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抗凝固薬の宿命 “出血しない抗凝固薬はない”。もともと抗凝固薬自体に出血をさせる力はないが、一旦出血したら止血するのに時間がかかるために出血が大事をもたらすこととなる。そもそも出血傾向をもたらすことが抗凝固薬の主作用であるので至極自明なことではあるのだが、直接経口抗凝固薬(DOAC)だけでなくビタミンK依存性凝固因子の生合成阻害薬であるワルファリンを含めて、“凝固薬自体が出血を起こさせた”と理解している方がいかに多いことか。 近年、わが国だけでなく欧米においても、心房細動により生成される心内血栓が遊離して塞栓となる心原性脳血栓塞栓症には多大な配慮を行っている。この理由として、この心原性脳血栓塞栓症の発症自体は年間3~4%と低い発症率と推定されてはいるが、脳梗塞の他の病態であるアテローマ性やラクナ梗塞と同程度の頻度があり決して少なくないという点、さらに一旦発症すると非常に大きな血栓塊であることが多いため、2割が急死、4割が要介護4以上という悲惨な病状に追い込まれ、由緒正しい重度の寝たきりとなる危険性があるためである。このことは、わが国だけでなく国際的にも医療費の膨大に頭を悩ませている関係者においても、由々しき疾患であることは間違いない。そこで、抗凝固薬をなるべく多くの心房細動患者に投与し、少しでも寝たきりとなる症例を減らそうということになるが、すべからく前述の消化管出血への適切な対応が問題として浮上してくる。この、抗凝固薬の宿命ともいえる命題に対して、(1)最も上部消化管出血が少ない抗凝固薬はどれか?(2)上部消化管出血をプロトンポンプ阻害薬(PPI)は本当に予防できるのか? の2点をコホートで検証したのが本論文である。本論文のポイントは? 本論文は、2011年1月1日~2015年9月30日までにおけるメディケア受益者のデータベースを用いた後ろ向きコホート研究である。比較した抗凝固薬は、アピキサバン、ダビガトラン、リバーロキサバン、そしてワルファリンの4剤で、上部消化管出血の頻度を比較し、PPI併用あるいはPPIなしで上部消化管出血の予防効果も比較している。主要評価項目は、上部消化管出血による入院とし、抗凝固療法1万人年当たりの補正後発生率およびリスク差(RD)、発生率比(IRR)を算出。解析対象は、新規に抗凝固薬が処方された171万3,183件、164万3,123例(平均76.4歳、追跡65万1,427人年、女性56.1%、心房細動患者74.9%)。 PPI併用のなかった75万4,389人年で、上部消化管出血の発生は7,119件、補正後発生率115件/1万人年であった。薬剤別では、リバーロキサバン144件/1万人年、アピキサバン73件/1万人年、ダビガトラン120件/1万人年、ワルファリン113件/1万人年であり、上部消化管出血発生率はリバーロキサバンが最も高率、アピキサバンはダビガトラン、ワルファリンよりも有意に低かった。 PPI併用のある26万4,447人年では、上部消化管出血の発生は2,245件、補正後発生率は76件/1万人年であり、PPI併用なしと比較して上部消化管出血による入院を大きく減らした(IRR:0.66)。このことは、抗凝固薬の種類によらず(アピキサバン[IRR:0.66、RD:-24]、ダビガトラン[IRR:0.49、RD:-61.1]、リバーロキサバン[IRR:0.75、RD:-35.5]、ワルファリン[IRR:0.65、RD:-39.3])、いずれにもPPIは有効であった。本論文の意義と読み方 本論文の結論は、以下の2点である。(1)上部消化管出血による入院率は、リバーロキサバンで最も高く、アピキサバンで最も低い。(2)各抗凝固薬いずれもPPIは有効であり、上部消化管出血による入院率を低減させる。 メディケア受益者のデータベースを用いた後ろ向きコホート研究は、これまでも抗凝固薬に関連した多くの報告をしており、抗凝固薬の特性から到底割り付け困難と思われるワルファリンとの大規模無作為比較試験の結果を補正するリアルワールドの実臨床に則したデータを示してきた。DOAC間ではリバーロキサバンがアピキサバンに比べて明らかに大出血率が高い(HR:1.82)ことは以前にも報告されており1)、同じデータベースに基づくだけに結論が同じとなることは必定、新鮮味がないことは否めない。メディケアは、65歳以上の高齢者と障害者のための米国医療保険であり、国が運営する制度であるが、メディケアを受給できる人は一定の条件を満たす特別な米国人であることを忘れてはならない。あくまでも、保険請求のあった主観的な事後報告のコホート試験である。医師の薬剤選択によるバイアスや他の雑多な患者選択特性をプロペンシティ・スコア・マッチングでそろえて比較した試験であるので、エビデンスレベルとしてはお世辞にも決して高くはない。また何よりも抗凝固薬に対する大規模比較試験では、人種差や医療レベルの違いが副作用としての消化管出血の頻度に大きく影響することもすでに指摘されており、この論文の結果そのものがわが国でも当てはまるとは限らないことを強調したい。PPIの強力な上部消化管出血予防効果には既存の報告からも疑問の余地はないが、果たして万人に必要か否か、どのような患者に必要なのかという命題が依然残ることは致し方ない。最後に 確かに、近年報告される抗凝固薬を比較した大規模試験においては、リバーロキサバンの易出血性を結論付けている報告が多く、ある意味人種差を超越している。このことから、ある程度リバーロキサバンの持つ薬剤特性を捉えている可能性はあるが、DOAC相互を直接比較した無作為比較試験はいまだないことから、今なお断言できない。この命題から答えを導き出すには、わが国での製薬業界が定めた自主規制という名の行き過ぎたレギュレーションが大きな弊害となっていると憂慮するのは、私だけだろうか。