NPO法人 臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR/理事長 桑島 巖氏)は、2017年7月1日、都内において夏季セミナーを開催した。セミナーでは、臨床研究報道の在り方やトランスレーショナル・リサーチの具体例、今春成立した臨床研究法について講演が行われた。
メディアに求められる論文を読む作法
はじめに「臨床研究報道 スポンサーとメディアの役割」をテーマに折笠秀樹氏(富山大学大学院医学薬学研究部バイオ統計学・臨床疫学教授)が、身近な特定保健用食品(以下「トクホ」)や健康情報番組を例に話題を展開し、臨床研究論文を正しく評価するポイントについて講演を行った。
最近しきりに目にするようになった「機能性表示食品」(審査なし届出制)と「トクホ」(審査あり許可制)について触れ、とくに前者では、効能・効用の表現がトクホと比較して制限が少ないこともあり、効果・効能の行き過ぎた表現が問題になることが多いと報告した。
続いて、「CLEAR! ジャーナル四天王」連載の記事を題材に、臨床研究論文を正しく評価するポイントを説明した。
1)「撤回論文はもともと粗雑に書かれていた」
http://www.carenet.com/news/clear/journal/40912
(本文と抄録の齟齬、計算ミス、p値の誤りなど基本的なミスが観察されると指摘)
2)「論文を読むときは最初に利益相反を確認する必要がありそうだ」
http://www.carenet.com/news/clear/journal/43368
(利益相反が見られた場合、見られない場合に比べ、約3倍ポジティブな内容であることを指摘)
1)では、ハゲタカ出版社といわれる粗雑な論文を掲載するジャーナルを発行する出版社が問題視され、ケースの比較がない、症例数が少ないなどの雑な論文を読む側(メディアも含め)は注意する必要があり、2)では、著者にメーカーの名前があれば注意が必要だと指摘する。実際、企業スポンサーのスタディとそうでないスタディを比較した場合、4倍近くも効果など差があることが報告されている。そのほか、現在もポジティブな結果のほうが論文では受理されることが多い中で、同じテーマでも国・地域によって解析方法が異なることもあり、注意を払うべきであるという。
反対にメーカーなどのスポンサーは、COIの明示、関与社員がいた場合の共著者化、全例解析の実施やパンフレットなどの作成では原著のまま行うなどの信頼性確保のための取り組みが求められるとレクチャーを終えた。
基礎医学と臨床医学の間をいかに埋めるか
次に「トランスレーショナル・リサーチ ―失敗例から学ぶ―」をテーマに北風政史氏(国立循環器病研究センター 臨床研究部長)が、自身の経験を踏まえた臨床研究の進め方について講演を行った。
北風氏は、微小循環障害時の冠血流増加について研究する中で、アデノシンの役割解明に注目し、研究テーマに設定したという。
心筋虚血が起こるとアデノシンは、冠血管の弛緩、心筋のβ刺激抑制、血小板の凝集抑制を行うことがわかっている。現在判明している心筋虚血時の26の作用を抑えるためにアデノシンのほか、ニコランジル、サイクロスポリン、エリスロポエチンなどの虚血心筋保護効果をもたらすもので新しい薬物療法開発ができるか、臨床研究を行ったものである。
最初に行ったCOATスタディでは、さまざまな条件の不備もあり、目標症例が集まらず中止となった。次のAMISTADスタディは基礎研究ではポジティブだったものの、応用研究ではアデノシン、サイクロスポリン、エリスロポエチンはネガティブの結果となった。次に国の予算を得て行ったニコランジル とANPのスタディでは、前者はネガティブで後者はポジティブだった。
以上から、基礎研究が臨床に還元されたか? を考察すると「還元されなかった」と述懐する。その理由として、アデノシンがポジティブではなかったこと、実臨床への展開ができていないことが挙げられるという。
こうした研究を経てわが国の臨床試験の問題点を概観すると、日本と海外の臨床研究の仕組みの違い(海外の多くは臨床研究と治験が同一主体)、治験ができる医療機関の不足(院内に治験コーディネーターがいないなど)があり、医師主導で行う場合、時間と予算がかかると指摘する。
また、基礎医学は生物学的要素であり、臨床医学と実臨床は統計学的要素があり、この2つの間に乖離があること、臨床研究の再現性に問題があることを考える必要があるという。
終わりに、医療の最終的なゴールを目の前の患者を治療する「精密医療」と定義し、そのためにビッグデータを活用し、臨床医学を数式化する試みを行っていると現在の自身の取り組みを報告した。具体的には、心不全症例の退院時の状態をパラメータ化し数式化、その解を求めることで再入院までの日数を予測化する研究だという。
今後、「こうした既成の枠を超えた基礎医学、臨床医学、実臨床の間を連関する学問体系の構築が必要とされる」と語り、レクチャーを終えた。
2018年4月施行の「臨床研究法」で変わること
最後に「臨床研究法について」をテーマに中村彩子氏(厚生労働省医政局研究開発振興課)が、2017年4月に成立した同法の概要と今後の施行スケジュールについて講演を行った。
はじめに本法制定にいたる経緯を説明し、2014年の「ディオバン事件」がきっかけだったと語った。この事件を受け、「臨床研究に係る制度の在り方に関する検討会」が開催され、法規制の必要性や範囲、具体的な規制内容や対策が検討され、法案の骨子へとつながった。
本法でいう臨床研究とは、「医薬品等を人に対して用いることにより、当該医薬品等の有効性又は安全性を明らかにする研究(治験その他厚生労働省令で定めるものを除く)」とされ、その中でも「未承認・適応外の医薬品等の臨床研究」と「製薬企業等から資金提供を受けた医薬品等の臨床研究」が特定臨床研究とされ、規制対象となる(ただし観察研究は規制の対象外)。
指導体制の変更事項として、研究に対する資金提供について定められた契約の締結や公表、利益相反(COI)管理などの実施基準の順守や記録保存の義務付け、認定臨床研究審査委員会の認定化、厚生労働大臣による調査権限・監視指導の強化が盛り込まれている。
実施手続きとしては、研究実施者が、認定臨床研究審査委員会に実施計画を提出→委員会の審査→委員会の意見を添付し、厚生労働大臣に実施計画を届出→特定臨床研究実施、といった手順があらましとなる。この手続き違反に対しては、立ち入り検査・報告徴収のほか、改善命令、研究の一部または全部停止命令、緊急命令(研究の停止など)が発せられ、所定の罰則も設けられている。
2018年4月の施行に向けたスケジュールとして、厚生科学審議会に「臨床研究部会」を新設、秋ごろまでに臨床研究実施基準などについて審議し、12月ごろにパブリックコメント、2018年1~2月ごろに臨床研究実施基準や実施計画の記載事項などの省令を交付し、以降、通知などの発出をする予定であるという。
本法施行に向け厚生労働省の取り組みとして、臨床研究で不足が指摘されている生物統計家人材の育成支援(主体は日本医療研究開発機構[AMED])や、倫理審査委員会認定制度構築事業を進めるほか、研究の質の担保や進捗管理のために中央治験審査委員会・中央倫理審査委員会の基盤整備をモデル事業として行っていることを説明した。
終わりに海外での動きについても触れ、アメリカでは“21
st Century Cures Act”や、“コモン・ルール”の改訂により、低リスク試験で同意を不要とする例外規定の拡大や要件の緩和、米国食品医薬品局(FDA)承認プロセスの迅速化(一部の研究)、公的研究費受領研究者への研究データ共有の要請、他施設共同研究での研究倫理審査委員会(IRB)の審査の義務化、研究情報データベースへの登録・公開の義務拡大などが行われており、同様の動きはヨーロッパ連合(EU)でも見られるという。将来的には、「わが国も同じような施策を考えることになる」と含みを持たせ、レクチャーを終了した。
■関連記事
CLEAR! ジャーナル四天王