男性ではY染色体の喪失で膀胱がんの増殖が加速?

男性では、加齢に伴い毛髪や筋肉の張りが失われ、視力や聴力が低下していくだけでなく、男性を生物学的に男性たらしめているY染色体そのものも徐々に失われていく。こうした中、米シダーズ・サイナイ医療センターのDan Theodorescu氏らが、加齢に伴うY染色体の喪失はがん細胞が免疫の攻撃を回避するのに役立ち、その結果、Y染色体を喪失した男性はがんに対して脆弱な状態になり得ることを、「Nature」に6月21日報告した。研究グループは、「Y染色体の喪失とがんに対する免疫システムの反応との関連を示した初めての研究」と説明している。
人間の性別はX染色体とY染色体の2種類の性染色体の組み合わせで決まり、男性はX染色体とY染色体を1本ずつ、女性はX染色体を2本持っている。ところが、男性では加齢に伴い、細胞分裂の過程で一部の細胞からY染色体がなくなることがある。米モンテフィオーレ医療センターの情報によると、一部の白血球にY染色体の喪失が認められた人の割合は、70歳の男性で約40%、93歳の男性で57%に上るという。一方、シダーズ・サイナイ医療センターのグループは、今回の研究の背景として、男性ではY染色体の喪失が複数のがん種で確認されており、このうち膀胱がんでは10~40%の患者のがん細胞で認められると説明。また、Y染色体の喪失と心疾患やアルツハイマー病との関連が指摘されている点にも言及している。
Y染色体には特定の遺伝子の設計図が含まれている。同医療センターのグループは今回、膀胱内膜の正常な細胞におけるこれらの遺伝子の発現の仕方を調べ、それに基づき膀胱がん患者におけるY染色体の喪失を測定するためのスコアリングシステムを開発した。その上で、浸潤性膀胱がん患者のうち、膀胱摘出術を受けたが免疫チェックポイント阻害薬による治療は受けていない患者のグループと、膀胱摘出術に加えて免疫チェックポイント阻害薬による治療も受けた患者のグループのデータを分析した。その結果、前者のグループでは、Y染色体の喪失がある患者の方が予後不良だったが、後者のグループでは、Y染色体の喪失がある患者の方が、全生存率が大幅に高いことが示された。
その理由を明らかにするため、マウスのがん細胞を免疫細胞に曝露させずにシャーレで増殖させ、またT細胞と呼ばれる免疫細胞を欠失させたマウスの体内でもがん細胞を増殖させた。その結果、いずれのケースでも、Y染色体を喪失したがん細胞と喪失していないがん細胞の間で、増殖スピードに違いは認められなかった。しかし、免疫細胞を欠失させていないマウスの体内では、Y染色体を喪失したがん細胞の方が、喪失していないがん細胞よりも増殖スピードがはるかに速いことが観察された。
「免疫システムが作動している場合にのみがん細胞の増殖スピードに差が認められたということは、Y染色体の喪失が膀胱がんに与える影響を考える上で重要なポイントだ」とTheodorescu氏は指摘。「この結果は、細胞がY染色体を失うとT細胞が疲弊し、がん細胞を攻撃できるT細胞が存在しないとがん細胞が急速に増殖することを示唆している」と述べる。研究グループは、「Y染色体を喪失したがんはより悪性度が高いが、免疫チェックポイント阻害薬に対しては脆弱で反応しやすい」と結論付けている。
現在、膀胱がんには主な治療法が二つあるが、その一つで免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法は、T細胞の疲弊を回復させ、免疫システムががんを攻撃するよう仕向ける治療法だ。研究グループは、「今後の研究で、Y染色体の喪失とT細胞の疲弊の遺伝的な関係について解明を進める必要がある」との見解を示している。また、Theodorescu氏は、「そのメカニズムを明らかにできれば、T細胞の疲弊を阻止できる可能性がある」とした上で、「T細胞の疲弊は免疫チェックポイント阻害薬によって部分的には元に戻すことができるが、最初からそれが起こらないようにすることができれば、患者の予後向上につながる可能性が高い」と期待を示している。
[2023年6月21日/HealthDayNews]Copyright (c) 2023 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら
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