「QOL」という言葉にある医師と患者のギャップ

提供元:ケアネット

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公開日:2023/03/12

 

 3月16日(木)に、「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」シンポジウムがオンラインで開催される。シンポジウムに先立って、本プロジェクトの主任研究員である井出 博生氏と山田 恵子氏が、成果の一端を2週にわたって報告する。第2回は山田氏が、「QOL」という言葉を例に医師と患者の間にある認識のギャップについて解説する。


 QOL(Quality of life)。医師のみなさんは、普段から当たり前に使っている言葉の一つだと思います。しかし、真に意味するところは、患者さんに正しく伝わっているでしょうか。

 医療情報をわかりやすく発信するプロジェクトでは、AMED研究開発ネットワーク事業(令和3年度主任研究者:井出 博生 東京大学未来ビジョン研究センター特任准教授、令和4年度 主任研究者:山田 恵子 埼玉県立大学保健医療福祉学部准教授)として、2022年3月「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」をWebサイトで公開するなど、医師や研究者が研究成果を世の中に正確に発信していくための研究・支援を行っています。

 今回は、その研究のなかで明らかになったQOLという用語に対する一般の人と医療者の受け取り方のギャップについてお話ししたいと思います。

 QOLは主に「生活の質」と訳されます。しかし、「人生の質」や「生命の質」とも訳されるように、使われる分野や個人によって意味の捉え方が大きく異なります。

 世界保健機関(WHO)では、QOLを「個人が生活する文化や価値観のなかで、目標や期待、基準または関心に関連した自分自身の人生の状況に対する認識」と定義しています。と言われても、何だかわかりにくいですよね。そこで先の手引きでは、「病気や加齢あるいは治療により、それまでは当たり前にできていた、その人らしい生活ができなくなってしまったときに、その人がこれでいいと満足できるような生活の状態のこと」と解説しました。

 しかし、研究班でもこの解説が絶対的に正しいものだとは考えていませんでした。

 そこで、この解説の妥当性をより掘り下げるために、令和4年度に、手引きを利用した医療関係者対象のワークショップで話し合ってもらいました。

 すると、医師から「QOLは患者さんの主観を客観的な指標として点数化する尺度である。医療者がその結果を、治療などに生かせるのがポイントである」という意見が出ました。医師の間でも日常生活では「診療科によって違う医師のQOL」などと「満足度」の意味合いを強く含んで使うこともあると思いますが、医療や医学研究という文脈の中では、QOLは「本来測りにくい患者さんの主観を、可視化して診療に役立てる」ために使うというニュアンスで考えている方が多いようです。

 一方、一般の人はどう認識しているのでしょうか。認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOMLの一般の人を対象としたイベントで聞き取りをしてみました。

 そのなかでこんなコメントが聞かれました。

 「高齢の家族が手術を受けるかどうかを決めるとき、医師とのやり取りの中でたくさん出てきた。ただ、医師によって使い方が違うように感じた」
 「QOLという言葉はあまりなじみがない。『元の生活に戻れるように』といった言い換えがされているのではないか」
 「そもそも3文字の略英語が多く、混乱する。途中で何のことを指しているのかよくわからなくなる」

 医療者の感覚で言うと、「QOLを考えて治療選択をする」と言うとき、必ずしも患者さんが「元の生活に戻れる」ということを意味していません。しかし、患者さんが自分で満足できる生活の質を具体的に思い浮かべようとすると、イメージできるのが「元の生活になる」、というのは容易に想像ができます。

 医療者はできるだけ患者さんの主観を大切にしようとしてQOLという言葉を使って説明します。一方、患者さんは自分の想像できる範囲でQOLを思い浮かべます。しかし、お互いの考えるQOLが異なるために、「あれ? 言っていたことが違う……元の生活に戻るために手術したのに……」「あんなに一生懸命説明したのに理解してもらえない」という誤解が生じているのではないでしょうか。

 このように、お互いまったく悪気はなく、自分にできる範囲で真摯に治療に向き合っているのに、用語に対する認識の違いで、不幸なすれ違いが起こっているケースは少なからずありそうです。

 そのような問題意識から、研究班では、医学系研究で誤解を招きやすい言葉を新聞記事やTVニュースのコーパス(データベース化した言語資料)を活用した自然言語処理などを用いて解析しています。そのうえで、アンケート、ワークショップ、イベントでの意見交換などを行い、言葉の捉え方のズレを解消する工夫や言い換えの提案を手引きや動画、パンフレットにまとめています。

 3月16日(火)にはオンラインシンポジウムを開催、3月中には「医学系研究をわかりやすく伝えるための手引き」の改訂版をリリースする予定です。医学系研究をよりわかりやすく発信するために活用いただければ幸いです。

(埼玉県立大学保健医療福祉学部准教授 山田 恵子)

 ※この記事は「医療情報をわかりやすく発信するプロジェクト」の趣旨に賛同する、m3.com、日経メディカル Online、CareNet.comの3つの医療・医学メディア共同で同時掲載しています。