貧血の7割を占めるといわれる鉄欠乏性貧血。これに関し『鉄欠乏性貧血の診療指針』が2024年7月に発刊された。これまでに「鉄剤の適正使用による貧血治療指針」が2004年から2015年にわたり3回発刊されてきたが、近年では高用量の静注鉄剤をはじめとした新たな鉄剤が普及しつつあることから、鉄欠乏性貧血の診療の改訂が必要と判断され、このたび、タイトルを刷新して発刊に至った。そこで今回、診療指針作成のためのワーキンググループのメンバーである生田 克哉氏(北海道赤十字血液センター)に鉄欠乏性貧血を診断、治療するうえで知っておくべきポイントなどを聞いた。なお、本書は発刊1年後を目処に学会ウェブサイトへPDFとして掲載される予定だ。
本書は以下のように、3つの章と補遺で構成されている。
第I章 鉄代謝に関する総論
第II章 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の診断指針
第III章 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の治療指針
補遺 1. 貯血式自己血輸血における自己血貯血
2. 鉄代謝異常症の遺伝的素因について
鉄欠乏が進む患者層、現代ならではの問題
まず、第I章では、鉄の生理作用、人体内での鉄イオンの存在様式、鉄代謝制御の概要などが最新の研究結果を基に見直されており、生田氏によると「鉄代謝全般に関して基礎知識を学びたい先生にも有用となる仕上がりとなっている」という。
続いて第II章では、貧血に関する疫学が示されており(p.18表II-1-1、p.19図II-1-1)、女性の場合は高齢者に続き30~40代の貧血の割合が高いことが示されている。これについては、「晩婚化によって生涯の月経回数が増えていることが一因と考えられる。患者には時代に応じた薬物治療や栄養学的実践の指導を行う必要があるため、30~40代の貧血を診断した際には、上記の説明を加えて、鉄の重要性について意識を持っていただけるようにしてほしい」と述べた。
鉄欠乏性貧血の原因の項目(p.24)では、トピックスとして「悪性貧血と鉄欠乏性貧血」が記されているが、一言で貧血と言っても鉄欠乏・鉄欠乏性なのか否かの判断がその後の治療にも大きく左右するため、非常に重要である。たとえば、慢性炎症に伴う貧血と鉄欠乏性貧血を判別するうえでは、検査値としてヘモグロビン(Hb)値:低、平均赤血球容積(MCV)値:低、血清鉄を確認されるだろう。ところが、血液中の鉄量はどちらも減少している状態のため、いずれの検査値も両者とも同じ動向を示してしまう。
鉄欠乏性貧血を鑑別する際には、鉄の体内蓄積の指標である血清フェリチンが低いかどうかをしっかり確認してもらいたい」と同氏は強調し、「不飽和鉄結合能(UIBC)を測定することで総鉄結合能(TIBC)にも違いが見られ、さらなる鑑別になる」とも説明した。ただし問題点として、血清フェリチンが炎症の影響で上昇してしまい、本当に鉄が不足しているのかわからないことがある。病態生理的に慢性炎症に伴う貧血はヘプシジンの測定が鑑別に有用であるが、現時点では保険適用はないため、現状はさまざまな病態や検査マーカーを組み合わせて判断してほしい。なお、微量元素の銅や亜鉛も臨床症状によって過不足の判断が難しい項目であるが、貧血の原因となっている場合があるため、貧血の原因が特定できない時には微量元素の測定も推奨していきたい(p.33)」と話した。
鉄剤の処方時にうっかりしやすいこと
鉄剤を処方する前に確認しておくべき第III章は、治療方針、鉄剤による治療開始前に患者へ説明しておくべき事項、治療薬の種類、治療効果や鉄剤が効かなかった場合の対応方法について網羅されており、新薬である経口剤のクエン酸第二鉄水和物錠(商品名:リオナ)、注射剤のカルボキシマルトース第二鉄(同:フェインジェクト)やデルイソマルトース第二鉄(同:モノヴァー)の製品特徴に触れている。「新薬については、発売の経緯や特徴がわかりやすくなるよう意識して構成し、本邦における各薬剤の臨床試験については、コラムで紹介する形にして読みやすさを考慮した」と説明した。
さらに、鉄剤の処方時の注意点については、「たとえば循環器領域において、『静注鉄剤の入院率や入院期間への有用性に関する論文』が海外で報告されているが、この研究対象は鉄欠乏ではあるが貧血患者ではない。
日本での鉄剤の保険適用はあくまで“貧血がある場合”に限るため、鉄剤を処方する際には
鉄欠乏性貧血の診断基準を満たすかどうかを確認する必要がある」と指摘した。なお、実際の投与量や切り替えタイミング、どのような場面での処方が適切なのかは、今後、実臨床からの声をくみ上げて検証・反映させていく予定だという。
このほか、領域別(腎臓内科、消化器内科、産婦人科、小児科)の鉄剤使用法を示している点が本章の特徴である。
鉄欠乏性貧血を問診で疑う際、注意したい症状
問診時の注意点として、同氏は「軽い貧血でもおざなりな対応をせず、鉄剤服用後のモニタリング(たとえば、3ヵ月に1回の通院時で血算以外に血清フェリチンを確認)を行い、鉄剤を漫然投与せず、必要に応じて中断し経過観察することも重要」とし、「鉄欠乏性貧血患者が問診時に訴える症状として、氷をガリガリ食べる異食症が散見される。また、脚のつりやむずむず脚症候群に関しても患者本人からの訴えはないものの、問診してみると症状を有している場合があるため、治療モニタリングのためにもこれらの症状がカギとなることを理解しておいてほしい」と症状を探るポイントを説明した。
さらに、鉄欠乏性貧血患者の特徴として「自覚症状や特異的症状がないことも多いため、だるさ(倦怠感)があったり、自律神経失調症と診断されたりした方はHb値に問題なくても実は…という場合がある。気象病や月経前不快気分障害などを自覚する方には鉄欠乏性貧血を疑い、実際に鉄欠乏性貧血を認めた場合には、軽度の貧血であっても鉄剤を処方すると患者さんが見違えるくらい元気になることがある」とコメントした。
改訂に至った経緯
最後に、生田氏は改訂の背景について「鉄代謝に関しての新たな知見は集積しているが、鉄欠乏性貧血に関する目立った研究的視点が加わっていなかったため、なかなか改訂に至らなかった。しかし、近年に新たな経口鉄剤や静注鉄剤が登場したことで、今後の鉄欠乏性貧血の診療もそれらを見据えたうえで方針を決定する必要があることから、第3版では対応しきれなくなった」とし、「今回の改訂ではMinds方式を取ることができなかったが、項目立てからしっかり見直し、各領域の専門家が独立して執筆を担当していた第3版に対して、本書はワーキンググループ全体で見解を統一させた。ありふれた疾患であるゆえ、新たな知見が出そろわない、海外でも高いエビデンスを持って適切な治療の推奨ができない、各国で使用する鉄剤が異なるなどの要因がありMinds方式が取りづらく従来の方式を踏襲した」とガイドラインではなく指針に留まった旨についても説明し、「ぜひ、日常診療で本書を役立ててもらいたい」と締めくくった。
(ケアネット 土井 舞子)