2022年6月、日本サイコオンコロジー学会と日本がんサポーティブケア学会の合同編集により「遺族ケアガイドライン」が発刊された。本ガイドラインには“がん等の身体疾患によって重要他者を失った遺族が経験する精神心理的苦痛の診療とケアに関するガイドライン”とあるが、がんにかかわらず死別を経験した誰もが必要とするケアについて書かれているため、ぜひ医療者も自身の経験を照らし合わせながら、自分ごととして読んでほしい一冊である。
だが、本邦初となるこのガイドラインをどのように読み解けばいいのか、非専門医にとっては難しい。そこで、なぜこのガイドラインが必要なのか、とくに読んでおくべき項目や臨床での実践の仕方などを伺うため、日本サイコオンコロジー学会ガイドライン策定委員会の遺族ケア小委員会委員長を務めた松岡 弘道氏(国立がん研究センター中央病院精神腫瘍科/支持療法開発センター)を取材した。
ガイドラインの概要
本書は4つに章立てられ、II章は医療者全般向けで、たとえば、「遺族とのコミュニケーション」(p29)には、
役に立たない援助、
遺族に対して慎みたい言葉の一例が掲載されている。III章は専門医向けになっており、臨床疑問(いわゆるClinical questionのような疑問)2点として、非薬物療法に関する「複雑性悲嘆の認知行動療法」と薬物療法に関する「一般的な薬物療法、特に向精神薬の使い方について」が盛り込まれている。第IV章は今後の検討課題や用語集などの資料が集約されている。
遺族の心、喪失と回復を行ったり来たり
人の死というは“
家族”という単位だけではなく、友人、恋人や同性愛者のパートナーのように社会的に公認されていない間柄でも生じ(公認されない悲嘆)、生きている限り誰もが必ず経験する。そして皮肉なことに、患者家族という言葉は患者が生存している時点の表現であり、亡くなった瞬間から“
遺族”になる。そんな遺族の心のケアは緩和ケアの主たる要素として位置付けられるが、多くの場合は自分自身の力で死別後の悲しみから回復していく。ところが、死別の急性期にみられる強い悲嘆反応が長期的に持続し、社会生活や精神健康など重要な機能の障害をきたす『複雑性悲嘆(CG:complicated grief)』という状態になる方もいる。CGの特徴である“6ヵ月以上の期間を経ても強度に症状が継続していること、故人への強い思慕やとらわれなど複雑性悲嘆特有の症状が非常に苦痛で圧倒されるほど極度に激しいこと、それらにより日常生活に支障をきたしていること”の3点が重要視されるが、この場合は「薬物治療の必要性はない」と説明した。
一方でうつ病と診断される場合には、専門医による治療が必要になる。これを踏まえ松岡氏は「非専門医であっても通常の悲嘆反応なのかCGなのか、はたまた精神疾患なのかを見極めるためにも、CG・大うつ病性障害(MDD)・心的外傷後ストレス障害(PTSD)の併存と相違(p54図1)、悲嘆のプロセス(p15図1:死別へのコーピングの二重過程モデル)を踏まえ、通常の悲嘆反応がどのようなものなのかを理解しておいてほしい」と強調した。
医師ができる援助と“役に立たない”援助
死別後の遺族の支援は「ビリーブメントケア(日本ではグリーフケア)」と呼ばれる。その担い手には医師も含まれ、遺族の辛さをなんとかするために言葉かけをする場面もあるだろう。そんな時に慎みたい言葉が『寿命だったのよ』『いつまでも悲しまないで』などのフレーズで、遺族が傷つく言葉の代表例である。言葉かけしたくも言葉が見つからないときは、正直にその旨を伝えることが良いとされる。一方、遺族から見て有用とされるのは、話し合いや感情を出す機会を持つことである。
そのような機会を提供する施設が国内でも設立されつつあるが、現時点で
約50施設
と、まだまだ多くの遺族が頼るには程遠い数である。この状況を踏まえ、同氏は「医師や医療者には患者の心理社会的背景を意識したうえで診療や支援にあたってほしいが、実際には多忙を極める医師がここまで介入することは難しい」と話し、「遺族の状況によってソーシャルワーカーなどに任せる」ことも必要であると話した。
なお、メンタルヘルスの専門家(精神科医、心療内科医、公認心理師など)に紹介すべき遺族もいる。それらをハイリスク群とし、特徴を以下のように示す。
<強い死別反応に関連する遺族のリスク因子>(p62 表4より)
(1)遺族の個人的背景
・うつ病などの精神疾患の既往、虐待やネグレクト
・アルコール、物質使用障害
・死別後の睡眠障害
・近親者(とくに配偶者や子供の死)
・生前の患者に対する強い依存、不安定な愛着関係や葛藤
・低い教育歴、経済的困窮
・ソーシャルサポートの乏しさや社会的孤立
(2)治療に関連した要因
・治療に対する負担感や葛藤
・副介護者の不在など、介護者のサポート不足
・治療やケアに関する医療者への不満や怒り
・治療や関わりに関する後悔
・積極的治療介入(集中治療、心肺蘇生術、気管内挿管)の実施の有無
(3)死に関連した要因
・病院での死
・ホスピス在院日数が短い
・予測よりも早い死、突然の死
・死への準備や受容が不十分
・「望ましい死」であったかどうか
・緩和ケアや終末期の患者のQOLに対する遺族の評価
上記を踏まえたうえで、遺族をサポートする必要がある。
不定愁訴を訴える患者、実は誰かを亡くしているかも
一般内科には不定愁訴で来院される方も多いだろうが、「遺族になって不定愁訴を訴える」ケースがあるそうで、それを医療者が把握するためにも、原因不明の症状を訴える患者には、問診時に問いかけることも重要だと話した。
<表5 遺族の心身症の代表例>(p64より一部抜粋)
1.呼吸器系(気管支喘息、過換気症候群など)
2.循環器系(本態性高血圧症など)
3.消化器系(胃・十二指腸潰瘍、機能性ディスペプシア、過敏性腸症候群など)
4.内分泌・代謝系(神経性過食症、単純性肥満症など)
5.神経・筋肉系(緊張型頭痛、片頭痛など)
6.その他(線維筋痛症、慢性蕁麻疹、アトピー性皮膚炎など)
最後に同氏は高齢化社会特有の問題である『
別れのないさよなら』について言及し、「これは死別のような確実な喪失とは異なり、あいまいで終結をみることのない喪失に対して提唱されたもの。高齢化が進み認知症患者の割合が高くなると『別れのないさよなら』も増える。そのような家族へのケアも今後の課題として取り上げていきたい」と締めくくった。
書籍紹介『遺族ケアガイドライン』
(ケアネット 土井 舞子)