スボレキサント(商品名ベルソムラ)と呼ばれる睡眠薬が、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)の予防に有用である可能性を示唆する予備的な臨床試験の結果がこのほど明らかになった。スボレキサントを就寝前に服用した参加者では、アルツハイマー病に関わる重要なタンパク質であるアミロイドβやタウのリン酸化レベルが低下することが示されたという。米ワシントン大学セントルイス睡眠医学センター所長のBrendan P. Lucey氏らが実施したこの研究の詳細は、「Annals of Neurology」に3月10日掲載された。
スボレキサントは、不眠症の治療薬として米食品医薬品局(FDA)に承認されている3種類のデュアルオレキシン受容体拮抗薬の一つだ。オレキシン受容体拮抗薬は、覚醒を促す脳内物質のオレキシンが受容体と結合するのを阻害して、睡眠を促す。
アルツハイマー病では、アミロイドβと呼ばれるタンパク質が脳内に蓄積し始め、その後、別のタンパク質であるタウがリン酸化されて神経細胞内に線維化・凝集する神経原線維変化が生じ、神経細胞死が起こると考えられている。このような神経原線維変化が検出可能な段階には、アルツハイマー病患者に記憶力の低下が認められるようになるという。
Lucey氏らは以前の研究で、質の低い睡眠が脳内のアミロイドβとタウのレベルの増加に関連していることを突き止めていた。しかし、良質な睡眠がこれらのタンパク質のレベルを減らすのかどうか、それによってアルツハイマー病の進行を止めることができるのかどうかについては不明だった。
Lucey氏らは今回の試験に認知障害のない45~65歳の38人を登録し、このうち13人をスボレキサント10mg投与群、12人をスボレキサント20mg投与群、13人をプラセボ投与群にランダムに割り付けた。対象者にスボレキサントまたはプラセボを午後9時に投与し、投与の1時間前から36時間にわたって2時間ごとに少量(6mL)の脳脊髄液を採取した。脳脊髄液の採取は、翌日およびその半日後までのアミロイドβとタウのリン酸化レベルの変化を測定することを目的としていた。
その結果、初回採取から6時間後に採取した脳脊髄液中のアミロイドβのレベルを基準とすると、プラセボ投与群と比べてスボレキサント20mg投与群では、初回採取から12〜18時間(午前8時〜午後2時)の間に採取した脳脊髄液中のアミロイドβのレベルが10~20%有意に低下していた。また、タウのリン酸化レベルも、プラセボ投与群と比べてスボレキサント20mg投与群では、複数の時点で10〜15%有意に低下していることが判明した。一方、スボレキサント10mg投与群とプラセボ投与群の間には統計学的に有意な差は認められなかった。さらに、翌日の夜にもスボレキサントを投与したところ、20mg投与群ではいずれのタンパク質レベルも再び低下していた。
研究論文の筆頭著者であるLucey氏は、「この試験は小規模なPoC(概念実証)試験だ。アルツハイマー病になることを不安に思っている人が、毎晩スボレキサントを飲み始めるべき理由として解釈するには時期尚早だ」と話す。同氏はさらに、長期的なスボレキサントの使用が認知機能の低下の抑制に有効なのかどうかは不明であることや、長期的な使用が有効である場合、どの程度の量を、どのような人に投与した場合に有効なのかも不明であることにも言及。その上で、「それでもこの結果は極めて有望なものだ。入手可能で、安全性も証明されている不眠症の薬が、さらにアルツハイマー病の発症に関わる重要なタンパク質の量にも影響を与えることを示すエビデンスが得られた」と期待を示している。
Lucey氏は、「アミロイドβのレベルを継続的に低下させることができれば、それが凝集・蓄積して形成されるアミロイドプラークの増加を抑えられると、われわれは考えている。また、過剰リン酸化タウは神経細胞を殺す神経原線維変化の形成につながるため、アルツハイマー病の発症において重要だ。もしタウのリン酸化を抑制できれば神経原線維変化の形成も抑えることができ、脳の神経細胞死を減らせる可能性がある」と言う。
Lucey氏は、「今後の研究ではオレキシン受容体拮抗薬を少なくとも数カ月間使用し、それがアミロイドβやタウに与える影響について調べる研究が必要だ」と強調。また、「より年齢が高く、認知機能はまだ正常だが脳内にすでにアミロイドプラークがある人たちを対象とした研究も予定している」と話している。
[2023年4月21日/HealthDayNews]Copyright (c) 2023 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら