1998年にブレア首相が表明したビジョンを受けて、英国ではNHS(National Health Service)スタッフから患者までが共有可能な、国家規模の電子カルテ共有システムの構築が進んでいる。このシステムのポイントの1つに、SCR(summary care record)と呼ばれる開業医からの診療記録の抽出・電子化サマリーのデータベース化がある。SCRは患者の同意を得てアップロードされることになっており、2007年春から本格的にその作業が開始された。ロンドン大学Trisha Greenhalgh氏らは、このシステム稼働導入期(2007年5月~2008年4月)の実態を調査することで、今後のシステム展開への教えを見いだす事例評価研究を行った。BMJ誌2008年11月1日号(オンライン版2008年10月23日号)より。
事例研究から明らかになった8つのポイント
Greenhalgh氏らが行ったのは、SCRを早期導入したイングランドの4地域(3都市、1農村地帯)を対象とする事例評価研究。解析の結果、システム構築にあたって影響をおよぼす要因として、以下の8つが見いだされたと報告している。
第1に重要なのが、SCRの物質特性(特に技術的未熟さとアクセス時のデータのやりとりなど動作の不具合)と特質(特にシステム利用者が潜在的にリスクよりもベネフィットが大きいとどれだけ確信しているか)。
第2に、システム利用者の懸念(特に作業負荷と極秘情報を共有することへの暗黙の同意モデルに対する倫理性)。
第3は、個々人への働きかけ(例えば、オピニオンリーダー、システム精通者、促進者による)。
第4は、イノベーションに対する組織の経験値(例えば、過去にイノベーション技術プロジェクト、効果的なデータ収集システム導入などの経験がある)
第5は、SCRへの組織的な取り組み姿勢(例えば、イノベーションシステムへの適合を図ろうとする姿勢、変革への気運、賛成・反対のバランスを図る、基線データの質)。
第6は、実施プロセスの明確さ(妥当な変化モデル、新旧ルーチンの調節)。
第7は、システムの異質な部分の融合性。
第8は、よりワイドな環境下での導入(特にプログラムの政治的背景)。
Greenhalgh氏は、「電子カルテ共有システムは、単なる接続技術(plug-in technologies)ではない。個々の患者、スタッフによって受け入れられ、さらに組織のルーチンとなることで成り立つのである。その構築には、ミクロレベルでは、技術、個々の意向・懸念、個々人が受けた影響を、中間レベルでは、組織の経験値、対応・取り組み姿勢を、マクロレベルとしては制度や政治力の影響を受ける」と述べ、「事例研究と理論解析によって、患者ケアのモデルを支える方法を明らかにすることができる」と報告している。
関連報告:ジャーナル四天王2008年6月20日号(
英国で進行中の患者治療記録のIT共有プロジェクトに対する人々の反応は? )