世界で初めて眼球移植と部分的な顔面移植を受けた男性が、手術から1年以上が経過した現在も順調に回復していることを、米ニューヨーク大学(NYU)ランゴン病院の医師らが報告した。同病院の顔面移植プログラムディレクターで形成外科部長でもあるEduardo Rodriguez氏らによるこの症例報告は、「Journal of the American Medical Association(JAMA)」に9月9日掲載された。
この画期的な手術を受けたのは、米アーカンソー州出身の退役軍人であるAaron Jamesさん(46歳)だ。Jamesさんは、「新しい顔のおかげで、この1年で、他の人にとっては当たり前のことを楽しめるようになった。見知らぬ人にじろじろ見られることはなくなったし、再び固形物を味わい、楽しめるようになった。においを嗅ぐという単純な喜びも感じている。運転免許証に使われていた怪我をした顔の写真も新しいものに交換した」と話す。さらにJamesさんは、「私は、ほぼ普通の人間に戻って普通のことをしている。ただし、この1年が私の人生において最も変化のある年だったことは確かだ。私は二度目のチャンスという贈り物を与えられた。今では、一瞬一瞬を当たり前だとは思っていない」と言う。
Jamesさんは2021年6月、アーカンソー州で高圧線作業員として作業しているときに7,200Vの電圧が流れる電線に顔が触れて感電し、ひどい裂傷を負った。複数回の再建手術を受けた後も、Jamesさんの左目、鼻と唇全体、前歯、顎の骨は失われたままだった。
2023年5月、ランゴン・ヘルスの外科チームは、21時間に及ぶ手術で、1人のドナーから提供された左眼球と顔の一部をJamesさんに移植した。手術では視神経の一次的な接合が行われ、また、術後には従来の免疫抑制療法が実施された。
術後すぐに実施されたフルオレセイン血管造影検査(網膜や脈絡膜の血管の状態を調べる検査)で、眼球と網膜の血流が維持されていることが確認された。また、経過観察中に実施された光干渉断層撮影(OCT)では、網膜内層の萎縮とエリプソイドゾーン(Ellipsoid zone)の減弱や断裂が認められ、網膜電図検査では、移植眼球が光に反応していることが確認された。さらに、構造的および機能的MRIでは、移植された視覚経路の整合性が確認され、網膜への光刺激が視覚野の反応を引き起こす可能性が示された。しかし、移植から1年後(術後366日目)時点では、移植された眼球で光の感知、角膜の感覚、眼球運動は回復していなかった。
Jamesさんの移植手術には、幹細胞の注入によって左目の視神経の再生を促す試みも含まれていた。しかし、この試みはうまくいかず、視神経に生じた損傷により、眼球の回復とともに網膜組織の一部が失われてしまったという。
Rodriguez氏は、「過去1年間で見られたこれら初期段階の結果は有望であり、さらなる進歩と継続的な研究の基礎を築くものだ」と述べている。同氏は、「われわれは、眼球移植の研究を終えた。次は、眼球の視力を回復させる方法を解明するための研究が必要だ」と語る。一方、NYUランゴン神経科学研究所所長のPaul Glimcher氏は、今回の移植手術の成果を「偉業」として称え、「次に突破すべきは、移植プロセス中における神経細胞の保存だ。今回のケースで、移植後1年にわたって網膜の一部が生き残ったことは注目に値するが、今後は、眼球細胞の全てが移植後も生き残るようにすることが課題となる。視覚は主に脳の機能であり、眼球だけの機能ではないため、脳とのつながりを回復させることが基本要件となる」と述べている。
なお、Jamesさんの移植手術は、Rodriguez氏の下で行われた5回目の顔面移植であり、眼球移植としては世界初だったという。Jamesさんは、「患者第1号になれたことを光栄に思う。新しい目で見ることはできなくても、生活の質(QOL)は元に戻った。私が受けた移植手術は、将来の患者を助けるための一歩だということを私は理解している」と話している。
[2024年9月9日/HealthDayNews]Copyright (c) 2024 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら