相馬中央病院 副院長
小柴 貴明
2012年7月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
※本記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会より許可をいただき、同学会のメールマガジンで配信された記事を転載しております。
相馬中央病院へ、総胆管結石から急性膵炎となった初老の女性患者が受診された。
私は、副院長の立場から、入院絶食、急性膵炎の治療の必要性を患者さんに説明した。
しかし、患者さんは入院を激しく拒否した。「入院するのは、嫌。帰ります。」。当院の院長は、地元は、もとより交通の便の悪い相馬市へ遠方から患者さんが受診に来られるほどの、一級の消化器内科・内視鏡医。その院長と、私の説得で患者さんは、しぶしぶ入院した。
病棟では、患者さんは険しい表情。コミュニケーションの難しさを感じていた。ところが、抗生剤、酵素阻害剤で血中アミラーゼも下がりだしたころ、突然に患者さんの表情に笑みが浮かんだ。私は、ベッドサイドに腰をかけ、患者さんにこう語りかけた。「私たちの治療を疑問なく、受けてもらえていますか?」 お返事は、「先生方にすべて、お任せします。」
患者さんの心は私に開かれた。「私は、看護師をしていたので、人の死を見てきました。だから、病気が怖かったのです。急性膵炎と聞いたとき、恐怖感が先に立ち、入院するのが嫌でした。」
この患者さんに、本当に心を開かせたのは、千葉大を卒業して一年目の河野悠介医師、そうして、病棟の看護師たち。患者さんは、続けた。「河野先生、看護師さんたち、とりわけ卒業して一年目の武内裕美さんは、食べられない私の辛さを的確に感じ取り、とても丁寧な言葉で、心を和ませ、不安を取り除いてくれました。院長先生は、とても優れた消化器・内視鏡医。安心して、治療を任せてほしいと説明してくれました。」
院長のみごとな内視鏡的乳頭括約筋切開術により、総胆管結石は取り除かれた。私の人生観を一変させられる瞬間であった。
‘臨床経験’という言葉がある。臨床医は、看護師は、経験が長ければ、それだけ、良い医者、看護師になれるか?そんなことはない。病院でいわゆる新米とみなされる一年目の河野医師、武内看護師。この二人が、いなければ、この患者さんは、内視鏡治療を受けなかったかもしれない。患者さんから、多くのことを学び、少しでも早く、熟練した医療スタッフになり、少しでも多くの患者さんのために良い仕事をしたい。そのためには、まず、患者さんの気持ちを十分に理解して、安心を与え、丁寧に状態を説明する。この二人の、ひたむきな患者さんへの思いは、医学部を卒業して20年の私にすら、できなかったことを可能にしたのである。
医療は、チームワーク。その主人公は、河野医師、武内看護師であった。チーム医療の大きな役割を担う若手医師と若手看護師なしに、私たちの医療は成り立たない。被災地病院へ、少しでも多くの若手医師、看護師が関心を持ち、飛び込んで来てほしい。そのために、ぜひとも、研修医指定病院が必要である。