「正しい文法・キレイな発音でないと伝わらない」と思っていませんか?
こんにちは。山田 悠史と申します。医学部を卒業し、日本各地の病院の総合内科・診療科に勤務し、2015年からは米国ニューヨークのマウントサイナイ大学関連病院で内科医として勤務しています。米国の医療状況のほか、英語の勉強法についても発信しています。今回は、私がこれまでの米国勤務経験で学んできた、医療英語の習得法をお伝えできればと思います。
医療現場で必要となる英語の能力は、これまで高校や大学で学んできた英語のスキルとは大きく異なります。
たとえば、日本の英語教育では「文法」の重要性が強調されますが、実際には基本的なルールを守ることさえできれば、コミュニケーションを取るうえで、あまり強く文法や構文を意識し過ぎる必要はありません。
これは真面目に学べば学ぶほど強く意識してしまうもので、私自身もどうしても文法が気になってしまい、「文法が間違っていて意味が通じないのではないか」という先入観から、うまく話せないことがよくありました。
しかし、本当は自分が気にし過ぎているだけなのです。実際、米国に住んでみてわかったのは、ネイティブを含む周囲の人も案外適当に話をしていることです。
これは、「発音」についても言えることです。多種多様な背景を持つ人が共存する米国では、多くの人に何かしらの訛りがあります。自分の訛りを気にしているのは自分だけだったりするかもしれません。
実際、医療現場で私たちに求められるのは、医療者としてのスキルや信頼感であり、英語の正しい文法やキレイな発音ではありません。
そして、もうひとつ大切なことは、言語でのコミュニケーションがうまくいかなくても、非言語的なコミュニケーションによって伝わることはとても多い、という点です。
このように、まずは「正しい文法・キレイな発音でないと伝わらない」という先入観を捨て、不要な不安を取り除くところが医療英語学習スタートの第一歩です。
「医療英会話から」のスタートが理にかなう
英会話学校では、初級レベルの「日常英会話」クラスから始まり、上級者になると「ビジネス英会話」のクラスに進む、という形式になっていることが多いので、何となく、「日常会話もできないのに、医療現場での会話なんてとんでもなく難しいのだろう」と尻込んでしまうと思います。それも英語学習がおっくうになる原因かもしれません。
しかし、実際に難しいのは日常英会話のほうなのです。著者の私は米国の医療現場に立って5年目になりますが、医療現場での会話にあまり難しさは感じなくなってきたものの、日常英会話はいまだに難しいと感じます。
これは私に限った話ではなく、ほかの日本人医師に聞いても同様です。なぜなら、私たちは医療のプロフェッショナルですから、使う単語は日本の医療現場と変わりませんし、思考過程も変わりません。初めは慣れない単語に戸惑うかもしれませんが、使われる言葉は限られています。
このため、慣れてしまえば、言葉がわからないことはすぐになくなります。また、シチュエーションが助けてくれることも多いでしょう。日本での臨床経験がある医療者であれば、「このシチュエーションではこんな会話をするよね」という記憶があるので、言葉の端々が聞き取れなくても、シチュエーションからの理解がそれを補ってくれるのです。
一方で、日常英会話では、そういった経験による助けがありません。話題も政治、経済、スポーツなどさまざまで、無数の知らない単語が出てきます。米国で生まれ育った人なら当たり前に知っているような有名人の名前もわからないことがほとんどです。背景知識がない場合には、言葉の端々まで聞き取れないと、あるいは完全に聞き取れたとしても、何を言っているかさっぱりわからない…、ということになります。そもそも日本語で知らないことは、英語でわかるわけがないのです。
こうしたことから、医療者が仕事で英語を使いたいのであれば、「日常英会話学習から」ではなく「医療英会話から」始めるほうが、ハードルが低く理にかなっているのです。
現場で使う「型」を身に付ける
実際の医療英会話、回診やカンファレンスでのプレゼンテーションは「文章も長いし、専門用語ばかりなので難しそう」と感じられるかもしれませんが、実際には「型」を覚えてしまえば、簡単にできるようになります。
英語自体のレベルというより、型に慣れているかどうかのほうが問題なのです。型の習得は、日常会話よりもよっぽど早くできるはずです。実際、私も米国に来て間もないころは、回診での長いプレゼンテーションはできるのに、サブウェイでは満足にサンドイッチが注文できない、という状態でした。
少し注意が必要なのは、
- カンファレンスでのフォーマルなプレゼンテーション
- 回診における新入院患者のプレゼンテーション
- 前日からすでに入院している既知の患者のプレゼンテーション
このそれぞれで、求められる「型」が異なるという点です。このあたりをフレキシブルにできるようにするには、少しスキルや慣れが必要でしょう。
例を挙げてみます。
Mr. Anderson is a 70-year-old man who presented with chest pain. Chest pain started two hours prior to the presentation. He described his chest pain as pressure-like, persistent, and 7/10 on a pain scale. He denied any nausea or vomiting. Past medical history includes type 2 diabetes and hypertension. Physical Exam was significant for…
これはある新入院患者のプレゼンテーションです。みんなが知らない患者ですから、患者の状況を詳細まで伝えることが求められます。これ対して、既知の患者であったらどうでしょう?
Mr. Anderson is a 70-year-old man with PMH of type 2 DM and HTN who was admitted for STEMI, now status post PCI to RCA.
既知の患者のプレゼンテーションは、“one liner”や“two liner”で、と言われます。聴衆はすでに前日にhistoryの詳細を聞いて患者の状態を把握しているわけですから、ここでいちいちchest painがどうだったというような詳細を繰り返す必要はなく、1行か2行で済むような端的な説明が求められます。
こうした「型」を身に付けてしまえば、あとはそこに各症例の情報を当てはめていくだけです。
型に慣れることに加えて、英語独特の慣習になじむ必要もあるでしょう。たとえば、カルテ上ではステント留置の計画を‘Plan is to place a stent’と正確な表現で記しますが、回診での会話では指導医が‘Let’s stent him’や‘Let’s cath him’(心臓カテーテル=cardiac catheterがcathと略されます)などと言ってくるかもしれません。名詞を動詞として使う現代風の表現が好まれているのです。有名な‘Google it’(グーグルを使って調べなさい)と同様の表現です。
「言葉は生き物」ですので、それぞれの時代に合う新しい表現を医療の世界でも多く耳にすると思います。こういった表現は英語の教科書や医学書ではどこにも見当たらないもので、現場で慣れていくしかないものだといえるでしょう。
臨床留学を目指している方であれば、コロナ禍でハードルが高くなってしまいましたが、現地でのObservership(一定期間、研修先の米国の病院で医療行為を見学する制度)などを活用するのが近道だと思います。あとは仕事をしながら慣れる、に尽きるでしょう。
4スキルの現状把握にはTOEFLが便利
「留学前にどのくらい英語を勉強しておけばいいですか?」という質問をよく受けますが、必要な勉強量は帰国子女かそうでないか、これまで英語をどの程度勉強してきたか、語彙力はどのくらいあるか、などによってかなり差が出るので、一概に答えを論じるのは難しいのです。
とはいえ、やってやり過ぎることはありません。とくに語彙力は多ければ多いほど苦労が減るでしょう。先ほど紹介したように、実際には現場で働いてみないとわからない表現が数多く存在することも事実ですが。
多くの非帰国子女の方は、「リーディングが得意で、スピーキングが苦手」という傾向があると思います。学校での英語教育がどうしても読み書きに偏るので、口語コミュニケーションが苦手な傾向が出るのでしょう。そうした意味で英語学習は「話す」「聞く」に重心を置く、という意識が重要です。
そして、多くの場合、その上達は英語に触れる量や頻度に依存しています。日本にいる間には、できるだけ毎日英語に触れるようにする、留学のチャンスがあれば積極的に参加して、英語を毎日話すようにする。当たり前ですが、使用頻度が増えれば増えるほど上達のカーブは急になります。
英語学習の目標設定や学習計画を立てるのが難しいと感じられる方もいるかもしれませんが、幸い語学力を数値化してくれる試験がいくつか存在します。
たとえば、TOEFL。米国での臨床医としての就職活動にTOEFLの点数が求められることはありませんが、依然として、大学院留学などの場面ではTOEFLスコアの提出を求められます。
TOEFLの良いところは、「リスニング・リーディング・ライティング・スピーキング」の4スキルが同じ重さで評価される点です。4スキルの現在値を測り、成長曲線を描き、目標設定に用いるという目的には非常に有効です。あなたの4スキルのバランスを見て、得点の低いスキルから集中的にトレーニングする戦略を立てましょう。もちろん医療英語の力は評価できませんが、求められるボキャブラリーが学術的、専門的というところが良い点です。
一般的に一流大学の大学院がTOEFL 100点程度を求めるので、たとえば100点を最終目標に勉強を開始し、TOEFLを3ヵ月ごとに受け、初回が60点なら、次の3ヵ月でまず70点を目指そう、といったやり方になるでしょう。そうやって一定期間での目標と成長を知ることで、自分に必要な勉強量を測ることができます。
私たち「めどはぶ」では、医療英語学習の「きっかけ」づくりから、個々人の学習の目標設定までをお手伝いし、グローバルに活躍する医療者の輪を広げる取り組みをしています。ご関心をお持ちの方は、ぜひこちらをご覧ください。
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山田 悠史 ( やまだ ゆうじ ) 氏マウントサイナイ医科大学 老年医学科 アシスタントプロフェッサー
[略歴]
2008年慶大医学部卒業。東京医歯大病院、川崎市立川崎病院総合内科、練馬光が丘病院総合診療科を経て15年に渡米。米マウントサイナイベスイスラエル病院にて内科レジデントとして勤務。18年埼玉医大病院総合診療内科の助教として帰国後、20年に再度渡米し現職。総合内科専門医、米国内科専門医。編著書に『総合内科病棟マニュアル』(MEDSi)、『THE内科専門医問題集1・2【WEB版付】』(医学書院)、新刊は『最高の老後 「死ぬまで元気」を実現する5つのM』(講談社)、『健康の大疑問』(マガジンハウス)