2025年3月、「胃癌治療ガイドライン」(日本胃癌学会編)が改訂された。2021年から4年ぶりの改訂で、第7版となる。3月12~14日に行われた第97回日本胃癌学会では、「胃癌治療ガイドライン第7版 改訂のポイント」と題したシンポジウムが開催され、外科治療、内視鏡治療、薬物療法の3つのパートに分け、改訂ポイントが解説された。改訂点の多かった外科治療と薬物療法の主な改訂ポイントを2回に分けて紹介する。本稿では外科治療に関する主な改訂点を取り上げる。
「薬物療法編」はこちら
【外科治療の改訂ポイント】木下 敬弘氏(国立がん研究センター東病院 胃外科)
総論部分の大きな改訂点としては、胃の切除範囲として従来の6つの術式に加えて
「胃亜全摘術(小彎側をほぼ全長に渡って切離し、短胃動脈を一部切離する幽門側の胃切除)」を追加したこと、これまであいまいだった
コンバージョン手術の定義を「初回診察時に根治切除不能と診断され薬物療法が導入された症例で、薬物療法が奏効した後に根治切除を企図して行われる手術」と定めたことがある。クリニカル・クエスチョンに関する改訂点としては、「低侵襲手術の推奨度を全体的に強化」、「コンバージョン手術の推奨度を変更」、「胃切除後長期障害・高齢患者に関するCQを追加」、「病態進行(PD)の適応・断端陽性例などのCQを追加」が大きな点だ。具体的に新設・変更された主なCQは以下となっている。
CQ1-1【変更】切除可能な胃癌に対して、腹腔鏡下手術は推奨されるか?
・標準治療の選択肢の一つとして腹腔鏡下幽門側胃切除術は
行うことを強く推奨する。
(合意率100%、エビデンスの強さA)
・c StageI胃癌に対して胃全摘術、噴門側胃切除術は
行うことを強く推奨する。
(合意率78%、エビデンスの強さC)
CQ1-2【変更】切除可能な胃癌に対して、ロボット支援手術は推奨されるか?
・切除可能な胃癌に対して、ロボット支援手術を
行うことを弱く推奨する。
(合意率100%、エビデンスの強さC)
「前版では、ロボット支援手術はStageIまでの推奨だったが、今版からその記載が外れ、より広範な推奨となった。現在行われているJCOG1907試験(胃がんにおけるロボット支援下胃切除術の腹腔鏡下胃切除術に対する優越性を検証するランダム化比較試験)の結果によって、将来的には推奨度が変わる可能性がある」
CQ1-3【新設】進行胃癌に対する腹腔鏡下胃全摘術は推奨されるか?
・標準治療の選択肢の一つとして進行胃癌に対する腹腔鏡下胃全摘術は
行うことを弱く推奨する。(合意率90%、エビデンスの強さC)
「多くの後ろ向き研究で、腹腔鏡下胃全摘術は手術時間は延長するものの、出血量は少なく、再発・生存期間で開腹手術と差がないと報告されている。現在、韓国で胃全摘を要する進行胃がんを対象とした後ろ向き試験(KLASS-06)が行われており、登録が完了した段階だ」
CQ1-4【新設】術前化学療法に対する低侵襲手術(腹腔鏡下手術/ロボット支援手術)は推奨されるか?
・術前化学療法に対して、低侵襲手術を
行うことを弱く推奨する。(合意率100%、エビデンスの強さC)
「欧州と中国から、腹腔鏡下手術と開腹手術を比較した前向き研究の報告がある。生存期間や術後短期成績においては差がないと考えられるが、観察期間が短く、エビデンスレベルは高くないと判断した」
CQ2-3【新設】胃上部の癌に対して噴門側の極小胃を温存した幽門側胃切除術は推奨されるか?
・適切な切除断端が確保できれば、胃上部の早期癌に対して噴門側の極小胃を温存した幽門側胃切除術を
行うことを弱く推奨する。(合意率100%、エビデンスの強さC)
「新たに設定した胃亜全摘術に関するCQとなる。後ろ向き研究のレビューで、手術時間、合併症発生割合、術後栄養状態、術後障害などの点において胃全摘術よりも優れている可能性が示唆されている」
CQ3-3【新設】十二指腸浸潤・膵頭部浸潤を来した進行胃癌に対して膵頭十二指腸切除は推奨されるか?
・十二指腸浸潤・膵頭部浸潤を来した進行胃癌に対して膵頭十二指腸切除を
行うことを弱く推奨する。(合意率100%、エビデンスの強さC)
「リンパ節転移が比較的軽度で、R0切除が得られる、患者の全身状態が良好という条件を満たした場合に、行うことを弱く推奨とした」
CQ5-2【変更】Conversion手術は推奨されるか?(術後化学療法も含む)
・StageIV胃癌症例に対してconversion手術を行うことは、現時点ではエビデンスに乏しく
明確な推奨ができない。(合意率78.9%、エビデンスの強さC)
・また、conversion手術でR0切除が達成されたStageIV胃癌に対しては、術後補助化学療法に関する
明確な推奨ができない。(合意率78.9%、エビデンスの強さC)
「前版では、『化学療法により一定の抗腫瘍効果が得られ、R0切除が可能と判断される』との条件付きで『弱く推奨』としていたが、今回は投票結果が80%に至らず、推奨が出せなかった。化学療法が奏効した患者を対象にconversion手術を行い、その生存期間を報告した研究は単群の後ろ向き研究が大半で、患者選択バイアスも大きい。現在、国内で化学療法奏効例に対するConversion surgeryの意義を検討する第III相試験JCOG2301が進行中だ」
CQ5-3【新設】出血/狭窄の姑息切除やバイパス手術、ステント留置術は推奨されるか?
・出血/狭窄の姑息切除やバイパス手術、ステント留置術を
行うことを弱く推奨する。(合意率100%、エビデンスの強さD)
「ステントは短期的な有用性は高いが長期的には再狭窄のリスクがある。胃空腸バイパスは短期的な合併症リスクは高いものの長期的なQOL維持に優れているとの報告が多いなど、それぞれの特徴を理解して選択することが重要だ」
CQ5-4【新設】CY1に対する胃切除術は推奨されるか?(術後化学療法も含む)
・
胃切除時にCY1が判明した場合は、
手術を先行し、術後化学療法を行うことを弱く推奨する。(合意率94.7%、エビデンスの強さC)
・また、
初回治療前に審査腹腔鏡でCY1が判明した場合は、
化学療法後にCY0になった時点で胃切除を行うことを弱く推奨する。(合意率100%、エビデンスの強さC)
「腹腔洗浄細胞診陽性(CY1)胃がんは、2パターンに分けた推奨となった。胃切除後に化学療法を行うことにより、再現性をもって25%前後の5年生存率が示されている。また、化学療法でCY0に陰転化した場合、5年生存率は34.2%と高く、陰転化なし群と比較したハザード比は2.04と報告されている」
CQ6-3【新設】食道胃接合部癌に対する腹腔鏡下手術/ロボット支援手術は推奨されるか?
・食道胃接合部癌に対する手術療法として、腹腔鏡下手術またはロボット支援手術を
行うことを弱く推奨する。(合意率70%、エビデンスの強さD)
「食道胃接合部がんを対象に、開腹と腹腔鏡下手術を比較したランダム化比較試験の報告はない。単施設後ろ向き比較研究や症例集積研究においては、低侵襲手術で出血量が少なく、早期回復が認められたと報告されている」
CQ7-2【新設】残胃癌に対して腹腔鏡下手術/ロボット支援手術は推奨されるか?
・残胃癌に対する腹腔鏡下手術/ロボット支援手術について、現時点では
明確な推奨ができない。(合意率70%、エビデンスの強さD)
CQ7-3【新設】残胃空腸吻合部の残胃癌に対して空腸間膜リンパ節郭清は推奨されるか?
・残胃空腸吻合部の残胃癌に対して、空腸間膜リンパ節郭清を
行うことを弱く推奨する。(合意率100%、エビデンスの強さC)
CQ8【新設】切除断端が永久標本で陽性と診断された場合に再手術は推奨されるか?
・胃切除後に永久標本で切除断端が陽性と診断された場合の再手術に関しては
明確な推奨ができない。(合意率100%、エビデンスの強さD)
「後ろ向き研究で、早期がんでは切除断端陽性を予後不良因子とする報告が多いが、高度進行例では再手術の意義は薄れる可能性が示唆されている」
CQ9【新設】胃切除後長期障害への対応
・CQ9-1:脾摘後の肺炎球菌のワクチンの接種:
弱く推奨(合意率90%、エビデンスの強さD)
・CQ9-2:胃全摘後のVitB
12投与:
弱く推奨(合意率90%、エビデンスの強さC)
・CQ9-3:胃切除後のヘリコバクター・ピロリ除菌:
明確な推奨ができない(合意率100%、エビデンスの強さC)
CQ10-1【新設】手術の術式を決める際に、年齢を考慮することは推奨されるか?
・高齢者に対してはリンパ節郭清範囲を縮小した縮小手術や低侵襲手術を
行うことを弱く推奨する。(合意率70%、エビデンスの強さD)
CQ10-4【新設】高齢者・サルコペニア患者に対する周術期の栄養/運動療法は推奨されるか?
・高齢者・サルコペニア患者に対する周術期の栄養/運動療法については
明確な推奨ができない。(合意率94.7%、エビデンスの強さD)
「長期生存と術後合併症についてレビューした。術後合併症については減少可能性が示唆されるが、対象患者と介入方法のばらつきが大きく、エビデンスに乏しいと判断した」
(ケアネット 杉崎 真名)