都内で2月に行われたエレクタ株式会社主催のプレスセミナーにて、東京大学医学部附属病院 放射線治療部門の中川 恵一氏が「脳転移をめぐるパラダイムシフト」と題して講演を行った。
日本人の脳転移にはEGFR変異陽性が大きく寄与
日本人がん患者の10人に1人が転移性脳腫瘍を発症する。転移性脳腫瘍で最も多い原発巣は肺がんで、46%を占める。その中でも
EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がん(NSCLC)が30%を占めており、日本人の転移性脳腫瘍の約14%は
EGFR変異が原因となっている。
EGFR変異陽性NSCLCでは、脳転移の発現リスクが高い。この患者集団の脳転移の特徴は、腫瘍周囲の浮腫が少なく、小さな転移が多数あることだ。従来、このような多発脳転移は、全脳照射(WBRT)が適応である。しかし、近年、WBRTに問題が指摘され出しているという。
浮かび始めたWBRTの問題点
転移性脳腫瘍で、定位放射線治療(SRS)とSRS+WBRTを比較した無作為化試験をみると、頭蓋内増悪率ではSRS+WBRTが優れているものの、全生存期間(OS)はSRS単独でも変わらない。さらに、主要評価項目である3ヵ月後の認知機能増悪は、SRS単独の63.5%に対し、SRS+WBRTでは91.7%であり、SRS+WBRTで有意に増悪していた(p=0.0007)。つまり、WBRTは延命効果を示さず、認知機能を低下させてしまうこととなる。
EGFR-TKIが実現した長期生存が、放射線療法の選択基準を変える
薬物療法に目を向けてみると、
EGFR変異陽性NSCLCにはEGFR-TKIが非常に良く奏効する。本邦でも4つのEGFR-TKIが使用できる。種類を変えながら、これらの薬を使い続けていくことで、今まででは考えられなかった長期成績が実現している。本邦の脳転移を有するNSCLCについての試験では、第1世代EGFR-TKIであるゲフィチニブとエルロチニブを連続して使用することで21.9ヵ月、脳転移があっても約2年のOSが得られた。さらに、第3世代EGFR-TKIのオシメルチニブを脳転移NSCLCの初回治療に単剤で使った試験においては、15.2ヵ月のPFSを達成した。このような薬が、これからも次々と開発されていくことで、脳転移があっても5年、10年生存する患者がますます増えていくと予想される。
一方、WBRTによる認知機能低下は、治療後数年経って現れる。脳転移患者の長期生存が実現できない時代には顕在化されなかった認知機能低下という弊害が、長期生存が可能となる今後は、より大きな問題となることは間違いない。まして、若年者、女性に多い
EGFR変異肺がんではなおさらである。
日本肺癌学会ガイドラインでも、「手術やSRSにWBRTの併用を行わないことを勧める」としているなど、WBRTの役割が少なくなりつつあると中川氏は述べる。
SRSとEGFR-TKIの応用
SRSであるガンマナイフは従来、単発の脳転移を適応としていたが、複数の転移があっても一つひとつつぶしていくという有効活用法が考えられている。では、SRSとEGFR-TKIの共存についてはどうか。NSCLCの脳転移例でEGFR-TKIと放射線照射の順序を検討した後ろ向き試験で、SRS先行群(SRS→EGFR-TKI)、WBRT先行群(WBRT→EGFR-TKI)、EGFR-TKI先行群(EGFR-TKI→SRSまたはWBRT)を比較している。結果は、SRS先行群が、WBRT先行群、EGFR-TKI先行群に比べ、有意にOSを延長した。本邦の臨床現場では、EGFR-TKIから始めるという施設が圧倒的に多いと思われるが、SRSを先行し、EGFR-TKIを続けることで、今以上の良好な生存ベネフィットが得られることになる。
「脳転移イコール死」は過去の図式となりつつある。脳は人間にとって一番守りたい臓器である。そのためにWBRT一辺倒ではなく、SRSと薬剤の有効活用で、正常の脳組織を守りながら治療していくという動きになっていくであろうと中川氏は述べた。
(ケアネット 細田 雅之)