がん治療の進歩により“助かる”だけではなく、生活や就労に結びつく“動ける”ことの大切さが認識されるようになってきた。そして、がん患者の多くは中・高齢者であるが、同年代では、変形性関節症、腰部脊柱管狭窄症、そして骨粗鬆症のような運動器疾患に悩まされることもある。2018年9月6日、 日本整形外科学会主催によるプレスセミナー(がんとロコモティブシンドローム~がん時代に求められる運動器ケアとは~)が開催され、金沢大学整形外科教授 土屋 弘行氏が、がん治療における整形外科医の果たすべき役割について語った。
骨転移の現状と治療方法
骨転移は多くのがんで発生する。なかでも臨床的に問題となる骨転移の年間発生数は、肺>乳腺>前立腺>腎>大腸>肝臓>甲状腺>胃の順で多く、患者数は10~15万人とも言われている
1)。また、骨転移は身体の中心部の骨(背骨、骨盤、大腿骨近位・遠位)で起こりやすい。このような患者はがん治療の主治医から、「骨転移部分が全身に広がっているため、ベッド上で動かないように」「麻痺します」「動くと折れます」などといった内容の指導を受ける場合が多く、土屋氏は「整形外科医へのコンサルがないままの症例が多い」と整形外科医の介入状況を指摘。さらに、同氏は「現在、Performance Status(PS)が3、4に該当する患者には積極的ながん治療を行わない。つまり、がんの治療は動けるレベルの患者だけに留まっている。“がん”という言葉は通常の医療行為に大きな先入観を与え、正しい診断や適切な治療の妨げになる場合がある」と、危惧した。
骨転移による骨の変化には溶骨型、硬化型、混合型の3種類があり、多くの患者はこれらが原因で骨折や脊髄圧迫をきたし、疼痛や麻痺によって動けなくなってしまう。骨転移の主な治療法には、鎮痛薬(オピオイド製剤)、放射線治療などがあり、近年、その価値が再認識されているのが手術治療である。
手術治療はQOLの改善を目的とし、疼痛の減少・消失などのほか、生命予後の改善にも繋がるため、積極的緩和医療に位置づけられるようになった。手術が有効ながんに代表される腎がんは、骨の転移をきちんと治すことで生命予後が改善することが証明されており、同氏は「骨転移の病巣部を人工関節に置換することが積極的に行われている」と述べた。
骨転移にキャンサーボードの活用を
がん診療連携拠点病院の要件を達成する上で、キャンサーボードの実施は必須となる。全国の整形外科研修施設(1,423施設)を対象とした「整形外科研修施設におけるがん診療実態調査」によると、がん診療連携拠点病院の約60%の施設において整形外科医の参加がみられ、全体では約50%の施設で参加していた。骨転移に対する手術については、がん診療連携拠点病院の90%が自施設で対応可能という回答結果が得られた。このほかに、整形外科医に骨転移診療に関わってほしいという他診療科や施設からの要望は、がん診療連携拠点病院では全体で60%もみられた。この結果を踏まえ、同氏は「骨転移に特化したキャンサーボードを行う病院も増えてきている」と述べた。しかし、「残念なことに、現時点で整形外科医がキャンサーボードに呼ばれるのは、疼痛コントロールが悪化した時がほとんど」と付け加えた。
整形外科が骨転移患者へ果たすべき役割
土屋氏は、このようながん患者の現状を踏まえ、以下の役割を整形外科医に提言した。
・運動器の専門家として装具治療や手術を行い、痛みの軽減や機能回復を行う
・骨質の維持や改善、抗がん剤による末梢神経障害の改善や緩和に寄与
・がん患者の日常生活の維持・改善、がん治療の治療継続に役割を果たす
・がん患者の痛みを見分け、骨折や麻痺を予防・治療し、移動能力を改善する役割
を担う
・運動器の専門家として“がん”に関わる運動器の問題解決に役割を果たす
がんとロコモティブシンドローム
整形外科医の診療は、時代と共に外傷治療から変形性関節症などの高齢化に対する診療、そしてがん治療に関わるQOLの向上へと変遷している。がんとロコモティブシンドロームを『がんロコモ』と名付け、がんによる運動器の問題、がんの治療による運動器の問題、がんと併存する運動器疾患の進行に対して学会が立ち上がった今、同氏は「がん患者全員に理解してもらうためには、がん治療を行う時点での啓発を求める。医師同士の連携だけではなく、薬剤師らによる呼びかけも必要である」と、整形外科医の今後のあり方とがんロコモに取り組む重要性を呼びかけた。
なお、整形外科学会は平成30年より10月8日を『運動器の健康・骨と関節の日』と名称を改めている。
■参考
1)厚生労働省がん研究助成金「がんの骨転移に対する予後予測方法の確立と集学的治療法の開発班」編.骨転移治療ハンドブック.金原出版;2004.p.3‐4
ロコモチャレンジ!推進協議会
骨転移診療ガイドライン
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