国の政治的特性として、自由・公平な選挙制度、市民団体や政治結社の自由、表現の自由といった民主主義的特性が薄れ、そうした点への規制や統制が強い独裁主義的特性が増すと、国民の推定平均余命、効果的な医療サービスを受ける機会および医療費の自己負担は、悪化するとの研究結果が示された。トルコ・Bilkent UniversityのSimon Wigley氏らが、136ヵ国を対象に行った検討で明らかにしたもので、BMJ誌2020年10月23日号で発表した。健康の政治的決定要因に関するこれまでの研究では、民主主義の全体的な質が、医療費や医療サービスの提供および国民の健康アウトカムに与える影響に視点が置かれていた。研究グループは、「しかし現在、民主主義的特性の大幅な増大(民主化)よりも大幅な減少(独裁化)を経験している国が少なくない」として、国の独裁化と健康アウトカムの関連を調べる検討を行ったという。
独裁化が進んだ17ヵ国と、それ以外の国に分類
研究グループは、国の独裁化と国民の健康アウトカムおよびユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)への進展傾向との関連を調べるため、コントロール群を適当な重み付けから統合して評価するシンセティック対照解析を行った。
国の民主制の度合いを示す既存の指数などから、1989~2019年の世界各国の独裁・民主主義の状況を調べ、2000~10年に独裁制への移行が認められた17ヵ国(“介入”国群)と、1989~2019年に同移行がまったく認められなかった119ヵ国(コントロール群)、の2群に分類した。介入国群は低・中所得国で、北米と欧州西部を除く地域に属していた(バングラデシュ、中央アフリカ、コートジボワール、エクアドル、フィジー、リベリア、マダガスカル、モルドバ、ネパール、ニカラグア、北マケドニア、パレスチナ/ヨルダン川西岸地区、フィリピン、ロシア、ソロモン諸島、スリランカ、トーゴ)。
コントロール群を重み付けして組み合わせ、各介入国群についてシンセティック対照解析を実施し、独裁制への移行が認められなかった場合の予測値などを推算した。本手法は、無作為化が不可能で同質性が高い比較群が設定できない集団レベルの研究でとくに適しており、元来、経済学や政治学分野で政治や事象の影響を評価するために開発された方法で、最近では疫学研究でも使用することが増えているという。
主要アウトカムは、1989~2019年における、5歳時点のHIV非感染平均余命、UHC実効(effective coverage)指数(0~100ポイント)、1人当たり医療費自己負担だった。
独裁化への移行後10年、全アウトカムで悪影響
介入国群では、独裁化への移行開始後10年時点で3つの主要アウトカムの変数はすべて、改善が認められたものもあったがパフォーマンスの低下がみられた。
5歳時点のHIV非感染平均余命は改善がみられ、介入国群の平均値は64.7年から66.1年へと2.2%増大していたが、独裁化への移行がなかった場合は3.5%(95%信頼区間[CI]:3.3~3.6、p<0.001)の増大が推定された。
UHC実効指数についても、独裁化への移行開始後10年で介入国群平均値は42.5ポイントから47.6ポイントへと11.9%増加したが、同移行がなかった場合は20.2%(同:19.6~21.2、p<0.001)の増加が推定された。
1人当たり医療費自己負担は、同移行開始後10年で介入国群平均値は4ドル(3.1ポンド、3.4ユーロ)から4.4ドルへと10.0%増加したが、同移行がなかった場合は4.4%(同:3.9~4.6、p<0.001)の増加にとどまると推定された。
(医療ジャーナリスト 當麻 あづさ)