世界中で新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種が進むにつれ、ワクチン接種済みの証明書を発行し、国内外の移動やイベント参加時などに提出を義務付ける制度、いわゆる「ワクチン・パスポート」に関する議論が生じている。現時点で考えられる論点が、NEJM誌オンライン版2021年3月31日号Perspectiveに掲載された。
ワクチン・パスポートは、既に米国、英国、EUが導入を検討しているほか、オーストラリア、デンマーク、スウェーデンが導入を表明しており、国民1人当たりのワクチン接種数で世界トップのイスラエルでは、すでにワクチン接種を受けた住民に「グリーンパス」を発行し、ホテル、ジム、レストラン、劇場、音楽会場など、入場制限が行われている場への立ち入りを許可する際に使われている。ニューヨーク州が発行する電子ワクチン・パスポート「エクセルシオール・パス」は劇場、イベント会場、大規模な結婚式などへの参加を許可する際に使われている。
これらのプログラムの基本的な考え方は、自由や社会的価値のある活動を限定する公衆衛生上の制限は、検証可能なリスクに合わせて調整されるべき、というものだ。
しかし、COVID-19のワクチン・パスポートによる制限調整には、いくつかの重大な懸念事項に基づく反対意見がある。それは以下のようなものだ。
1)ワクチン供給に制限がある時期に、早期にワクチン接種を受けた幸運な人を優遇にするのは、道徳的に問題がある。
2)ワクチン供給の制限が緩和されても、人種的マイノリティや低所得者層の接種率は不均衡に低いままだと考えられる。
3)ワクチンの有効率、特に新たな変異株に対する有効性はまだ十分に検証されておらず、ワクチン接種者の再感染の可能性を否定できない。
4)ワクチン接種者を優遇することは、宗教的または哲学的理由からワクチン接種に反対する人にペナルティを与えることになる。
5)ワクチン接種を正確に証明するためのコンセンサスが得られていない。
国民の間でもワクチン・パスポート導入は賛否が分かれ、政府の公式な政策として採用するのは早いだろう。一方、私たちは提起された異論は、ワクチン・パスポートを一切禁止することを正当化するには至らない、と考える。ワクチン接種数は急増しており、不利な立場にある人々の接種に対しても特別な努力が払われている。ワクチン接種の正確な証明手段については主要テクノロジー企業が開発に取り組んでおり、ワクチン接種を拒否する人々に何らかの負担をしてもらうことは、集団免疫に与える影響から見て一定の公平性があると思われる。
重要な出発点は、ワクチン・パスポートと義務化を区別することだ。政府が、ワクチン・パスポートを仕事や教育などの重要な活動への参加条件とするならば、それは本質的にワクチン接種の義務化となる。
「パスポート」の概念が最も現れるのは旅行だ。現在、連邦および州当局は、州または国境を越える人に隔離を強制しており、ほとんどの場合にはワクチン接種者も例外ではない。しかし、いくつかの州では例外にすることを検討しており、米国疾病予防管理センター(CDC)はワクチン接種者に対する隔離の除外と、既感染者の入国制限解除を承認している。ワクチン・パスポート保有者にも同様の方針が適用されるのは時間の問題だろう。
ワクチンの渡航政策を主導するには、政府はまず予防接種を受けたことを確実に証明する基準づくりからはじめるべきだろう。このような基準づくりは、旅行業界との官民連携によって比較的スムーズにでき、その後はイベント等の他領域に拡大するだろう。こうしたケースは政府による管理の必要性は低く、スポーツ試合、コンサート会場、クラブ、レストラン・バーなどで、顧客のワクチン接種状況に応じて入場可否を決定することは合理的であり、ワクチン接種の促進にも役立つだろう。
政府には、ワクチン・パスポートを使った違法な差別を含む、民間に対する基準づくりと、ワクチン接種プログラムの推進が求められる。とくに、ワクチン・パスポートが雇用に影響を与える場合、規制は重要となる。宗教上の理由でワクチンを受けない人や障害者への差別にあたらないよう、雇用主のワクチン接種への方針は、労働者や顧客の健康に対する実際のリスクに基づく必要がある。
政府のもう一つの重要な役割は、ワクチン・パスポート制度の設計者が、ワクチンの有効性と限界に関する最新情報に容易にアクセスできるようにすることだ。そして、柔軟な適応が重要となる。過去1年間の経験から、ある月には賢明な感染対策も1ヵ月後には再考する必要があることがわかっている。合理的かつ倫理的なワクチン・パスポート制度は、ワクチンの入手可能性が高まり、集団免疫獲得が近づき、ワクチンの有効性や限界に関する科学的証拠が増えるにつれ、定期的に変更される可能性がある。
(ケアネット 杉崎 真名)