いくら説明しても患者に伝わらない、そんなコミュニケーション・ギャップを感じることはあるだろうか。
2019年9月30日、神奈川県横浜市は、医療に関するコミュニケーション・ギャップの改善を目的に、「医療マンガ大賞」を創設。その記念トークイベントを開催した。
「医療マンガ大賞」は、横浜市の医療広報の一環として、患者や医療従事者が体験したエピソードを基にそれぞれの視点の違いを描く漫画を公募する取り組みだ。患者と医療従事者では同じ出来事でも受け取り方が異なるが、それぞれの視点からの捉え方を漫画にすることで、互いの視点の違いへの気づきや共感を促すことを目的としている。
審査員の1人である佐渡島 庸平氏(株式会社コルク代表取締役・編集者)は、「コミュニケーション・ギャップはほぼすべての業界で起きている。医療情報は生命に関わるものなので、患者にもっと積極的に学んでほしいと医療関係者は思う。だが、患者側には難しい医療情報を自ら学ぶインセンティブがない」と言う。専門家がいい情報を提供しても、受け取るとは限らない。それは医療のように受け取り手との間に知識の差がある場合に顕著なようだ。
また、大塚 篤司氏(医師・SNS医療のカタチ運営)は、「たくさんの患者を診ていることが、逆に患者のサポートにならないことがある」と自身の体験を振り返った。その理由は、医師は病気の告知後、諦めたり前向きになったりと、さまざまなパターンで患者が病気を受容していく過程を見ているために、その患者がどのようなプロセスを経るかがなんとなくわかってしまう。目の前の患者はまだとまどっている時期なのに、前向きになったものとして扱ってしまうなど、患者と同じ速度で気持ちを動かせないことにあると言う。
「医療マンガ大賞」では、こうした医療者と患者のコミュニケーション・ギャップのエピソードを10点提示する。うち6点は株式会社メディカルノートが監修。同社共同創業者の井上 祥氏は、転院、在宅医療、脳卒中をテーマに、それぞれに患者と医師双方の立場からのエピソードを制作した。
そのほかの4点はツイッターで集まった156作品から、SNS医療のカタチの医師4名が選出。登壇した大塚氏は新人看護師とがん患者のエピソードを選んだ。「それぞれ思い入れのあるエピソードを寄せていただいたので、どれも医師として考えさせられることがあり、精神的に“くる”作業だった。苦しさ、うれしさ、くやしさなど様々な感情の動きがある中で、最終的に自分は、やさしさを感じられるものを選んだ」という。
応募作品の審査には、佐渡島氏、大塚氏、井上氏に加え、漫画家のこしのりょう氏も加わる。こしの氏は、『Ns.あおい』や『町医者ジャンボ』などの医療漫画を多く描いている。看護師の妻を持つこしの氏は、『ブラックジャックによろしく』が流行していたころ、編集部から誘いがかかったことで『Ns.あおい』を描き始めた。「初めは看護師の視点で、医師や病院経営者に喝を入れるような内容を描いていたが、取材をする中でいい医師にも出会い、医師の立場や意見を知るようになった。そうすると、患者側の知識のなさで医師を悪者にしている側面もあるのではないかと、自分の医療に対する見方が変わった」と振り返る。医療漫画の制作を通して、患者・看護師・医師、それぞれの視点を知ることで、自らの考え方が変わる経験をしたこしの氏。応募者に向けて「同じ題材でも、描き手のキャラクターや個人的な体験によって、出来上がるストーリーはまったく異なるものになるはず。思い切り自分を出してほしい」とエールを送った。佐渡島氏は「医師で漫画を描く人にもぜひ応募してほしい」と医師の参加にも期待を寄せた。
作品の募集は10月10日まで、受賞作の発表は11月中旬を予定している。
「医療マンガ大賞」ホームページ
(ケアネット 安原 祥)