双極性障害治療における課題と新たな治療選択肢への期待

提供元:ケアネット

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公開日:2012/04/04

 

 2012年2月22日、オランザピン(商品名:ジプレキサ)の「双極性障害におけるうつ症状の改善」の適応承認を受け、3月14日、日本イーライリリー株式会社による記者発表会が開催された。この会では、帝京大学医学部附属溝口病院精神神経科科長・教授の張賢徳氏より、現在の双極性障害治療の課題や新たなる選択肢への期待などについて講演が行われた。

双極性障害とは?

 双極性障害は躁症状とうつ症状の二つの病相を繰り返す疾患であり、わが国における生涯有病率は0.6%程度 1) と決して珍しい疾患ではない。躁症状は自尊心の肥大や快楽的活動への熱中などにより人間関係や社会的信頼の失墜をもたらす一方で、うつ症状は無気力や種々の身体症状、自殺のリスクの増大などにより、患者やその家族の社会生活に大きな影響を及ぼすことが知られている。

双極性障害診療の問題点

 双極性障害の診断には躁症状の認識が重要であるが、患者が躁症状を自覚していないことが多く、医師に報告されないことも多いため診断が難しいと言われている。さらに、双極性障害におけるうつ症状と単極性うつ病の症状は類似しており、鑑別が難しいケースが少なくない。海外の報告によると、69%の患者が単極性うつ病など他の精神疾患と診断され、適切に診断されるまで10年以上かかる患者は35%にのぼると言われている 2)。

 鑑別診断が難しい一方で、薬物治療に関してはそれぞれのうつ症状に対し、異なるアプローチを要する。しかし、これまで、わが国において双極性障害におけるうつ症状の改善の適応を有する治療薬はなく、気分安定薬や抗精神病薬、抗うつ薬などが用いられてきた。双極性障害におけるうつ症状に対し抗うつ薬治療を継続すると、躁転やラピッドサイクル化、衝動性の亢進などのリスクが伴うことが報告されており 3)、その使用の是非や適切な治療の重要性が長期にわたり叫ばれてきた。

オランザピン、「躁」「うつ」両症状に適応をもつ唯一の双極性障害治療剤に

 このような背景のもと、非定型抗精神病薬であるオランザピンは双極性障害における躁症状に加え、わが国では初となるうつ症状の改善も承認され、両症状の改善に適応が認められた唯一の薬剤となった。

 今回の適応取得の根拠となった国際共同第III相プラセボ対象二重盲検比較試験及び非盲検継続治療試験(HGMP試験)は、DSM-IV-TRにより『双極I型障害、最も新しいエピソードがうつ病』と診断され、大うつ病エピソードの基準を満たしている患者514例を対象としており、日本人156例も含まれる。結果をみると、最終観察時点(投与開始6週後)におけるMADRS(Montgomery-Asberg Depression Rating Scale:うつ症状の評価指標)合計点のベースラインからの変化量の平均値は、オランザピン群でプラセボ群と比較して有意な改善が認められ、日本人のみで検討した場合でも同様の結果が示された。また、うつ症状治療時における躁症状の発現率もプラセボと比較して有意に少ないことも示された。HGMP試験に続いて実施された長期投与試験(HGMS試験)では、HGMP試験を完了した日本人患者及びHGMS試験から参加した患者を対象に48週間、オランザピンの持続した効果が示された。張氏は講演の中で、「双極性障害の治療の基本は波のコントロールである。両症状の改善の適応をもつオランザピンは情動の安定化が期待できるのではないだろうか」と述べた。

 なお、同試験における副作用は、頻度の高いものから体重増加、傾眠、食欲亢進、鎮静、過眠症などであった。

 また、うつ症状の疾患自体に自殺のリスクが伴うため、十分に患者の状態を評価しながら投与することが必要であることから、添付文書の使用上の注意に自殺に対する注意喚起が追記された。

今後への期待

 双極性障害は患者の社会生活や健康、生命が脅かされる重大な疾患であり、薬物治療を中断すると再発するリスクが大きいことが知られている。さらに再発を繰り返すにつれて次の再発までの期間が短くなることに加え、薬剤の効果が得られなくなることが報告されており 4)、早い段階から適切な治療を行うことが必要である。

 双極性障害の治療目標の一つに、「再発を防ぎ、患者が普通の社会生活を送れるようにする」ことが挙げられる。わが国で唯一、双極性障害における躁症状とうつ症状の両症状に適応を有するオランザピンは今後、長期的な症状のコントロールと再発の予防の観点からも、治療上重要な役割を担うことが期待される。

(ケアネット 森 幸子/藤井 美佳)

原著論文はこちら

1)長沼洋一ほか.臨床精神薬理 2005;8:267-275.

2) Hirscheld RMA, et al. J Clin Psych 2003; (2): 161-174.