耳鼻咽喉科望月医院
望月 義也
2012年6月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
※本記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会より許可をいただき、同学会のメールマガジンで配信された記事を転載しております。
先日耳鼻咽喉科の学会での特別講演で、宮城県の耳鼻咽喉科医会の先生から先の大震災の貴重なお話をお伺いする機会がありました。
現地の開業医の先生方が被災地の医療をなんとか維持するために奔走されて大変な苦労をされた事が非常によく分かりました。また先生ご自身も被災者であるため、自分たちの生活や家族の事でも大変なさなか、更に被災地の地域医療に貢献する仕事をされていらっしゃったお話を聞いて非常に頭が下がる思いでした。
私自身は生まれも育ちも東京の人間ですが妻が東北の人間なので今回の災害は他人事ではありませんでした。親戚で津波に流され今も行方不明の方がいらっしゃいます。当時私も何か貢献が出来ないかと考えていました。そんな折震災後間もなくある被災地域の病院で医療ボランティアに参加できる医師の募集がありました。それが妻の実家と同県の地域だったので私は直ぐに手をあげて参加を申し込みました。応募は受理され私は3月の終わりから4月初めにかけて行くチームに予定が組まれました。しかし出発の直前でその医療ボランティアを企画している本部から私の参加は断られてしまいました(念のため申し上げますと派遣先の被災地の病院から断られたのではなくて、東京のそのボランティアの企画団体の責任者に断られました)。理由は「開業医の耳鼻咽喉科医は必要無い」という事で、その時私は大変ショックを受けました。
私たち耳鼻咽喉科医は上気道感染症の専門科です。平時の私の医院の外来でもねつ、せき、たん、などの患者さんは子どもからお年寄りまで診察し対応していますし、喘息の患者さんも診察しています。また地震の後激しい揺れを体験した事から、揺れがおさまった後も持続するめまいを訴える患者さんが多いと聞いていました。それこそ私耳鼻咽喉科医の出番と思っていましたし、また病院勤務医の頃は外科系当直として一般の一次・二次救急の外傷患者さんの対応もしていましたので大概の事は対応出来るつもりでいたのですが、そういった訳で今回は大変残念な思いをしました。その後東北の実家には自力で行って、妻のご家族と親戚にお会いして安否を確認しました。そんな私の経験があったのですが、今回の講演をされた先生からも似た様なお話を聞いたのです。現地でもやはり耳鼻咽喉科医はあまり前にでて何かをやるという機会が無かったという事でした。それでも何か出来ないかという事で、宮城県の耳鼻咽喉科医師たちに協力を仰いで、回診用のワゴン車を借りて被災地の避難所を巡回する事をされたそうです。巡回してみるとそれなりに耳鼻咽喉科も需要はあったという事でした。
災害後、被災地の先生方がまずつくされたのが医師間での情報を整備することだったそうです。直後は何しろ電話も電気も使えない状況です。その演者の先生を含め宮城県の人でも津波による直接被害が無かった人たちは津波があった事を当初知らなかったそうです。知ったのは何日か後に電気がついてテレビが見られる様になってからだったそうです。そんな大変な状況の中、正しい医療の情報を伝えるために奔走されたお話を聞く事が出来ました。その話の流れで出て来た事がやはり病院、医師が足りない、元々医療過疎だった事もあって更に様々な事が困難であったそうです。そんな中で最後に何か頼むのはどんな地域でも大学病院です。しかし宮城県には有名病院がいくつもありますが医学部附属病院は東北大学一つしかありません。拠点となる大学病院が一つだけでは自ずと手が回らなくなってくる事は明らかです。手が足りない時は比較的ダメージの少ない日本海側の大学病院に協力してもらったという事でした。また別の演者の先生からは福島県の現状のお話も聞きました。福島県では原発処理に携わる人たちの病気や怪我の対応が大変だという事でした。福島県も福島県立医科大一つしかないので手が足りないそうです。
今、各地で医学部新設に対する是非を問う意見が交わされています。私も以前はどちらかというと積極的に賛成しない意見でした。しかし今回の被災地のお話を聞いて、私は積極的に医学部を新設するべきではないかと強く感じました。分院や関連病院ではなくて、医学部附属病院の本院が必要だと感じました。県の大きさにもよりますが、各県に本院が最低限二つはあった方がいいのではと思いました。それらが拠点となり県を超えて電車の路線の様につながった医療のネットワークのシステムを構築し、平常時からいろいろなやり取りが出来る様にしておくと、このような突然の災害が起きたとしても、災害で医療が機能しなくなった地域へ近接の地域から迅速に医療を提供する事が出来る様になるのではと感じました。特に地震、台風、洪水といった災害が多い日本にはこういった有事の際に密な連絡と連携が出来る医療システムの様なものが必要だと思いました。そしてその中核として大学医学部附属病院の新設が必要と思います。そうなれば、今回私に起きた様な医師派遣のミスマッチも、地元の指令系統がしっかりできていれば起きなくなるかもしれません。
医学部新設反対の意見の一つにこれから人口ピラミッドが逆転して人口が減って行く事が上げられていますが、医療は日本国民全てに平等に必要なものですから日本という国、国土がある限り、地方とか都市部とか関係なくまた人口の多い少ないに関わらず、全国に良い医療を提供するための構造が必要で、そしてそのためには拠点となる新たな大学医学部附属病院の必要である事を強く感じました。医学部新設するためには様々な困難な問題がある事は理解していますが、それにもまして新設の必要性は強く感じました。
この6月19日に宮城県知事が復興をめぐる政府への要望書の中に大学医学部新設も盛り込まれていたそうです(6月20日の河北新報ニュースより)。この被災地の思いが政府に届く事を切に願います。
MRIC by 医療ガバナンス学会