脳画像のAI分析によるデータ解析ソフトの開発や医療機関向けの導入・運用サービス提供を行う株式会社エム(以下、エム社)は、第4回ヘルスケアベンチャー大賞において、「脳MRI画像解析に基づく全脳の構造別体積・健康状態の可視化、認知症予防」と題し、それらを実現できる技術を紹介して、見事に大賞を受賞した。本大賞は今年、5つの企業・団体と個人1名が最終審査会まで勝ち抜き、接戦を繰り広げた。
今回、エム社の創業者である森 進氏(ジョンズ・ホプキンズ大学医学部放射線科教授)に、開発経緯から技術提供の将来展望について話を聞いた。
画像解析から認知症医療をアップデート
2025年、日本は超高齢化社会を迎える。これは軽度認知障害(MCI)の発症者が約5人に1人(約700万人)と過去最大にまで増加することを意味し、国も認知症対策として新オレンジプランを掲げている。また、先日にはエーザイ・バイオジェンがMCIとアルツハイマー病を対象とした第III相CLARITY AD検証試験で主要評価項目を達成するなど、症状抑制に対する動きは活発である。
しかし、海外で研究活動を行っている森氏は、認知症が生活習慣病の一種として認識が変わりつつあるにもかかわらず、高血圧症や肥満症のように予防対策が講じられておらず、認知症の予防は疎漏である点、日本だけが実施している脳ドックの画像データ、いわば健常者のデータが検査後にお蔵入りして画像価値を最大限に利活用できていない点から着想を得て、認知症の一次予防のために「脳の健康状態を可視化」させることに注目した。これについて同氏は「脳の萎縮状況というのは健康診断でも観察されず、医療において可視化されてこなかった」と述べ、「予防のための管理指標を存在させるべき」と認知症の一次予防がアンメット・メディカル・ニーズであることを強調した。
そこで、同氏らが開発したのが脳画像の自動解析技術である『MVision』だ。彼らは“日本のみに存在する健常者の巨大データ”を活用し、米国・ジョンズ・ホプキンズ大学の脳画像の自動解析技術を用いて、全脳をAI解析する世界初の認知症関連ソフトウェアの開発に成功した。このソフトウェアにより、画像分析を自動化させ、脳全体の構造物を505にセグメントすることで脳の体積や形状を数値化する。また、数値による客観評価により同年代との比較や経年評価できるため、患者の予防に対するやる気に繋がるという。現在、日本の5施設10万件以上の脳ドックから得られた健常者画像データを解析中で、年齢別の平均と分布から脳萎縮リスクの算出が可能だ。実際に若年層のデータを見ると、すでに萎縮が進行していた症例も見られたという。
また、同氏は今回の取材に対し、「認知症の解明には長期で良質のデータが必要。そして、それをいかに早く集め始めるかが大切。これらがスタートアップとして急速に事業を立ち上げた理由かもしれない」と開発および創業の経緯を吐露。導入した際に直面した問題点として、「実際の医療現場では、“脳の萎縮では認知症は診断できない”ことから、萎縮を見てもしょうがない、となってしまう。萎縮があれば認知症になるという個人レベルのエビデンスがないという意見は正しいが、これは目の前の患者に対し診断や治療を考えるときの概念」と、医療の壁を指摘した。その一方で、「萎縮は認知症患者に統計学的に非常に強く見られる特徴なのは確固たる事実であり、萎縮の強い人は認知症患者に多く見られるというのも統計学的事実である」とし「40~70歳の健康診断は、未病段階でのリスク検出と早期生活改善が主要な目的である。その観点から、自分の脳の萎縮を知るということは認知症の大切なリスクマネジメントと考える」と説明した。
体重計で体重管理をするように、脳の管理を
将来のリスクの話より現在の病気が優先される時代がゆえに、せっかく脳MRIを撮っても既病の早期検出といった二次予防にしか使われていないことになる。「だが、健康管理のために体重計に乗り、体重を測っている。これと同じように考えたら、30代までに自分の“基礎値”を知り、脳の経時変化を追うこと、脳の健康管理をしないのは不条理なのではないだろうか。われわれが開発した『MVision』は1回だけ撮影するだけでも意味はあるが、脳萎縮は3年でも大きく変化が見られることから継続することで真価を発揮する。若いうちのベストの状態をログに残せるのは今のうちだけなので、若年層こそ一度は受けて欲しい」と強調した。そんな背景もあり、企業や病院施設だけではなく、若年層へのアプローチも大切にしていきたいと話した。その一方で、65歳を超える層にとっても、認知症発症の3~5年前から萎縮が急速に進む傾向が多くの研究で報告されていることから、1~2年に一度の測定を推奨している。
今後の展望として、主に医療機関に本システムを提供し、健診受診者のオプションを想定している。この一次予防のための撮影は通常の脳ドックに組み込まれているものを使用するため、受診者にも医療者にも負担が少ない。検査実績の目標受診者数は「23年5月までに月間3,000~4,000人、年間4万~5万人」を目指し、全国への普及のために「1~2年でまずは首都圏から地方中核都市を中心に全国で受診できる基盤づくりを達成したい」と同氏は意気込みを語った。
(ケアネット 土井 舞子)