医療法学的視点から見た診療ガイドラインを考える

提供元:ケアネット

印刷ボタン

公開日:2013/09/30

 

 9月14日(土)、東京大学医学部(本郷キャンパス)において第4回医療法学シンポジウムが開催され、全国より医師、医療従事者をはじめ約60名が参加した。

 今回はテーマに「医療法学的視点から見た診療ガイドライン」を掲げ、診療ガイドラインの医事裁判での引用や使われ方、裁判官の判断に与える影響などについて識者からのレクチャーとパネルディスカッションが行われた。

■診療ガイドラインの目的は「医療の均てん化と医療者の教育」

 診療ガイドラインは、多種存在しているが、一般的には「医療者と患者が特定の臨床状況で適切な決断を下せるよう支援する目的で、体系的な方法に則って作成された文書」のことであり、その多くの目的は医療の均てん化と医療者の教育である。医師には、診療ガイドラインの内容に沿いつつも、診療では広範な裁量も尊重されており、患者の意向を考慮して個々の患者に最も妥当な治療法を選択することが望ましいとされていることは、医療者には周知の事実である。

 しかしながら、ひとたび医療事故が起こり、裁判となった場合、診療ガイドラインがあたかも標準診療の基準のように取り扱われ、ガイドラインから外れた診療がなされた場合、医療者側の診療裁量権よりも、ガイドラインが尊重され、医療機関側に責任を負担させる、という不幸な事態が散見されている。

 こうした現実が司法のどのような理論からきているのか、医療者がとり得るべき対応はないのかを今回のシンポジウムで明らかにすることを目的に開催された。

■医療と司法の相互理解

 最初に慶應義塾大学の古川 俊治氏(医師、弁護士)が、シンポジウムの目的を「医療と司法の相互理解を目指すこと」と述べ、5名の演者によるレクチャーが行われた。

 富永愛法律事務所の富永 愛氏(医師、弁護士)は、「医療法学的視点からみた診療ガイドラインの在り方」と題し、がんの中でも特に訴訟が目立つ肝細胞がん、乳がんの裁判を例に「裁判では裁判官は必ずといっていいほど、判断の基準にガイドラインや薬の添付文書に目を通し、ケースによっては判決文で引用するほど訴訟での使用は日常化している。しかし、裁判官は、一律ガイドラインだけで判断しているわけではなくガイドラインを用いる際でも目的意識を持って作成されたものは、その目的趣旨までさかのぼって判断をしている。今後はガイドライン作成時にはその目的や使用対象者を意識して作成する必要がある」と説明した。

 東京大学の山田 奈美恵氏(医師)は、医師の立場から「医療者から見た診療ガイドライン」として『肝癌診療ガイドライン』と『乳癌診療ガイドライン』を例に、これら診療ガイドラインの作成過程、臨床現場での使用の実際、その問題点を説明した。最近、医師の診療ガイドラインへの意識は、(訴訟を見据えて)変化しつつあること、診療ガイドラインが抱えるエビデンスレベルに差異があること、研修医などが個別の医学的考察の前に診療ガイドラインを過度に重視することもあることなどの問題点が医師の視点より報告された。

 井上法律事務所の山崎 祥光氏(弁護士、医師)は、「ガイドラインの証拠としての扱い」と題し、医事裁判でのガイドラインの証拠能力について説明を行った。裁判官が診療ガイドラインを重視する理由として、医療水準の認定の難しさや、外からみると診療ガイドラインが何らかの「ルール」にみえることが挙げられ、この点につき医療者の考えは司法(裁判官)に十分理解されていないと説明された。今後も、診療ガイドラインが裁判などで使用されることが避けられない以上、診療ガイドラインに、その目的や対象、推奨の強さ、医師の裁量の幅などの前提部分を明確に記載することが重要であると述べた。

 浜松医科大学の大磯 義一郎氏(医師、弁護士)は、「医療法学的視点から見た診療ガイドラインのあり方」と題して、(医療側に不利なケースが多い類型の)裁判での診療ガイドラインの使われ方とその判決の状況を説明した。これらを踏まえたうえで医療と司法の診療ガイドラインに対する相互理解を促進するために、司法に誤解され得る表記は避け、前文で医師の裁量権についての記載を行うことや例外事由の列挙を具体的にすること、適切なバージョンアップを行うことなど司法の側にも正しく理解できるようなガイドライン作りの提案を行った。

 北浜法律事務所の小島 崇宏氏(医師、弁護士)は、「医療法学的視点から見たより良い診療ガイドラインの提示」として、自身の医事裁判の経験から裁判官は、自身の考える妥当な結論を念頭に、事実認定を試みるという思考パターンであること、そのため診療ガイドラインが時には医師の主張を覆すための証拠として用いられているのが現状であること、したがって、この点を踏まえた診療ガイドライン作りが求められることを説明した。また、医事裁判では、エビデンス不足や記載の曖昧さが裁判の結果を左右するとして、診療ガイドラインの内容について例えばグレードの低いものはその点をわかりやすく記載することや推奨度の高いものでも原則と例外を分けて記載することなど、丁寧な記載が必要と提案を行った。

■シンポジウム 医事裁判で問題になる「説明と同意」

 大磯義一郎氏の司会の下、再度演者が登壇し、医事裁判での診療ガイドラインの地位や診療ガイドライン以外の審理の際の判断の仕方(例えば鑑定として第三者の立場で医師が呼ばれて証言する)などの現状が伝えられた。また、最近では診療ガイドラインの普及の影響なのか和解で終結するケースの報告が多いことなどがレポートされるとともに、問題点として個々の医療ケースを考えない画一的な診療ガイドラインの当てはめ(例えば大都市の病院と離島の診療所も適用は同じだと考えている)など、裁判での問題も多いことが報告された。特に提案として、診療ガイドラインから外れる診療については、きちんと事前に患者、患者家族に説明し、同意を得ておくことや、診療録への記載が大切であり、紛争化を防ぐためにも十分に行ってもらいたいとアドバイスがなされた。

 その他、医事裁判全体については、日常のカルテの記載不足、誤記載や管理不備も問題であり、特に注意が必要である。裁判に発展し、敗訴するケースではこうした点に不備がみられる場合が多いなども報告された。

 今後も診療ガイドラインは、医療の発展のためにも必要であり作成されるべきであるが、裁判に使用されかつ重視されることも避けがたい事実であり、「司法にも正しく理解されるかたちに作成する」「医療者も司法の側に普段から説明を行う」などの相互理解が必要であるとシンポジウムを締めくくった。

 最後に公益財団法人がん研究会の土屋了介氏(医師)が、閉会の挨拶を述べ、終了した。

(ケアネット 稲川 進)