患者と医療従事者の間に生じるコミュニケーションギャップ。誰もが少なからず感じたことがあるのではないでしょうか。2019年9月、神奈川県横浜市は、医療現場で生じるコミュニケーションギャップの改善を目的に、医療現場における「視点の違い」を描く「医療マンガ大賞」を募集しました。その受賞作決定を記念して、“SNS医療のカタチ”所属医師4人と写真家の幡野 広志氏が登壇したアフタートークイベントが12月に開催されたので、こちらで一部内容をご報告します。
第1回 漫画から読み解く、患者と医療者の「視点の違い」
―「医療マンガ大賞」では、患者や医療従事者が体験したエピソード(全10本のうち、一般募集として応募総数156本から4本を選出)に対し、11日間で55本の漫画作品の応募がありました。
市原(ヤンデル):
ここからは、漫画作品の原案エピソードを選んだ先生方に、選出に至るまでの裏話を聞いていきます。「SNS医療のカタチ」のお三方、よろしくお願いいたします。まずはほむほむ先生からどうぞ。
何気ない言葉/堀向 健太氏(アレルギー専門医ほむほむ)選出
堀向(ほむほむ):
うちは医者家系ではないので、家族は医者のことを知りません。家にいると、家族から受診したときの話をよくされるんです。そういうのを聞くと、僕の診療も「あんないいことを言われた」とか「今日はこんな悪いことを言われた」とか、家族団らんのネタになっているんだろうな、というのを実感します。
僕は小児科医ですので、子供のことを1番に考えています。お子さんがどうやったら良くなるのだろうと、いつも考えています。たとえば、診察して処方箋が出たら僕のハンコを代わりに押してくれる子、診察室に入ったらまず僕の椅子に座る子などがいて。ご両親は慌てますが、「気にしなくていいですよ」と対応し、診察が終わったらお子さんに「頑張ったね」とハイタッチをします。
このように、お子さんに対してはいろいろな形で向き合っているはずですが、この作品を読んだとき、「ご両親にも、もう少しうまく話ができていればよかったかもしれない。もうひと言、何か言えたのではないか」と思ったのです。心が動かされたんだなと感じました。
お子さんも頑張っているけれど、もちろんご両親も毎日頑張っています。僕がよく診るアレルギーは慢性の病気ですので、毎日ご両親に頑張っていただくことで、お子さんの体に結果が出てきます。そこで、自分のなかで考えた結果、ご両親が退室するときに、「お父さんお母さんも、よく頑張ってくださいましたね」と伝えようと決めました。
このひと言があるだけで、今までと何かが少しだけ違うかもしれません。こういった形で心を動かされたので、この作品を選出させていただきました。
努力の向こう側/大塚 篤司氏選出
大塚:
たくさんの応募作品を全部読むのはめちゃくちゃ大変だったのですが、すごくおもしろかったです。すべて読み終わったときに、「医療って人生だな」と思いました。良いときもあれば、悪いときもある。感謝の気持ちもあれば、人を恨むような気持ちもある。怒ったり、泣いたり、笑ったり…。読んで、そういう感情が一気に入ってきました。
それぞれの切り口でいいメッセージがあるので、このなかから選ぶというのはとても難しかったです。そこで、僕が医療で大事にしているのはなんだろう? と考えたとき、患者さんの立場から「優しい」と言える人に対して、すごいと思っている自分に気付きました。病院の中って、医者は忙しくて余裕がないし、患者さんもつらい、苦しい、痛いなどで余裕がない。その状況で、立場にかかわらず「優しさ」を出せる人は強い人だと思います。
「優しさ」を書いている作品で、今回選んだエピソードが一番心に刺さりました。看護師が点滴に失敗して、自分が痛くて嫌だなと思っているなかで、「洗髪が上手」と伝えた患者さんの優しさって、強さもあってこそだと思います。そういうちょっとした優しさを皆が持ち寄れば、病院という空間はもっと過ごしやすくなるのではないかと感じたので、この作品を選びました。
わたしのスタートライン/山本 健人氏(外科医けいゆう)選出
山本(けいゆう):
このエピソード、すごく好きなんですよ。自分が医者になってしばらくした頃にぶち当たった壁と同じものが書かれているというか。僕は“医者の努力のおかげで病気がよくなって、患者さんからの「ありがとう」という感謝の気持ちを全面で受け止める”という幻想に期待して医者になったように思います。ところが、現実は医者が直接患者さんにできることって少なくて、患者さん自身で努力をして、病気を治していく。そのサポートをするのが医療従事者なのだということを知りました。
この作品は作業療法士が主人公ですが、医療従事者すべてに当てはまるエピソードだと思います。医療従事者は黒子で、主役は患者さんなんです。僕らが外来で患者さんと会えるのは、せいぜい週1回が限度ですよね。それ以外の6日間は、患者さんとご家族が意欲的に治療に取り組まなければならない。患者さん自身が前に向かって進んでいくのを、われわれはサポートしかできないんです。
かつて、「医者のおかげで患者が治るなんて考えはすごくおこがましい」と思い知った経験がありました。ラストシーンの「スタート地点に立てた気がした」というのが、そのときの感覚にとても近いなと思いました。「病は気から」とも言いますが、患者さんの意欲をどう高めるか考えることも、医療従事者の大事な仕事です。患者さんの気持ちを前向きにしていく、という思いを一番感じることができたので、この作品を選びました。
市原(ヤンデル):
前半お二人は患者視点のエピソードを選ばれました。選んだ理由が人それぞれでおもしろいですね。患者視点の話を医者の立場で読み解くことは、すごく複雑ですが興味深いです。
まず堀向先生は、ご自身の選んだエピソードによって、今後の診療方針にまで影響があったようです。また、大塚先生が「優しさが少し増えてほしい」という思いで選んだエピソードが、漫画化されることでさらに広がっていく。これって素晴らしいことですよね。
一方、山本先生は、医療従事者視点のエピソードを選ばれました。ただ、三人とも単に患者の視点だけとか、医療従事者の視点だけではなく、複数の視点でそれぞれのエピソードを語ってくださったように思います。さすが、日頃よりコミュニケーションエラーに興味があるメンバーですね。コミュニケーションの糧になりそうなエピソードが見事に選ばれたと思います。
僕の後悔/市原 真氏(病理医ヤンデル)選出
※都合により写真の一部を加工しています。
市原(ヤンデル):
僕は、応募作品を読む前から、どうせ選ぶならとことん悲しいエピソードにしようと思っていました。日頃から、「医療漫画がハッピーエンドで終わると非現実的だと感じてしまう」という面倒な性格の持ち主でもあります。
そうしたら、単に悲しいわけでもなく、かといって成功体験だけでもない、複合的なエピソードが多く見られました。最終的に選んだエピソードも、要約すれば「患者さんが大事なときに立ち会えなかった」というシンプルな話ではあるのですが、実際にはさまざまな視点から読み解くことができます。それだけに難しいエピソードでもあります。
編集者の佐渡島 庸平さんが、医療マンガ大賞のスタートアップイベントで、「このエピソードを漫画にできたらそれだけですごいよね」と発言されたらしいですね。その影響もあってか、非常に多くの人が漫画化にチャレンジしてくれました。今回受賞した作品以外も本当におもしろいので、ぜひ目を通していただきたいですね。
大塚:
少し話が戻りますが、堀向先生って、すごく特別な存在ですよね。小児科の患者さんが帰るとき、患者さんのご両親に「頑張りました」と声を掛ける医者は、本当に少ないと思います。僕がそんなことを言われたら泣いてしまうかもしれない。
でも、こうやって発信し続けていくことで、いずれこれがスタンダードになるかもしれないと思うところもあります。堀向先生は、「小児科の先生はこういう対応をすると、ご両親に安心してもらえる」というモデルケースを見せてくれているように感じます。
市原(ヤンデル):
なるほど。今の話からも伝わるのですが、大塚先生は医療マンガ大賞のエピソードに対しても、あるいは登壇者の発言ひとつに対しても、「それを受け止めた医療者がどう変わるか」という視点をお持ちになっていますね。とてもおもしろいです。
「医療マンガ大賞でエピソードを募集」と聞くと、患者さん視点のエピソードばかり集まるかと思っていましたが、医療をめぐる視点は本当にさまざまですね。こういう話がどんどん聞けそうなので、次のセッションも楽しみです。
―次回は、写真家・幡野 広志さんを交えたトークセッションの様子をお伝えします。
市原 真【病理医ヤンデル@Dr_yandel】(SNS医療のカタチ/医師)
1978年生まれ。2003年北海道大学医学部卒、国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)研修後、札幌厚生病院病理診断科。現在は主任部長。医学博士。病理専門医・研修指導医、臨床検査管理医、細胞診専門医。日本病理学会学術評議員(日本病理学会「社会への情報発信委員会」委員)。
堀向 健太【アレルギー専門医ほむほむ@ped_allergy】(SNS 医療のカタチ/医師)
1998年、鳥取大学医学部卒業。鳥取大学医学部附属病院および関連病院での勤務を経て、2007年、国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。日本小児科学会専門医/指導医。日本アレルギー学会専門医/指導医。日本小児アレルギー学会代議員。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初の保湿剤によるアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。2016年、ブログ「小児アレルギー科医の備忘録」を開設。
大塚 篤司【@otsukaman】(SNS医療のカタチ/医師)
千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員を経て、京都大学医学部特定准教授として診療・研究・教育に取り組んでいる。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)『世界最高のエビデンスでやさしく伝える 最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)がある。2018年より、SNS時代の新しい医療の啓蒙活動を行う「SNS医療のカタチ」プロジェクト活動を行う。
山本 健人【外科医けいゆう@keiyou30】(SNS医療のカタチ/医師)
2010年京都大学医学部卒業。複数の市中病院勤務を経て、現在、京都大学大学院医学研究科博士課程在籍。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。「医師と患者の垣根をなくしたい」をモットーに、「外科医けいゆう」のペンネームで17年に医療情報サイト「外科医の視点」を開設。著書に『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)『外科医けいゆう先生が贈る初期研修の知恵』(シービーアール)がある。CareNet.comでは【外科医けいゆうの気になる話題】を連載。
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