「愛情ホルモン」と呼ばれるオキシトシンは、これまで考えられてきたほど社会的絆の形成に必要不可欠なものではない可能性のあることが、プレーリーハタネズミを用いた研究で示された。研究論文の上席著者である米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)ワイル神経科学研究所のDevanand Manoli氏は、「この研究結果は、オキシトシンが複雑な遺伝的プログラムの一つに過ぎないことを示すものだ」と述べている。この知見は、「Neuron」に1月27日掲載された。
プレーリーハタネズミは、一度つがいになると、その相手と生涯を共に過ごす数少ない哺乳類であるため、社会的絆を生物学的に研究するのに適している。1990年代に実施された研究では、プレーリーハタネズミにオキシトシン受容体の活性化を阻害する薬剤を投与すると、つがいを形成できないことが示されており、このことからオキシトシンは愛着の形成に必要不可欠なホルモンだと考えられるようになった。
今回の研究では、遺伝子編集技術を用いてオキシトシン受容体遺伝子が欠損したプレーリーハタネズミを作製し、その個体が他の個体との関係を維持できるかどうかを観察した。すると意外にも、遺伝子改変したハタネズミも正常な個体と同じようにつがいを形成できることが明らかになった。Manoli氏は、「パートナーと密接に過ごして他の異性を拒絶することや、父母で子育てすることなどのオキシトシンに依存すると思われていた主要な行動特性は、オキシトシン受容体がなくても全く損なわれることはないように見えた」と話している。
また、オキシトシンは出産時に陣痛を起こして分娩を促進し、出産後には乳汁の分泌を促す働きを持つと考えられている。しかし、本研究では、遺伝子改変された雌のプレーリーハタネズミでも出産と授乳が可能であることが示され、半数の雌は、離乳まで子を育て上げることができた。研究論文の共著者の1人である米スタンフォード・メディシンのNirao Shah氏は、「オキシトシンと出産および授乳との関連性は、つがい形成との関連性よりもはるか以前から唱えられてきたが、今回の研究結果はこの通念を覆すものだ。医学の教科書には、オキシトシンが射乳反射に介在すると書かれているのが通常だが、それだけではないようだ」と述べている。
人間の間に絆が生まれる機序は、社会的愛着の形成を妨げる、自閉症や統合失調症などの精神疾患の治療において鍵になると考えられてきた。オキシトシンを用いた精神疾患の治療に関する臨床試験に期待が寄せられているが、現状では、一貫した結果は得られていない。
動物実験の結果がそのままヒトにも当てはまるわけではないが、今回の結果は、オキシトシンのような単一の因子が社会的愛着の全体を担っていると単純に考えることはできないことを強く示唆している。Manoli氏は、「つがいの形成、出産、授乳などの行動は生存に極めて重要であるため、それを可能にする経路は複数存在する可能性が高い。オキシトシン受容体によるシグナリングはその一つと考えられるが、必ずしも不可欠なものではないようだ」と述べている。
[2023年1月31日/HealthDayNews]Copyright (c) 2023 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら