国が主導となって研究チームを発足するくらい、日本人は慢性的な痛みに日々悩まされている。おまけに、なかなか症状改善しない患者がドクターショッピングに陥ることで、国の医療費はますます圧迫されてしまう。そんな負の連鎖を断ち切り、臨床現場での正確な病態把握を求めるべく、昨年、厚生労働省「慢性の痛み対策」研究班と痛み関連の7学会が連携して『慢性疼痛治療ガイドライン』を発刊した。
このガイドライン作成にも携わり、上記研究班で中心的な役割を担っている牛田 享宏氏(愛知医科大学医学部学際的痛みセンター 教授)と伊達 久氏(仙台ペインクリニック院長)が、2019年10月31日に開催されたボストン・サイエンティフィック・ジャパン株式会社主催のメディアセミナー「『難治性慢性疼痛』による経済的・社会的影響と日本の『難治性慢性疼痛』治療の最新動向~病診連携モデルと臨床データの構築~」に登壇し、慢性疼痛対策の現状を語った。
運動器慢性疼痛における日本の現状
日本での慢性疼痛疫学調査1,2)によると、痛みの訴え部位は腰痛が大半(58.6%)を占め、次いで肩:38.7%、下肢部:37.9%と続き、筋骨格系=運動器に引き起こされることが多い。驚いたことに、その年齢分布を見ると高齢者よりも30~50代の訴えが多い。自己負担の治療費は年間4,000億円以上、患者の15%以上が仕事への影響を抱えていた。牛田氏は「調査結果を見ると、患者の治療満足度は非常に低く、慢性疼痛を訴えた患者の1/3しか満足していない。結果、患者の半数が治療機関を変更している」と、実態を説明した。
また、このような慢性疼痛に悩む患者を精神科医が見た場合、線維筋痛症の有無を問わず約半数に身体表現性障害があり、患者の約95%には何かしらの精神疾患名(気分変調障害、大うつ病など)が付くことが明らかになった3)。
慢性疼痛では“痛みは記憶される”ことを理解する
このように慢性疼痛患者が精神疾患を抱える理由について、同氏は「痛みは頭で経験しているため」とコメントした。頭では痛み自体を感じる感覚体験と、辛さや苦しさを感じる情動体験が同時に生じているため、国際疼痛学会では痛みを“不快な情動体験”と定義している。これを踏まえて同氏は「なかなか治らない痛みの原因は情動の要素が大きい」と、話した。
治りにくい痛みの代表例として神経性障害疼痛がある。これは体性感覚神経系の損傷や疾患により引き起こされる痛みであり、罹患者数は日本人人口の1~3%に上る。脳梗塞患者の痛みもこれに該当し、患者にはうつや睡眠障害の併発、医療機関受診件数が3件以上になるケースが多くなるなどの特徴がある4)。
このほかにも、通常では痛みを伴わないような微小刺激が疼痛として認識される感覚異常をきたすアロデニアという病態の研究報告5)から、同氏は痛みが記憶されていることを説明。痛みが感覚だけではなく情動によっても悪化することに対し理解を求めた。さらに、「慢性疼痛患者は整形外科と精神科のどちらに行くべきか、診療における境界線によって悩まされている」とし、患者をチームで診るために厚生労働省による集学的痛みセンターが構築されたことを説明した。
集学的痛みセンターとは、医科だけではなく歯科も含めたシステム構築、地域医・在宅医療の連携モデル構築、を目指した厚生労働省政策研究班による事業である。系統的に改善しない患者を分析することで、治療方針やゴールの方向性を検討し、自宅でのコントロールを目的としているが、「慢性疼痛の診断法の確立のために主観的な痛みを客観的に見える化して評価する方法の構築が必要」と、同氏は今後の課題を語った。
慢性疼痛患者が患者が痛みを強く感じているのは30分だけ
続いてペインクリニックの視点から、伊達氏が慢性疼痛治療ガイドラインでの推奨内容について解説した。本ガイドラインでは、推奨度を「1:する(しない)ことを強く推奨する」「2:する(しない)ことを弱く推奨する(提案する)」の2通りで提示し、エビデンスレベルを「A(強):効果の推定値に強く確信がある」「B(中):効果の推定値に中程度の確信がある」「C(弱):効果の推定値に対する確信は限定的である」「D(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない」と規定している。
たとえば、運動療法の有効性はエビデンスレベル・推奨度が慢性腰痛:1A、変形性膝関節炎:1A、慢性頸部痛:1Bであり、身体を直接動かすことは慢性疼痛に効果的と示されている。同氏はこれらの根拠となる海外文献6,7)を紹介し、「運動療法は筋トレではなく血流改善を促すストレッチが中心なので、痛みがある時こそ有用。ストレッチはドパミン遊離にも影響を及ぼすため、痛みの蔓延化につながる心理社会的要因(不安、抑うつ、破局化思考)も解消される。また、慢性疼痛患者の突発痛は30分すると軽減することが多いため、痛い時にストレッチを行えば薬の依存から脱却できるかもしれない」とコメント。「心理社会的要因からくる痛みには認知行動療法が有効とされ、マインドフルネスなどの導入もガイドラインでは推奨(1A)している。しかし、現時点で保険適用外のため、診療報酬に対する要望を複数の学会が行っている」と、補足した。
最後に、痛みを直接除去する視点からインターベンショナル治療について説明。ガイドラインではパルス高周波神経根ブロック、末梢神経パルス高周波などが推奨度1A、脊髄刺激療法や肩甲上神経パルス高周波などが推奨度1Bに設定されている。なかでも脊髄刺激療法システムはほかの治療法と比較して、中枢感作、痛みのいずれにおいても効果が得られたことから、同氏は「運動療法や認知行動療法に加え、脊髄刺激療法も慢性疼痛治療の1つになり得る」と締めくくった。
■参考
1)服部政治.ペインクリニック. 2004;25:1541-1551.
2)Nakamura M, et al. J Orthop Sci. 2011;16:424-32.
3)Miki K, et al. Neuropsychopharmacol Rep. 2018;38:167-174.
4)Inoue S, et al. Eur J Pain. 2017;21:727-737.
5)Ushida T, et al. Brain Topogr. 2005;18:27-35.
6)Goh SL et al, Ann Phys Rehabil Med. 2019 May 21.[Epub ahead of print]
7)Gavi MB et al, PLoS One. 2014 mar 20. [Epub ahead of print]
(ケアネット 土井 舞子)