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がん患者における血栓症は、頻度が多いにも関わらず見逃されやすい病気です。慎重な身体診察と適切な検査を行うことで、早期診断、早期治療を行うことが重要です。近年、がん患者の血栓症の発症頻度は増加傾向にあり、がん関連血栓症(CAT :Cancer-Associated Thrombosis)と呼ばれて注目されています。とくに、深部静脈血栓症(DVT)と肺血栓塞栓症(PTE)を合わせた静脈血栓塞栓症(VTE :venous thromboembolism)の頻度が高く、入院中のがん患者では約20%に起こると報告されています1)。主な原因は、がんや治療による血液凝固能の異常な活性化、長期臥床や血管の圧迫などによる血流のうっ滞、検査や治療による血管内皮障害により静脈血栓が形成されやすくなることです。さらに、診断率の向上、がん治療の長期化、がん患者の高齢化、心血管毒性を有する抗がん剤の使用なども増加の一因と考えられています。一方、がん患者の動脈血栓塞栓症の頻度は1%以下ですが、脳梗塞、心筋梗塞、末梢動脈疾患などの重篤な病態の原因となり注意が必要です。本稿では、VTEの診断と治療のポイントを解説します。症状と診断VTEを診断するための重要なポイントは、症状を見逃さないように注意深く病歴を聴取し、全身の診察を怠らないことです。DVTの症状では、四肢の腫脹、疼痛、皮膚の色調変化が重要ですが、時に症状に乏しく突然のPTEを来たして診断されることもあります。PTEの症状では、呼吸困難、胸痛が多く、そのほかに咳嗽、喘鳴、動悸、失神などが見られます。急性PTEは致死率が高いため、Dダイマー上昇などの検査所見からVTE を疑うことも重要です。(表1)にDVT、PTEの診断を予測する代表的な「Wellsスコア」「改訂ジュネーブスコア」を示します。「Wellsスコア」では合計点数が3点以上では高リスクで精査が必要ですが、2点以下(低or中リスク)でDダイマー陰性であればDVTの可能性は低くなります2)。「改訂ジュネーブスコア」においてPTEの頻度は1点以下で7.7%(95%信頼区間[CI]:5.2~10.8)、2~4点で29.4%(%同:26.6~33.1)、5点以上では64.3%(同%:48.0~78.5) と予測されています3)。日本のガイドラインでも、問診・診察・Dダイマー検査を行い、DVTが疑われる場合は下肢静脈超音波検査・造影CT、PTEの場合は胸部造影CTなどで確定診断を行うことを推奨しています4)。(表1)DVT、PTE診断における代表的なスコア画像を拡大するVTEのリスク因子がん患者におけるVTE発症のリスク因子は(表2)に示すように患者・がん・治療関連の因子に大別されます。先天性血栓素因やVTEの既往などの一般的な患者関連リスク因子に加えて、がん関連またはがん治療関連リスク因子が報告されています。がんの原発部位別にみると、膵臓がん、胃がん、脳腫瘍でVTEのリスクが高く、組織型、進行度も重要です。また、大手術や中心静脈カテーテル留置もリスクを上げます5)。化学療法中のがん患者は、非がん患者と比べるとVTE発症のリスクが6~7倍上昇すると報告され6)、とくに血管新生阻害薬、血液がんの治療に用いる免疫調整薬、ホルモン療法(タモキシフェンなど)では注意が必要です。(表2)がん患者のVTE発症リスク因子画像を拡大する管理法・治療法VTEの標準治療は抗凝固療法です。本邦で使用可能な抗凝固療法には点滴製剤である未分画ヘパリン(海外では低分子ヘパリンが推奨)、経口製剤としてワルファリン、直接経口抗凝固薬(DOAC)のアピキサバン、エドキサバン、リバーロキサバンなどがあり、経口製剤単独もしくは点滴製剤と組み合わせて治療を行います。DOACは、がん患者を対象とした大規模臨床試験(Hokusai-VTE Cancer7)、CARAVAGGIO8)、SELECT-D9))において、VTE再発や重篤な出血に関して低分子ヘパリンと比較して遜色ない良好な成績が示されたことから、海外の最新のガイドラインではがん患者の急性VTEに対する治療として推奨されています10)。しかし、がん患者では抗がん剤と抗凝固薬との薬物相互作用(例:ワルファリンと5−FU)、抗凝固療法による出血リスクの上昇など、患者ごとに慎重な抗凝固療法の適応判断と薬剤選択を検討する必要があります。抗凝固療法の継続期間は、がん患者では再発リスクの観点から3ヵ月以上の長期的な使用が推奨されています。(表3)DOAC3剤とワルファリンの注意点画像を拡大するそのほかの治療として、血行動態が不安定となるような重症PTEに対して血栓溶解療法(商品名:クリアクター)や外科的血栓除去術を行うこともあります。また抗凝固療法が困難な症例や、抗凝固療法を行っているにもかかわらずVTEが増悪する症例に対しては下大静脈フィルターを留置し突然死を予防することもあります。VTEを発症した症例において、がん治療を中断・中止すべきかどうかは、個々の例の状況に応じて、腫瘍内科医と循環器内科医とが緊密に連携して検討する必要があります。1)Lecumberri R, et al. Thromb Haemost. 2013;110:184-190.2)Wells PS, et al. Lancet.1995;345:1326-1330.3)Klok FA, et al. Arch Intern Med. 2008;168:2131-2136.4)日本循環器学会編. 日本循環器学会編. 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン)2017年改訂版)5)Ay C, et al. Thromb Haemost. 2017;117:219-230.6)Blom JW, et al. JAMA. 2005,;293:715-722.7)Raskob GE, et al. N Engl J Med. 2018;378:615-624.8)Agnelli G, et al. Engl J Med. 2020;382:1599-1607.9)Young AM, et al. J Clin Oncol. 2018;36:2017-2023.10)Stevens SM, et al. Chest. 2021 Aug 2.[Epub ahead of print]講師紹介