ノバルティス ファーマは、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の単剤経口薬イプタコパン(商品名:ファビハルタ)の発売と適正使用の推進に向けて都内でメディアセミナーを開催した。
PNHは、後天性の遺伝子異常により赤血球が補体の攻撃を受けやすくなるまれな血液疾患。わが国には約1,000例程度の患者が推定されている。進行は緩徐であるが、溶血発作を繰り返すことで血栓症や造血不全になることもあり、脳卒中や臓器障害といった重篤な合併症を引き起こすリスクがある。
イプタコパンは、新たな作用機序により、現在使われている補体C5阻害薬による適切な治療を行っても十分な効果が得られないPNH患者のヘモグロビン(Hb)値とQOLを改善する単剤で使用できる唯一の経口治療薬。血管内外の溶血を抑制し、Hb値を改善することでPNHの課題に対処するとともに、患者を輸血などの侵襲的な処置を伴う治療から解放する有効な治療選択肢として期待されている。本セミナーでは、PNHの診療ならびに今後の治療への展望、患者の体験談などが講演された。
PNHの治療と課題
はじめに「発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療と課題」をテーマに西村 純一氏(大阪大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科 招聘教授)が講演を行った。
PNHは後天性のまれな造血器疾患であり、わが国に中等症以上の指定難病の受給者証所持者が約1,000例(軽症例も含めると約2,000例は推定される)おり、年々増加している。有病率はアジア圏で高く、診断時年齢はわが国では45歳であり、性差はない。
発症は、補体活性の制御不能により引き起こされ、補体第二経路が介在することが知られている。典型的な症状として、貧血・めまい、疲労、息切れ・呼吸困難、ヘモグロビン尿症、黄疸、腹痛、嚥下困難、男性機能不全などがみられる。そして、3大徴候として「溶血、血栓症、骨髄不全」がみられ、とくに骨髄不全の有無が、再生不良性貧血や骨髄異形成症候群との鑑別でのメルクマールとなる。
PNHでは、慢性溶血によりNOが枯渇し、ヘモジデリンが腎臓尿細管に沈着するために腎機能が障害される。そのためにPNH患者の64%が慢性腎臓病(CKD)であり、21%がステージ3~5であるという報告もある
1)。
また、血栓症についてPNHでは、血管内溶血などにより血栓症を合併する。その多くは静脈血栓症であるが、動脈血栓症も発症し、顆粒球のクローンサイズや溶血の程度が大きいほど血栓症リスクは増加する。
PNHの診断フローチャートによれば、溶血所見を確認後、PNHを疑う場合、フローサイトメトリー検査でPNHかそうでないかを診断する。
PNHの治療については、溶血が主体か(古典的PNH)、骨髄不全が主体か(骨髄不全型PNH)で分けて考えられている。骨髄不全が主体の場合、再生不良性貧血の診療が参照となる。一方、溶血が主体の場合、重症、中等症、軽症に分けて治療が行われる。
溶血の治療では、2010年に登場した補体C5阻害薬のエクリズマブから最新の補体B因子阻害薬のイプタコパンまで数種類の治療薬が現在使用できる(ただし抗補体療法は中等症[LDH値が正常の3倍以上、年に1~2回肉眼的ヘモグロビン尿症認知、腎障害、胸痛、腹痛などの症状あり]以上が適応)。
補体C5阻害薬の使用により、血管内溶血の抑制、貧血の改善、患者のQOLの改善、血栓症の予防、ステロイドの減量・中止、抗凝固薬の減量・中止、妊娠の管理ができるなどの効果が得られる。その一方で、持続性貧血の残存
2)、輸血依存、疲労感などのQOL不良、治療薬に抵抗性のある患者への対応などの課題もある。
西村氏は「PNH患者のQOL向上のために、溶血に伴う持続性貧血だけでなく、疲労の改善も今後は考える必要がある」と語り、説明を終えた。
イプタコパンは貧血に伴う疲労感の改善に期待される
PNHに関して、患者の生命予後は良くなったが、患者のQOLの改善は課題とされている。そこで、イプタコパンがどういう効果を及ぼすか、また、今後の治療をどう考えるかについて「国際共同第III相試験の結果から考えるPNH治療の展望」をテーマに、植田 康敬氏(大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科 学内講師)が、イプタコパンのAPPLY-PNH試験の概要を説明した。
イプタコパンの国際共同第III相試験のAPPLY-PNH試験では、主要評価項目として、無輸血で126~168日目にHb値がベースラインから2g/dL以上増加するか、無輸血で126~168日目にHb値12g/dL以上となるかの2項目が評価された。また、副次評価項目として輸血回避、FACIT-Fatigueスコア(日常生活および機能に疲労が及ぼす影響を評価する患者報告アウトカムの指標、がん患者で頻用されている)
3)のベースラインからの変化量、網状赤血球数のベースラインからの変化量などが評価された。
試験デザインとして、補体C5阻害薬投与下で貧血を呈するPNH患者97例(日本人9例を含む)について、主要評価期(24週間)にはイプタコパン群62例(日本人6例を含む)と補体C5阻害薬群35例(日本人3例を含む)に分け実施、継続投与期(24週間)には全員がイプタコパンを投与された。
その結果、血液学的奏効ではHb値の改善はイプタコパン群が82.3%だったのに対し、補体C5阻害薬では2.0%だった。また、輸血回避(無輸血)はイプタコパン群が94.8%だったのに対し、補体C5阻害薬では25.9%だった。LDH値の対ベースライン比は、イプタコパン群と補体C5阻害薬はほぼ変わらなかった。これは、血管内溶血の抑制維持を示すものとされる。
副次評価項目であるFACIT-Fatigueスコアでは、イプタコパン群が8.59だったのに対し、補体C5阻害薬では0.31だった(点数が低いほど疲労が大きい)。また、臨床的ブレイクスルー溶血の発現はイプタコパン群が2例(3.2%)だったのに対し、補体C5阻害薬では6例(17.1%)だった。
安全性面について、主な副作用として両群ともに頭痛、悪心、関節痛が報告されているが、死亡などの重篤なものは報告されなかった。
48週後の効果についてもイプタコパン群は、血液学的奏効、輸血回避も効果が持続し、FACIT-Fatigueスコアも高いまま効果が保たれ、安全面でも24週時と同様の結果だった。
植田氏は、「PNH合併症の貧血からくる疲労感が、患者のQOLや予後不良
4)、認知機能に大きな影響を与えている。PNHでは貧血だけでなく、この疲労感の改善も考える必要がある。今回発売されたイプタコパンが、今後、これらの患者の疲労感の改善を促し、経口薬という身体に負担の少ない治療によりQOLが改善することを期待する」と述べ、説明を終えた。
最後にPNH患者の体験談として、「当初は15分の徒歩通勤も大変だったこと、最初のころの点滴治療がつらかったこと、現在では経口薬の治療により活動的になったことなど」が語られた。
なお、イプタコパンは、2024年6月24日に製造販売承認を取得し、同年8月15日に薬価基準収載、発売されている。効能・効果は発作性夜間ヘモグロビン尿症。用法・用量は、通常、成人に1回200mgを1日2回経口投与。薬価は7万3,218.10円となっている。
(ケアネット 稲川 進)