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ワルファリンはさまざまな食品や薬剤と相互作用があり、併用注意に当たる飲み合わせが多いことはよく知られています。私も以前、脳梗塞の既往があり、ワルファリンを服用している患者さんに、市販の解熱鎮痛薬を一緒に服用してよいか質問され、薬剤の種類や使用目的について少し回答に悩んだことがあります。ワルファリンの添付文書にも記載があるように、NSAIDsには血小板凝集抑制作用があり、互いに出血傾向を助長するおそれがあるため、アセトアミノフェンが優先して使用されることも多くあります。しかし、アセトアミノフェンも機序は不明ですが、ワルファリンの併用注意欄に作用増強の記載があり、疑義照会の判断に迷うところです。そこで、今回はワルファリンとアセトアミノフェンを併用したいくつかの研究を紹介します。まずは、1998年にJAMA誌に掲載された症例対照研究です(Hylek EM, et al. JAMA. 1998;279:657-662.)。症例対照研究はまれな疾患や症状を検証するのに適した研究デザインで、すでにある事象が発生している「症例群」と、その事象が発生しておらず条件をマッチさせた「対照群」を選び、過去にさかのぼって事象が生じた要因を特定しようとする研究です。研究開始時点ですでに事象が発生しているものを調べる後ろ向き研究であるという点で、コホート研究と趣が異なります。この研究では1995年4月~1996年3月に、ワルファリンを1ヵ月以上服用しており、目標INR 2.0~3.0の外来患者を対象としました。INRが6.0以上の症例群(93例)と1.7~3.3の対照群(196例)の比較から得られた結果の多変量解析により、INR 6.0以上になる要因としてアセトアミノフェンが独立して関連している可能性が示唆されました。とくにアセトアミノフェン服用量が9.1g/週(1.3g/日)以上のときのオッズ比は10倍以上(95%信頼区間:2.6~37.9)でした。次に、2006年に発表された二重盲検クロスオーバー試験です(Mahe I, et al. Haematologica. 2006;91:1621-1627.)。こちらもワルファリンを1ヵ月以上服用している患者(20例)が参加しています。アセトアミノフェン1gまたはプラセボを1日4回に分けて14日間服用し、2週間のウォッシュアウト期間を設けた後に試験薬と対照薬を入れ替えて経過を調査しました。4日目で脱落しINR値を測定できなかった患者1例とプロトコール違反1例が最終解析から除かれています。平均INRはアセトアミノフェンを服用開始後急速に上昇し、1週間以内にプラセボよりも有意に増加しました。INRの平均最大値はアセトアミノフェンで3.45±0.78、プラセボで2.66±0.73で、ベースラインからの上昇幅はアセトアミノフェンで1.20±0.62、プラセボで0.37±0.48でした。なお、プロトコールから逸脱する数値の上昇がある場合は中止され、出血イベントはいずれの群においてもみられませんでした。さらに、プラセボ対照のランダム化比較試験の報告もあります(Zhang Q, et al. Eur J Clin Pharmacol. 2011;67:309-314.)。ワルファリン継続中の患者(45例)をアセトアミノフェン2g/日群、アセトアミノフェン3g/日群、またはプラセボ群に2:2:1の比率で割り付けて比較した研究です。2g群、3g群、プラセボ群のINRの平均最大増加率はそれぞれ0.70±0.49、0.67±0.62、0.14±0.42で、INRの上昇はアセトアミノフェン開始3日目で有意となりました。なお、INRが3.5を超えた場合には治療は中止されています。同様に、メタ解析の論文(Caldeira D, et al. Thromb Res. 2015;135:58-61.)や観察研究の系統的文献レビュー(Roberts E, et al. Ann Rheum Dis. 2016;75:552-559.)でも、その相互作用の可能性について警鐘が鳴らされています。アセトアミノフェン1.3g/日以上を3日以上連用なら注意が必要実践に落とし込むとすると、INRのモニタリングについて、アセトアミノフェン1.3g~2g/日を超える用量を連続3日以上服用している場合は、一定の注意を払ってもよいと思います。時にはその服用状況をワルファリンの処方医に報告することも必要でしょう。一方で、急性疾患による数日間の短期治療でアセトアミノフェンが1g/日を超えない程度であれば影響は少なそうです。この相互作用の機序については不明とされていますが、いくつかの説はありますので、最後にそのうちの1つであるNAPQI(N-acetyl-p-benzoquinone-imine)の影響だとする仮説を紹介しましょう。アセトアミノフェンは代謝を受けると毒性代謝産物であるNAPQIを生成します。通常は肝臓中のグルタチオン抱合を受けて速やかに無毒化されて除去されますが、アセトアミノフェンの服用量過多や糖尿病の合併などでNAPQIが蓄積しやすくなることがあります。これは、アセトアミノフェンによる肝障害の原因としても知られています。このNAPQIがビタミンK依存性カルボキシラーゼおよびビタミンKエポキシド還元酵素(VKOR)を阻害するため、複数のポイントでビタミンKサイクルを阻害し、ワルファリンの効果に影響を及ぼしているのではないかというものです(Thijssen HH, et al. Thromb Haemost. 2004;92:797-802.)。あくまでも仮説ですが、説得力はありますね。ワルファリンとアセトアミノフェンの併用はよくある飲み合わせですが、つい見落としがちな相互作用ですので意識してみてはいかがでしょうか。 1.Hylek EM, et al. JAMA. 1998;279:657-662. 2.Mahe I, et al. Haematologica. 2006;91:1621-1627.(先行研究はMahe I, et al. Br J Clin Pharmacol. 2005;59:371-374.) 3.Zhang Q, et al. Eur J Clin Pharmacol. 2011;67:309-314. 4.Caldeira D, et al. Thromb Res. 2015;135:58-61. 5.Roberts E, et al. Ann Rheum Dis. 2016;75:552-559. 6.Thijssen HH, et al. Thromb Haemost. 2004;92:797-802. 7.ワーファリン錠 添付文書 2018年4月改訂(第26版)