以前のように働きたい、でもどうすればいい?  -東京都世田谷区と精神科医がうつ病患者さんの就労を支援-

提供元:ケアネット

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公開日:2010/06/09

 



近年、うつ病患者数の急増が注目されている。その中でも、働き盛りの世代のうつ病は単なる疾患の問題にとどまらず、経済的な損失の観点からも大きな社会問題として指摘されている。

そのような中、東京都世田谷区では精神科医や心理士らと共に、うつ病に悩む区民の就労を支援するため、2008年からうつ病に関する講演会や就労支援講座を実施してきた。同企画の3年目となる今年は、5月17日(月)に世田谷区役所第3庁舎ブライトホールにて、区民約100名を集めた講演会が開催された。

そこで、同企画の立ち上げから参加し、講演会の講師を務めている仮屋暢聡氏(まいんずたわーメンタルクリニック〔渋谷区〕)に同企画の趣旨と今後の展望についてお話を伺った。

行政との二人三脚で始まったうつ病患者さんの就労支援




世田谷区の東京都立松沢病院、東京都健康局の精神保健福祉課長などの経歴を持つ仮屋氏は、地域活動の一環として十数年、同区の保健所に様々な支援をしてきた。このような経緯を経て、世田谷区の保健所からうつ病患者さんの就労支援の相談を受けたのが3年前に遡る。

「本企画を立ち上げた3年前は、なかなか復職できずに会社を辞めてしまう患者さんも多く、患者さんの家族からも『どのように患者さんを支えてよいかわからない』という悩みを多く聞いていた」と仮屋氏は振り返る。うつ病に対する認識が広がりつつあるものの、3年前はうつ病に対する認識はまだまだ低く、相談できるところがないような状況だった。そこで、その対策として立ち上げたのがこの企画だ。

患者さんやご家族が本当に知りたいことに応える




講演会の内容は、“うつ病とは何か?”という全般的な話を一通り説明した上で、今、うつ病で何が問題になっているのかなどの視点や、うつ病に対して自分の臨床経験が深まっていくからこそできる話も織り交ぜ、毎年少しずつ話を変える工夫をしている。

現在、インターネットやメディアからの情報で、一般の人たちもうつ病について大まかには知られるようになってきた。しかし、「うつ病は治るのか、いつ治るのか」「どこに受診すればいいのか」「どのような治療法があるのか」「薬はどの程度効くのか」「家族はどうしたらいいのか」など、まだまだうつ病患者さんやご家族ではわからないことが多いと、仮屋氏は指摘する。

仮屋氏は、今回の講演会においてうつ病と神経の関連についても言及し、今回はうつ病によって引き起こされる体の変化についても触れた。実際のデータも見せ、自律神経の亢進が身体に及ぼす影響を説明した。そして、「打たれ弱いから、心が弱いからうつ病になったのではない」「何かのショックによってうつ病になったのではない」ことを今回の講演会で最も強調した。

仮屋氏は「心を抽象的に捉えてしまうとどうしてもわかりにくくなってしまうが、目に見える形で提示するとうつ病患者さんの理解が得られる」と、講演会の手応えをしっかり感じていた。

本企画は、仮屋氏によるうつ病患者さんへの疾患の説明にとどまらない。別の日程で、うつ病患者さんのご家族に対しても、個別にご家族の悩みを聞き、どうしたらよいか相談に乗る機会を設けた。さらに、うつ病患者さんの就労のためのセミナーも用意している。

「頑張ったらいけない」ことが、いけないこと?




うつ病患者に対して「頑張り過ぎない」「頑張ったらいけない」とよく言われる。この点について逆説的に「頑張らなければならない時は頑張らなければならないのだから、「どういう部分を頑張ればよいのか」「どういう部分は頑張ってはいけないのか」と説明すると患者さんもご家族の方もよくわかってくださる」と、うつ病患者さんに対する対処方法も披露した。聴講者も最後までしっかり聞き入り、「よくわかった」と感想を話していたという。

全国に先駆けた世田谷区の取り組み




仮屋氏は「うつ病患者さん本人やご家族へのうつ病の講演はあるが、うつ病患者さんの就労支援や患者さん本人のスキルアップのためのセミナーまでやっているところは全国でも少ないのではないか」という。 自治体ができることには限度があるが、「その中でも、少しでも本企画のような動きが広まってくれることを世田谷区も期待している」とのことだ。

就労を希望するうつ病患者さんは、一体何に困っている?




「今のうつ病患者さんの就労の問題は、就労のための実際のやり方がわからないということ。だから本企画では、私が講演会でうつ病の疾患や治療、対応、家族の基本的な考え方などについて話し、精神保健福祉士やケースワーカーの人たちがセミナーで就労支援の制度の大枠、たとえば障害基礎年金や傷病手当金、失業保険など制度について大まかに説明している。」と、仮屋氏は本企画の特徴を述べた。

「世田谷区でもこの事業を毎年総括し、成果がよければまたこの形で続けていくことになるかもしれない」と今後の見解も示した。

世田谷区内へ、そして全国へ。
 うつ病患者の就労支援は広まるか?




仮屋氏は「本企画は世田谷区内の小さいエリアへの展開も考えられる。世田谷区は5つくらいの地区に分かれるので、区が実施した企画が、より小さい地区においても細かくフォローされていくことを実現したいと考えているようだ」と、今後の発展の可能性があることを示唆した。

また、これらの成果を、「公衆衛生学会や保健師の学会などで発表できれば、他の地区にも波及して様々な方法が検討され全国に広まっていく。世田谷区がそのような雛形作りになればいい」と仮屋氏は語った。

過去世田谷区では、今回のうつ病同様に、全国に先駆けて虐待やアルコール依存症対策などについても取組んできた歴史がある。結果として、この動きは全国に広まっていった。

このような世田谷区の特徴を仮屋氏は「世田谷区は80万人という人口を抱えており、いろんな資源もある。区長も積極的にこのような事業に力を入れているという伝統がある。逆にいえば、世田谷区は恵まれているのかもしれない」と説明する。

うつ病対策の主力は「コ・メディカル」?




もう一つ、仮屋氏が熱い視線を送っているのがコ・メディカルだ。仮屋氏によれば、「世田谷区は心の問題、たとえばアルコール依存症などは今でもコ・メディカルの方々が、「家族が変われば患者さんも変わるのではないか」「コ・メディカルがこの問題に自発的に取り組むことでさらに成果が上がるのではないか」と考え、患者さんの家族に対するアプローチを開始して成果を上げている。このような医師以外のコ・メディカルの運動が、実は地方のような医師が少ない地域でもうつも防げるのではないか。」とコ・メディカルの活動に大きな期待を寄せている。「実際に地方では、臨床に対するアプローチとして、医師がすべてできない部分を保健師などがフォローしていくというように進んでいるようだ」と地方のうつ病診療にまで話が及んだ。

最後に仮屋氏は「精神科医も含め医師は不足している。コ・メディカルや職場の産業医、一般の内科医などいろんな職域が上手く連携し、うつ病患者を早期に発見して早期にアプローチしていくということが必要なのだろう。精神科医の仕事として、そういった人たちに対して教育していくということも重要だ」と言葉を結んだ。

(ケアネット 高橋 洋明)