東邦大学医療センター大森病院 医学部産科婦人科学講座 主任教授を務める。子宮筋腫治療最前線の場で患者個々の生活環境へ対応することで定評がある。日本産科婦人科内視鏡学会常務理事、日本生殖医学会評議員などその他産科婦人科系で数多くの役員を兼務。
分娩施設減少で医療従事者にもしわ寄せ
社会的に今、産科医療に大きな問題点があります。それは分娩施設が少なくなっているということです。たとえば東邦大学医療センター大森病院がある大田区では、4カ所の分娩施設しかなく、妊婦はもとより医療従事者にもそのしわ寄せは来ています。分娩施設が少ないため、区内の施設で出産できるのは大田区民の妊婦の約半数です。大田区以外でもこの問題は大きく周産期医療の学会で問題になっています。
この周産期医療の問題点は解決する糸口がみつかっていません。分娩施設は少なく、また産科医の不足がさらに問題点を大きくしています。生殖機能ハイリスク症例を受け入れる大きな拠点もできましたが、解決にはいたっていません。
当医療センター大森病院でも40歳以上のハイリスク分娩の患者さんが増えています。現在、普通の分娩をする場所が減少しています。年間約1000例の分娩症例のうち20%は高年齢出産です。30代でも以前は高齢出産とされていましたが、今はそれをはるかに超えた年齢の方が多くなっているというのが最近の分娩事情です。
これは女性をとりまく社会環境やライフスタイルの変化が大きな理由です。以前と比べ男性と同等に外で働いている女性が多くなったこと、また結婚時期の選択肢が広がっています。おそらく、これからもライフスタイルは変化し続けるでしょう。私たち産科婦人科医療は女性のライフスタイルの変化とともに対応を迫られています。
興味のある診療科目から自分の専門領域へ
社会的に問題にされやすい産科婦人科ですが、その診療科目を私が選択したのは、生命が生まれるという医療世界の中で唯一喜ばしい診療科目だと思ったからです。人間の生命が誕生する、生殖に大きく関わることに大変興味を持ち、今もなお奥深さを感じています。生殖機能を子どもが産める身体として温存・治療して改善するなど私にとって、治療方法を模索することは研究対象として大変深いものがあります。
また私は大学4年生の授業を担当しているのですが、講義をすると産科婦人科の診療科目に対する興味関心を大きく持ってもらえます。そして、お産という太古の時代から何も変わらず人類は生まれてくるということに、この診療科目の深さを感じています。産科では、新しい命が生まれてくるという素晴らしい瞬間に立ち会えるのです。
私たちが学生の頃と違い、今はインターネットなど調べる手段がたくさんあり、学生たちは多くの知識を身につけています。しかし、多くの知識が一につながらず苦慮している姿を時々見かけます。広い視野を持った一人の人間として患者さんに接してもらいたいですね。専門領域は知識だけでは極めることができませんから。
お産はまだまだわからないことが多い世界でもあります。そこにいろいろな疑問を持って生殖機能に関する産科婦人科という診療科目に接していただきたいです。
子宮温存希望患者のために最善を尽くす
私のところへ初診に来る患者さんは、子宮筋腫だとすでにわかっている人たちが多く来院します。中でも筋腫からくる症状に常日頃から悩まされているようです。そして、特に最近多いのが、未婚で未妊の方たちです。日本は海外に比べて未婚で出産する人の割合が少なく、このような方々の来院は以前では考えられませんでした。
私の場合は、年間350人の手術例のうち150人は子宮筋腫の患者さんです。手術侵襲の少ない方法をとって手術に臨んでいます。多くの患者さんは他の病院で子宮全摘出を言われ、温存を望んで来院しますが、本当に本人にとって温存がよいかどうか判断し、的確に伝えられるように努めています。子宮筋腫は良性であり、手術が絶対的に必要であると判断して勧めることはしません。患者さんそれぞれの症状のつらさや、年齢、将来の妊娠・出産の希望を総合して、自身に判断してもらいます。
私は、子宮温存を望む方のためにあらゆる努力をしています。たとえば、子宮を残すためには開腹手術の必要性を説明し、こちらの治療方針に理解をしてもらう努力をしています。
全てに最善を尽くし患者さんの理解を得ています。
チーム医療で治療方針、一人ひとりの患者さんのために
当医局内では、毎週カンファレンスを行っていますが、患者さんにどれだけのエビデンスに基づいた治療方法を提案できるか、意見を出し合い探っていきます。患者さんの困っている症状、お子さんが欲しいかどうか、カルテデータにとらわれずに患者さんの状況を踏まえた治療方針を打ち出すことを、私どものチーム医療で行っています。しかし、診察を決めかねるケースがあれば、毎週のカンファレンス以外でも症例を検討できるよう、チームの体制の強化には万全を尽くしています。
東邦大学医療センター大森病院の産科婦人科では、子宮筋腫・卵巣腫瘍・子宮内膜症などに対して内視鏡技術認定医によるチーム医療が行われており全国から患者さんが来院します。まずは患者さんにお会いすることから始まります。病気だけを診る医療ではない診察を心がけているため、私どものチーム医療体制への信頼がここへ集約しているのです。
医学はサイエンスですが、サイエンスだけでは治療できない部分が相当あり、患者さんは一人ひとり違う身体を持っているわけです。そこには決まりきった治療はないのです。同じ病気に対して同じ診察・治療の説明をするのではなく、患者さんに合った説明をすべきです。
若い医師たちの診察方法をみていると、一つの症状に対して一通りの説明しかできない人が多いように感じます。それでは患者さんのための医療とはいえないでしょう。医師は治療方針をどれだけ患者さんに説明することができるかだと思います。カンファレンスではエビデンスに基づいた治療方針を打ち出すことができるか、一つでも満足してもらえる治療方針を提供することができるか、そういう医療を常に目指しています。
これからも臨床・研究の場で
産科婦人科を希望する学生が減り人材不足気味でしたが、最近は希望者が少しずつ増えてきましたね。3人に1人いるであろう子宮筋腫という一般的な病気ではありますが、まだ解明できていない部分が大きいのです。生殖の補助医療というのは約20年の歴史で発達してきました。しかし、子宮筋腫がなぜできるのかは未だわかっていません。私たち医師にはやるべきことがまだまだたくさんあります。私はこれからも研究してまいります。
自分の診療について悩んでいる方も多いことでしょう。どうしたらよいのか?私は、自分の診療に対して疑問を持って臨むこと、また常に何に対しても興味を抱くことをモットーとしています。新しいことが正しいとも限りませんが、技術は進歩しているわけです。何事にも興味関心を持っておくべきでしょう。そして、自分の治療を振り返ることは必要でしょうね。
まず、患者さんの話をよく聞くこと、その上で自分の患者さんへの治療方針を述べることができるように整理して伝えることができるようにしておくと良いですね。患者さんは最近の情報伝達の進歩により知識を多く持っていますから、その知識が正しいかどうかを判断し、間違っている知識だった場合はエビデンスに基づく正しい知識に置き換えられるような対応が必要です。
診療の説明をするためには、正常で健康な身体のこと、つまり基礎医学が理解できていないと患者さんに説明はできないですね。病院に勤務すると病気の患者さんしか来院しませんから、健康体のことがわからず説明に困窮する場合もあります。だから、まずは基礎医学をしっかり極めてください。治療に対し理解を得られるような説明をすることができるかによってコミュニケーション能力が問われることでしょう。
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