mTOR阻害剤が腎細胞がんにもたらす可能性

提供元:ケアネット

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公開日:2010/02/26

 


2010年1月、mTOR阻害による抗悪性腫瘍剤としては日本初となる「エベロリムス(商品名:アフィニトール)」が承認を得た。ここでは、2月22日、アーバンネット大手町ビルにて開催された「mTOR阻害剤『アフィニトール』が腎細胞がん治療にもたらす可能性」と題するプレスセミナーをお届けする。帝京大学医学部泌尿器科学教室 主任教授 堀江重郎氏は、mTOR阻害剤の基礎から臨床治験まで広範にわたり講演した。<ノバルティス ファーマ株式会社主催>

がん治療における新しい戦略




無秩序な細胞増殖を繰り返すがんにおいて、その制御を失った細胞周期を停止させるのが従来の抗がん剤の作用機序であるが、さらに近年、がんそのものが自らを養う血管を新生させることから、そこをターゲットとする分子標的薬による治療が進んできている。そして新たにmTOR阻害剤など、無制限な細胞内の代謝もがん進行の要因となっている点に着目した治療戦略が、難治性がんへの福音となる可能性が強まってきた。

mTORとは




堀江氏はまず、mTORとその阻害剤について概説した。mTORとはマクロライド系抗生物質ラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼであり、細胞の分裂や成長、生存における調節因子である。その重要性を示唆する事実として、酵母からヒトにいたるまで95%以上相同な蛋白であるため、mammalian Target Of Rapamycin(=mTOR)と総称される。正常細胞においては、栄養素や成長因子、エネルギーといった「エサ」があると活性化し、エサのない状況ではいわば冬眠状態となっている。栄養素やその他増殖促進経路からのシグナル伝達を制御する役割から、糖尿病や生活習慣病への関与も報告されている。

一方、mTOR阻害剤のアフィニトールやラパマイシンは、タクロリムスと同様の機序で免疫抑制効果を持つ。分子生物学的には、細胞周期をG1期で停止させることや、低酸素誘導因子(HIF※)の安定化および転写活性を抑制することが示されている。多くのがんでmTORシグナル伝達経路が調節不全を起こして常に活性化しており、mTOR阻害剤の抗腫瘍効果が臨床レベルでも検討されている。(※HIF:mTOR活性化や低酸素によって細胞内に蓄積し、血管新生や解糖系代謝を亢進させる。)

昨年Natureで発表され話題となった、興味深い知見がある。ラパマイシン適量をマウスに投与したところ、加齢期であっても寿命延長効果が見られた。これはカロリー制限したサルの方が長寿命であったデータと同等と考えられる、と堀江氏は語った。また、がん患者を高カロリー摂取群とカロリー制限群に分けたところ、制限群の方が長生きしたという結果が複数出ており、これまでは切り離して考えられていた「がん」と「体内環境」の密接な関連に関心が寄せられている。がん細胞の代謝にも影響するmTOR阻害剤は、この流れに合致する薬剤といえる。

腎細胞がん




わが国における腎がんの9割は腎細胞がんであり、好発年齢は50歳以降、男女比は約2:1である。年間で発症数は1万人を超えて増加傾向にあるとされ、約7千人が死亡する。寒冷地方に多く発症し、ビタミンD欠乏との関連が指摘されている。遺伝性にフォン・ヒッペル・リンダウ(VHL)遺伝子が変異または欠失しているVHL症候群は120家系あり、遺伝性腎細胞がんを発症する割合は50%程度。根治的治療は手術で、StageⅣであってもなるべく切除した方が予後良好である。分子標的薬登場以前はサイトカイン療法しか薬物治療がなく、治療抵抗性のがんの一つである。

腎細胞がんとmTOR阻害剤




堀江氏によると、腎細胞がん患者においてはmTORの上流蛋白Aktの過剰な活性化や、血中血管内皮増殖因子(VEGF)濃度の上昇が認められ、増殖シグナルが亢進している。加えて、mTORに至るシグナル経路を抑制する因子の変異・機能低下や、VHL遺伝子変異によるHIFの過剰産生が見られ、抑制シグナルの低下もある。正常ではVHLはがん抑制因子であってHIFを抑制しているが、腎がんの多くでは変異による不活化が起こっている。もともと腎臓は血管に富み、VHL変異で異常な血管が作られやすい。mTOR阻害剤は、このようにVHLが機能しない状況でもHIF合成を阻止する。また、VEGF-Aの産生も阻害し、結果として腫瘍細胞での血管新生を抑制する。

このように、がん細胞の増殖抑制と血管新生阻害の抗腫瘍効果を併せ持つmTOR阻害剤のアフィニトールの、VEGF受容体チロシンキナーゼ阻害剤(スニチニブまたはソラフェニブ)が無効となった進行性腎細胞がんを対象として有効性および安全性について検討した臨床試験がRECORD-1である。患者をBSC+アフィニトール群とBSC群に無作為割付した結果、アフィニトール群で無増悪生存期間が有意に延長し、抗腫瘍効果も示された。

副作用発現は、対象患者が比較的PSが良好というバイアスはあるが、高グレードがあまり多くない印象があるとのことである。注意すべきものとして、アジア人に多い間質性肺疾患、免疫抑制による感染症、インシュリン抵抗性となるための高血糖、糖尿病の発症・増悪などが挙げられた。mTOR阻害剤の間質性肺疾患については、副腎皮質ホルモン剤への反応性が高いことが報告されている。

堀江氏は、がんへの本質的なアプローチといえるmTOR阻害剤、アフィニトールが承認され、VEGF受容体チロシンキナーゼ阻害剤投与後の進行性腎細胞がんの治療における期待が寄せられるとした。なおわが国では現在、乳がん、胃がん、悪性リンパ腫、膵内分泌腫瘍を対象とした、第Ⅲ相の国際共同治験に参加している。

(ケアネット 板坂倫子)