今年6月、甲状腺がんで初めての分子標的治療薬として、ソラフェニブ(商品名:ネクサバール)が「根治切除不能な分化型甲状腺がん」に対して承認された。これまでは外科医でほぼ完結していた甲状腺がん治療が、分子標的治療薬の登場によってどのように変わっていくのだろうか。7月29日(火)、都内で開催されたプレスセミナー(主催:バイエル薬品株式会社)で、甲状腺がん治療の現状と今後のあり方、ソラフェニブの臨床成績と副作用のマネージメントについて、日本医科大学内分泌外科学分野 教授 杉谷 巌氏と国立がん研究センター東病院頭頸部内科 科長 田原 信氏がそれぞれ講演した。
甲状腺がん治療の現状
甲状腺がんは、予後良好な乳頭がんが9割以上を占める。近年、2cm以下の乳頭がんが増加しているが、これは発見されるがんが増えたためと考えられている。一方、死亡率は変化していないことから、背景には少数ではあるが予後不良の高リスクがんがあると考えられることから、杉谷氏は「治療開始時点における適切な予後予測、および治療方針決定のための適切なリスク分類が必要」と言う。
治療については、欧米と日本では考え方が異なる。欧米では、ほぼすべての患者で甲状腺を全摘し放射性ヨウ素内用治療を行っているが、日本では、予後のよいがんであることからQOLを考慮し、部分切除により甲状腺機能を残すようにすることも多い。こうした現状を踏まえ「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版」(日本内分泌外科学会/日本甲状腺外科学会)でも、TNM分類にて、T>5cm、N1、Ex2、M1のいずれかを満たせば高リスク群とみなし、甲状腺全摘(+郭清)を推奨しているが、低リスク群との間に“グレーゾーン”を設け、患者さんの要望を踏まえて治療を決定する選択余地を残している。
高リスク患者の治療に分子標的治療薬が登場
高リスクの場合、甲状腺全摘、隣接臓器合併切除、拡大リンパ節郭清といった局所治療を実施する。その後の全身治療として、放射性ヨウ素内用療法、甲状腺ホルモン療法(TSH抑制療法)があるが、杉谷氏はこれらの治療効果は見込めないと言う。というのは、これらの治療は、ヨウ素を取り込んだりTSHの影響を受けたりする甲状腺の性質を利用しているが、高リスクの甲状腺がんではこの甲状腺本来の性質が失われているためである。
このようななか、甲状腺がんの発生・進行の分子メカニズムが少しずつ判明してきており、分子標的治療薬として現在までにソラフェニブ、lenvatinib、vandetanibなどのチロシンキナーゼ阻害薬の国際的な臨床試験が実施され、今回ソラフェニブが承認された。杉谷氏は、今後の甲状腺治療において腫瘍内科とタッグを組んでいくことに期待している。
一方で、杉谷氏は分子標的治療薬の課題として、1)完全寛解例がほとんどない、2)個別の効果予測がまだできない、3)併用療法や2次治療についての検討はこれからである、4)治療が高額、5)特有の副作用の管理が難しい、といった点を挙げている。
さらに、今後の甲状腺がん治療については、外科医、腫瘍内科医、内分泌内科医、放射線科医、緩和ケア医による新たなチーム医療システムを築き上げることが必要な時期に来ているとし、そこで新たなエビデンスを構築することが必要と強調した。
分子標的治療薬ソラフェニブの有効性
腫瘍内科の田原氏は、日本から国際共同第III相臨床試験(DECISION試験)に参加した経験をもとに、試験成績や副作用マネージメントについて紹介した。
DECISION試験は、予後不良で有効な標準治療がない、放射性ヨウ素治療抵抗性の局所進行または転移性分化型甲状腺がん患者を対象に実施したプラセボ対照比較試験である。
本試験で、分子標的治療薬であるソラフェニブは、主要評価項目である無増悪生存期間を有意に改善し、中央値を5ヵ月間延長した(ソラフェニブ群10.8ヵ月vsプラセボ群5.8ヵ月、ハザード比:0.59、95%CI:0.45~0.76)。
なお、副次的評価項目である全生存期間は、両群とも中央値に達しておらず、差は認められなかった(ハザード比:0.80、95%CI:0.54~1.19、p=0.14)。その考えられる理由として、田原氏は、本試験では病勢進行時の盲検解除およびソラフェニブへのクロスオーバーが可能であり、プラセボ群の71.4%がクロスオーバーされたことを挙げた。
ソラフェニブの安全性と副作用マネージメント
安全性については、血清TSH増加、低カルシウム血症、二次性悪性腫瘍(皮膚扁平上皮がんなど)といった他のがんとは異なる副作用が認められたものの、主な副作用は手足の皮膚反応、下痢、脱毛、皮疹/落屑、疲労、高血圧などで、おおむね既知の安全性プロファイルとほぼ同様という。田原氏は「高血圧、手足症候群、下痢などの副作用に対する適切なマネージメントが治療継続に必要であり、腫瘍内科医が治療に携わることが重要である」と強調した。
また、日本人では5割の患者でグレード3以上の手足の皮膚反応が認められたという。これについて、田原氏は「甲状腺がんでは、腎細胞がんや肝細胞がんで同薬を投与されている患者さんよりも全身状態(PS)がよい人が多く、仕事やゴルフなどに出かけるなど、よく動くため皮膚障害が多かったのではないか」と考察し、使用開始1ヵ月間は活動を控えてもらうなど、患者指導の重要性について語った。
(ケアネット 金沢 浩子)