっちがいい? 今日、これがAD治療の最前線の話題かもしれない。両者は、ADの原因物質とされてきたアミロイドを標的とする抗アミロイドβモノクローナル抗体である(図1)。図1 抗アミロイドβモノクローナル抗体が作用する仕組み画像を拡大する開発中のAD治療薬:ターゲットの新潮流ところが今日では、ADの新薬開発における主流は、このアミロイド、あるいはもう一つの老舗物質のタウから、ほかのターゲットへと移ってきている。たとえば炎症や免疫、またシナプスの可塑性と神経保護などへの薬である。とはいえ、「アルツハイマー病治療薬開発のPipeline:2024」1)が指摘するように、この種の薬剤が米国食品医薬品局に承認されるまでに、うまくいっても、基礎研究を入れると13年、臨床研究で8年弱かかる。だから当面はアミロイドとタウを標的とする薬剤の効果的な使い方が臨床現場の最大課題になるだろう。歴史的にみると、本疾患の名付け親のアロイス・アルツハイマー博士は、看取ったアウグステという女性の若年性AD患者の死後、脳を剖検した。その結果、この疾患の主要な病理所見は、アミロイドを主成分とする老人斑とタウが主成分の神経原線維変化(NFT)だとした。以来、治療薬開発においてアミロイドとタウが主流にあった。なおAD脳では、老人斑が出現した後に神経原線維変化が現れる。だから理論的には、病初期にアミロイドを消滅させればNFTも生じないはずである。ところが従来の研究的治療では、アミロイドを消してもADは進行した。どうもアミロイドはこの病気の火付け役であって、ほかにも悪役達がいると考えられるようになった。だから炎症や免疫、シナプスの可塑性や神経保護等に注目する創薬へシフトしたと言うこともできる。レカネマブとドナネマブの比較ポイントさて本題のレカネマブかドナネマブかを論じるうえでのポイントは、まずは効果、そして最大の副作用ARIA(脳血管周囲の浮腫と出血)の発生率だろう。またいずれも医療機関で点滴投与するだけに、投与頻度は大きな問題である。さらに作用機序の異同に注目する人も多い。効果の指標は、図2のように症状の軽減率と病気進行を遅らせる期間に要約されるだろう。レカネマブでは軽減率27%、期間7.5ヵ月2)、またドナネマブでは28.9%、5.4ヵ月3)とされる。ほぼ互角といってよい。副作用ARIAは、レカネマブで脳の浮腫や滲出液貯留(ARIA-E)が12.6%、微小出血(ARIA-H)が17.3%認められた。ドナネマブではARIA-Eが24.0%、ARIA-Hは31.4%であった。これについてはレカネマブが優れているかもしれない。投与方法はいずれも点滴であり、前者は2週間に1度、後者は4週間に1度である。これについて多くの人はドナネマブを好むだろう。図2 効果の指標:症状の軽減率と病気進行を遅らせる期間画像を拡大するアミロイドβターゲットの違いレカネマブとドナネマブのターゲットの違いは図3のとおりだ。アミロイド、とくにアミロイドβは、初めは小さなかたまり(凝集体)だが、だんだんと大きな老人斑へと成長する。かたまりの大きさに応じて、モノマーとかオリゴマーなど「プロトフィブリル」と総称される初期の段階を経て、最終的に老人斑として沈着する。レカネマブはプロトフィブリルと、より大きなアミロイド斑とに結合するとされる。一方ドナネマブは、脳に沈着後にある程度の時間が経ち「ピログルタミル化」という修飾がなされたアミロイド斑に選択的に結合する。図3 レカネマブとドナネマブのターゲット画像を拡大するさて、アミロイドが神経細胞に対して持つ毒性は、老人斑にあるのではない。その比較的初期の段階に最も毒性が強いとされる。それならレカネマブのほうがより効果は強いのではないかと思える。ところが実際には、効果はまあ互角である。これに関しては、臨床の場では、まだ知られていない作用や効果の関与があるのかもしれない。今後のAD治療の展望終わりに、AD治療薬の開発もその普及も容易ではない。たとえば、ドネペジルに先んじて1993年にAD治療薬の嚆矢となったコリンエステラーゼ阻害薬tacrineは肝毒性のためすぐに発売後すぐに市場から消えた。また世界初の疾患修飾薬aducanumabは、2024年1月31日、製造も治験も中止になってしまった。これからのAD治療において、疾患修飾薬への一辺倒にはならないだろうと思う。実際、両方の薬剤の治験では、ドネペジルなど既存の対症療法薬も併用されたケースが多かった。既存薬は残存神経細胞にいわば「喝!」を入れ、疾患修飾薬は病気の進行に「歯止め」をかけるものだろう。だから基本方針は、対症療法と病気進行阻止の両者を併用することだろう。心配される併用による副作用だが、両薬剤の治験において、そのような副作用は聞いていない。今後は、臨床の場では、併用による相乗効果をもたらすような投与法のさじ加減が注目されるだろう。参考1)Cummings J, et al. Alzheimer's disease drug development pipeline: 2024. Alzheimer's disease drug development pipeline: 2024. Alzheimers Dement (N Y) . 2024;10:e12465.2)van Dyck CH, et al. Lecanemab in Early Alzheimer's Disease. N Engl J Med. 2023;388:9-21.3)Sims JR, et al. Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease: The TRAILBLAZER-ALZ 2 Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023;330:512-527.

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英語で「念のために」は?【1分★医療英語】第156回

第156回 英語で「念のために」は?《例文1》Let's give it another week, just to be on the safe side.(念のため、もう1週間様子を見ましょう)《例文2》I need to take an X-ray, just to be on the safe side and make sure there's no fracture.(念のため、骨折がないか確認するのにレントゲンを撮りたいと思います)《解説》“just to be on the safe side”は直訳すると「安全な側にいるようにするために」となり、「起こりうる問題を避けるために何かをする」というニュアンスを表現する言葉です。医療現場で、見逃すと致死的になる疾患などを除外するため検査を行いたいときなどによく使う表現です。「念のために」を表すほかの表現としては、“just in case”や“just to be sure”などといったフレーズがあります。安全策のために、本来行うべきことよりも過剰に検査や治療を行うことを表す表現としては、“to make sure we are not missing anything”(何か見落としがないか確認するために)や、“I’d rather be safe than sorry.”(後悔するくらいなら安全策を取るべきです)などがあります。講師紹介

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冠動脈血行再建術のガイド、QFRは支持されず/Lancet

 中等度の冠動脈狭窄を有する患者の血行再建術を決定するガイドとして、1年後の臨床アウトカム(死亡、心筋梗塞、予定外の血行再建術)に関し、定量的流量比(QFR)は心筋血流予備量比(FFR)に対して非劣性の基準を満たさず、FFRが利用可能な場合はQFRの使用は支持されないことが、デンマーク・オーフス大学のBirgitte Krogsgaard Andersen氏らが実施した「FAVOR III Europe試験」で示された。研究の詳細は、Lancet誌オンライン版2024年10月30日号で報告された。欧州11ヵ国の無作為化非劣性試験 FAVOR III Europe試験は、侵襲的冠動脈造影中に冠動脈へのプレッシャーワイヤーの留置を要するFFRに対して、これを必要としないQFRの非劣性の検証を目的とする非盲検無作為化対照比較非劣性試験であり、2018年11月~2023年7月に欧州11ヵ国34施設で患者を登録した(Medis Medical Imaging Systemsなどの助成を受けた)。 年齢18歳以上、慢性冠症候群または安定化した急性冠症候群で、少なくとも1つの中等度の非責任病変(肉眼的評価で直径40~90%の狭窄)を有する患者を対象とした。 被験者を、QFRガイドを受ける群またはFFRガイドを受ける群に1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要エンドポイントは、12ヵ月時点での死亡、心筋梗塞、予定外の血行再建術の複合とした。非劣性マージンは3.4%に設定し、主解析はITT集団で行った。死亡、心筋梗塞、予期せぬ血行再建術も多い傾向 2,000例を登録し、QFR群に1,008例、FFR群に992例を割り付けた。全体の年齢中央値は67.3歳(四分位範囲[IQR]:59.9~74.7)で、462例(23.1%)が女性であった。1,941例中1,300例(67.0%)が慢性冠症候群、641例(33.0%)が急性冠症候群であった。手技成功率はQFR群96.9%、FFR群96.4%で、全体の追跡期間中央値は365日(IQR:365~365)だった。 12ヵ月の時点で、主要エンドポイントのイベントはQFR群の67例(6.7%)、FFR群の41例(4.2%)で発生した(ハザード比[HR]:1.63、95%信頼区間[CI]:1.11~2.41)。イベント発生割合の差は2.5%(90%CI[両側]:0.9~4.2)であり、90%CIの上限値が事前に規定された非劣性マージン(3.4%)を上回っており、QFRのFFRに対する非劣性の基準は満たされなかった。 死亡は、QFR群14例(1.4%)、FFR群11例(1.1%)で発生した(HR:1.25、95%CI:0.57~2.76)。また、心筋梗塞はそれぞれ37例(3.7%)および20例(2.0%)で発生し(1.84、1.07~3.17)、予定外の冠動脈血行再建術は33例(3.3%)および24例(2.5%)で行われた(1.36、0.81~2.30)。手技関連有害事象は18例ずつに 手技関連の有害事象は各群18例(1.8%)で発現した。最も頻度の高い手技関連有害事象は手技関連心筋梗塞であり、QFR群で10例(1.0%)、FFR群で7例(0.7%)に認めた。QFR群の1例が手技関連の腎不全により死亡した。 著者は、「QFRは、最近、欧州心臓病学会(ESC)のクラス1Bの適応を得たが、本研究の知見では、FFRが使用可能な状況においては、QFRはFFRの合理的な代替法ではない可能性があり、QFRの診断能を改善するためにさらなる開発を進める必要がある」としている。

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PIK3CA変異進行乳がん1次治療、inavolisib追加でPFS改善/NEJM

 PIK3CA変異陽性、ホルモン受容体陽性、HER2陰性の局所進行または転移を有する乳がん患者の治療において、パルボシクリブ+フルベストラントにプラセボを加えた場合と比較して、パルボシクリブ+フルベストラントにPI3Kα阻害薬inavolisibを追加すると、無増悪生存期間(PFS)が有意に延長した一方で、一部の毒性作用の発生率が高いことが、英国・Royal Marsden Hospital and Institute of Cancer ResearchのNicholas C. Turner氏らが実施した「INAVO120試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌2024年10月31日号に掲載された。国際的な無作為化プラセボ対照第III相試験 INAVO120試験は、進行乳がんにおけるinavolisib追加の有用性の評価を目的とする二重盲検無作為化プラセボ対照第III相試験であり、2020年1月~2023年9月に28ヵ国で患者を登録した(F. Hoffmann-La Rocheの助成を受けた)。 対象は、PIK3CA変異陽性、ホルモン受容体陽性、HER2陰性の局所進行または転移を有する乳がんの女性(閉経の前/中/後かは問わない)または男性で、術後補助内分泌療法中または終了後12ヵ月以内に再発した患者であった。 被験者を、1次治療としてinavolisib(9mg、1日1回、経口投与)とパルボシクリブ+フルベストラントを併用投与する群(inavolisib群)、またはプラセボとパルボシクリブ+フルベストラントを併用投与する群(プラセボ群)に1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要評価項目は、担当医の評価によるPFS(無作為化から病勢進行または全死因死亡までの期間)であった。全生存率は有意差がない 325例を登録し、inavolisib群に161例、プラセボ群に164例を割り付けた。全体の年齢中央値は54.0歳(範囲:27~79)、319例(98.2%)が女性、195例(60.0%)が閉経後女性であり、167例(51.4%)が3つ以上の臓器に転移を、260例(80.0%)が内臓(肺、肝、脳、胸膜、腹膜)転移を有し、269例(82.8%)が過去に術前または術後補助化学療法を受けていた。追跡期間中央値は、inavolisib群21.3ヵ月、プラセボ群21.5ヵ月だった。 PFS中央値は、プラセボ群が7.3ヵ月(95%信頼区間[CI]:5.6~9.3)であったのに対し、inavolisib群は15.0ヵ月(11.3~20.5)と有意に延長した(病勢進行または死亡のハザード比[HR]:0.43、95%CI:0.32~0.59、p<0.001)。また、感度分析として盲検下独立中央判定による無増悪生存期間の評価を行ったところ、結果は担当医判定と一致していた(0.50、0.36~0.68、p<0.001)。 一方、6ヵ月、12ヵ月、18ヵ月時の全生存率は、inavolisib群がそれぞれ97.3%、85.9%、73.7%、プラセボ群は89.9%、74.9%、67.5%であり、両群間に有意差を認めなかった。死亡のHR(inavolisib群vs.プラセボ群)は0.64(95%CI:0.43~0.97、p=0.03)であり、事前に規定された有意差の境界値(p<0.0098)を満たさなかった。 客観的奏効率はinavolisib群が58.4%、プラセボ群は25.0%(群間差:33.4%ポイント、95%CI:23.3~43.5)、奏効期間中央値はそれぞれ18.4ヵ月および9.6ヵ月(HR:0.57、95%CI:0.33~0.99)であった。重篤な有害事象inavolisib群24.1%、試験薬投与中止6.8% Grade3/4の有害事象は、inavolisib群が80.2%、プラセボ群は78.4%で発現した。このうちinavolisib群で多かったGrade3/4の有害事象として、高血糖(5.6% vs.0%)、口内炎/粘膜炎症(5.6% vs.0%)、下痢(3.7% vs.0%)を認め、Grade3/4の皮疹は両群とも観察されなかった。 重篤な有害事象はinavolisib群24.1%、プラセボ群10.5%、Grade5(致死性)の有害事象はそれぞれ3.7%および1.2%で発現し、有害事象による試験薬の投与中止は6.8%(inavolisib 6.2%、パルボシクリブ4.9%、フルベストラント3.1%)および0.6%(有害事象によるパルボシクリブ、フルベストラントの投与中止はない)で発現した。 著者は、「本研究では、これらの患者集団において、総投与量を用いたPI3Kα阻害薬(inavolisib)+CDK4/6阻害薬(パルボシクリブ)+内分泌療法(フルベストラント)の併用療法は、PFSを大幅に改善した。一部の有害事象の発現率が高いものの安全性プロファイルは良好であったことから、この治療法は新たな治療選択肢となる可能性がある」としている。

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第236回 トランプ氏の返り咲きで変わる?アメリカの医療制度の行方

世界が固唾をのんで見守った米大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプ氏(78歳)が全米の選挙人過半数の270人以上を獲得することが確実になり、第47代大統領として返り咲くことが決定的となった。アメリカの大統領としては史上最高齢であり、選挙中2度もの暗殺未遂を切り抜け、さらに退任後の大統領返り咲きは建国以来132年ぶりという異例づくしである。ウクライナ紛争を「24時間以内に終結させる」という明白な放言(あえて不謹慎な言い方をすると、もしそれを実現するならばウクライナ・ロシア両国の指導層を入れ替えるために両国の首都に核兵器を使用することくらいしか私には思い浮かばない)をするトランプ氏が、今後アメリカをどのように導くのかは注目に値する。アメリカの医療制度の行方さて、今回の大統領選挙の争点の一つになりそうだったにもかかわらず、実質的にはほとんど争点にならなかったものがある。それは2010年3月に民主党のバラク・オバマ大統領政権下で制定された患者保護及び医療費負担適正化法(Patient Protect and Affordable Care Act)、通称オバマケアである。ご存じのようにアメリカでは日本のような国民皆保険制度ではなく、勤務先を通じたり個人で加入する民間医療保険を基本とし、これを高齢者と障害者向け公的医療保険のメディケアと低所得者向けの政府・州による医療給付制度のメディケイドが補完する制度設計である。この結果としてメディケアやメディケイドのカバー範疇には入らず、なおかつ所得が低いため民間保険に加入できない無保険者が2010年の米・国勢調査局の報告書「Current Population Survey Annual Social and Economic Supplement (CPS ASEC)」によると、人口の16.3%に当たる約4,900万人と報告されていた。また、2009年に当時のハーバード大学教授のエリザベス・ウォーレン氏(現在は民主党所属のマサチューセッツ州選出上院議員)が発表した論文では、医療関連負債(医療費支払いや病気が原因による収入減)が原因の自己破産は、自己破産者の約62%にのぼる。このような現状を打開するために制定されたのがオバマケアだが、これはメディケイドのカバー範囲を広げるとともに、それでも無保険になる人へは州あるいは政府が運営する医療保険取引所(事実上、単なるインターネットでの保険申し込みの場)を通じた保険加入を義務付け、取引所を通じた加入では所得水準により補助金が支給される。このほかにも民間、公的のいずれでも医療保険がカバーする標準範囲を定めたほか、一定規模以上の企業では従業員向けの団体医療保険の提供義務付け、民間保険会社に対する既往歴などでの加入拒否の禁止、保険未加入者に対する罰金なども定められた。日本人の感覚からすると、かなり至れり尽くせりの制度のようにも思えるが、制定当初はアメリカの主要世論調査機関ともいえるピュー・リサーチセンターやギャラップの調査で、反対派が賛成派を上回る状況だった。背景には、政府による市民生活への介入を最小限にしてなるべく民間に任せる、いわゆる「小さな政府」を望む共和党支持者の声や公的カバー範囲拡大に伴う増税や保険会社による保険料引き上げに対する懸念があったとされる。オバマ氏退任後の大統領選に共和党候補として初出馬したトランプ氏は、オバマケアを標的にし、廃止するとまで言い切った。トランプ氏の就任1期目最初の大統領令がオバマケア見直しを目的とするものだったことからも、その熱の入れようがうかがえる。しかし、共和党が提出した代替法案は一部給付範囲の縮小や既往歴に基づく高額保険料の徴収を認めるというマイナーチェンジはあったものの、オバマケアの骨格を残したもの。それすらも下院で共和党の賛成多数で法案は通過しながら、あろうことか上院で共和党穏健派の造反を招き、成立断念に追い込まれた。奇しくもこの時、上院で造反したのは共和党の重鎮で2008年の大統領選でオバマ氏に敗れたジョン・マケイン氏である。ちなみにトランプ氏とマケイン氏は同じ共和党でも犬猿の仲と言われ、ベトナム戦争期に海軍パイロットとして操縦機の撃墜に遭い、拷問などを受けながら北ベトナム領内で5年間の捕虜生活を送ったマケイン氏のことを、トランプ氏は「捕虜になるような人間は好きじゃない」と公の場で揶揄。トランプ氏の1期目在任中の2018年、マケイン氏が上院議員のまま脳腫瘍で亡くなった際は、大統領だったトランプ氏はホワイトハウスに掲げた半旗を短時間で戻して批判を浴びただけでなく、マケイン氏の遺族が意図的に葬儀へ招待をしなかったほどだ。トランプ氏、今はオバマケアに興味なし?さて今回の大統領選で民主党側の候補者が副大統領のカマラ・ハリス氏に交代後、オバマケアが両候補の間で直接話題に上ったのはABCニュース主催で行われた大統領候補討論会である。この時、トランプ氏と討論司会者の間で以下のようなやり取り(要約抜粋)があった。司会者オバマケアに代わるものの計画はありますか? もしあるなら、それが何なのか教えてください。トランプ私がオバマケアを引き継いだのは、民主党がそれを変えようとしなかったからです。彼らは全員一致で投票しませんでした。彼らはそれを変えるために投票しなかったのです。もし彼らが投票していたら、われわれはオバマケアよりもはるかに良い計画を作れたでしょう。しかし、民主党はそれを支持しませんでした。この辺がなんともトランプ氏らしい。前述のように、1期目の時に共和党が示した代替法案が成立しなかったのは同党からの造反があったからだ。この件について重ねて司会者から「イエスかノーで答えてください。あなたにはまだ、オバマケアに代わる計画はないのですか?」と問われて次のように答えている。トランプ私には計画の概念がありますが、私は今、大統領ではありません。しかし、もしわれわれがより良いより安価な何かを思いつけば、私が大統領の時にそれを変更するでしょう。まあ、この発言を聞く限り、1期目に実現しなかった代替法案「American Health Care Act(AHCA)」以上のものはないか、少なくとも本人の頭の中にはまったくプランがないかのどちらかだろうと個人的には推察している。このように感じるのは、実は1期目の時でさえ、トランプ氏はこの問題をマイク・ペンス副大統領にほぼ任せていたと言えなくもないからだ。その意味では2期目のトランプ政権では、この問題を副大統領となるJ・D・バンス氏が担当することになるのかもしれない。もっとも、作家やベンチャーキャピタリストという経歴を有し、一時はトランプ氏と対立関係にありながら、上院議員に立候補後はトランプ氏にすり寄ったポピュリスト的なバンス氏自身もつかみどころがないのが実際だ。今回、同時に実施された上下両院選挙でも共和党は過半数を制し、トランプ氏にとって目の上のたんこぶだったマケイン氏ももうこの世の人ではない以上、政治上はオバマケア廃止の障害はなさそうに見える。しかし、実は最大の障害は世論である。かつては反対派が上回っていたオバマケアに対し、2021年のピュー・リサーチセンターの調査、2023年のギャラップの調査ともに支持が過半数を超えているのだ。さらに非営利団体のカイザーファミリー財団が行っている世論調査「カイザー・ヘルス・トラッキング・ポール」の2024年4月の調査では、オバマケアを指示する人は62%まで達している。こうした風向きの変化に加え、アメリカ国民は現在の物価高にあえいでいる。苦境に置かれた市民の期待が今回のトランプ氏支持の根っこにあるとの指摘は多い。そうした中で苦境にあえぐ人々の実質負担増になる可能性が高いオバマケアの大幅改変は難しいように思える。いずれにせよ、今後の動向は良くも悪くも目が離せないと感じている。

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