注射薬物使用者(injecting drug user:IDU)が、事前に入手した非合法薬物を持参して医療従事者の監視下に注射する施設(supervised injecting facilities:SIF)の開設が世界的に進んでいるが、このような施設は薬物使用者が多く居住する地域に設置するほうが高い死亡抑制効果が期待できることが、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学のBrandon D L Marshall氏らがバンクーバー市で行った調査で示された。IDUの主な死因は偶発的な薬物過量摂取であり、北米における若年死の主な原因ともなっている。1990年代に過量摂取による高い死亡率が確認されたバンクーバー市は、2003年、北米で初のSIFを開設。薬物使用の助長を懸念する声もある中、SIFは現在、世界に65施設以上が存在し、薬物使用の害を抑制する種々の戦略の一翼を担っているという。Lancet誌2011年4月23日号(オンライン版2011年4月18日号)掲載の報告。
SIF開設の前後、半径500m圏の内外の死亡率を比較
研究グループは、カナダ・バンクーバー市のSIF開設による違法薬物過量摂取死への影響を評価するレトロスペクティブな地域住民ベースの調査を実施した。
SIF開設前(2001年1月1日~2003年9月20日)と開設後(2003年9月21日~2005年12月31日)における薬物過量摂取による死亡率を調査した。死亡場所は州検視官記録で確認した。SIFから半径500m圏内と圏外の市街地における過量摂取死亡率を比較した。
設置前後で圏内の死亡率が35.0%低下、圏外は9.3%低下
2001年1月1日~2005年12月31日までに、バンクーバー市内で290人が違法薬物の過量摂取で死亡した(1.1人/週、半径500m圏内:開設前56人、後33人、圏外:開設前113人、後88人)。そのうち229人(79.0%)が男性で、死亡時の年齢中央値は40歳(IQR:32~48歳)であった。死亡の約3分の1(89/290人、30.7%)が、SIFから半径500m圏内の市街地で発生した。
SIFから半径500m圏内の過量摂取死亡率は、SIF開設前の10万人・年当たり253.8人から開設後は165.1人へと、35.0%有意に低下した(p=0.048)。これに対し、同時期のSIFから半径500m圏外市街地の過量摂取死亡率は、10万人・年当たり7.6人から6.9人へと、9.3%の低下にとどまった(p=0.490)。これらの死亡率の差には有意な交互作用が認められた(Breslow-Day検定:p=0.049)。
著者は、「SIF開設により、その近隣地域で違法薬物の過量摂取による死亡率が低下した。開設に伴う薬物注射の増加はみられず、このような施設は安全で有効な保健医療的介入と考えられる。施設から半径500m圏外では有意な死亡率低下は示されなかったが、これはSIF頻回利用者の70%以上が近隣居住者であることから驚くには当たらない」「現時点では、近隣に居住する薬物使用者約5,000人に対し注射設備が12席しかなく、1日の平均注射回数は500強にすぎない。待ち時間の長さと施設までの距離の遠さがSIF利用の障壁であることが示されており、さらなる死亡率低下のためにはSIFの担当地域の拡大が求められよう」とし、「SIFは、薬物注射、特に過量の薬物摂取の頻度の高い地域に設置すべきと考えられる」と結論している。
(菅野守:医学ライター)