毛沢東主義下の中国農村部の保健医療システムは、集団農業共同体(コミューン)に対し助成金を出すシステムであったが、改革開放へと一転したことで1980年代初頭にコミューンが解散、加えて中央政府の医療財源が都市部に集中されたため、農村部住民6億4,000万人が事実上無保険者となった。数十万あった農村部病院も機能を失い、公的病院は医療価格を上昇させていったことで、農村部医療は私立の郷村医(医療補助員として知られるvillage clinicians)診療所が基盤となった。一方で医療政策は、専門医療や薬剤を処方するほど増益となる仕組みとしたため、結果として医療コストの増大と各家庭に金融リスク(財産譲渡や借金)をもたらすこととなった。そこで中国政府は2003年に農村部医療危機を解消すべく公的健康保険プログラム「NCMS」を導入した。本論は、米国カリフォルニア大学農業資源経済学のKimberly Singer Babiarz氏らによる、NCMSの影響についての調査報告で、BMJ誌2010年10月30日号(オンライン版2010年10月21日号)に掲載された。
導入による郷村医診療所と村民への効果を調査
NCMS(New Rural Cooperative Medical Scheme)は、導入後5年で農村部住民8億人をカバーするに至った世界最大規模の健康保険。世帯加入で保険料は10~20元/人、地方・中央政府からそれぞれ加入者1人当たり20~40元の助成金が拠出される。管理運営は県(county)レベルで行われ、入院費の一部償還以外は全国各地でカバーされる内容は異なる。県管理人にはカバー内容の施策(ベネフィットパッケージ)提言をすることが推奨されており、大きな地域差を生むこととなったが、2007年までに大半の群が、県立(または地区立)の病院、郷立の医療センター(医師と看護師が常駐し入院医療と複雑な外来診療を担う)、郷村医診療所(プライマリ・ケアと公衆衛生を担う)のそれぞれ外来診療までカバー領域を拡大した。また「医療費貯金」の口座開設(世帯口座)を義務付ける県もあり、預金の大方はプライマリ・ケアを担う郷村医診療所の外来診療に使われ、口座残高は翌年に繰り越す仕組みとなっている。
こうした背景を踏まえBabiarz氏らは、2004年と2007年の、NCMSが個人および郷村医診療所にもたらした影響の変化について調査した。調査したのは5省(江蘇、四川、陝西、吉林、河北)、25の地方県の100村、160の郷村医診療所と村民8,339人だった。
診療所のサービス利用と総収入は増大したが、純収入は増えていない
郷村医診療所は、NCMSによって、週単位の患者受診者が26%増大、月総収入は29%増大していることが認められた。しかし、年間ネット総収入は変わっていなかった。また月総収入に占める薬剤収入の割合も変わっていなかった。
一方NCMSに加入している村民は、郷村医診療所の利用が5%増大していたが、概して医療ケアの利用の変化は認められなかった。また、医療費の自己負担持ち出しが19%減少していた。医療ケアを利用するために財産を売ったり借金をすることのリスクも減っていた(24~63%)。
こうした変化は、ベネフィットパッケージが最小の県でさえもみられた。
Babiarz氏は、「NCMSは地方住民に多少なりとも金融リスクの回避をもたらし、地方の医療システムのゆがみの一部を是正した。しかし、補償のない新たな責務を郷村診療所に移行する計画もあり、診療所の財政状況をむしばんでいくようなら、それら利得は持続可能ではなくなるであろうことを強調しておく。政策立案者が再び関心を持ってプライマリ・ケアを強化すれば、NCMSの効果について、より大きな注目に値する」と結論している。