認知刺激の強い仕事は高齢期の認知症リスクを低下させる可能性/BMJ

提供元:ケアネット

印刷ボタン

公開日:2021/08/31

 

 認知刺激が強い労働に従事している人々は、認知刺激が弱く受動的な労働に就いている人々と比較して、高齢期の認知症のリスクが低く、中枢神経系の軸索形成やシナプス形成を阻害する血漿タンパク質のレベルが低下していることが、英国・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのMika Kivimaki氏らの調査で示された。研究の成果は、BMJ誌2021年8月18日号で報告された。

3つの解析を行うマルチコホート研究

 研究グループは、認知刺激が強い労働と、後年の認知症リスクの関連を評価し、この関連に関与するタンパク質生合成経路の特定を目的にマルチコホート研究を行った(NordForskなどの助成を受けた)。

 本試験では、英国、欧州、米国のデータを用いて次の3つの解析が行われた。(1)解析1:認知刺激と認知症の関連、対象はIPD-Work consortium(individual participant data meta-analysis in working populations)による7つの人口ベースの前向きコホート研究の参加者10万7,896人、(2)解析2:認知刺激とタンパク質の関連、対象はWhitehall II試験の参加者の無作為抽出標本2,261人、(3)解析3:タンパク質と認知症の関連、対象はWhitehall II試験の参加者の無作為抽出標本とARIC(Atherosclerosis Risk in Communities)試験の参加者で合計1万3,656人。

 認知刺激は、ベースライン時に能動的職務と受動的職務に関する標準的な質問票を用いて評価され、ベースラインおよびそれ以降は経時的に、仕事への曝露マトリックス指標を使用して評価された。また、Whitehall II試験の無作為抽出標本2,261人の血漿試料を用いて、4,953種のタンパク質の解析が行われた。

 認知症発症者の平均追跡期間は、コホートによって13.7~30.1年の幅が認められた(全体の平均追跡期間は16.7[SD 4.9]年)。認知症発症者は、電子健康記録と臨床検査の反復で特定された。

認知症の生物学的機序解明の手掛かりの可能性

 認知刺激-認知症解析(解析1)に含まれた10万7,896人のベースラインの平均年齢は44.6(SD 9.5)歳で、6万2,816人(58.2%)が女性、4万5,080人(41.8%)は男性であった。2万9,243人(27.1%)が認知刺激が弱い仕事、5万724人(47.0%)が認知刺激が中等度の仕事、2万7,929人(25.9%)は認知刺激が強い仕事に従事していた。180万1,863人年の期間に、1,143人が認知症を発症した。

 認知症のリスクは、強認知刺激職務従事者のほうが弱認知刺激職務従事者に比べて低く(1万人年当たりの認知症の粗発生率:強認知刺激職務群4.8件vs.弱認知刺激職務群7.3件、年齢と性別で補正したハザード比[HR]:0.77、95%信頼区間[CI]:0.65~0.92)、コホート間の異質性に有意な差は認められなかった(I2=0%、p=0.99)。

 この関連は、教育や成人の認知症リスク因子(ベースラインの喫煙、大量アルコール摂取、運動不足、過緊張な仕事、肥満、高血圧、糖尿病罹患率)、認知症診断前の心代謝性疾患(糖尿病、冠動脈性心疾患、脳卒中)の補正を追加しても、頑健性が保持されていた(全補正後HR:0.82、95%CI:0.68~0.98)。

 また、弱認知刺激職務群の認知症リスクは、追跡開始から10年(HR:0.60、95%CI:0.37~0.95)および10年以降(0.79、0.66~0.95)にも観察され、認知刺激の職務曝露マトリックス指標による評価でも再現された(認知刺激の1標準偏差[SD]上昇当たりのHR:0.77、95%CI:0.69~0.86)。

 多重比較による解析(解析2)では、強認知刺激職務群は弱認知刺激職務群に比べ、中枢神経系の軸索形成やシナプス形成を阻害するタンパク質のレベルが低かった(slit homologue 2[SLIT2、全補正後β〔タンパク質レベルの1SD上昇当たり〕:-0.34、p<0.001]、炭水化物スルホトランスフェラーゼ12[CHSTC、全補正後β:-0.33、p<0.001]、ペプチジルグリシンαアミド化モノオキシゲナーゼ[AMD、全補正後β:-0.32、p<0.001])。

 これらのタンパク質は認知症リスクの増加と関連しており、1SD当たりの全補正後HRは、SLIT2が1.16(95%CI:1.05~1.28)、CHSTCが1.13(1.00~1.27)、AMDは1.04(0.97~1.13)だった(解析3)。

 著者は、「認知刺激が、軸索形成やシナプス形成を阻害し認知症のリスクを高める可能性のある血漿タンパク質レベルの低下と関連しているとの知見は、認知症の根本的な生物学的機序の解明の手掛かりとなる可能性がある」としている。

(医学ライター 菅野 守)