甲状腺機能低下症は、認知障害を引き起こす疾患として知られており、甲状腺ホルモンの補充により治療が可能である。そのため、日本を含め世界各国の認知症診療ガイドラインでは、認知症の診断を進めるうえで甲状腺機能検査(TFT)の実施を推奨している。しかし、これまで抗認知症薬を開始する前の認知症原因疾患の診断過程において、TFTがどの程度実施されているかについては、よくわかっていなかった。医療経済研究機構の佐方 信夫氏らは、日本における抗認知症薬処方前のTFT実施状況について調査を行った。Clinical Interventions in Aging誌2018年7月6日号の報告。
本レトロスペクティブ観察研究は、厚生労働省が構築しているレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)を用いて実施された。対象は、2015年4月~2016年3月に、65歳以上で認知症診断直後に抗認知症薬を新たに処方された26万2,279例。アウトカムは、抗認知症薬の処方開始日から過去1年間のTFT(血清甲状腺刺激ホルモンと遊離サイロキシンの測定)実施とした。
主な結果は以下のとおり。
・抗認知症薬処方前のTFT実施率は32.6%であった。
・TFT実施率は、診療所において26%であったのに対し、病院では約1.5倍の38%、認知症疾患医療センターでは約2.2倍の57%(調整リスク比:2.17、95%CI:2.01~2.33)であった。
・患者が高齢になるほど、TFT実施率が低下する傾向が認められた(65~69歳:39.4%、70~74歳:37.2%、75~79歳:36.6%、80~84歳:33.9%、85歳以上:28.1%)。
著者らは本研究結果を踏まえ、以下のようにまとめている。
・本研究では、認知症診断直後に抗認知症薬を処方された患者のうち、約67%が処方前の1年間にTFTを実施されていないことが示された。これは、TFT実施が診療ガイドラインで推奨されている点から、問題であると考えられる。
・認知症疾患医療センターや病院でのTFT実施率が、診療所と比較して高かったことは、設備的に血液検査を実施しやすい状況にあることが考えられる。また、診療する医師に、神経内科や精神科などに所属する、認知症の鑑別診断に習熟した医師が多いことも要因であると思われる。
・甲状腺機能低下症は、加齢に伴う身体機能の変化と区別がつきにくく、高齢者では診断されにくい傾向があるが、早期に治療すれば認知機能障害の回復も期待できることから、典型的な所見を示さなくても、認知症診断時にはTFTを実施すべきである。治療可能な疾患による認知症は適切に鑑別すべきであることを、抗認知症薬を処方する医師にあらためて周知する必要があると考えられる。
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(鷹野 敦夫)