日本癌治療学会は、固形がんを対象に、がん種横断的にMRD検査の最新エビデンスを集め、検査の適正利用・研究を目指すことを目的としたガイダンス「分子的残存病変(molecular residual disease:MRD)検査の適正臨床利用に関する見解書 第1版」(日本癌治療学会:編、日本臨床腫瘍学会・日本外科学会:協力)を作成し、2024年10月に学会サイト上で公開した。
※MRDの概念は複数あり、Pubmedでも以下の3つの名称が混在するが、今回のガイダンスにおけるMRDは2の概念に基づくもの。
1.Minimally Residual Disease…血液腫瘍における定義(現在のMRD関連論文の4分の3を占める)
2.Molecular Residual Disease…近年のctDNAに基づく、分子レベルの残存病変
3.Measurable Residual Disease…定量的に測定可能な残存病変
MRDは、抗がん剤の投与などにより一定の治療効果が確認された後も患者の体内に残る微小なレベルのがん病変を指す。もともとは造血器腫瘍における研究が先行しており、2024年4月には米国食品医薬品局(FDA)の委員会がMRDを多発性骨髄腫の臨床開発のエンドポイントとすることを認めるなど、研究・臨床への応用が進む。固形がんにおいても、血液を用いたリキッドバイオプシー検査の臨床導入を契機に、大腸がんなどを中心にMRD評価による再発リスク層別化を検証する臨床試験が多数行われ、臨床応用や保険承認を目指す流れができつつある。今回の見解書(ガイダンス)もこのような背景から作成されたものだ。
ガイダンスは以下の構成となっている。
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・総論:ctDNA、MRDについて、MRD検査に関する国内外のガイドライン記載
・各論:各領域の臨床動向(消化管、肺、乳腺、泌尿器、肝胆膵、婦人科、頭頸部、皮膚)
・クリニカル・クエスチョン(CQ1~9)
・参考資料
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ガイダンス公開と同時期に行われた第62回日本癌治療学会学術集会(10月24~26日)では、「MRDがもたらす切除可能固形がん周術期治療の近未来―切除可能固形がんにおけるMRD利用ガイダンス発刊に寄せて」と題したシンポジウムが行われ、ガイダンスの作成ワーキンググループの委員が、ガイダンスに収載されたエビデンスや各領域における検査実施や応用の現状を報告した。
MRDに関するエビデンスが蓄積してきた造血器腫瘍領域と異なり、固形がん領域におけるMRD検査の臨床応用は道半ばだ。シンポジウムではMRD検査活用に対する「賛成派」「反対派」の立場に分かれ、ディスカッションを行った。賛成派がこれまで報告された研究結果を基に有用性を示す一方で、反対派は「がん種ごとに検出率が異なり、臓器横断的に利用できるのかは疑問」「複数のアッセイがあり、精度の検証や最適化がされていない」「膵がんのような予後の悪いがんでは、MRD陰性の中にも再発ハイリスク層が存在する。MRD陰性を理由とした治療中止に本当にベネフィットはあるか」「MRDの結果だけで患者を層別化するのは、個別化医療の流れに反するのでは」といった、現時点における疑問点や課題点を挙げた。
また、各領域の報告では、がん種ごとに重要なサブタイプと判定すべき時期・検査が異なるためMRD検査の実施判定が難しい、すでに確立されたバイオマーカーがありMRD検査の必要性が薄いなど、MRD検査に対するスタンスに違いも見られた。
最後にワーキンググループ委員長を務める小林 信氏(国立がん研究センター東病院)が、ガイダンスに掲載された9つのクリニカルクエスチョン(CQ)から5つを紹介した。
CQ1:術後MRD検査には、どのようなアッセイが推奨されるか?
推奨1-1:MRD検査として分析的妥当性及び臨床的妥当性が示された検査を強く推奨する。
→「臨床的妥当性」がキーワードで、これはMRD検査の感度・特異度や的中率、陽性患者と陰性患者の予後の比較、MRD検出から再発までの期間などにより評価される。これらの指標が適切な臨床試験で示されているアッセイの利用を「強く推奨する」。
CQ2:どのような症例を対象にMRD検査を行うことが推奨されるか?
推奨2-1:術後再発リスク評価を目的として、根治的切除が行われている症例を対象にMRD検査を行うことを強く推奨する。
→MRD検査は、がん患者を対象に低侵襲にctDNAを解析し、再発の証拠がある前に分子的再発を特定する検査である。従って、基本的に根治的切除が行われている症例が対象となる。具体的ながん種、Stageに関しては、適切な研究により臨床的妥当性を示すことが必要である。たとえば、大腸がんに関してはCIRCULATE-JapanによるGALAXY試験によってStageを問わず陽性例の再発リスクが高いことが示されているため、根治切除後の全症例が推奨の対象となる。一方、再発サーベイランスに関しては、がん種・Stageごとのリスクを考慮し、低リスク症例に高コストのMRD検査を続けることは望ましくないだろう。
CQ4:MRD検査はいつ行うことが勧められるか?
推奨4-2:術後再発リスクを目的とする場合、術後補助療法開始前且つ術後2~8週を目安としたMRD検査を推奨する。
→MRD検査は術後再発リスクを評価し、術後の補助療法の適用を判断することが主な目的であり、検査実施は術後2~8週間が妥当とした。この根拠は、手術直後は侵襲の影響でctDNAが高値となり、術後2週以降に標準化することだ。あとはがん種ごとのガイドラインにおける術後補助療法の開始時期から逆算し、検査を実施することになるだろう。
CQ6:術後MRD陽性の患者に対して、術後補助療法は推奨されるか?
術後MRD陽性の患者に対して、各がん種に応じた術後補助療法を行うことを推奨する。
→MRDが消失すると予後が良い、MRD陽性例に術後補助療法を行うと予後が良い、というエビデンスが、がん種横断的に示されている。ただ、こうしたデータは再発高リスク例を対象とした後ろ向き研究が多いことには注意が必要だ。MRD陽性・再発低リスク例に対する補助療法の有用性を示したエビデンスはなく、この点はがん種ごとにガイドラインの推奨も異なり、委員間で意見の相違もあった。
CQ8:術後MRD陰性の患者に対して、術後補助療法は推奨されるか?
術後MRD陰性の患者に対しても、各がん種に応じた術後補助療法を行うことを考慮する。ただし腫瘍因子・患者因子などを考慮して治療強度の低いレジメンの適用や術後補助療法を行わないことも選択肢となりうる。
→大腸がんを対象としたDYNAMIC試験では、MRD陰性例であっても病理学的因子の不良例は有意に予後が悪いという結果が示されるなど、MRD陰性の結果だけで術後補助療法の省略・簡略化を決めることは難しい。ただ、がん種によってはMRD陰性例における術後観察群の経過が良好という報告もあり、このような推奨となった。現在進行中の大腸がんを対象にMRD陰性例の術後補助療法の有無を比較したVEGA試験の結果などを見て、再度検討することになるだろう。
「MRD検査の適正臨床利用に関する見解書 第1版」/日本癌治療学会
(ケアネット 杉崎 真名)