医療者が壊れる前のファーストエイド

提供元:ケアネット

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公開日:2018/01/18

 

 医療事故に直面し傷ついた患者・遺族と医療者双方をケアし、支援していくシステムの普及を目指し設立された一般社団法人Heals(Healthcare Empowerment and Liaison Support)の設立シンポジウムが、2017年12月23日に都内において開催された。シンポジウムでは、医師、看護師をはじめとする医療従事者、弁護士など法曹関係者、患者団体など約170名が参加し、現状の問題点や今後の展望についてディスカッションが行われた。

医療事故で傷ついた人々の橋渡しに
 はじめに同団体の代表理事の永尾 るみ子氏が、「Healsの理念」について講演を行った。講演では、乳幼児突然死症候群(SIDS)により自身が愛児を失い医療不信になったこと、その後看護師として医療の世界に身を置き感じた医療システムなどの不安定さについて語った。これらを踏まえ、医療事故後の患者と医療者の関係性について、傷を負った双方が心の問題を抱え込まず、ケアをすることができないかとHealsを考え、団体設立となったと説明した。

 とくに医療事故の後、医療者の多くは自責の念や事故への対応や裁判への不安など非常に不安定な心理状態におかれているにも関わらず、周囲に相談できず、負の感情を抱えたまま職場を去ったり、心のバランスを崩したりする人がいると問題を浮き彫りにする。医療事故後には、「遺族、医療者の双方がケアされる環境づくりが大事だ」と同氏は指摘し、そのためには、「Healsを通じて患者・遺族への相談、医療者へのピアサポーター養成、遺族と医療者の対話のあり方について学ぶテキスト、さまざまな研修プログラムの開発などを行っていきたい」と展望を語った。

事故医療者へ必要なファーストエイド
 次に曽根 美穂氏(青山心理発達相談室・臨床心理士)が、「傷ついた医療者の心理とケア」をテーマに説明を行った。

 医療事故は突然起こるものであり、事故が起きると患者・遺族も医療者も強いストレスを受け、心的外傷(トラウマ)を負う。そして、負ったトラウマは、心理面(自責の念、後悔の念など)、身体面(不眠、動悸など)、社会生活面(孤立化、過敏反応など)で影響を及ぼし、ケアされないと心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder:PTSD)を発症する。

 PTSDを発症すると再体験(フラッシュバックやパニック状態)、回避・まひ(事故の現場へ行けない、周囲との付き合いを避けるなど)、過覚醒(常時緊張や不眠・悪夢)を起こし、社会生活が困難となるばかりか、専門的な治療が必要になる。そのため、トラウマの段階でのケアが重要であり、治療では秘密が守れる場所で、事故者本人が信頼できる人が、本人を孤立させず、気持ちに寄り添い、話を聞きその内容を言語化する必要がある。「トラウマの解消には言語化が必要であり、言語化されることで気持ちが整理され、本人にとって受け入れられる出来事になる」と同氏は説明し、「医療事故が起きた場合、医療機関は、傷ついた医療者のファーストエイドに、医療メディエーターを活用して欲しい」と説明を終えた。

ファーストエイドを担うピアサポーターの役割
 次に井上 真智子氏(浜松医科大学地域家庭医療学講座 特任教授)が「ピアサポートのしくみと過程」をテーマに、アメリカのピアサポートを例に解説した。

 ピアサポートとは、心理的ファーストエイドとして同じ立場の人間が支援をし合う仕組みであり、アメリカでは、医療者をシステムエラーの第2の被害者として捉え、ピアサポートが医療者のバーンアウトを防ぐとされ、10数年前から行われている。
 アメリカでは、2002年に医療事故の患者と医療者の交流・赦しを目的にNPO法人MITSS(Medically Induced Trauma Support Services )が設立され、サポートが開始された。

 ピアサポートは、グループセッションと個人セッションの2形態があり、事故の発生後に最大48時間以内にサポートを実施するフローになっている。ピアサポーターの役割として、「本人の感情の正当化」「能力・適正に自信を持たせる」「専門的ケアの必要性の評価」などが挙げられ、その一方で「事故の原因究明」「患者への説明・謝罪の助言」「職務能力の評価」などは行わないとされている。また、サポーターは研修への参加、メールでの報告(内容は実施件数と状況のみ)、サポーターミーティングへの参加が求められている。これらはボランティアの形で行われ、ピアサポートの医療者のミスを責めない姿勢は、医療者を疲弊させない文化で院内を変えていくと説明されている。

 医療者の心が傷ついたとき、回復には6段階プロセスがあるという。すなわち(1)混乱と反応→(2)侵入思考・振り返り→(3)自己一貫性の修復→(4)調査への対応→(5)感情への対応 →(6)切り替え・前進の順で本人は回復していき、(6)の「切り替え・前進」では、「職場の移動・退職」「事態をやり過ごして生き残り」「成長・洞察」の3パターンがある。早い段階からサポートすることで、その後のキャリアへの影響を防ぐことが大切という。

 最後に井上氏は「医療の現場では、個人を責めない『公正な文化』に基づく、職場内での支援が必要」と語り、レクチャーを終えた。

電話相談から始まるピアサポート
 次に和田 仁孝氏(早稲田大学大学院法務研究科 教授)が、「Healsの果たすべき役割」について説明を行った。

 医療事故で傷ついた当事者である患者・遺族と医療者に対して、電話相談か面接によるケアサポートを実施する。その導入として、現況のアセスメント、施設適合的なシステムの提案、関連部署管理者へのレクチャー、サポートシステム管理者の研修が行われる予定である。早い時期での実施を計画しているが、ボランティアベースによるものなので、開催は月1回からのペースになるという。
 参考までにアメリカでは、医療事故以外の事由のサポートも行われ、個々の医療機関独自のやり方でよいとしている。ピアサポーターの75%が医師で、看護師も多く、宗教者もいる。

 今後の展望としては、「医療機関だけでなく学会での普及も視野に入れるとともに、私見ながら『患者・医療者の対話カフェ』の実現やピアサポート導入パッケージの推進、サポーター養成の研修事業などを行っていきたい」と将来の発展を語った。

患者・患者遺族、医療者の視点で医療事故後の対応を考える
 後半のシンポジウムでは大磯 義一郎氏(浜松医科大学医療法学 教授)を司会に迎え、先ほどの講演者と会場とで活発な意見交換が行われた。

 シンポジウムでは、患者視点として肉親を医療事故で失くし、自身も医療事故の被害者となった女性が事故後の対応の問題(一例として医療者からの情報不足など)を語った。これに対し近年では、医療者が患者に共感をもって接し、医療情報の提供、謝罪を行うように変化している現状が報告され、こうした案件に対してHealsには、両者が対立軸にならないように、患者・遺族、医療者の重大な心理的負担を受け止める役割が期待されると今後の働きを示した。

 また、医療者の視点からは薬剤誤投与での患者死亡のケースが報告され、当時のサポートの状況と反省点などが語られた。事故には医師を含む複数の医療者が関係し、事故後に医療者には病院が主体となって弁護士相談やメンタルサポート、就業支援が行われた一方で、遺族との交渉状況は何ら医療当事者には知らされなかったという。また、医師の精神面でのフォローがなかったことから、精神状態が不安定な状況におかれた点は反省すべきであったと説明された。経過として、その後遺族側から医師と面談したいとの提案により面談が実現し、医師が謝罪し、遺族も医師に同情を示し、精神的な安定へとつながった。このケースを踏まえて「医療者が一番癒されるのは、患者や遺族からの『赦し』を受け取ることであり、そのためには双方が落ち着いて話せる安全なコミュニケーションの場が大切ではないかと考える。事故後、早い段階で医師に声をかけ、想いを語る機会をもつ必要があったと思う。情報を遮断して守るのではなく、医師のトラウマケアを意識した守り方が必要だったと考える」と提言を述べた。

 同団体では、今後もホームページなどで情報発信を行っていくので、参照していただきたい。

■参考
一般社団法人Heals ホームぺージ

(ケアネット 稲川 進)