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腎盂腎炎のときによく使う抗菌薬セフトリアキソンを極める!Teaching point(1)セフトリアキソンは1日1回投与が可能で、スペクトラムの広さ、臓器移行性のよさ、腎機能での調整が不要なことから、腎盂腎炎に限らず多くの感染症に対して使用される(2)セフトリアキソンとセフォタキシムは、スペクトラムがほぼ同じであるが、投与回数の違い、腎機能での調整の有無の違いがある(3)セフトリアキソンは利便性から頻用されているが、効かない菌を理解し状況に合わせて注意深く選択する必要があることや、比較的広域な抗菌薬で耐性化対策のために安易に使用しないことに注意する(4)セフトリアキソンは、1日1回投与の特徴を活かして、外来静注抗菌薬療法(OPAT)に使用される1.セフトリアキソンの歴史セフトリアキソンは、1978年にスイスのF. Hoffmann-La Roche社のR. Reinerらによって既存のセファロスポリン系薬よりさらに強い抗菌活性を有する新しいセファロスポリンの研究開発のなかで合成された薬剤である。特徴としては、強い抗菌活性と広い抗菌スペクトラムならびに優れたβ-ラクタマーゼに対する安定性を有し、かつ既存の薬剤にはない独特な薬動力学的特性をも兼ね備えている。血中濃度半減期が既存のセファロスポリンに比べて非常に長く、組織移行性にも優れるため、1日1回投与で各種感染症を治療し得る薬剤として、広く使用されている。わが国においては、1986年3月1日に製造販売承認後、1986年6月19日に薬価基準収載された。海外では筋注での投与も行うが、わが国においては2024年8月時点では、添付文書上は認められていない。2.特徴セフトリアキソンは、セファゾリン、セファレキシンに代表される第1世代セファロスポリン、セフォチアムに代表される第2世代セファロスポリンのスペクトラムから、グラム陰性桿菌のスペクトラムを広げた第3世代セファロスポリンである。多くのセファロスポリンと同様に、腸球菌(Enterococcus属)は常に耐性であることは、同菌が引き起こし得る尿路感染や腹腔内感染の治療を考える際には重要である。その他、グラム陽性球菌としては、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に耐性がある。グラム陰性桿菌は、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、Stenotrophomonas maltphilia、偏性嫌気性菌であるBacteroides fragilisはカバーせず、アシネトバクター・バウマニ(Acinetobacter baumannii)も感受性があることが少ない。ESBL(extended-spectrum β-lactamase:基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ)産生菌やAmpC過剰産生菌といった耐性菌に対しては感受性がない。グラム陽性桿菌は、リステリア(Listeria monocytogenes)をカバーしない。血漿タンパク結合率が85~95%と非常に高く、半減期は健康成人で8時間程度と長いため、1日1回投与での治療が可能な抗菌薬となる。タンパク結合していない遊離成分が活性をもつ。そのため、重症患者ではセフトリアキソンの実際のタンパク結合は予想されるより小さいとされているが1)、その臨床的意義は現時点では不明である。排泄に関しては、尿中排泄が緩徐であり、1gを投与12時間までの尿中には40%、48時間までには55%の、未変化体での排泄が認められ、残りは胆汁中に、血清と比較して200~500%の濃度で分泌される。水溶性ではあるが、胸水、滑液、骨を含む、組織や体液へ広く分布し、髄膜に炎症あれば脳脊髄移行性が高まり、高用量投与で髄膜炎治療が可能となるため、幅広い感染症に使用される。3.腎盂腎炎でセフトリアキソンを選択する場面は?腎盂腎炎の初期抗菌薬治療は、解剖学的・機能的に正常な尿路での感染症である「単純性」か、それ以外の「複雑性」かを分類し、さらに居住地域や医療機関でのアンチバイオグラム、抗菌薬使用歴、過去の培養検査での分離菌とその感受性結果を踏まえて抗菌薬選択を行う。いずれにしても腎盂腎炎の起因菌は、主に腸内細菌目細菌(Enterobacterales)となり、大腸菌(Escherichia coli)、Klebsiella属、Proteus mirabilisが主な起因菌となる2)。セフトリアキソンは一般的にこれらをすべてカバーするため、多くのマニュアルにおいて第1選択とされている。しかし、忘れられがちであるが、セフトリアキソンは比較的広域な抗菌薬であり、これらの想定した菌の、その地域でのアンチバイオグラム上のセファゾリンやセフォチアムの耐性率が低ければ、1日1回投与でなければいけない事情がない限り、後述の耐性化のリスクや注意点からも、セファゾリンやセフォチアムといった狭域の抗菌薬を選択すべきである。アンチバイオグラムを作成していない医療機関での診療の場合は、厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業(Japan Nosocomial Infections Surveillance:JANIS)の都道府県別公開情報3)や、国立研究開発法人国立国際医療研究センター内のAMR臨床リファレンスセンターが管理する感染対策連携共通プラットフォーム(Japan Surveillance for Infection Prevention and Healthcare Epidemiology:J-SIPHE)の公開情報4)を参考にする。国内全体を見た場合にはセファゾリンに対する大腸菌の耐性率は高く、多くの施設において使用しづらいのは確かである。一方で、セフトリアキソンは、前述の通り耐性菌である、ESBL産生菌、AmpC過剰産生菌、緑膿菌はカバーをしないため、これらを必ずカバーをする必要がある場面では使用を避けなければいけない。4.セフトリアキソンとセフォタキシムとの違いは?同じ第3世代セファロスポリンである、セフトリアキソンとセフォタキシムは、スペクトラムがほぼ同じであり、使い分けが難しい薬剤ではあるが、2剤の共通点・相違点について説明する。セフトリアキソンとセフォタキシムとのスペクトラムについては、尿路感染症の主な原因となる腸内細菌目細菌に対してのスペクトラムの違いはほとんどなく、対象菌を想定しての使い分けはしない。2剤の主な違いは、薬物速度、排泄が大きく異なる点である。セフォタキシムは投与回数が複数回になること、主に腎排泄であり腎機能での用法・用量の調整が必要であり、利便性からはセフトリアキソンのほうが優位性がある。しかし、セフトリアキソンが胆汁排泄を介して便中に排出され、腸内細菌叢を選択するためか5)、セフォタキシムと比較し、腸内細菌の耐性化をより誘導する可能性を示す報告が少なからずある6,7)。そのため、投与回数や腎機能などで制限がない限り、セフトリアキソンよりセフォタキシムの使用を優先するエキスパートも存在する。5.投与量論争? 1gか2gかサンフォード感染症治療ガイドでは、化膿性髄膜炎を除く疾患では通常用量1〜2g静注24時間ごと、化膿性髄膜炎に対しては2g静注12時間ごと、Johns Hopkins ABX guidelineでは、化膿性髄膜炎を除く通常用量1〜2g静注もしくは筋注24時間ごと(1日最大4mg)での投与と記載されている。米国での集中治療室における中枢神経感染症のない患者でのセフトリアキソン1g/日と2g/日を後方視的に比較評価した研究において、セフトリアキソン1g/日投与患者で、2g/日投与患者より高い治療失敗率が観察された8)。腎盂腎炎ではないが、非重症市中肺炎患者を対象としたシステマティックレビュー・メタアナリシスでは、1g/日と2g/日の直接比較ではないが、同等の効果が期待できる可能性が示唆された9)。日本における全国成人肺炎研究グループ(APSG-J)という多施設レジストリからのデータを用いたpropensity score-matching研究において、市中肺炎に対するセフトリアキソン1g/日投与は2g/日と比較し、非劣性であった10)。以上から、現時点で存在するエビデンスからは、重症患者であれば、2g/日投与が優先され、軽症の肺炎やセフトリアキソンの移行性のよい臓器の感染症である腎盂腎炎であれば、1g/日も許容されると思われるが、1g/日投与の場合は、慎重な経過観察が必要と考える。6.セフトリアキソン使用での注意点【アレルギーの考え方】セファロスポリン系では、R1側鎖の類似性が即時型・遅延型アレルギーともに重要である11)。ペニシリン系とセファロスポリン系は構造的に類似しているが、分解経路が異なり、ペニシリン系は不完全な中間体であるpenicilloylが抗原となるため、ペニシリン系アレルギーがセファロスポリンアレルギーにつながるわけではない。セフトリアキソンは、セフォタキシム、セフェピムとR1で同一の側鎖構造(メトキシイミノ基)を有するため、いずれかの薬剤にアレルギーがある場合は、交差アレルギーが起こり得るので、使用を避ける。ただし、異なるR1側鎖を有する複数のセファロスポリン系にアレルギーがある場合は、β-ラクタム環が抗原である可能性があり、β-ラクタム系薬以外の抗菌薬を選択すべきである。【胆泥、偽性胆道結石症】小児で問題になることが多いが、セフトリアキソンは胆泥を引き起こす可能性があり、高用量での長期使用(3週間)により胆石症が報告されている。胆汁排泄はセフトリアキソンの排泄の40%までを占め、胆汁中の薬物濃度は血清の200倍に達することがある12,13)。過飽和状態では、セフトリアキソンはカルシウムと錯体を形成し、胆汁中に沈殿する。この過程は、経腸栄養がなく胆汁の停留がある集中治療室患者では、増強される可能性がある。以上から、重症患者、高用量や長期使用の際には、胆泥、胆石症のリスクになると考えられるため、注意が必要である。【末期腎不全・透析患者とセフトリアキソン脳症】脳症はセフトリアキソンの副作用のなかではまれであるが、報告が散見される。セフトリアキソンによる脳症の病態生理的メカニズムは完全には解明されていないが、血中・髄液中のセフトリアキソン濃度が高い場合に、β-ラクタム系抗菌薬による中枢神経系における脳内γ-アミノ酪酸(GABA)の競合的拮抗作用および興奮性アミノ酸濃度の上昇により、脳症が引き起こされると推定されている。セフトリアキソン関連脳症の多くは腎障害を伴い、患者の半数は血液透析または腹膜透析を受けていることが報告され、これらの患者のほとんどは、1日2g以上のセフトリアキソンを投与されていた14)。セフトリアキソンの半減期は、血液透析患者では正常腎機能患者と比較し、8~16時間と倍増することが判明しており15)、透析性の高いほとんどのセファロスポリンとは異なり、セフトリアキソンは血液透析中に透析されない14)。以上から、末期腎不全患者の血中および髄液中のセフトリアキソン濃度が高い状態が持続する可能性がある。サンフォード感染症治療ガイドやJohns Hopkins ABX guidelineなど、広く使われる抗菌薬ガイドラインでは、末期腎不全におけるセフトリアキソンの減量については言及されておらず、一般的には腎機能低下患者では投与量の調節は必要ないが、末期腎不全患者ではセフトリアキソンの減量を推奨するエキスパートも存在する。また1g/日の投与量でもセフトリアキソン脳症となった報告もあるため16)、長期投与例で、脳症を疑う症例があれば、その可能性に注意を払う必要がある。7.外来静注抗菌薬療法(OPAT)についてOPATはoutpatient parenteral antimicrobial therapyの略称で、外来静注抗菌薬療法と訳され、外来で行う静注抗菌薬治療の総称である。外来で点滴抗菌薬を使用する行為というだけではなく、対象患者の選定、治療開始に向けての患者教育、治療モニタリング、治療後のフォローアップまでを含めた内容となっている。OPATという名称がまだ一般的ではない国内でも、セフトリアキソンは1日1回投与での治療が可能という特性から、外来通院や在宅診療でのセフトリアキソンによる静注抗菌薬治療は行われている。外来・在宅でのセフトリアキソン治療は、本薬剤による治療が最も適切ではあるものの、全身状態がよく自宅で経過観察が可能で、かつアクセスがよく連日治療も可能な場合に行われる。OPATはセフトリアキソンに限らず、インフュージョンポンプという持続注射が可能なデバイスを使用することで、ほかの幅広い薬剤での外来・在宅治療が可能となる。詳細に関しては、馳 亮太氏(成田赤十字病院/亀田総合病院感染症内科)の報告を参考にされたい17)。1)Wong G, et al. Antimicrob Agents Chemother. 2013;57:6165-6170.2)原田壮平. 日本臨床微生物学会雑誌. 2021;31(4):1-10.3)厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業:道府県別公開情報.4)感染対策連携共通プラットフォーム:公開情報.5)Muller A, et al. J Antimicrob Chemother. 2004;54:173-177.6)Tan BK, et al. Intensive Care Med. 2018;44:672-673.7)Grohs P, et al. J Antimicrob Chemother. 2014;69:786-789.8)Ackerman A, et al. Antimicrob Agents Chemother. 2020;64:e00066-20.9)Telles JP, et al. Expert Rev Anti Infect Ther. 2019;17:501-510.10)Hasegawa S, et al. BMC Infect Dis. 2019;19:1079.11)Castells M, et al. N Engl J Med. 2019;381:2338-2351.12)Arvidsson A, et al. J Antimicrob Chemother. 1982;10:207-215.13)Shiffman ML, et al. Gastroenterology. 1990;99:1772-1778.14)Patel IH, et al. Antimicrob Agents Chemother. 1984;25:438-442.15)Cohen D, et al. Antimicrob Agents Chemother. 1983;24:529-532.16)Nishioka H, et al. Int J Infect Dis. 2022;116:223-225.17)馳 亮太ほか. 感染症学雑誌. 2014;88:269-274.