骨髄腫研究の最前線:新たな治療法開発への挑戦と期待/日本血液学会

提供元:ケアネット

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公開日:2024/11/06

 

 多発性骨髄腫(MM)は形質細胞の単クローン性増殖を特徴とする進行性かつ難治性の造血器腫瘍であるため、現時点では治癒困難とされる。しかし近年、新たな治療戦略によって長期生存が可能になりつつある。

 2024年10月11~13日に開催された第86回日本血液学会学術集会では、『新たなアプローチが切り拓く骨髄腫の病態解析』と題したシンポジウムが行われた。座長の1人である黒田 純也氏(京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学)は、「多発性骨髄腫の病因・病態のさらなる解明は、新規治療法の開発や個別化医療の推進につながると期待される。そこで、本シンポジウムでは4名の先生方に、最新研究に基づく知見や将来展望についてご講演いただきたい」とあいさつした。

多発性骨髄腫の診断・治療における循環腫瘍細胞の役割と展望

 MMの前がん病態であり、治療の対象とならないくすぶり型骨髄腫(SMM)患者を対象としたBruno Paiva氏(スペイン・ナバラ大学)らの検討から、治療対象となる症候性MMへの進展リスクを予測するうえで、末梢血中の循環腫瘍細胞(CTC)は骨髄形質細胞(BMPC)の代替となりうることが示唆されている。

 また、SMM患者の無増悪期間にCTCの挙動が影響することも確認されたため、Paiva氏は「こうした低侵襲な検査による評価は頻回のリスク再評価を可能にし、予想能を向上させる可能性がある。さらに、わずかなCTCで評価可能な手法も開発されている状況を踏まえると、無症候段階にある患者での有用性が期待される」とした。

 一方、新規診断(ND)MM患者におけるCTCの予後的価値に関しては、Paiva氏らの検討によりCTCの割合が高いほど無増悪生存期間(PFS)および全生存期間(OS)が有意に短縮し、これは標準リスク群、高リスク群に関係なく同様とされたことから、「CTCはNDMM患者における最も重要な予後因子の1つ」と報告している。

 そして、「CTCは移植の適応やR-ISS(改訂国際病期分類)と共に、NDMM患者におけるPFSとOSの独立した予測因子であり、CTC不検出であれば完全寛解や骨髄中の微小残存病変(MRD)はPFSとOSに影響しないことを確認している」と付け加えた。

 さらにPaiva氏らは、末梢血中の残存病変の予後的価値について検討する中で、CTCを検出する新たなフローサイトメトリー法“BloodFlow”と、免疫グロブリン・サブクラスを検出する質量分析法“QIP-MS”が予後予測能を補完的に向上させることを示し、「血液検査のみで骨髄検査と同等の情報が得られる」と述べた。

 「MMの診断・治療には、骨髄検査と共に遺伝子検査やCTCなどを組み合わせたリスク層別化が必要である。また、治療過程では初期には骨髄検査が重要だが、維持期や観察期間中は画像検査も考慮しつつ、末梢血検査で代用できる可能性がある」と結論した。

新たな解析技術による多発性骨髄腫の理解

 MMの理解にはゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクスなどの観点から腫瘍細胞の特性を捉える必要がある。また、骨髄中の腫瘍細胞の局在と他の細胞との関係性や、どのようなタイミングで臨床的に懸念される病態に至るかを解明することが重要とされる。しかし、「MMは細胞遺伝学的・分子生物学的に多様で不均一なため、従来の解析技術では骨髄腫細胞の詳細を明確にすることは難しい」と、Michael Slade氏(米国・セントルイス・ワシントン大学)は指摘する。

 こうした中、Slade氏らのグループはシングルセル解析による新たな腫瘍関連マーカーの特定を試みている。これによると、MM患者41例の骨髄穿刺液53検体を用いたシングルセルRNAシーケンスにより、既知のBCMAのほか、FCRL5やSLAMF7を含む複数の治療標的候補となるタンパク質が特定された。また、これらタンパク質をコードする遺伝子は高い相関もしくは相互に排他的であり、バルクプロテオミクス/RNAシーケンスによる検証で、これらの治療標的候補としての妥当性が確認された。

 なお、無症候性から症候性MMへの進行は腫瘍のみならず、その周囲の微小環境の変化が関与するため、治療においてはその影響を考慮すべきであることが認識されつつある。そこでSlade氏らのグループは、腫瘍免疫微小環境の構成をさらに詳しく理解するため、NDMM患者の治療前および治療後に採取した100万個以上のCD138陰性骨髄穿刺液検体をシングルセル解析により評価し、微小環境がMMの進行に関与することや、高リスクの細胞遺伝学的異常を有する患者では治療前から細胞傷害性T細胞や炎症性CD14陽性単球が豊富に存在するといった特有の免疫環境を認めることを明らかにした。

 また近年、細胞の空間情報を維持しつつタンパク質・遺伝子の発現およびシグナル伝達を網羅的に評価する“空間マルチオミクス”技術が登場し、多数のプラットフォームが開発されている。たとえば、ドイツの研究グループは、難治性MM患者11例の皮膚や筋肉などの髄外病変を空間トランスクリプトミクスで解析し、細胞遺伝学的異常が空間的に不均一でないことを明らかにした。Slade氏は、「髄外病変は検体として扱いやすいが、骨髄自体の分析にはいくつかの課題がある。われわれはその克服に向け取り組んでいる」とし、「シングルセル解析と空間マルチオミクスの組み合わせがMMの生物学的理解をより深め、新しい発見をもたらすだろう。まだ発展途上だが、これらによる知見がMMの予防や治療法の開発につながるため、今後の期待は大きい」と結んだ。

多発性骨髄腫の病態に関与する新たなエピゲノム制御機構の特定

 細胞の増殖、分化、アポトーシスの転写制御因子であるMYCはMMをはじめ、多くのがん種で重要な役割を果たしている。そのため、MYCの転写共役因子の特定ならびに詳細なメカニズムの解明は、新規治療法の開発に不可欠と考えられる。

 こうした中、転写活性化に関わるH3K4のヒストン脱メチル化酵素KDM5ファミリーは、MYC依存的な細胞増殖メカニズムの重要な制御因子であることが示されている。そして、KDM5ファミリーの中でもとくにKDM5Aは、H3K4メチル化サイクルを制御することでMYC標的遺伝子の転写活性化をサポートするため、MMをはじめとするがん種に対する有望な治療標的と示唆されている。

 一方、がん細胞はその発生過程において、前駆細胞に組み込まれた増殖と生存のメカニズムに深く依存している。この“Lineage dependency”と呼ばれる概念はさまざまながん種において認識されているため、正常発達過程に関与する系統関連がん遺伝子を標的とすることは合理的と考えられる。

 なかでもIL-6は、MMの発症や進行に重要な因子であることから、これに焦点を当てた系統関連がん遺伝子の特定が行われている。これらの研究に加え、現在、大口 裕人氏(熊本大学 生命資源研究・支援センター)らはIL-6/JAK/STAT3経路におけるMM細胞の増殖と生存を促進するB細胞系転写調節因子の同定を進めている。

 「われわれの試みは、MMの病態には異なる2つのメカニズムが関与し、その両者にエピゲノム制御異常が深く関わっていることを支持するものである。このような新たなメカニズムの解明が、本疾患に対する新規治療法の開発につながる」と、大口氏は述べた。

多発性骨髄腫の新規治療戦略の開発に向けた骨髄腫モデルマウスの解析

 ヒストン脱メチル化酵素のUTXKDM6A)はエピゲノム制御に関わる遺伝子であり、その変異や欠損を伴うMM患者の予後は不良なため、UTXはMMにおける腫瘍抑制因子とされる。また、RAS/RAF/MEK/ERKカスケードはNDMM患者において最も影響を受ける経路とされ、BRAF遺伝子の中でも活性型BrafV600E変異はとくに重要と考えられている。

 こうした背景に基づき、三村 尚也氏(千葉大学医学部附属病院 輸血・細胞療法部)らはUtx欠損かつ活性型BrafV600E変異を有する新たなコンパウンドマウスを作製し、MMの病態解明を試みている。

 まず、エピジェネティックな側面の検討から、Utx欠損と活性型BrafV600E変異は疾患の進行を相乗的に加速させ、生存期間の短縮を招くとともに、形質細胞新生物やB細胞リンパ腫、リンパ増殖性疾患といった成熟B細胞腫瘍を誘発した。なお、UTXの腫瘍抑制機能は脱メチル化酵素活性でなく、cIDR(天然変性領域のコアドメイン)が主にその機能を担っていた。さらに、Mycや細胞周期、リボソーム関連遺伝子が腫瘍細胞に多く含まれていることや、クロマチン構造の変化は発症前から始まり、長い時間をかけて徐々に転写が変化してMM発症に至ることが示唆された。

 一方、PD-1やTim-3などの共抑制性受容体は疲弊したT細胞に発現し、MM患者ではCD8陽性・PD-1陽性・Tim-3陽性の疲弊T細胞が増加している。

 そこで三村氏らは、抗腫瘍免疫応答に関する検討を行い、PD-1陽性・Tim-3陽性の疲弊T細胞は細胞傷害活性が強いものの、アポトーシスを誘導するために寿命が短く、PD-1陽性・Tim-3陰性の疲弊T細胞は抗腫瘍反応の維持に重要な役割を果たしていることを明らかにした。さらに、T細胞を疲弊させる転写因子のToxおよびNr4a2発現がリンパ節や脾臓で上昇していることを確認し、「T細胞の過剰な疲弊を防ぐことが、抗腫瘍免疫の活性・維持につながる」とした。

 そして、「本モデルマウスはエピゲノム制御異常と免疫応答の役割を理解する有用なツールである。現在、MMの新規治療戦略について、小胞体ストレス応答、シグナル伝達、エピゲノム修飾、免疫応答に着目した研究を進めており、これらの展開を通してMMの根治を目指す」と結んだ。

(ケアネット)