狂犬病では、原因である狂犬病ウイルス(rabies virus;RABV)が中枢神経系(CNS)に侵入すると、ほとんどの場合死に至る。しかし、米ユニフォームド・サービス大学免疫学教授のBrian Schaefer氏らが、発症後の狂犬病でさえも治療可能な、効果的で簡単な治療法を開発したとする研究結果を、「EMBO Molecular Medicine」に9月28日発表した。マウスを用いた実験で、モノクローナル抗体F11により、致死量のRABVからマウスを守れることが示されたという。Schaefer氏は、「これは、狂犬病に対する初めての実用的な治療法と言えるだろう」と話している。
RABVは、人獣共通感染症を引き起こす病原体であるリッサウイルス属の一種。F11は、RABVの近縁種であるオーストラリアコウモリリッサウイルス(Australian bat lyssavirus;ABLV)から作られたもので、RABV感染を防ぎ、その拡散を阻止するように設計されている。Schaefer氏は、「この抗体は、全てのリッサウイルスの表面に存在し、ウイルスが標的細胞に付着してその細胞に侵入するのを可能にするタンパク質に対して特異的に作用するものだ」と説明する。
研究グループによる過去の研究では、実験室の培養細胞においてF11がリッサウイルスの感染を効果的に防ぐことが示されていた。今回の研究では、ABLVとRABVの特定の株(CVS-11)に感染させたマウスに対するF11投与の効果が検討された。
その結果、ABLVやCVS-11が中枢神経系に到達して神経疾患の兆候が現れた後であっても、F11を単回投与することで、これらのウイルスによる死亡を防げることが明らかになった。また、F11投与後も低レベルのABLVやCVS-11が残存していたが、ウイルス量がそれ以上増えることはなく、試験期間を通して狂犬病の兆候が再び現れることはなかった。
F11のようなモノクローナル抗体は、ウイルスに結合し、細胞や組織への感染を防ぐ(中和する)ことで作用すると考えられている。しかし、モノクローナル抗体は血液脳関門を通過できないため、CNSに感染したウイルスを中和することはできない。それにもかかわらず、F11の単回投与で、CNSにまで到達したウイルスによる狂犬病の進行を逆転させ得たという結果は、研究グループを驚かせた。
これは、どのように説明されるのだろうか。研究グループが仮説を立てて検討を続けたところ、F11は、中和とは異なる作用によってリッサウイルス感染から動物を守ることが示された。具体的には、F11は感染動物の脳内に存在する免疫細胞の組成を劇的に変化させることで防御効果を発揮しており、この防御効果には、特に、CD4陽性T細胞と呼ばれる免疫細胞の存在が必須なことが示されたという。
これらの知見を踏まえて研究グループは、「F11による治療は、ヒトの狂犬病においても有効な治療法となる可能性が高い」との見方を示している。狂犬病のほとんどの症例が、医療資源の乏しい国の農村部で発生していることを考えると、F11の単回投与は、このような人々にも効果的に行きわたる簡便な治療法となる可能性を秘めている。
ただし、Schaefer氏は、この治療法はまだ初期段階にあることを強調。次のステップは、ヒトに投与可能なF11を作成し、臨床試験でその効果を検証することだとしている。同氏は、「マウスを対象にした研究とヒトを対象にした研究は別物だ。それでも、これまで狂犬病に対しては信頼できる治療法がなかったことを考えると、今回の結果を得て、私は嬉しさでやや興奮している。マウスでの狂犬病治療に成功したのだから、他の動物でも検討する価値があることに間違いはない」と話している。
[2023年9月28日/HealthDayNews]Copyright (c) 2023 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら