遠隔虚血プレコンディショニング(RIPC)は、待機的冠動脈バイパス術(CABG)施行後の心筋傷害を抑制し、全死因死亡を改善する可能性があることが、ドイツ・エッセン大学病院のMatthias Thielmann氏らの検討で示された。RIPCは、遠隔臓器や血管領域の虚血と再灌流を短時間で繰り返す手技で、CABG施行後の心筋傷害のリスクを低減することが示唆されているが、心筋バイオマーカーの改善が臨床転帰の改善に結びつくかは明らかにされていないという。Lancet誌2013年8月17日号掲載の報告。
on-pump CABG例での有用性を単施設の無作為化試験で評価
研究グループは、RIPCの安全性および有効性を評価する二重盲検無作為化対照比較試験を実施した。対象は、West-German Heart Centre(エッセン市)で人工心肺装置使用下に単独初回待機的CABGが予定されている成人3枝病変患者であった。
被験者は、RIPCを施行する群またはこれを施行しない対照群(非RIPC群)に無作為に割り付けられた。RIPCは、麻酔導入後、皮膚切開前に左上腕の虚血(血圧測定用カフで圧迫:200mmHg、5分間)と再灌流(カフによる圧迫を開放、5分間)を3回繰り返すことで行った。
主要評価項目は心筋傷害とし、CABG施行後72時間における血清心筋トロポニンI(cTnI)濃度曲線下面積(AUC)の幾何平均値と定義した。
心筋傷害を17.3%抑制、有害事象も少ない
2008年4月~2012年10月までに329例が登録され、RIPC群に162例(平均68.2歳、男性83%)、対照群には167例(69.1歳、80%)が割り付けられた。
72時間のcTnI AUC幾何平均値は、RIPC群が266ng/mL(95%信頼区間[CI]:237~298)と、非RIPC群の321ng/mL(95%CI:287~360)に比べ17.3%低く、intention-to-treat集団(p=0.022)およびper-protocol集団(p=0.001)の双方において有意差が認められた。
平均フォローアップ期間1.54年における全死因死亡率は、RIPC群が1.9%、非RIPC群は6.9%と有意な差がみられた(ハザード比[HR]:0.27、95%CI:0.08~0.98、p=0.046)。心臓死の発生率はそれぞれ0.6%、4.5%で、有意差はなかった(HR:0.14、95%CI:0.02~1.16、p=0.069)。
心臓および脳血管の主な有害事象の発生率は、RIPC群が13.9%、非RIPC群は18.9%であり、有意差を認めた(HR:0.32、95%CI:0.14~0.71、p=0.005)。冠動脈血行再建術はそれぞれ4.3%、17.1%で行われたが、両群間に差はなかった(HR:0.70、95%CI:0.26~1.88、p=0.477)。
著者は、「RIPCは待機的CABG施行例の周術期の心筋保護に有効であり、予後の改善をもたらした」と結論し、「これまでに実施された同様の試験では梗塞サイズが平均19%縮小したが、臨床転帰の改善は得られていない。今回の結果をふまえ、臨床転帰の改善効果を検証するために、多施設による大規模な前向き無作為化試験(ERICCA試験)が進行中である」としている。
(菅野守:医学ライター)