心臓手術を受けた患者において、30日死亡率が高いことと関連する術後の高感度トロポニンIの閾値は、予後に重大な影響を及ぼす周術期の心筋損傷の同定のために推奨されている値(基準値上限[26ng/L]の>10~≧70倍)よりもはるかに高く、単独冠動脈バイパス術(CABG)または単独大動脈弁置換術・形成術(AVR)を受けた患者の術後1日以内の測定値は、この推奨閾値の200倍以上に達することが、カナダ・マクマスター大学のP.J. Devereaux氏らが実施した「VISION Cardiac Surgery試験」で明らかとなった。研究の成果は、NEJM誌2022年3月3日号に掲載された。
推奨閾値を検証する国際的な前向きコホート研究
本研究は、心臓手術後の30日死亡の予測における高感度トロポニンIの推奨閾値の検証を目的とする国際的な前向きコホート研究であり、2013年5月~2019年4月の期間に12ヵ国24病院で患者の募集が行われた(カナダ保健研究機構[CIHR]などの助成による)。
対象は、年齢18歳以上の心臓手術(単独心膜開窓術、心膜切除術、ペースメーカー・除細動器の留置術を除く)を受けた患者であった。術前と、術後3~12時間および1、2、3日に、高感度トロポニンIの測定が行われた。患者、医療提供者、データ収集者には、高感度トロポニンI検査の結果は知らされなかった。
主要アウトカムは術後30日以内の死亡とされた。高感度トロポニンIの頂値と、欧州心臓手術リスク評価システムII(EuroSCORE II)のスコアで補正した30日死亡率との関連を評価する回帰スプラインを用いてCox解析が行われた。EuroSCORE IIは、心臓手術後の死亡リスクを年齢や性別などの18の変数に基づいて推定するものである。
その他の心臓手術では、術後1日で基準値上限の499倍に
1万3,862例(北米35.9%、アジア28.3%、欧州26.2%、南米6.3%、オーストラリア3.3%)が解析に含まれた。平均年齢は63.3歳、70.9%が男性で、29.3%が心筋梗塞の既往歴を有していた。術前の高感度トロポニンI中央値は9ng/L(IQR:4~20)で、46.9%が単独CABG、12.5%が単独AVR、40.6%はその他の心臓手術(CABGまたはAVRと他の手技との併用など、他のすべての心臓手術)を受けていた。
高感度トロポニンIの推奨閾値(基準値上限[26ng/L]の>10倍[260ng/L]、≧35倍[910ng/L]、≧70倍[1,820ng/L])は、術後1日以内に、それぞれ97.5%、89.4%、74.7%の患者が上回った。術後30日以内に296例(2.1%)が死亡し、399例(2.9%)が主要血管の合併症を発現した。
単独CABGまたは単独AVRを受けた患者では、術後1日以内に測定された30日以内の死亡の補正後ハザード比>1.00に関連する高感度トロポニンIの最も低い閾値は5,670ng/L(95%信頼区間[CI]:1,045~8,260)であり、これは基準値上限の218倍であった。また、術後2日または3日目の同様の高感度トロポニンIの閾値は1,522ng/L(1,325~2,433)であり、これは基準値上限の59倍に相当した。
一方、その他の心臓手術を受けた患者では、術後1日以内に測定された30日以内の死亡の補正ハザード比>1.00に関連する高感度トロポニンIの最も低い閾値は1万2,981ng/L(95%CI:2,673~1万6,591)であり、基準値上限の499倍であった。また、術後2日または3日目の同様の高感度トロポニンIの閾値は2,503ng/L(95%CI:1,228~4,033)であり、基準値上限の96倍だった。
著者は、「今回の閾値の推定値は、95%CIの広さが示すように、かなりの不確実性の影響を受けており、虚血による心筋損傷(急性冠動脈血栓症など)と他の原因による心筋損傷(再灌流障害など)を区別できない。今後、心臓手術を受けた他の患者コホートにおいて、これらの知見の妥当性の検証が望まれる」としている。
(医学ライター 菅野 守)