亀田総合病院
小松 秀樹
2012年7月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
※本記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会より許可をいただき、同学会のメールマガジンで配信された記事を転載しております。
●はじめに
2012年3月30日の厚労省による病床規制継続宣言、千葉県による大量の病床配分と時を同じくして、千葉県最大の基幹病院である国保旭中央病院が、医師不足のため、救急受け入れ制限に追い込まれた。本稿では、病床規制と大量の病床配分が千葉県の医療に与える影響を考える。
●千葉県の病床配分
千葉県では、埼玉県、神奈川県と共に全国屈指のスピードで高齢化が進行しつつある。これに伴い、医療・介護需要が増加している。こうした中で、2012年3月30日、千葉県は、千葉県保健医療計画に基づく病床配分を発表した。配分可能病床数3725床に対し、66施設から、5762床の増床計画書が提出され、51施設に3122床が配分された。許可病床を求めて一斉に群がった感がある。
群がるのは、医療機関が、自らの意思だけで増床できないこと、許可病床が、たとえ実際に使われていなくても既得権益として保持されてきたことによる。破綻した銚子市立総合病院の許可病床数393床も返上されていない。旧銚子市立総合病院を引き継いだ銚子市立病院は、2012年4月5日現在、最大53床で入院診療を行っている。
千葉県は、許可病床の内、実際に使われている病床数を公表していない。ある病院の幹部は、医師・看護師不足のため、一般病床については、許可病床の70%程度しか使われていないのではないかと推定している。
既得権益化を悪として、増床が遅れたことを理由に、病床配分を取り消すのは難しい。病床の配分を受けると、病棟の建設、看護師募集が始められる。しかし、看護師をどれだけ集められるか分からない。集められた分の病床を開くことになる。実際の増床は、病棟建設から相当遅れることになる。遅れた分、金利負担が増える。増床が遅れたことを理由に、許可病床の配分が取り消されると、建設費を回収できず、破産しかねない。そもそも、取り消される可能性があるとすれば、融資を受けられない。
病床規制がなければ、無理な増床計画は生じない。建物を建てても医師や看護師を集められなければ、赤字が膨らむだけだからである。
●千葉県の医師・看護師不足
平成23年度千葉県保健医療計画によると、平成20年末の千葉県の人口10万対医療施設従事医師数は、161.0人(47都道府県中、45位)であり、全国平均の212.9人を大きく下回っている。保健師、助産師、看護師、准看護師を合わせた就業看護職員数も、全国45位と少ない。計画には、「今後、高齢化が急速に進展することにより、看護職員がますます不足することが予想されます」と記載されている。
千葉県の病院経営者の多くは、医師不足より、むしろ、看護師不足が増床の障害になると考えている。各都道府県では、厚労省が決めた調査方法に基づいて、看護師の需給見通しを作成している。医療機関に職員配置計画を問い合わせて、それを集計している。人口動態から推計された医療需要に基づいているわけではない。需給見通しは、調査時点での各病院の許可病床数と在職看護師数に大きく依存する。最新の第7次千葉県看護職員需給見通しは、平成21年10月から同年12月に実施された医療機関等実態調査に基づいて算定された。その結果、千葉県では、平成23年において2430.5人、平成27年において1481.6人の供給不足が見込まれるという。今回の3122床の配分は、調査の時期からみて、各医療機関からの回答には、一切反映されていない。3000床の増床だと、おおむね3000人の看護師が新たに必要になる。増床させようとすると合計5,500人不足することになる。しかも、千葉県では、看護師養成数が少なく、人口10万対看護学生数は全国45位である。
●九十九里医療センター構想の苦闘
千葉県の東部、長大な九十九里浜の中央部は、日本有数の医療過疎地帯である。この地域では、2000年代の半ば以後、自治体病院から勤務医が退職して、医療提供体制が文字通り崩壊状態に陥った。崩壊が顕在化する前の2003年、老朽化した県立東金病院を廃院にして、山武郡市広域行政組合を設立主体とする九十九里医療センターを新設する構想が持ち上がった。400床の規模で、救命救急を担おうという計画だった。ところが、2008年、センター長に、支援病院への病床数割り振り権限を与えるかどうかをめぐって、山武郡市首長会議が紛糾した。支援病院と位置付けられた国保成東病院、国保大網病院が切り捨てられることを、それぞれの病院を持つ自治体が恐れたためである。自治体間の合意を形成することができず、設立主体が東金市、九十九里町の2市町だけになった。その後、予定名称が、東千葉メディカルセンターに変更された。314床、22診療科、医師数56人の計画で、2014年4月の開院に向けて準備が進められている。常識的には、この医師数だと、二次救急ならまだしも、救命救急は不可能に近い。他にもいくつかの懸念がある。
まず、財務上の懸念である。この計画で、医師・看護師が確保できなければ、膨大な赤字になり、自治体といえども持ちこたえられない。そもそも、自治体が設立主体だと、首長、議員が病院に対し大きな発言権を持つ。首長や議員は、支持者の利益誘導を図ろうとしがちである。4年ごとに選挙で選ばれるため、住民受けの良い短期的手柄を求めて活動する。事務職員は自治体からの出向であり、医療経営について専門知識を持たない。病院より市役所での出世が優先されるので、専門知識を高めようとするインセンティブが生じない。かくして自治体病院は、提供するサービスの割に過大な費用がかかり、赤字を生むことになる。
2011年1月31日の朝日新聞によると、千葉県の指導を受けて、東金市と九十九里町が、山武郡市、長生郡市の自治体に支援を要請した。しかし、山武市は、さんむ医療センター(旧国保成東病院)に運営費負担金を年間4億円から5億円拠出している。茂原市も、公立長生病院に年間8億8千万円を拠出している。自治体立病院はどこも大赤字なのである。両者とも東千葉メディカルセンターへの財政的支援に難色を示した。
千葉県立病院のデータも、自治体病院の赤字体質を示している。2012年5月1日付の千葉日報は、県立7病院が2010年度に黒字転換したこと、中期計画で黒字拡大を目指していることを報じた。この報道は読者に誤解を与える。千葉県病院事業の2010年度実績は、医業収益が306億円、医業費用が385億円だった。医業収益を100とすると、費用が125.8かかっている。医業外収益として、当初より税金が103億円投入されている。赤字が103億円以内にとどまっただけの話である。民間病院なら、存続不可能な大赤字である。千葉日報は、報道機関として、取材能力あるいは批判精神のいずれかが不足している。
看護師集めにも問題がある。実は、今回の病床配分以前から、近隣で看護師争奪戦が発生している。この地域の看護学生にとって、卒業後の就職が条件になるものの、奨学金がいきわたるようになった。一部で、奨学金だけでなく、支度金まで用意されると聞く。地方公共団体が採算度外視で看護師集めを展開すると、民間病院の看護師確保は困難になり、病床の維持が難しくなる。
加えて、この計画に限っていえば、看護師より、医師集めの方が難しい。大規模な医師集めは、急性期病院に勤務する医師を勇気づけるような対策を含めて、あらゆる工夫をして全国規模で募集しなければならない。しかし、九十九里医療センター構想では、当初より、医師の供給を千葉大学だけに頼ることを前提としている。日本では80大学に医学部がある。人口150万人に1校である。千葉県は人口620万人だが医学部は千葉大学のみであり、千葉大学の医局は常に医師不足状態にある。にもかかわらず、多くの大学医局と同様、外部の医師との協働に熱心ではない。
日本の大学医局は、自然発生の排他的運命共同体であり、派遣病院を領地として医局の支配下に置く。医局出身者以外、あるいは別の大学から院長を採用したり、他の医局の医師を採用したりするだけで、医師を一斉に引き揚げることがある。医局は、しばしば、医師の参入障壁になる(引用1)。
職務に就いていない医師を56人も抱え続けることはできない。千葉大学だけに頼った医師供給は、ゼロサムゲームにならざるをえない。東千葉メディカルセンターが56人の医師を確保するためには、千葉大学、あるいは、千葉大学関連病院から56人の医師をひきはがさなければならない。こうした乱暴な方法だと、医師不足による労働条件の悪化や医局内の軋轢が生じ、病院からの医師の立ち去りを増やしてしまう。事情を知る医師の多くは、東千葉メディカルセンターの医師確保は困難だと思っている。
●旭中央病院
2012年4月22日の朝日新聞に、東千葉メディカルセンターの計画を根幹から揺るがす報道があった。国保旭中央病院が4月から、救急の受入れを制限したのである。旭中央病院は、病床数が989床。2011年度の救急患者数は、6万人で、その内、6300人が入院した。全体として、筆者の勤務する亀田総合病院と同様の診療規模だが、救急患者に限れば、亀田総合病院よりはるかに多い。しかし、常勤医師数が、亀田総合病院に比べて少なかった。今年度、研修医を含む常勤医師数が253人から239人に減少した。以前より、ギリギリの状況だと聞いていたが、内科の中堅医師が減少したため、負荷が限界を超えた。
旭中央病院は、千葉県の医療を支える最大拠点である。東千葉メディカルセンターがなくても、東金市や九十九里町から千葉市まで、比較的短時間で患者を搬送できる。一方、旭中央病院が機能しなくなると、医療過疎に悩む千葉県北東部、茨城県南東部の住民100万人が困ることになる。銚子市立総合病院の破綻後、旭中央病院に対する依存度はさらに高まっている。医師、看護師不足の中での千葉県の大幅な病床配分は、医師・看護師需給を一気に逼迫させる。旭中央病院の危機回避を妨げ、千葉県の医療供給体制の崩壊を別の次元に進めかねない。
<引用>
1. 小松秀樹:医師参入障壁としての医局 医師を引き揚げるが、他から採用することは許さない. MRIC by 医療ガバナンス学会, Vol368, 2012年1月16日.
http://medg.jp/mt/2012/01/vol368.html
MRIC by 医療ガバナンス学会