運動は本当に認知機能に良い?

提供元:HealthDay News

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公開日:2023/05/29

 

 運動が認知機能に対して良い影響を与えるとするこれまでの研究報告には、解釈上の注意点があり、それらの点を考慮すると、運動による認知機能保護作用はほとんど見られないとする論文が、「Nature Human Behaviour」に3月27日掲載された。グラナダ大学(スペイン)のLuis Ciria氏らの研究によるもの。

 Ciria氏によると、運動の身体的健康に対するメリットのエビデンスは、過去1世紀にもわたって着実に蓄積されてきており、認知機能上のメリットとなる可能性も示されているという。ただし、後者については、研究参加者が少ない、潜在的なバイアスリスクが高いなど、研究の質が低いものが少なくないとのことだ。

 同氏らは、これまでに報告されてきた運動の認知機能に対する影響を検討した、24件の無作為化比較試験のデータを統合したメタ解析を施行。その結果、運動にはわずかに有意な効果が認められた〔効果量d=0.22(95%信頼区間0.16~0.28)〕。しかし、研究参加者のベースライン時点での運動量を調整すると、有効性は小さくなり〔d=0.13(同0.07~0.20)〕、出版バイアスを調整すると有意性が消失した〔d=0.05(同-0.09~0.14)〕。

 解析対象とした研究には、さまざまな解釈上の注意点があった。例えば一部の研究は、比較対照群をほとんど運動していない人たちとしていたり、ベースラインの認知機能が対照群より低いという条件で比較されていた研究もあった。そのような研究では当然のように、運動介入群でより大きなメリットが観察される傾向があった。Ciria氏は、「認知機能維持のための公衆衛生対策として運動が推奨されているが、われわれの研究結果に基づけば、運動が有効と断言はできない」と述べている。

 米クリーブランド・クリニック脳の健康センターのStephen Rao氏は、これまでの研究には多くの限界点があるとするCiria氏の主張に同意を示し、「解析対象とされた研究の介入期間は総じて短く、1年に及ぶものはほとんどない。認知機能の評価方法もまちまちだ」と論評。ただし、「今回の報告は介入研究のみに焦点を当てており、ほかの手法による研究から得られた重要なエビデンスが反映されていない」とも指摘している。例えば観察研究であれば、何年にもわたって人々を追跡できるため、認知機能の変化を捉えやすくなるという。

 Rao氏らは過去に、アルツハイマー病の遺伝的リスクのある高齢者を含む対象を1年半にわたって追跡するという研究を実施し、運動を積極的に行っていなかった人では、認知機能の低下と脳の海馬の萎縮が認められたことを報告している。その結果から、「運動によって認知機能が上昇することはないかもしれないが、リスクの高い人の認知機能低下を防ぐことはできるかもしれない」と同氏は結論付けている。

 一方、米アルツハイマー協会のHeather Snyder氏は、「この研究は、運動と脳の健康との関係についての多くの未解決の問題を指摘しており、このトピックの決定的な結論を導き出す前に、より多くの研究が必要であることを示している。無作為化比較試験からのエビデンスは不十分だが、そのことが運動にはメリットがないことを意味するものでもない」と解説。なお同協会では、認知症ハイリスク状態の高齢者に運動の励行を含むライフスタイル介入を長期間行うという、「U.S. POINTER研究」を継続中とのことだ。

 このように、運動が認知機能にメリットをもたらすとするエビデンスは、まだ十分ではないと言える。それでもCiria氏は、「運動には多くの健康上のメリットがあり、認知機能に与える影響が不確かだからといって運動の奨励を控える必要はない。運動は身体的健康に有益なだけでなく、その価値は、単純に『運動は楽しい』ということにもあるのではないか」と語っている。

[2023年3月27日/HealthDayNews]Copyright (c) 2023 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら